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第4話 みんななんにも分かってない

みんな分かってない【入籍編】 その14

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「「けっこん」」


 明日香と二階堂ちゃんが見事にハモった。
 向かいの席からまん丸な四つの瞳に見つめられた私は、気恥ずかしさに机の上のおしぼりを凝視しながら首肯を返す。
「はい、あの、そういうことになりまして」
「「結婚!!」」
 二人がまた繰り返す。
 ハモられると、余計に照れる。


 二度単語を繰り返して、ようやく意味を咀嚼できてきたらしい。二人の目が驚きから興味津々な色へきゅるんと変化した。
「えー! 良い発表があるって早く言っておいてよぉ、そしたら今日もうちょっと雰囲気あるとこにしたよー! ここ、美味しいから超オススメだけど、"へい、らっしゃい!"とかかけ声飛び交ってるおじさん率高めのとこだよ、でろあまな話聞くのに向かな……いや、根掘り葉掘り聞きまくるけど!」
「今度お祝いしよ、お祝い! なんかとにかく取り敢えずおしゃれな場所でお祝いしよ! 最初の乾杯がシャンパンとかになるようなとこ!」
 二人ともそう一息で言い切って、それから、
「とにかくおめでとう!」
「おめでとうおめでとう」
 とお祝いの言葉をくれた。


 照れるけど、純粋に嬉しい。


「あ、ありがとう」
 おめでとう、と言ってもらえて嬉しい。
「やだー、照れちゃってかわいー、乙女の顔じゃーん」
「ちょ、もう一回乾杯しよ、乾杯」
「しようしよう、よしーーーーでは香凛と、香凛と、えっとお相手のお名前……」
「ゆ、征哉ゆきやさんです」
「うん、では香凛と征哉さんの新たな門出を祝して! 結婚、おめでとう、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 カツンカツン、とグラスが小気味の良い音を鳴らす。


「それにしても結婚かぁ……早い! いや、早くない? 四年くらい? 付き合ってたんだもんね、そうかそうか」
 喉を潤した明日香が染々と呟く。
 そう、あの奇跡的に気持ちを受け入れてもらえた日から、もうそんな月日が経つのだ。あっという間とも思うけれど、振り返って覗けば語りきれないほどの思い出で埋め尽くされていて、色んなものがぎゅっと凝縮された四年だった。
「え、ちょっと聞いてもいい? 色々聞いても大丈夫?」
「えっと、そうだな、馴れ初めとかはちょっと説明がややこしいのでご勘弁を……えっと、それ以外なら」
 こうして報告してみてたからには、もちろんある程度覚悟している。父娘関係についてはさすがに話せないけど、それ以外は訊かれれば話す心積もりはしてきた。
 でも、人に自分の彼についてしっかり話すという経験が初めて過ぎて、正直めちゃくちゃドキドキする。ドキドキの中には、単なる緊張だけじゃなく、不安もある。
 二人になら話してもいいと思ったからこうしている訳だけど、正直年の差とかもどういう反応を返されるかまったく予想がつかない。


「じゃあ写真。お顔が見たいです」
 二階堂ちゃんのリクエストはさっそく勇気のいるものだった。
「写真! 写真ない?」


 写真。


「えぇっと……」
「ちょっと明日香さん、顔出しNGですって」
「やだわ、香凛さんったら独占欲がすごくってよ。それか心配性なのかしら、よっぽどのイケメンがお相手だとか」
まごまごしてると、ハードルがどんどん勝手に上がっていく。
「いや、その」
 ごほん、と最初にちょっと断っておく。
 間違いなく、二人の想像している年齢よりは更に上のはずだ。だから予めお互い心の準備をしておきたいと、そう思う。
 多分頭の中には誤差数歳の爽やかイケメンが思い描かれてるから。
「あの、ちょっと歳が離れてまして」
 言ったら、まず明日香が頷いた。
「承知した」
 二階堂ちゃんが真似して続く。
「承知したした」
 緊張してたのに、思わず笑いが口を突いて出た。
「ね、ごめん、さっきからなんなのそのノリ、笑っちゃう」
「笑っていいから早く出すもん出しな、お嬢ちゃん。悪いようにはしねぇから」
「だからっ、明日香ってば、ふっ……!」
 気を良くしたらしい。明日香が更に芝居がかったセリフを繰り出してきて、耐えきれなくなってしまった。楽しい。
「ちょっと、待って、確かこの間……ふふっ」
 スマホの画面をスクロールする。しながら、ちょっと感慨深くなる。


 探せば、出てくる。征哉さんの写真が出てくる。
 何だそんなこと、と思われるかもしれない。
 でも今まで、関係が変わってからこっち、二人で写真を撮ったことなんてなかった。征哉さん単体で、というものもない。
 本当は写真欲しいなと思う瞬間もあったのだけど、躊躇いの方が勝って強請ったことはなかった。


 スマホで撮った写真を見せ合いっこなんてのは、よくあることだ。
 やれこの間行ったカフェが可愛かったとか、旅行に行ってきたんだとか、近所のネコちゃんがキュートで堪らないとか。
 そういうことでスマホの画面は無防備に晒されていたし、時には自分の手を離れてスクロールされるなんてこともなくはなかった。


