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14 再婚(姫花視点)
「話がある」と言われたのに、急な来客があって、私はひとり応接室で待たされていた。
蒼一さんの弟であるという一点で、まったく好きでもない変わり者の克己と結婚し、婚約中の遊びでできた子を、どうにか自身の子だと信じ込ませることに成功した。そう思っていた。
それなのに、九年も経ってからバレるなんて。
あの夫婦に会うたび、互いの不信感を煽るような言葉をさりげなく投げかけ、その関係がじわじわと拗れていく様子は、正直胸がすっとした。
だが、生真面目な二人は「家のため」と割り切り、順調に二人も子をもうけ、透子はますます生き生きしている。離婚の気配すらない。そのたび、苛立ちが募った。
克己はあの初夜以来、家に戻ることもなく、顔を合わせることもなかった。
けれど、それはむしろ好都合だった。好きでもなかったし、広い家に暮らせて、自由にできるお金もあり、水無瀬家の近しい親族という肩書きだけで一目置かれるのは悪くない生活だった。
花蓮の父親の見当はついている。あの時期、関係を持ったのは一人だけ。
今はどこで何をしているのかも知らないが、顔がいいだけの三男坊。優秀でもなく、継ぐ家もないはずだ。
父や兄に問い詰められるだろうが、絶対に口は割らない。
万が一探し出され、「嫁げ」と言われたら、間違いなく貧しい暮らしが待っている。
それなら、年の離れた人の後妻でもいいから、贅沢に暮らせる相手のほうがいい。
そんなことを考えていると、上機嫌そうな父が部屋に入ってきた。
兄はまだ当主として客人の相手をしているらしい。
父はソファに腰を下ろすなり、開口一番こう告げた。
「喜べ。お前の嫁ぎ先が決まったぞ」
「えっ? 花蓮の父親は嫌よ」
「いや、その男ならもう結婚して、中中位の家に婿に入っている」
情報の多さに、頭が追いつかない。
「……なんで花蓮の父親のことがわかってるの?」
「……我々下々のものにはわからない世界があるんだよ。それより――お前の結婚相手だが、辺境の灰ヶ峰で商売をしている方だ。あのあたりは若い女性が少なく、来てくれるだけで大歓迎だそうだ。年齢は四十。お前とはそれほど離れていない。神守ではないが、なかなか良い条件だ」
「辺境? 絶対に嫌よ! しかも神守じゃないなんて、ありえない!」
「お前、あんなことをしておいて、まだ神守としてやっていけると思っているのか? 今回の件は知れ渡っている。婚籍省に虚偽申告をした罪の重さは説明されなかったのか? 今は執行猶予中なのだ。次に何かやらかせば監獄行きだ。本当に次はない」
あまりのことに言葉を失った。そこまで大ごとになっていたなんて。
「お前は神守の社会にいれば、必ず何かやらかす。もっとも可能性が高いのは不敬罪だ。だからこそ、お前のためにも、この家のためにも、ここから離れるのが一番いい。……いや、これはもう決定事項だ」
「一ヶ月後には迎えが来る。仕事の都合で、先方が動けるのはその時期だけだそうだ」
胸の奥がざわつき、心臓の鼓動が早くなる。
勝手に決められてたまるもんですか。
けれど、父の目はいつになく冷たく、そこには「拒否権はない」と書かれていた。
反論すれば、さらに不利な条件を押し付けられる、そんな予感がした。
「……一ヶ月って、準備も何もできないじゃない」
精一杯の抵抗のつもりで言ったが、父は淡々と答える。
「持って行く荷物など最低限でいい。向こうでそろえてくださるそうだ」
私の意思なんて、はなから考えていない。
唇を噛みしめ、必死に平静を装う。怒りを見せれば、負けを認めるみたいで嫌だった。
辺境の灰ヶ峰、四十歳、平民。
今の私にとっては、まともな結婚先に分類されるのかもしれない。でも、すべてが屈辱だ。
(どうして……こんなはずじゃなかったのに)
「お前はもう、選べる立場じゃない」
父の言葉が胸に突き刺さる。
頭ではわかっている。ここで拒んだら、本当に監獄行きかもしれない。
でも、素直に従えば、二度とこの華やかな世界には戻れない。
灰ヶ峰。聞いたこともないような場所で、私はどうやって生きるのか。
贅沢も、噂話も、張り合いもない毎日なんて、想像しただけで息が詰まる。
それでも、今は黙って頷くしかなかった。
負け犬のように見えるのは癪だが、まだ完全に終わったわけじゃない。
