END OF INFERNAL NIGHTMARE

弥黎/mirei

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:1-4都市:

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 オズの乗ってきたバイクで舗装された道を、轟音を響かせながら疾走していく。辺りにはまだ人工物はなく、草原が広がっている。
「___そうだ、召化兵についてまだ話があるんだった......聞こえてるか?」
「もう少し大きい声で......それで?」
「召化兵は、化け物じみた身体能力と引き換えに感情を抑制されている......が、どうやら抑制する魔法が不十分らしい」
「なんで分かるの?」
「昨日言っただろ?"素敵な歓迎"って」
「......もう少し穏やかなのを想像してた」
「___で、数分の戦闘でその抑制魔法が"バテた"......警備部隊みたいなやつらに召化兵が数人ついてたんだが......その召化兵の所為で全滅さ」
「とんだサプライズね」
「だが常に感情抑制がある訳じゃない、必要な時にだけ抑制がかかる___」
「......つまり?」
「つまり戦う羽目になったら煽らず、冷静に、素早く終わらせるんだ......面倒になるからな」
「......もしかしてオズ、怪我した?」
「心配か?ふん、らしくもない」
___話しているうちに人工の道路に合流し、都市内へつながる巨大なゲートが近付いてくる。都市の最外縁部だが活気づいている。ある程度中心部に向かってバイクを走らせて適当な道路脇へ止めた。
「それじゃ、あとで」
「一人で大丈夫か?」
「子供じゃない」
「はいよ、じゃあな」
 オズが去っていくのを見送り、都市の中心に向かって歩き出す。日の光は、網目状に伸びた建物の隙間から射してくる。周りの建物は個々が主張するようにそびえ建ち、所々架橋によって複雑にビル群を結んでいる。図書館では絶対に感じることのない大量の人の気配。歩道を川の様に人々が忙しなく動いていた。一通り見渡して、つば広の帽子を被り直し目的地へ歩き出す。人の波を避けて歩くことは容易だったが、いくら進んでも無機物な光景が続き人々の喧騒が響くばかりの風景にメアは欠伸がこぼれる。やっぱり得意じゃないかも、と心の中で呟きながら目的の方向へ向かって歩いて行く。
 しばらく歩いて、人の波から離れて裏路地に入っていく。足音が遠のき、背後から響いてくる。裏路地に入ってすぐの所にぼんやりとした橙色の明かりを零す店があった。窓ガラスの模様を地面に照らし、看板には『紅茶専門店"エリーゼ"』と記されている。ドアを開けると低いベルの音が響き、紅茶の香りがより一層深まる。
「いらっしゃい......おやおや、随分可愛らしいお客さんがいらしたねぇ」
年老いた男性の声が奥から聞こえてくる。
「こんにちは」
返事をして颯爽と中に入って行くと、店内には瓶に詰められた茶葉が棚に所狭しと並んでいた。
「きっとだれも来ないから、ゆっくり見ていきなさい」
そう言うと店主は、奥から秤を取り出して再び奥へ消えていく。ちょうどいい時間潰しにとメアは店内を片端から見て回る。棚から目に止まった小瓶を手に取りカウンターに置く、それを何回か繰り返してカウンターに置いた瓶を見比べる。
「......これにします」
「はいよ、他のも一回分おまけするからね」
店主は慣れた手つきで茶葉を袋へ詰めて手渡される。___お金は図書館に置いてあった古い募金箱の中身で済ませた___。袋からは数種類の紅茶の香りが漂ってきていた。
「あの、最近大きな出来事って何かありましたか?」
「出来事......それらしいものはいくつか起きてるが、君は都市に住んでいないのかね?」
 おまけ用の小さい袋へ詰め込む途中で動きをやめ、店主がこちらに向き直る。
「......少し、離れたところに住んでいて」
「都市の外かい......失踪事件以外は平和だよ、この都市の発展ぶりも昔から変わらないがね」
「......そう、ですか」
「そう、平和が一番だよ」
にっこりと笑って紙袋を手渡す。
「またいらっしゃい」
「はい、また___」
店を後にして、暫く路地裏を進んで行くと、表の遊歩道と繋がっていた。
