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動かざること山の如し

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 ミシオンがゲートを作り出すと、サスタスとレサーナがゲートへ入っていってしまった。創士はミシオンを見る。どうぞと手で促された。

 ゲートを抜けた先は険しい山の中腹だった。

「創士さん、これを見て頂けますか?」

 レサーナが指さしたのは巨大な鱗のような形をした泥の塊だった。

「これがどうかしましたか?」
「これを綺麗にして欲しいんです」
「この泥をですか?」

 レサーナはコクリと頷く。

「まぁ出来ると思います」
「ホントですか!良かった」

 とても嬉しそうな顔をしているレサーナ。やはりエルフは美しい。

「創士さん、それではよろしくお願いしますね」
「あれ?ドラゴンの長老は合わないんですか?」
「はい?ですからこの方ですよ」

 そう言ってレサーナは先程の泥を指差した。いや、指の先は少し上を向いている気がする。

 創士は眩暈がしてしまった。何故ならば、ここは山の中腹ではなく頂上だった。ではこの目の前の山はなんなのか。そうコレこそがドラゴンの長老だったのである。

「レサーナさん…ちょっと説明不足なんで、お伺いしてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「まず、まず一つ。この山っぽいのが長老でいいんですね?」
「はい」
「2つ目、さっき見たこの鱗だけでいいんですか?」
「いえ、長老の全ての鱗です」

 頭の中が痛くなってきた。

「3つ目、わざわざ僕に頼むってことは、キレイにしなければならない理由があるんですか?」
「そうですね、そこから説明しなくてはいけませんね」
(ちゃんとした人に見えたけど、この人も大概だな!)

 
 創士は今回の依頼内容をレサーナから聞いた。
 まずこの世界の常識として、この山のようなドラゴンはドラゴン族の長老。ドラゴンというのは、老朽化した鱗は剥がれ落ち、新しい鱗が生えてくる。老ドラゴンというのは若いドラゴンに比べ代謝機能が衰える、という事らしい。
 そして今回の問題点は、鱗が泥のようなもので固まってしまっているというところだ。ただの泥なら簡単なのだが、この場所特有の何かが硬質化させているのだろう。それが長年積もり積もって分厚い層になってしまった。
 レサーナが心配していたのは鱗が生え替わらない事で不衛生な状態になるため皮膚病等が発生しないか。泥の塊が重いので最近は動いていない長老の運動不足による病気の懸念だ。
 創士は泥っぽい塊を爪でカリカリしてみる。すこし削れる事が分かったので何とか出来るかもしれない。まずは一旦戻って道具を持って来ようと考えていた時である。

「お主…ニンゲンか?」

 頭の中に直接声が入ってくる。急に話しかけられてビックリしたが、ワイヤレスイヤホンに慣れていた創士は、すぐに順応した。しかし返答方法が分からず、とりあえず声に出して喋ってみた。

「はい、人間です。沖田創士と言います」
「ニンゲンとは…久しぶりじゃな。そこでなにをしておる?」
「レサーナさんに頼まれまして、鱗の清掃をしようかと」
「ふむ…まぁ好きにせい」

 どうせ出来ないだろうと言うように大きな鼻息を出した後、目を閉じて寝てしまった。

「レサーナさん、一旦帰ります。道具を持ってきてキレイに出来るか試してみますね」
「分かりました。私達も戻ります」

 3人はミシオンの部屋へと戻った。

「それでは沖田さん、後はお任せします。また何かあれば呼んでください」

 そう言い残しレサーナは部屋を出て行った。

「それでは私も魔王様の所へ行きますので失礼します」

 サスタスも部屋を出ていく。創士はミシオンに道具を取りに行ってくる旨を伝え鍛冶場へ向かった。


「ガンバスさん、ハンマーとたがねってあります?ちょっと貸して欲しいんですけど」
「…持ってけ」

 ガンバスは作業台を親指で指す。そこにあるのはどれも高そうなものばかりだ。

「もっとボロいやつでいいんですけど、試しに使うだけなんで」
「…全部俺が作ったやつだ。壊れても俺が直すからいい。持ってけ」

 ここまで言われては仕方ない。ハンマーとたがねを借りて、在庫として置いてあったウォーターガンを持っていく。


 長老の下に着く。掃除屋として何かを試す時は必ず目立たない端の方で試す。新しい洗剤だったり擦っても傷がつかないか試したり。今回は尻尾の先の方で試してみようと思う。指で長老の頭をさしてから「頭からこうなって、胴体がこうなって、尻尾がこうなってるから先端はアッチか!」と簡単な迷路をなぞるように尻尾の先を確認する。

