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21 再会

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(アンドレ!)

 まさかまさかと思い玄関を開けると、目の前にアンドレが立っているではないか。
 急いで来たらしくはぁはぁと息を切らしている。

(アンドレ! ああ、全く変わっていない!)

 嬉しくて泣きそうになるのを堪えたエメリアの目はどんどん赤く充血して心臓の鼓動が早くなる。

(でもどうしてここに?)

「ど、どうしたんですか」

 震える声は上ずってなんだか変だ。
 エメリアは落ち着け落ち着けと心の中で必死に唱えた。

「伯爵が熱病にかかってしまったんだ。ラナーテ村の村長の孫娘に渡したものと同じものがあれば分けて欲しい」
「あ、それは……もう大丈夫です。先ほど虹色の花を乾燥させたものをミーナさんに持って行ってもらいましたから」
「虹色の花?」
「はい。ミーナさんのお父様に飲ませたのは虹色の花なんです」

 エメリアが何年にもわたって探し続けていた花をこのベニアが持っていたこと、本当に存在したことにアンドレは驚いた。
 そして伯爵の命が助かると思うとホッと一安心して額に滲んだ汗を手で拭った。

「ミーナというのは?」
「あなたが言っていた村長の孫娘です」
「そうか」

 アンドレはベニアを見ると村長の孫娘が言っていたように確かにとても痩せていてあの日の見る影もない。
 まるで別人のようだ。だからといってどうと言うことではないのだが。

「あの、ところで伯爵は高熱が出て今日で何日目なのですか」
「二日目だ。だから多分命は助かる。ありがとう」
「手遅れじゃなくて良かった」
「……それじゃあ失礼する」
「あ、……」

(もう、もう行ってしまうの? もう少しだけ、ああ、神様!)

 自分に背を向けるアンドレを引きとめたい。
 今すぐ手を伸ばして自分がエメリアだと言いたい。でも……。

 そう思ってもすぐに来年には死んでしまう事実が頭をもたげて言うことができなくなる。

 この玄関を閉めたらもう二度と会えないかもしれない。
 涙がツーッと頬を伝った。

(アンドレ! アンドレ!)

 どんどん遠くなる後姿を見つめ、アンドレの名前を呼ぼうとしても声にならない。

(アンドレ! ……)

 エメリアは諦めて玄関を閉めようとした。
 が、ちょうどその時アンドレが頭を抱え急に蹲るのが見えた。

「アンドレ!」

 エメリアはアンドレに駆け寄った。

「だ、大丈夫です。以前もこういうことがあって……すぐに治まりますから」



 アンドレの頭の痛みも五分くらい経つと段々治まってきた。
 呼吸を整え立ち上がろうとすると、支えるベニアの手がアンドレの目に入り、アンドレはハッとした。
 その手は擦り傷だらけで血も滲んでいる。
 よく見るとスカートの膝部分にも血が滲んでいるし服も泥で汚れている。

「もう大丈夫です。すみません。そちらこそ血が……」
「ああこれ、さっき走ったら転んで擦りむいちゃって。でも治まってよかったです」
「……」
「えーと、この傷は大丈夫、ヨモギを塗ればすぐ治りますから」
「……」
「あの、よかったらもっと落ち着くまで休んで行ってください」

 アンドレはさっきから何かがおかしいと思うがそれがいまいちはっきりと分からない。
 だがこのベニアと会話しても全く嫌な感じがしないのが不思議だ。

 だからだろうか、まだ本調子ではないこともあって、自然と休んでいくことにした。


「何もお出しするようなものはないんですけど――」

 とテーブルの方を見るとミーナが持ってきた食糧や食事の後の食器が雑然と置かれたままになっている。
 エメリアは恥ずかしくなって直ぐにテーブルの上を片づけ始めた。


「どうぞ、座ってください」

 アンドレは以前来た時と同じ席に座った。
 近くの棚にはアンドレとエメリアが侯爵家の騎士たちにお土産に摘んだ草と同じものが置いてある。 
 アンドレがそれをじっと見ていると、それはヨモギで、すり潰して出た汁を傷口に塗ろうと思っているとエメリアは言った。

「すり鉢とすりこ木が無くて、今代わりになるようなのを探していたんです」

(すり鉢……? 魔女なのにどうしてそんなものを探す必要があるんだ?)

「あ、今紅茶を持ってきますね」

 エメリアは紅茶を出した後、ミーナが持ってきたお菓子の中からお客様に出せそうなものを探している。

(キャンディーなんかはいらないだろうし、ポン菓子は食べないわよね。んー、やっぱりクッキーくらいしかないわ)

 仕方なくなけなしのクッキーを数個お皿に入れてテーブルに置いた。
 なんだかちょっとみすぼらしいがこれが精一杯のおもてなしだ。
 本当はベニアのように立派なケーキを出したいのにそれができなくて悲しいやら恥ずかしいやら。

 しかしアンドレはクッキーには手を付けず、ただ紅茶を一口飲むだけだ。

「何もいりませんから。気を遣わないでください。すぐに帰ります」

(……エメリアときたときは立派なケーキが出たがあれは多分魔法で用意したんだよな。そういうことができるのに、どうして今日は……。ヨモギだって魔法ですり潰すことぐらいできるだろう。怪我自体魔法で治せそうだ)

 疑問はどんどん深くなっていく。
 しかしそんなことを考えても仕方ない。関係ないことだ。
 アンドレはもうそろそろ帰った方がいいだろうと紅茶を飲み終えカップを置いた。

 エメリアはそれでアンドレが帰ろうとしているのを察し心が沈んだ。
 欲が出てしまう。
 あと少し、あと少しだけいて欲しい。

(エメリアが変わったと思ったことはないのか聞いてみようかしら……)

「あの、エメリアさんを……は元気にしていますか」

 結局聞く勇気はない。

「ええ元気です」

(ん? あの日エメリアは名乗ってないと思うが……領主の娘だから知っていたのか? あ!)

 アンドレは名乗った覚えのない自分の名前をベニアがさっき呼んだのを思い出した。
 変な感じの正体はこれだ。

「どうして私の名前を知っている?」
「え! あっ」

 エメリアは突然大きな声で言われびっくりして持っている紅茶をこぼしてしまった。
 急いで布巾を持って来て拭こうとするとその手を掴んで止められた。

「どうして布巾で拭くんですか? こんなの魔法で消せるでしょう?」
「あ……魔女って知ってる……」
「ええ知ってますよ。あなたは魔女ではないと言いましたが、伯爵から聞きました。だから魔法を使っても大丈夫です」

(お父様が自分の話をしたのね。だったら……)

 ……だったらベニアの事を悪い魔女だと思っているのだろう。
 自分の事ではないのにまるで自分が嫌われているようだ。
 それで悲しくなるなんて本当に馬鹿げていると思いながらもエメリアは思いがけず泣いてしまった。

 びっくりしたアンドレは掴んでいるベニアの手をパッと放した。

「すまない。きっと魔法で私の名前を知ったんでしょう」
「……」

 エメリアは泣きながらこぼれた紅茶を布巾で拭いている。
 何故こんなに涙が溢れて来るのか自分でもわからない。
 嫌われているから?
 でもそれだけではない。
 この男が自分ではないエメリアを愛しているからだ。
 だからこそ彼はここに来た。
 エメリアの父親の為に、悪い魔女だと分かっていながらも一人で。

 エメリアを深い悲しみが覆う。


 

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