 周りの人間の声や歩道の下方で行き交う車両の騒音が四方から鮮明に響いてくる。目的の魔導技研の建物が遊歩道の先に見えていた。幅の広い通りの先に高いビルが建ち並び、青い歯車に赤い線で簡素な魔法陣が描かれている。建物のすぐ隣に地下へ続く下りのトンネルがあり、大型のトラックが絶えず出入りしていた。ビルの周りや屋内を行き交う職員が遠目から伺える。
 すぐ下をトラックが通って行く最中、近くの手すりに寄り掛かり貨物内を透視する。運ばれているものは"魔鉱"と呼ばれる魔力や電子情報を記憶する石材。他にはコンピュータやなにかの実験材料が行き来していて___。
「あれは......」
ひとつだけ、他とは違って貨物内に人の気配がある車両を見つけた。中には三人の気配が感知できて、うち一人が憔悴しきっているのが伺える。その両側に二人が見張るように立っているのを最後に、魔導技研内に続くトンネルへ消えていく。追いかければすぐにでも___
「君!何してるんだ」
 後ろから白衣姿の若い男性が声を掛けてきた。透視に集中して周囲に気を配れなかったとメアは悔やむが、一切気に留めず男性の方へ満面の笑みで振り向く。
「あのー、お父さんとーっ、待ち合わせしたいんですけどーっ、待ち合わせの場所がーっ分からないんですー......よ」
「お父さん、ここで働いてるのか?」
「......はい」
「部署とか、分かるか?」
「い、いえ」
男は首を傾げて考え込んでいる最中、メアは笑いが込み上がってくるのを必死に抑えていた。
「___あいつの娘さんかなぁ......とりあえず付いて来なさい」
「はーい、わざわざありがとうございまーす」
 我ながら汚い手を使った、一体誰に似ていたのだろうと口の中で呟きながら男の背後で肩を小さく震わせていた。近くの階段を降りてトンネル内の整備用通路を使い、施設の奥へ進んで行く。通路は車道よりも数段上がったところに設けられており、橙色の薄暗いライトが奥へ続いていた。等間隔に置かれた非常灯だけが足元に置かれている殺風景な光景が暫く続き二人分の足音とトラックのエンジン音がトンネル内を騒がしくしている。
「君、この先の___ッ!!︎」
男が振り返ると同時にメアが手をかざしていた。光の鎖が男に向かって素早く伸び、巻きついていく。次の瞬間には、鎖は溶け込むように男の体に消えていき、引きつった表情は次第に無表情になっていった。
「___戻って、忘れて」
「......」
男は何も話さず、ゆっくりと来た道を戻って行った。
「悪いけど、此処からは一人で行かせてもらうよ」
ゆっくりと戻って行く男の背中を見送り、再び歩き出す。
 暫くしてトンネル抜けると、白いライトで万遍なく照らされていた立体駐車場に出た。壁には上階に向かうための簡素な階段が伸びているのが見える。先ほどの憔悴しきった気配はそこまで遠くない位置、二層目最奥にいることが分かる。メアは二階めがけて地面を蹴り、音もなく、無駄のない動作で二階に着地する。気配を殺し、目的のトラックの前までたどり着く。早速トラックに感覚を集中させると、変わらず三人の気配があった。
 荷台のシャッターを三回ノックする。すると曇ったノック音が向こうから幾つか返ってくるが......特に何もない。再びノックをすると先程よりも強くなって返ってくる。同じ様な強さでノックを返すと、シャッターが勢いよく開いた。
「あぁもう誰だ!いい加減に___」
開くと同時に貨物内へ身体を滑り込ませ、シャッターを持ち上げた男の脚を蹴る。バランスを崩したところをすぐさま壁に叩きつけると、トラックが横に大きく揺れた。男は地面に伏して気を失い、被っていたヘルメットには大きな亀裂ができていた。
「貴様!何者だ___」
もう一人の男がトラックの揺れをものともせず小銃を構えるが、それより素早く光の鎖がメアの腕から飛び出し、甲高い金属音と共に巻き付き拘束する。
「な、何をするッ!?」
「こっちが先、何をしてるのか教えて」
 話しかけると共に鎖が男の中へ消え、強張った顔は前の職員同様にどこでもなく、空を見つめる。ヘルメットを被っているから、どの辺りを見つめているのかは分からない。
「___これは......召化兵の実験体......我々はこれの護衛を任された......他は知らない」
シャッターが自重で閉まり、荷台内の非常灯がぼうっと照らす。男が機械的に話し終えると奥を指差した。見やると、鎖だらけの柱に貼り付けにされた人間が見える。衰弱している気配の元はこれだろう。
「忘れて、出て行って」
 シャッター付近で倒れている男にも鎖が伸びていき、身体の中へゆっくりと消える。男二人は意識を完全に失っていた。
「......」
