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祝福の風
しおりを挟むジェラールは驚きのあまり突然立ち上がり、その拍子に座っていた椅子が後ろに倒れた。
紅茶を持って来たメイドのオーラがエレンのオーラとそっくり、いや、全く同じだったのだ。
光りの強さも桁違いで。
「殿下? どうかなさいましたか?」
「あ、いや……」
「彼女は足が少し悪いですが、ご心配なさらずとも仕事はきちんとできますよ」
見当はずれなことを言うカリーヌのお陰でジェラールは落ち着きを取り戻し、椅子を起こすために屈んだ。
丁度そのメイドも椅子を起こそうとして、二人の顔の距離が自然と近づく。
ジェラールは瞬時に目を凝らした。
(似ている! 十七のエレンはきっとこんな顔だ)
隠れていない右側の顔だけでもそこに十三歳のエレンの面影を見てジェラールの心臓が早鐘を打った。
エレン? と口から出そうになる。
しかし決して目を合わせようとしない彼女の様子にその言葉を飲みこんだ。
ジェラールの手が止まっている間にメイドが椅子を戻したので「有難う」と口にはしたが、彼は半ばうわの空だった。
今までの経験上オーラは人それぞれ違うということをジェラールは分かっている。
だが本当に指紋のように一人一人違うのか。
検証などした事ない彼はいまいち確証が持てずにいる。
(エレンと同じオーラを持つ人間が他にもいたということか?)
メイドは何も言わず紅茶を淡々と注ぎ始めた。
ジェラールは心なしか顔を背けられている感じがして少し自信がなくなってきた。
そう、彼女なら自分を避けるはずがない。
他人の空似。
全く同じオーラを持つ他人。
侯爵もエレンは死んだと言っていたし、嘘を吐く理由もない。
あまりにも会いたいばかりにエレンに見えただけ、エレンであってくれと思っただけだ。
彼のテンションは一気に下がった。
ジェラールは諦めて小さく息を吐き出した。
が、その時、一陣の風が吹いた。
令嬢たちの髪はぶわっと舞い上がる。
メイドは慌てて俯き髪で顔を隠したが、見てしまった令嬢たちから小さな悲鳴が上がった。
しかし彼だけは違う。
まさしく火傷の跡の顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
妙な空気が流れるその空間で、彼の心だけは楽園に足を踏み入れる直前のように希望に満ち、高揚していた。
その風は彼にとって祝福の風だった。
お茶会がようやく終わり令嬢たちは帰って行った。
メイドは一人でテーブルを片づけている。
「殿下、今日は来ていただき本当にありがとうございました。でもちょっと残念です。今日のブローチは私が差し上げた物ではないのですね」
ジェラールは全く気付かなかったが、カリーヌの首にはサファイアのネックレスがぶら下がっていた。
「ああ、また今度な……」
「では今度パーティーでお揃いでつけませんか?」
「あぁ……」
カリーヌ嬢と話をしている時も彼の目の端ではメイドをしっかりと捉えている。
お茶会の最中も顔こそ話者の方を向けていたが、体は常にあのメイドのいる方を向いていた。
エレンだろ? と聞きたいのを我慢してみんながいる時に聞かなかったのは、注目を浴びるのを彼女が嫌がると思ったから。
そして自分を無視するのは何か理由があるのだろうとジェラールは思っていた。
だったらカリーヌに聞くまでだ。
そのために彼は令嬢たちが帰っても残っていたのだから。
喜ぶ準備、幸せを噛みしめる準備はとっくにできている。そのタイミングが必要なのだ。
ジェラールは期待でどうにかなりそうだ。
「ところでカリーヌ嬢、あのメイドの名前はなんという? 孤児院にいたというが」
「まあ! メイドの名前をお聞きになるなんて……。殿下はお優しいのですね。でもご安心ください。彼女には正当な給金を支払いますし、孤児院出身だからといって扱き使ったりなどいたしませんから」
(いいから早く言え!)
「名、前、は?」
少し強く言われてびっくりしたカリーヌがメイドの方を見ると、メイドはまるで言うなとでも言っているかのような不安げな顔で二人のやりとりを見ていた。
だがそんな気持ちをカリーヌが知るはずもなく。
「彼女はエレンという名前です」
(やっぱり!)
「どうなさいました? 殿下!?」
エレンだと確信したジェラールからそれまでの冷静さが消え失せた。
涙が怒涛の勢いで溢れ出す。
エレンの姿が見えなくなり、邪魔な涙を拭った。
「ああ! エレン! 生きていたんだね!」
体は無意識に動き出して俯くエレンを強く抱きしめた。
今にも折れてしまいそうなほど細いその体を。
口をあんぐりと大きく開けてびっくりする婚約者を放って。
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