 危ないかもしれないな、と思ったのだ。
 もし写真があったら、それが例えば親密そうなものだったら、見られてあれこれ訊かれたり、変な憶測をされたり、そういうことになりかねないと思った。それが何か征哉さんの不利益になるかもしれない。
 そう思ったら、用心に用心は重ねて然るべきだと思ったのだ。


 そんな私のアルバムに、だけど今はもう彼の写真がある。
 小さなことかもしれないけど、それが嬉しい。


「あの、こちらです」
 そろりと画面を差し出すと、二人は食い入るように見つめ、そして揃って声を上げた。
「イケオジ!」
「分かる、イケオジ!」
「え、何この絶妙かうっすらとした渋み。若さと渋さの奇跡のバランス!」
「一体どうしたらどこでこういう人と知り合うの……上司にいたら、毎日会社行くモチベーションになりそう」
 見せたのは、先日行ったブライダルフェアで会場の人が撮ってくれたものだ。お二人で式場をバックに写ってる様子を見たら、きっともっと具体的なイメージが湧きますよ、と。


「お式は? するんだよね?」
「えっと、身内だけで簡単に、とは思ってる」
「あぁ、上司とか呼ぶとなると面倒だもんね……向こうとこっちの招待客のバランスとかもあるし」
「えー、でも香凛のウェディングドレス姿見たかったな。あ、和装も似合いそう」
「あー、一応写真は両方とも撮ってもらう予定なんだ。その、式を大々的にはしないから、その分ってことで、両方着たらいいって」
 どっちかでいいよと言ったら、オレが見たいんだと返された。
「ひゅー男前」
 そういう風に言われたら、素直に頷くしかなくなる。
 実は私も征哉さんのタキシード姿と和装姿、どっちも見たくて仕方なかった。
「写真撮ったら絶対見せて。見たい見たい」
「うん」
 二人の反応が好意的でホッとする。褒められて、嬉しくなる。


 征哉さんは、知らないだろうな。
 この写真を撮ってから、私が気持ち悪いくらいに事あるごとに見返してはにまにましてること。


 写真一枚が、宝物になる。
 離れて暮らしている間、寂しくて不安で、本当は会いたくて。
 でも我慢しなきゃって思った。
 声を聞きたい、と思ったけど、電話をかければもっと心がぐらつくだけだろうと分かっていた。
 そんな私の唯一の慰めになったのは、ずうっと昔、高校の入学式の時こっそり盗み撮りした写真だった。
 と言っても盗み撮りだったため微妙にピンぼけしているし、小さ過ぎて表情も判然としない残念な画像だったのだけど。
 でも、だからこそ自分のスマホに私はそのデータを置いておけたのだ。他の人から見たら何が主題か分からない、何の意味もないような画像だったから。


 まだ、私の父親だった頃のピンぼけ写真。


 そんなものしか持ってなくて、けれどそれでも私には大切なよすがで。
 一人の部屋で、何度もぼんやりと繰り返し眺めた。


 でも、でも今はもう違う。気にしなくていい。
 何もかもを手放しでという訳にはいかないかもしれないけど、人に話せる。この人が私の大切な人なのだと言えるのだ。


「年、離れてるってどれくらい?」
「じゅう…………じゅうろく?」
 訊かれて、恐る恐る答える。
「えー、そんな離れてるように見えないよね? え? 明日香、すごくない?」
「すごい」
 ちょっと失礼、と明日香が画面をスワイプして拡大する。そしてまたすごい、と繰り返す。
「十六上って普通もっとおじさんじゃない? ほら、香凛のとこの篠崎チーム長とか、人事の町田課長とか同じくらいだよ。でもイコールで結べる感じじゃないよね、体型もしゅっとしてるし」
 どうやら日頃の食事とジム通いが功を奏しているらしい。
 確かに出された名前の方々を浮かべると雲泥の差、ごほん、いやでも断然征哉さんの方がイケてます。間違いない。
「実物、実物が見たい」
「分かる」
「だって写真でこのクオリティだよ、実際はもっと威力ありそう」
「威力って」
 嬉しいけど、でもあんまりハードル上げられるのもあれだ。


「はぁ、二人が並んでるとこ見たい。それを見てにまにましたい」
 うんうん、と明日香が隣で深く頷く。
「にまにましながら、それを肴にお酒呑みたい」
「明日香さんのそれは、結局ただ呑みたいだけなんじゃないですかね」
 だって、よそのカップルの様子なんて、犬も食わない類いのやつだ。
「分かってないなぁ……そりゃまぁ人間ですから、他人の幸せが妬ましい時もありますが」
 でも、明日香は言った。
「基本的にね、近しい人の幸せは漏れてる分を啜りながら過ごすの。幸せも不幸せも受け取り方次第で伝染するから、どうせなら楽しい方がいいでしょ」
 にっこり、満面の笑みが向けられる。
「私は恥ずかしそうにしてる香凛ちゃんを眺めてるの、すごい楽しい」
「単純に面白いがってません?」
「面白がっているのではなく、微笑ましく思っているのです」




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