ドラッグジャック

葵田

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15.「不釣り合いなランチ」

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 屋上はパッとしない天気で雲も多い空だった。風はないので寒くはないが、生温かい空気が憂鬱な気分に拍車をかけていた。
 ここのところ鈴華すずかは昼休みになると、屋上へとやって来ていた。しかし、相変わらずユキには会えない。しかし、代わりに学年一の人気者で秀才な高塚たかづか秀一しゅういちと顔を合わせるようになった。鈴華は不釣合いを感じつつも、二人並んで座って弁当箱を広げていた。
 秀一の弁当箱の中身は色とりどりで、栄養に加えて愛情もたっぷり入っていそうに見え、鈴華は自作の黒く焦げた玉子焼きが恥かしく隠しながら食べた。でも、秀一は「コレ、冷食だよね、絶対」と自身の弁当箱から手抜き料理を発見して、皮肉に笑った。
 そんな秀一だが、今日は食欲がないのか弁当を少しつついて、すぐにフタを閉じた。それを黙って見ていた鈴華は、心なしか頬がこけているのを気掛かりでいた。

「今日も、ユキちゃんいないね」
「えっ、う、うん」
「なに? オレの顔に米粒でもついてる?」
「ううん」

 つい、顔をじっと見つめてしまっていたのに気づかれ、慌てて首をぶんぶん振る。

「裏サイトにも動きないし。駅のロッカーはどうなってるのかな? 行って確かめてみた?」
「ううん、そこまでは……あまりウロウロしてたら見つかった時、怒られそうで……」
「ハハハ、それはあるね。でも、それが正しいよ。あまり下手にあのロッカーには近づかない方がいい気がするから」
「うん。ここもね、屋上も出会うまで来たことなかったから、いつもいるのかどうかは知らなくて……」
「この屋上って、本当は立ち入り禁止だもんね。今まで良い子に守ってたんだね。って、オレもだけど。あの机のバリケードを動かして、見つからないよう、また戻してまで上り下りは面倒だよ、誰でも」
「そういや、何で立ち入り禁止なんだろ?」

 何気ない質問だったが、秀一は一瞬だけ口を閉ざし、「知らないの?」と聞き返した。

「三年前に、この学校で飛び降り自殺があったんだ」
「え……」

 鈴華は敏感に反応して、ピクリと箸を持つ手を止めた。〝自殺〟というキーワードを身近に感じていたからだ。それを悟られないよう、すぐに再び手を動かす。

「詳しい原因とかは知らないけど、学級委員を務めるような真面目な生徒だって聞いたことあるよ。それと、あの階段のバリケードとは関係ないとも言われているけど、当時の生徒だったら、ここへは近寄りたくなくなるかもね」

 秀一は淡々とした口調で、そう説明した。鈴華は口元に運んだおかずをモゴモゴとさせていたが、何だか味がしなかった。
 よくニュースでインタビューを受けた人が、『優しくていい子だった』と決め台詞のように言っているのを見ると、鈴華は何故、何の取り柄もない自分がのうのうと生きているのだろうと思う。また、そんなことを思ってしまう自分がますます嫌になるのだった。

「そういえば、ってワケじゃないけど、先週、総合病院で若い女の子がOD自殺で亡くなったらしいよ」
「OD?」
「うん、オーバードーズで略してOD。つまり、大量服薬による自殺だね。西瀬高校の生徒だったって。もう、そこまでウワサは広がってる」

 この学校から、そう離れた距離ではなく、中学時代のクラスメイトが通っているはずだった。高校へ入学してからは、連絡のやり取りも減っていたが、まさかそんな身近な場所で起こったとは信じられず驚きは大きかった。

「ODで自殺って、どれくらいの量なの?」
「んー、バケツに一杯とか言われてるけどね。どう考えても無理だよね。それに、そんな大量の薬なんて、なかなか手に入れられないだろうしね」

「それって……」と口にした鈴華に秀一は感も鋭く、

「ユキちゃんは関係ないはずだよ」
「そ、そうだよね」

 そんな事があってはいけないし、あるはずもないと、当たり前だと、鈴華は願って信じた。けれど、仮にもユキが関与していたとして、薬を転売したという罪には問われても、直接的には何も手を下した訳ではない。

「でも、オレなら、大量服薬なんて確率の低い方法よりも、確実な飛び降りを選ぶけどね」

 そう言って、手すり壁に近づき下をグイッ覗き込んだ秀一に、鈴華はヒヤッとして悲鳴を上げそうになる。それと同時に、亡くなった本人の前ではないものの、そんなことを言ってもいいものなのか。冷たく非情で、不謹慎だ。教室でいる時の明るく優しい秀一からは想像もできない一言に、鈴華は少し耳を疑った。

