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第三章:それでも守りたい
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小雨が降る夜だった。
傘を持たずに出ていった彼女の背中を見送ってから、僕はソファに座ったまま落ち着かなかった。
少し肌寒い季節で、彼女は上着も薄く、スマホの充電もしていなかった。
“気にしすぎだ”と、何度も自分に言い聞かせた。
けれど時計が20時を回った頃、とうとう玄関から音はしなかった。
スマホを握っても、連絡を入れる勇気が出ない。
なぜなら、彼女は「干渉されること」が何より嫌いだったから。
“見守る”という名の静寂も、ときに無力だと知っているくせに、それでも僕は扉の外へ出られずにいた。
けれど、気がつくと僕は、タオルと傘を手に玄関を開けていた。
---
彼女は、公園脇の小さな裏道にいた。
肩をすくめてうずくまり、足元には何かを蹴り飛ばした痕。すぐそばに、二人の男。
「やめてください」と言ったのは、僕だった。
ふたりは振り向き、笑ったような声を漏らした。
「んだよ兄ちゃん、知り合い? そっかそっかー、カップル邪魔しちゃ悪いよな。なあ?」
そのとき僕は、殴られるかもしれないと一瞬思った。
けれど、不思議なことに、怖さはなかった。
ただ、彼女をこのまま一人きりにしたくなかった。
「帰ろう」と彼女に言って、手を差し出した。
彼女は、手は握らなかったけれど、一歩だけ僕の方に足を向けた。
それだけで十分だった。
---
家に戻ってタオルを渡すと、彼女は無言で受け取り、しばらく濡れた髪のままリビングに座っていた。
僕がその横で体を拭きながら言った。
「大丈夫?」
返事はなかった。けれど、彼女がうなずいたのが見えた気がした。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……ほんと、バカみたい」
「バカでもいいよ。君が無事なら、それでいい」
それは嘘じゃなかった。
体に残る痛みよりも、隣にいることのほうが何倍も大事だった。
---
その晩、久しぶりに彼女の声を長く聞いた。
「私ね……どうしていいか、わからなかったの。あのときも、いまも。
誰かに助けられると、また期待しそうになる。でも、裏切られるのが怖いの」
彼女の頬に、涙がひとすじ落ちた。
僕は何も言わず、そっと湯を沸かしに立った。
ハーブティーを淹れて差し出すと、彼女は静かに笑った。
「……あなたって、そういうとこ、ずるいよね。
責めたり、詰めたりしないくせに、ちゃんと隙間に入り込むんだもん」
「そうかな」
「うん。……でも、助かった。今日はほんとに」
その言葉を聞けただけで、傷の痛みが少し消えた気がした。
---
その日から、僕は彼女の「視界」に入るようになった気がする。
食卓の向かいに座るとき、ほんのわずかに目が合うようになった。
僕のいる空間が、「空気」ではなく、「人」として存在している気がした。
けれど、それでもなお、僕たちは“契約でつながっている”という事実だけは変わらなかった。
与え、与え続けることが僕の役割なら、
受け取ることを望んではいけない——と、自分に言い聞かせ続けた。
傘を持たずに出ていった彼女の背中を見送ってから、僕はソファに座ったまま落ち着かなかった。
少し肌寒い季節で、彼女は上着も薄く、スマホの充電もしていなかった。
“気にしすぎだ”と、何度も自分に言い聞かせた。
けれど時計が20時を回った頃、とうとう玄関から音はしなかった。
スマホを握っても、連絡を入れる勇気が出ない。
なぜなら、彼女は「干渉されること」が何より嫌いだったから。
“見守る”という名の静寂も、ときに無力だと知っているくせに、それでも僕は扉の外へ出られずにいた。
けれど、気がつくと僕は、タオルと傘を手に玄関を開けていた。
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彼女は、公園脇の小さな裏道にいた。
肩をすくめてうずくまり、足元には何かを蹴り飛ばした痕。すぐそばに、二人の男。
「やめてください」と言ったのは、僕だった。
ふたりは振り向き、笑ったような声を漏らした。
「んだよ兄ちゃん、知り合い? そっかそっかー、カップル邪魔しちゃ悪いよな。なあ?」
そのとき僕は、殴られるかもしれないと一瞬思った。
けれど、不思議なことに、怖さはなかった。
ただ、彼女をこのまま一人きりにしたくなかった。
「帰ろう」と彼女に言って、手を差し出した。
彼女は、手は握らなかったけれど、一歩だけ僕の方に足を向けた。
それだけで十分だった。
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家に戻ってタオルを渡すと、彼女は無言で受け取り、しばらく濡れた髪のままリビングに座っていた。
僕がその横で体を拭きながら言った。
「大丈夫?」
返事はなかった。けれど、彼女がうなずいたのが見えた気がした。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……ほんと、バカみたい」
「バカでもいいよ。君が無事なら、それでいい」
それは嘘じゃなかった。
体に残る痛みよりも、隣にいることのほうが何倍も大事だった。
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その晩、久しぶりに彼女の声を長く聞いた。
「私ね……どうしていいか、わからなかったの。あのときも、いまも。
誰かに助けられると、また期待しそうになる。でも、裏切られるのが怖いの」
彼女の頬に、涙がひとすじ落ちた。
僕は何も言わず、そっと湯を沸かしに立った。
ハーブティーを淹れて差し出すと、彼女は静かに笑った。
「……あなたって、そういうとこ、ずるいよね。
責めたり、詰めたりしないくせに、ちゃんと隙間に入り込むんだもん」
「そうかな」
「うん。……でも、助かった。今日はほんとに」
その言葉を聞けただけで、傷の痛みが少し消えた気がした。
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その日から、僕は彼女の「視界」に入るようになった気がする。
食卓の向かいに座るとき、ほんのわずかに目が合うようになった。
僕のいる空間が、「空気」ではなく、「人」として存在している気がした。
けれど、それでもなお、僕たちは“契約でつながっている”という事実だけは変わらなかった。
与え、与え続けることが僕の役割なら、
受け取ることを望んではいけない——と、自分に言い聞かせ続けた。
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