28 / 104
第2話 香凛はなんにも分かってない
分かってない【パパ編】 その12
しおりを挟むオレはこの十年、香凛のことを娘として扱ってきたつもりだし、正直そういう感覚は今も当然残っている。十歳の頃から守るべき対象として見てきたのは紛れもない事実なのだから。
十年の月日は、重い。
だから香凛を見て"大きくなったなぁ"とか"こういうことを言うようになったか"と、親目線で思うことは未だに多い。
だが、香凛との関係性は今やはっきりと変わった。
親の目線に、新たに男としての視線を向けることを許されている。
自分の気持ちを抑えなくて良くなってからは、それまでとは全く違う意味で香凛が可愛くて可愛くて仕方がない。
世の男共がよく今まで妙な真似をしなかったなと不思議に思うくらい、贔屓目を差し引いても香凛は男がぐらつく要素を持っていると思う。
本人は十四でこちらへの恋心を自覚して以来、全く他の男には靡かなかったようなので付き合った経験は皆無のようだが、しかしよくよく訊いてみれば告白されたりなんかはいくらかあったらしい。
そのどれもを跳ね除けて、香凛はこの腕に飛び込んで来た。
強引な真似をする馬鹿がいなかったのと、一途に香凛がオレを想い続けてくれたからこそ、贅沢にもオレは今、香凛のあらゆる"はじめて"を堪能させてもらうことができている。
「それで、何味にするんだ」
ガラスケースの前で促すと、まだ少しご機嫌斜めながらも香凛はぼそぼそ答える。
「…………クッキークリーム」
「シングルでいいのか」
「じゃあ、あとピスタチオ。カップがいい」
「済みません、カップのダブルでクッキークリームとピスタチオ、それからカップのシングルでモカコーヒーお願いします」
何でもそれで済むとは思っていないが、少しの不機嫌なら甘いものが大体解決してくれる。
思った通り、アイスが半分に減る頃には香凛の機嫌も大方直っていた。
「それで、他に買い物は?」
「あー、今日ここのモールのスーパー、キャベツ一玉ものすごく安いんだけど」
「お前、キャベツって……」
靴とかカバンを想定していたのに、予想外の単語が飛び出て来た。
「でも一玉買って使い切れるかな」
やりくり上手なのは美徳だが、これが一応デートの体を為していることを意識できているのだろうか。
香凛と連れ立って出かけると、どうしてもどこか日常感が出てしまう。
既に生活を共にしているから、何をしても非日常感というものが得られにくい。大抵のことは親子としてだが、一通り経験してしまっている。
それに、どこに行きたいと訊いてみても、ランドやら人気のパンケーキ店やら何やら、そういう若者がデートスポットとして好みそうなところを、香凛はちっとも候補に挙げないのである。
こうやって大型モールに買い物とか、精々映画とか美術館とか。良くて何か美味しいものが食べたいと言われて、ちょっと高級感のある店に連れて行くくらいである。
どう考えても気を遣われている。
オレが場違いだと居心地の悪さを感じるかもしれないところを、香凛は極力選ばない。それはさっきの試着するかどうかのやり取りからも明らかだ。
恋人ができたらしてみたいと思っていたことを、色々と我慢させてるんじゃとよく思う。
「……欲しかったら買えばいい。冷凍ストックに回せばいいだろ」
意識をキャベツの購入問題に引き戻して、そう言う。
何故デート中に買おうかどうか迷うのが、キャベツなのだ。
キャベツを買ってやっても全く格好がつかない。そもそもそれは普通に家計の財布から出る支出だ。
「今冷凍庫も結構ぱんぱんなんだもん」
まぁ、香凛が危惧しているその理由は分かる。
次の休みから、旅行に出かけるのだ。
二泊三日の温泉旅行。
冷蔵庫の食材を上手く使い切っておきたいのだろう。
温泉旅行は、こっちで勝手に企画した。
香凛は多分オレとのデート先にテーマパークなんて絶対に選ばないだろうし、それなら向こうが遠慮しないだろうチョイスで贅沢をしようという話である。
二人で旅行に行くこと自体随分久しぶりで、提案したら香凛の方も二つ返事で飛びついた。
まぁ、たまにはいいところを見せたいという、オレのしょうもない見栄も含まれているのだが。
「キャベツ尽くしの一週間にするか? レシピは色々あるだろ」
「ロールキャベツ」
「お好み焼き」
「キャベツと豚肉のミルフィーユ蒸し」
「とんかつのお供、キャベツの千切り。――――まぁまぁ使えるんじゃないか。味にバリエーションあるから飽きも来なさそうだし」
「うーん、じゃあ買っちゃおうかなぁ」
多少所帯じみているというか家庭感が強く出ているが、香凛との関係は良好だ。
それもそのはず。
意識の切り替えが難しいという問題はあるが、何せスタート地点で既に同棲している状態なのである。
長年こんな身近で暮らしていればお互いの駄目なところも見えていて、今更小さなことが一々気になったりなんかしない。気になっても、口に出して指摘ができる。気心が知れている。喧嘩になることなどほとんどなく、小さな口論はしてもすぐに収束する。
例え大きく揉めることがあっても、仲直りする術を知っているのだ。
安定感は、十分にあった。
ただ、その安定感が物足りなさに繋がらないか、オレは密かに危惧している。
そんな心配をしているなんて、隣で今週の献立をあれこれ考え込んでいる香凛は、きっと全然分かっていないのだろうが。
0
あなたにおすすめの小説
君と出逢って
美珠
恋愛
一流企業を退職し、のんびり充電中の元OL純奈。だけど、二十七歳を過ぎて無職独身彼氏ナシだと、もれなく親から結婚の話題を振られてしまう。男は想像の中だけで十分、現実の恋はお断り。純奈は、一生結婚なんてしないと思っていた。そんな矢先、偶然何度も顔を合わせていたイケメン外交官と、交際期間をすっ飛ばしていきなり結婚することに!? ハグもキスもその先もまったく未経験の純奈は、問答無用で大人のカンケイを求められて――。恋愛初心者の元OLとイケメン過ぎる旦那様との一から始める恋の行方は!?
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
DEEP FRENCH KISS
名古屋ゆりあ
恋愛
一夜を過ごしたそのお相手は、
「君を食べちゃいたいよ」
就職先の社長でした
「私は食べ物じゃありません!」
再会したその日から、
社長の猛攻撃が止まりません!
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる