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11 学生時代の話(叔父視点)
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俺は、自分がかなり変わった人間だと自覚している。
俺の兄も十分変わり者だと思うが、水無瀬家の跡取りとしての責務を真面目に果たそうとする筋金入りのド真面目人間だ。
世間一般で言えば、変わっているのは俺だけということになるのだろう。
兄は、子どもの頃から、俺の他愛もない研究の思いつきを真剣に聞き、質問を返し、ときには助言や別のアイディアまでくれた。
跡取りとして討伐任務に就くようになってからは、俺が「禍憑のデータが必要だ」と言えば現場に連れて行き、データ収集中の俺に危害が及ばないよう気を配ってくれる。
もちろん、頼りっぱなしは良くないことくらい、変わり者の俺でも理解している。
だから、自分の身は自分で守れるよう訓練も欠かさない。
研究のためなら何でもできる。
逆に、研究のためにならないことは針の先ほどもやる気にならない。
そんな俺を、兄はずっと見守り、支えてきてくれた。
その兄が――筋金入りのド真面目人間である兄が、高等学院の入学式のまさにその日から、少し変わったのだ。
剣の手入れをしている時でも、書籍を読んでいる時でも、ふと何かを考えている表情になる。
いつも無表情でやるべきことを粛々とやる、あの兄が、だ。
気になって尋ねると、兄は短く答えた。
「……同じ学級に、天御門家の長女がいる」
天御門家の長女といえば…天御門透子。
家格は言わずもがな上大位、神気量もそれに見合った多さで非常に優秀な令嬢と評判だ。
学院では「清楚な美貌で近寄りがたい雰囲気のまさに高嶺の花」と言われていた。
兄がわざわざ名前を出すという事実だけで、俺の中では十分な観察価値があると判断した。
「どんな人?」と訊くと、兄は少し考えてから言った。
「……物静かだが、よく通る声をしている」
それだけ。しかし兄が人を評価するなど滅多にない。
その夜、俺は観察記録帳に「兄、特定女性に関心あり」と書き留めた。
一年後。
俺が学園に入学した日、最優先任務はその人物の観察だった。
第一学級の列、兄の隣に座る少女。
天御門嬢は真っ直ぐ前を見据えていた。
休憩時間にこっそり教室を覗けば、二人で話している様子をよく見る。兄は普段と変わらぬ無表情のようでいて、彼女と話す時だけ声が柔らかい。
彼女が何か問いかければ、兄は簡潔に、しかし穏やかに答える。
間違いない。少なくとも兄は惚れている。
兄が他の令嬢と一言以上話しているところを俺は見たことがなかったからだ。
観察記録を更新して間もなく、別の興味深い人物を発見した。
沼安姫花。兄や天御門嬢と同学年で、どうやら天御門嬢に一方的なライバル心を抱いているらしい。
婚約者の有無に関わらず、顔の良い男子生徒に見境なく近づく傾向があり、異性との距離が異様に近い。その中でも、我が兄は彼女にとって最上位の標的だった。顔も良く、家格も高く、婚約者もいない(もっとも、沼安嬢にとっては婚約者の有無は関係ないようだが)。
兄は沼安嬢ほどあからさまではないが、多くの女生徒から密かに想いを寄せられているらしい。しかし、周囲の目には天御門嬢と兄は相思相愛で、誰もが「彼女でなければ釣り合わない」また、天御門嬢側からも、「彼でなけば釣り合わない」と暗黙のうちに認められていた。
それでも沼安嬢は、空気を読めないのか、あるいはあえて読まないのか、変わらず兄に接近を試みていた。
家格のあまり高くない男子生徒には一定の成果を上げていたようだが、兄を含む上位家柄の生徒たちには一切通じていない。当然だろう。あんなものを家に迎えれば、害にしかならない。
彼女に引っかかった者たちも、結婚相手と考えているわけではなく、あくまで遊びの範疇。沼安嬢はそれすら理解していないようだった。
やがて第三学年の春、兄と天御門嬢の婚約が発表されると、学園はしばらく騒がしかった。
俺はそんな浮ついた空気を横目に、研究室と家を往復する日々を変えなかった。
しかし、観察対象B——沼安嬢——の行動は、あの日から明らかに変化した。
それまで兄や天御門嬢の周囲にいた彼女が、今度は俺の視界に入り込むようになったのだ。
廊下ですれ違えば笑みを見せ、食堂では偶然を装って同席する機会が増えた。
俺はこの現象を冷静に分析する。