 早速、鱗の泥部分にウォーターガンを当ててみる。上の層は簡単に削れたが下の層がなかなか削れない。今度はたがねを下の層に当てて、ハンマーでたがねの上をコンコンする。すると下の層も削れて本来の鱗の部分が見えてきた。

(なるほど、手順としては水でふやかしてから下の層を削って、仕上げにウォーターガンで洗うって感じか。それを小さい山一個分……どうしよう)

 創士が色々試していると声が聞こえてきた。

「お爺様、元気にしてらした?」
「おぉエーデルや、今日も来てくれてたのか」
「当たり前ですわ、お爺様最近元気ないんですもの」
「体が重くてのぉ、もう歳じゃて…」
「何を言ってますの!まだまだ現役ですわ!」

 長老と話している女性は孫娘なのだろうか。竜っぽい尻尾の生えた女性は楽しそうに話していた。創士は盗み聞きするのも悪いと思い、尻尾の先端でやり方を模索する作業に戻った。

 しばらくすると背後から声が掛かった。

「あなた、そこで何をしてるの?」

 先程の女性が創士話しかけてきた。

「…あなた!デッドアイの所の人間じゃない!あなた今お爺様に何しようとしてたの⁉︎」

 女性は戦闘態勢になるが、途端に長老の声が上から降り注いだ。

「エーデルや。大丈夫じゃ。そやつはレサーナが連れてきたんじゃ」
「レサーナが?」

 エーデルと呼ばれた女性は戦闘態勢を解除した。しかし、その表情は未だ創士を警戒しているようだ。

 創士はレサーナに頼まれた依頼内容をエーデルに伝えた。納得してくれると思っていたのだが、そう上手くはいかなかった。

「本当に?あなたデッドアイと組んで何か企んでるんじゃないの?」
「いや、そんな事ないですよ。アイ王女は僕がここにいる事もまだ知らないと思いますよ」
「怪しいわ!だっておかしいじゃない!人間が我々の為に何かをするなんて!」
「そうなんですか?まぁ僕この世界の人間じゃないですしね」

 エーデルは言葉に詰まってしまった。

「それに種族が違うからって、何かをしてあげたらダメなんですか?僕は魔王城に召喚されて魔王城で生活してきましたけど、色んな種族がいて楽しかったですよ。まぁ全部に会ったわけじゃないから何とも言えませんが」

 創士なりにカウンターを喰らわせたつもりだった。エーデルは何か言いたそうな顔をしているが、何も言わない。

「ニンゲンよ、そなた異世界から来たのか?」

 長老が喋り出した。創士は頷く。

「そうか…。エーデルよ。お聞きなさい。私は若い頃、異世界から来たニンゲンとやらと、よく戦ったものじゃ」

 エーデルは驚いた顔をして長老を見た。

「ま、返り討ちにしたがの。ホッホッホ!おそらくニンゲン側が召喚して送り込んできたのじゃろうて。ある時パッタリと来なくなった。ちょうど魔王が平和路線を目指した頃じゃの。それからしばらくは何も起きなかったが…ここ数年じゃの、おかしくなったのは」

 長老は困り果てたような口調に変わった。

「急にニンゲンが我々を攻撃してきた。それも冒険者ではなく、王城の兵士共がじゃ」

 確かにモンスター討伐といえば冒険者というイメージである。兵士は城の守護もしくは近隣の安全を守るくらいのものだと思っていたが、この世界は少し違っているようだ。

「奴らは遠征部隊を派遣し、魔物を見つければ駆逐し進軍している。いつもだったら勇者とやらを召喚して魔王城へ向かってくるはず。しかし今回は違う。今回は魔王様がニンゲンを召喚した。それがお主、そうじゃな?」

 創士は「はい」と答える。

「こちら側にニンゲンが召喚された『意味』があるはずじゃ。エーデルよ、少しはそのニンゲンを信用してやりなさい」

 エーデルは苦虫を噛み潰したような顔をした後、深呼吸をして普通の顔に戻った。

「分かりました。ですが!少しでも変な行動をした時は、分かってるわね」

 脅し文句にも似たその言葉に屈する事なく創士は返した。

「大丈夫ですよ。僕は貴方のような美しい人の言うことは必ず守るようにしていますから」
「なっ!」
 
 少したじろいだエーデルにお願いをしてみる事にした。

「エーデルさん、長老をキレイにする作業、手伝ってもらえませんか?」

 突然の提案に焦っている彼女。こういう時は有無を言わさず畳み掛けるのが創士流の処世術だ。

「明日の朝から作業を始めようと思います。今日1日考えてみてください」

 そう告げると創士は魔王城へ帰っていった。

 残されたエーデルは助けを求めるように長老を見たが、すでに老ドラゴンは眠っていた。
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