行った先で、何か道は見つかるかもしれない。
私は負けない。
どんな辺境だろうと、この私が惨めなままで終わるなんて、絶対にない。
蒼一さんの弟であるという一点で、まったく好きでもない変わり者の克己と結婚し、婚約中の遊びでできた子を、どうにか自身の子だと信じ込ませることに成功した。そう思っていた。
それなのに、九年も経ってからバレるなんて。
あの夫婦に会うたび、互いの不信感を煽るような言葉をさりげなく投げかけ、その関係がじわじわと拗れていく様子は、正直胸がすっとした。
だが、生真面目な二人は「家のため」と割り切り、順調に二人も子をもうけ、透子はますます生き生きしている。離婚の気配すらない。そのたび、苛立ちが募った。
克己はあの初夜以来、家に戻ることもなく、顔を合わせることもなかった。
けれど、それはむしろ好都合だった。好きでもなかったし、広い家に暮らせて、自由にできるお金もあり、水無瀬家の近しい親族という肩書きだけで一目置かれるのは悪くない生活だった。
花蓮の父親の見当はついている。あの時期、関係を持ったのは一人だけ。
今はどこで何をしているのかも知らないが、顔がいいだけの三男坊。優秀でもなく、継ぐ家もないはずだ。
父や兄に問い詰められるだろうが、絶対に口は割らない。
万が一探し出され、「嫁げ」と言われたら、間違いなく貧しい暮らしが待っている。
それなら、年の離れた人の後妻でもいいから、贅沢に暮らせる相手のほうがいい。
そんなことを考えていると、上機嫌そうな父が部屋に入ってきた。
兄はまだ当主として客人の相手をしているらしい。
父はソファに腰を下ろすなり、開口一番こう告げた。
「喜べ。お前の嫁ぎ先が決まったぞ」
「えっ? 花蓮の父親は嫌よ」
「いや、その男ならもう結婚して、中中位の家に婿に入っている」
情報の多さに、頭が追いつかない。
「……なんで花蓮の父親のことがわかってるの?」
「……我々下々のものにはわからない世界があるんだよ。それより――お前の結婚相手だが、辺境の灰ヶ峰で商売をしている方だ。あのあたりは若い女性が少なく、来てくれるだけで大歓迎だそうだ。年齢は四十。お前とはそれほど離れていない。神守ではないが、なかなか良い条件だ」
「辺境? 絶対に嫌よ! しかも神守じゃないなんて、ありえない!」
「お前、あんなことをしておいて、まだ神守としてやっていけると思っているのか? 今回の件は知れ渡っている。婚籍省に虚偽申告をした罪の重さは説明されなかったのか? 今は執行猶予中なのだ。次に何かやらかせば監獄行きだ。本当に次はない」
あまりのことに言葉を失った。そこまで大ごとになっていたなんて。
「お前は神守の社会にいれば、必ず何かやらかす。もっとも可能性が高いのは不敬罪だ。だからこそ、お前のためにも、この家のためにも、ここから離れるのが一番いい。……いや、これはもう決定事項だ」
「一ヶ月後には迎えが来る。仕事の都合で、先方が動けるのはその時期だけだそうだ」
胸の奥がざわつき、心臓の鼓動が早くなる。
勝手に決められてたまるもんですか。
けれど、父の目はいつになく冷たく、そこには「拒否権はない」と書かれていた。
反論すれば、さらに不利な条件を押し付けられる、そんな予感がした。
「……一ヶ月って、準備も何もできないじゃない」
精一杯の抵抗のつもりで言ったが、父は淡々と答える。
「持って行く荷物など最低限でいい。向こうでそろえてくださるそうだ」
私の意思なんて、はなから考えていない。
唇を噛みしめ、必死に平静を装う。怒りを見せれば、負けを認めるみたいで嫌だった。
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(どうして……こんなはずじゃなかったのに)
「お前はもう、選べる立場じゃない」
父の言葉が胸に突き刺さる。
頭ではわかっている。ここで拒んだら、本当に監獄行きかもしれない。
でも、素直に従えば、二度とこの華やかな世界には戻れない。
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贅沢も、噂話も、張り合いもない毎日なんて、想像しただけで息が詰まる。
それでも、今は黙って頷くしかなかった。
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