兄に振られた腹いせか、あるいは家格的な打算か。
どちらにせよ、わざわざ時間と労力を割いてご苦労なことだ、としか思わなかった。
そんな折、別方面からの圧力が加わった。
親戚が次々と勧めてくるお見合いだ。
「克己、お前もそろそろ相手を——」
耳にタコができるほど同じ台詞を聞き、何度か見合いに出向いたものの、結論はすべて同じだった。
話が通じない。
研究のことを語れば「もっと現実を見たほうが」と言われ、相手の興味に沿わない話題を振れば「変わった方ですね」と苦笑される。
こちらも社交的駆け引きには興味がなく、結果として「合わない」と断られるのが常だった。
やがて俺は気づく。
お見合いの場に座る時間も、会話を成立させるための思考も、すべて研究の妨げになっている。
ならば、最初から条件を満たす相手を選んでしまえばいい。
沼安嬢は兄への未練が残っているらしいが、俺の研究への無関心は一貫しており、互いに干渉しない距離感を保てそうだった。
何より、すでに「変わり者」と評判の俺に近づく覚悟を持っている時点で、他の候補より遥かに効率的だ。
これでいいか。
そう決めた瞬間、彼女は「副次的観察対象」から「契約結婚の相手」に昇格した。
いくつかの条件を提示し、それを了承のうえで婚約が成立。兄の結婚後、俺たちも籍を入れた。
沼安嬢にとっては、結婚できれば相手は誰でもよかったのだろう。第三学年ともなれば、すでに誰からも相手にされなくなっていたのだから。
ただし、俺の認識は甘かった。
この契約嫁が、兄の家族に多大な迷惑をかけていたことを、結婚以降、研究に没頭し、契約上の妻にも会わず、家にも帰らず、親戚の集まりにも顔を出さなくなった俺は、まったく気づいていなかったのだ。
今回の出来事は、ほんとうにこたえた。
いずれ、兄家族には別のかたちで必ず償わなければ。そう強く心に刻み、足早に研究室へ向かった。
== 補足 ==
この世界では、家格が上位であれば政略結婚もありえるが、基本的には当人同士の好意を前提に結婚が決まる。
蒼一と透子の場合、実はそれぞれの親が二人の関係に気づいており、透子の親が娘の幸せを思って婚約を打診した経緯があった。
ただ、どちらの親も口下手で、婚約の経緯を説明することなく「結婚が決まった」とだけ伝えてしまったため、当の二人は互いに、これは政略結婚だと勘違いしてしまったのだった。
俺の兄も十分変わり者だと思うが、水無瀬家の跡取りとしての責務を真面目に果たそうとする筋金入りのド真面目人間だ。
世間一般で言えば、変わっているのは俺だけということになるのだろう。
兄は、子どもの頃から、俺の他愛もない研究の思いつきを真剣に聞き、質問を返し、ときには助言や別のアイディアまでくれた。
跡取りとして討伐任務に就くようになってからは、俺が「禍憑のデータが必要だ」と言えば現場に連れて行き、データ収集中の俺に危害が及ばないよう気を配ってくれる。
もちろん、頼りっぱなしは良くないことくらい、変わり者の俺でも理解している。
だから、自分の身は自分で守れるよう訓練も欠かさない。
研究のためなら何でもできる。
逆に、研究のためにならないことは針の先ほどもやる気にならない。
そんな俺を、兄はずっと見守り、支えてきてくれた。
その兄が――筋金入りのド真面目人間である兄が、高等学院の入学式のまさにその日から、少し変わったのだ。
剣の手入れをしている時でも、書籍を読んでいる時でも、ふと何かを考えている表情になる。
いつも無表情でやるべきことを粛々とやる、あの兄が、だ。
気になって尋ねると、兄は短く答えた。
「……同じ学級に、天御門家の長女がいる」
天御門家の長女といえば…天御門透子。
家格は言わずもがな上大位、神気量もそれに見合った多さで非常に優秀な令嬢と評判だ。
学院では「清楚な美貌で近寄りがたい雰囲気のまさに高嶺の花」と言われていた。
兄がわざわざ名前を出すという事実だけで、俺の中では十分な観察価値があると判断した。
「どんな人?」と訊くと、兄は少し考えてから言った。
「……物静かだが、よく通る声をしている」
それだけ。しかし兄が人を評価するなど滅多にない。
その夜、俺は観察記録帳に「兄、特定女性に関心あり」と書き留めた。
一年後。
俺が学園に入学した日、最優先任務はその人物の観察だった。
第一学級の列、兄の隣に座る少女。
天御門嬢は真っ直ぐ前を見据えていた。
休憩時間にこっそり教室を覗けば、二人で話している様子をよく見る。兄は普段と変わらぬ無表情のようでいて、彼女と話す時だけ声が柔らかい。