「……ご飯、食べてる?」

 どことなく暗い横顔に、やはり気になって聞いてみる。

「なんで? フツーに食べてるよ?」

 自覚がないのか、ごまかしたのか。つい、先程の残した弁当については何も問題なかったように答える。

「天川さんは、よく食べてるみたいだね」

 一方の鈴華は、気分的には食欲がないが、胃だけはやたらと空腹を訴えてくる。昼食の弁当もいつの間にか空っぽだった。

「なんか、最近ちょっと」

 エヘッと、照れ笑いする。

「薬の副作用かもね。精神科の薬で十キロくらい体重増える人いるらしいよ。天川さんも、さすがに食後にポッキー三箱はやめておいた方がいいかも?」

 ランチトートバッグの中から見えているポッキーを秀一が見つける。

「ち、ちがうよ、これは……」

 ユキと一緒に食べようと思って、用意して持って来ていた。果たして、一緒に食べてくれるかは自信がなかったが。

「フツーのチョコとイチゴとショコラの三種もあるんだ? へぇ」

 すっかり勘違いされてしまったようで、恥かしくて隠そうとしたが、

「た、食べる? よかったら」

 開き直って、どうぞと言わんばかりに差し出した。弁当が食べられないなら、お菓子でもいいから何も食べないよりかは良いだろうと思った。

「いや、甘いのあんま好きじゃないんだ」

 意外な発言に絶句する。なぜなら、いつも家庭科クラブの女子からクッキーやらシュークリームを喜んで受け取っていたからだ。女子たちが知ればさぞかしショックを受けるだろう。だが、こうして時には優しい嘘もつけるのが、社交的な世渡り上手なのかもしれない。

「でも、食べ比べは面白いかも。どれが一番、美味しい?」
「あ、コレ! ショコラ!」

 食べてくれる気になったのが嬉しく、思わず声を弾ませる。それと一緒に、何も知らずにお菓子を渡す女子たちとは違って、本当は苦手なものをこうして受け取ってくれている事に少し優越感にも似た感情が生まれたが、後ろめたい気持ちにもなった。

「うーん、チョコとショコラの違いが分かんないんだけど?」
「そういや、ショコラって何だろ?」
「ググってみる?」

 会話の盛り上がりを下げぬよう、鈴華はすぐさまスカートのポケットからスマホを取り出して、検索しようとした。すると、

「あ、友達からメッセージきてる」

 全然気づかないでいた。とはいえ、まだ届いてから五分しか経っていない。それでも、鈴華には返信が遅いという感覚だ。

「ごめん、行かなきゃ」
「なんて? 今すぐ来いって?」
「そうは書いてないけど……」
「なら、別に戻らなくてもいいんじゃない?」

 昼休みは、あと十分残っていた。

「でも……」

 男子と女子の脳の違いというやつだろう。女子は常に行動を共にして、感じたことを共感し合う。

「天川さんって、ハッキリ言葉にしないよね。もっと自己主張しないと、自分の意志を持っていない弱い人間だって、下に見られるよ。友達と一緒にいるの見てたら、皆の顔色窺ってばかりで、それをいいことに面倒な頼み事、押し付けられたりしてるよね」

 鈴華は何も反論できずにうつむく。全くのその通りで否定する余地がなかった。

「こう言ったらどう思われるだろうとか、気にする必要は無駄だよ。逆に何か言われても同じ。傷つくのは損。こっちがいつまでも気にしてても、向こうは自分が何言ったかなんて、次の日になれば忘れているからね。バカバカしいよね。人って、都合良くできてるもんだよ」

 秀一は溜息交じりに言ったが、それは鈴華に向けてではなく、独り言のようだった。

「……ゴメン。えらそうに説教とか責めてるワケじゃないから。ただのオレの個人的意見。だから、オレに言われたからって、無理して変わろうとなんかしなくていいし、人の性格はそうそう変えられるもんじゃないからね」
「……やっぱり、変えられない?」

 鈴華は今まで変わろうと努力してきた。けれども、結果は現状に至る。心理学や啓発本など、一通り読み漁ってみたものの、あくまで理想論にしか過ぎなかった。

「自分の考え方は、ある程度コントロール可能かも。だけど、相手を変える事ができないのは百パーセントだよ。いつか伝わる時が来るのを願っても無理。こっちから行動起こさない限りね」
「……それって、難しいよ……」

 行動に移せるような強い精神を持っているならば、そもそも悩み事など抱えてもいなさそうだ。

「だから、最初から変わろうとしなくてもいいよ。ありのままの存在を認めてくれる人とだけ、関係を大切にすればいいんだよ」
「……うん」

 そんな人も、今はいないし、これからも現れる気もしなかったが、鈴華は希望を見い出したフリをして、頷いた。

「ゴメン。なんだか、辛気臭くなったね」

 秀一は周りの空気を入れ替えるよう爽やかに笑ってみせたが、その瞳に光はなく、うつろに濁っていた。そして、その目線は手すり壁の向こうにある。

 ポツリと、空から冷たい雫が落ちてきた。

「あ、雨」

 と、鈴華は手の平を上にすけると、そのまま腕時計を見る。あと五分で授業が始まる。

「戻ろ?」

 鈴華が言うと、「うん」と小さく返事が返ってきたものの、秀一は一向に動く気配がない。

「高塚くん?」

 再度、呼び掛ける。

「大丈夫?」
「先、行っててよ」

 と、視線は遠くのまま、灰色の雲に覆われる空のように、まつ毛を重く瞼に被せている。
 鈴華はやけに胸がざわついた。黒い雲がもくもくと渦巻く感じだ。何か嫌な予感がして後ろ髪を引かれたが、秀一を残して一人、屋上の階段を降りていった。
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