鎖の柱へ近づくと、鎖に巻かれた人が見えた。静かになった貨物の中で小さな息遣いが木霊する。
「誰......?」
「大丈夫"敵"じゃないわ」
ゆっくりと近付くと......磔にされた女の子が見えた。容姿はメアよりも幾つか下に見える。眼前まで近付くと、目隠しをしているのが分かった。
「......目隠し、外すよ」
俯いた顔から目隠しを外すと、水色の瞳がゆっくりとメアを見つめる。
「あなた、は......?」
「メア、名前は?」
「............ミリア」
「これは、何があったの」
「何も、思い出せません」
震える声で答えるミリアの身体が傷や縫合跡だらけなのにメアは気付く。此処が予想通り、人の道を外れた実験をしていることは分かったと小さく呟く。
「どうであれ、あなたを助けに来たの、鎖外すよ___」
「駄目です......ッ!」
 メアが鎖に触れようとした瞬間、ミリアが身をよじり鎖が擦れ合う鈍い金属音が響く。
「覚えてるのは、自分がミリアって呼ばれていたことと......血が欲しいって、頭の中で何度も何度も......!」
ミリアが遮ると、その瞳は次第に紅色に染まってゆく。
「まるで吸血鬼......でも、放っておく気はないよ」
「自分でも押さえ付けることが出来ないんです......貴女も傷付けてしまうかもしれない!」
「大丈夫、そんなやわじゃないから......さっきの聞こえてたでしょう?」
ミリアは顔を上げて探るような表情を見せるが、すぐに俯いてしまう。
「___なぜ、助けるんですか......?」
「あなたが人間だから」
「ヒトなんかじゃない......きっと化け物なんです」
「自分で、そう思う?」
「......」
「私は人じゃないけど___」
 メアの声を掻き消す様にトラックにエンジンがかかり、非常灯が一瞬暗くなる。重心が後ろに引っ張られる感覚が無くなる頃には非常灯が元の明るさに戻っていた。ミリアの足元には涙が、小さな水溜まりを作っていた。
「......そう、思いたくないです」
「その気持ちが少しでもあるなら、きみは人間だよ」
メアが鎖に触れると一瞬の光彩の後、弾けて霧散した。続けて運転席側の壁に手を当てると鎖が壁に吸い込まれ、金属の軋む音と共にトラックが急停止する。
「後のことは後で考えなよ、ミリア」
「......はい」
 鎖から解放されたミリアは、身体中に傷跡があり、傷を抑えるようにしてゆっくりと立ち上がる。
「傷治してあげる、見せて___」
「ふッ......!」
声を掛けようとした瞬間、差し出した手を引っ張りメアの首に飛びつく。鋭く伸びた牙で首筋に噛み付き、流れ出た血をミリアが飲む。メアは動かずじっとその様子を見つめていた。
「............ぁ......」
恍惚とした表情から恐怖の表情へ変わって行くにつれて紅色の目が水色へ戻っていき、傷も呼応するように消えた。
「ごめんなさい!と、止められなくって」
「いい、気にしないで」
メアが傷口を指でなぞると小さな光の鎖が後に続き、首にできた傷は跡形もなく消えていた。
「ほら、出よう」
「......」
 シャッターを勢いよく上げる、金属の軋む音がトンネル内に再び響いた。どうやらトラックはトンネル出口手前で停車したようだ。トラックから出るミリアに手を貸して外へ向かって歩き始めると同時に、再びメアの魔法を受けたトラックは、再び走り出した。
「メア、さんの......その、魔法は」
「これ?」
手のひらに溢れるくらいの鎖を生成してみせる。鎖はすぐに霧散し、手のひらは空になった。
「えっと、私は魔法?が使えなくて、だから珍しくって」
「そう......」
暫くの沈黙が続き、トンネルの出口に近付いてきていた。
「取り敢えず、知り合いに安全な所へ連れてってもらうよ」
「メアさんは?」
「用事が残ってる、あなた一人を別の場所に転送するから」
「そんなこともできるんですか?いいなぁ......」
 日の光が目の前まで迫ってきている。遠くからは街の喧騒が聞こえてきた。
「オズという男の元に転送するから___」
ミリアの周りを光の鎖が筒状に伸びてゆく。鎖は一段と強い光を放つと、ゆっくりと回り出す。
「オズに何を言われても"図書館へこの子をお願い"って彼に伝えて」
「はい、分かりました」
低い鐘の音と共に閃光がゆっくりと消え、ミリアはその場から消える。
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