彼女が何か問いかければ、兄は簡潔に、しかし穏やかに答える。
間違いない。少なくとも兄は惚れている。
兄が他の令嬢と一言以上話しているところを俺は見たことがなかったからだ。
観察記録を更新して間もなく、別の興味深い人物を発見した。
沼安姫花。兄や天御門嬢と同学年で、どうやら天御門嬢に一方的なライバル心を抱いているらしい。
婚約者の有無に関わらず、顔の良い男子生徒に見境なく近づく傾向があり、異性との距離が異様に近い。その中でも、我が兄は彼女にとって最上位の標的だった。顔も良く、家格も高く、婚約者もいない(もっとも、沼安嬢にとっては婚約者の有無は関係ないようだが)。
兄は沼安嬢ほどあからさまではないが、多くの女生徒から密かに想いを寄せられているらしい。しかし、周囲の目には天御門嬢と兄は相思相愛で、誰もが「彼女でなければ釣り合わない」また、天御門嬢側からも、「彼でなけば釣り合わない」と暗黙のうちに認められていた。
それでも沼安嬢は、空気を読めないのか、あるいはあえて読まないのか、変わらず兄に接近を試みていた。
家格のあまり高くない男子生徒には一定の成果を上げていたようだが、兄を含む上位家柄の生徒たちには一切通じていない。当然だろう。あんなものを家に迎えれば、害にしかならない。
彼女に引っかかった者たちも、結婚相手と考えているわけではなく、あくまで遊びの範疇。沼安嬢はそれすら理解していないようだった。
やがて第三学年の春、兄と天御門嬢の婚約が発表されると、学園はしばらく騒がしかった。
俺はそんな浮ついた空気を横目に、研究室と家を往復する日々を変えなかった。
しかし、観察対象B——沼安嬢——の行動は、あの日から明らかに変化した。
それまで兄や天御門嬢の周囲にいた彼女が、今度は俺の視界に入り込むようになったのだ。
廊下ですれ違えば笑みを見せ、食堂では偶然を装って同席する機会が増えた。
俺はこの現象を冷静に分析する。
兄に振られた腹いせか、あるいは家格的な打算か。
どちらにせよ、わざわざ時間と労力を割いてご苦労なことだ、としか思わなかった。
そんな折、別方面からの圧力が加わった。
親戚が次々と勧めてくるお見合いだ。
「克己、お前もそろそろ相手を——」
耳にタコができるほど同じ台詞を聞き、何度か見合いに出向いたものの、結論はすべて同じだった。
話が通じない。
研究のことを語れば「もっと現実を見たほうが」と言われ、相手の興味に沿わない話題を振れば「変わった方ですね」と苦笑される。
こちらも社交的駆け引きには興味がなく、結果として「合わない」と断られるのが常だった。
やがて俺は気づく。
お見合いの場に座る時間も、会話を成立させるための思考も、すべて研究の妨げになっている。
ならば、最初から条件を満たす相手を選んでしまえばいい。
沼安嬢は兄への未練が残っているらしいが、俺の研究への無関心は一貫しており、互いに干渉しない距離感を保てそうだった。
何より、すでに「変わり者」と評判の俺に近づく覚悟を持っている時点で、他の候補より遥かに効率的だ。
これでいいか。
そう決めた瞬間、彼女は「副次的観察対象」から「契約結婚の相手」に昇格した。
いくつかの条件を提示し、それを了承のうえで婚約が成立。兄の結婚後、俺たちも籍を入れた。
沼安嬢にとっては、結婚できれば相手は誰でもよかったのだろう。第三学年ともなれば、すでに誰からも相手にされなくなっていたのだから。
ただし、俺の認識は甘かった。
この契約嫁が、兄の家族に多大な迷惑をかけていたことを、結婚以降、研究に没頭し、契約上の妻にも会わず、家にも帰らず、親戚の集まりにも顔を出さなくなった俺は、まったく気づいていなかったのだ。
今回の出来事は、ほんとうにこたえた。
いずれ、兄家族には別のかたちで必ず償わなければ。そう強く心に刻み、足早に研究室へ向かった。
== 補足 ==
この世界では、家格が上位であれば政略結婚もありえるが、基本的には当人同士の好意を前提に結婚が決まる。
蒼一と透子の場合、実はそれぞれの親が二人の関係に気づいており、透子の親が娘の幸せを思って婚約を打診した経緯があった。
ただ、どちらの親も口下手で、婚約の経緯を説明することなく「結婚が決まった」とだけ伝えてしまったため、当の二人は互いに、これは政略結婚だと勘違いしてしまったのだった。
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