- Mix blood -

久悟

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第五章 四種族対立編

開眼

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 圧倒的な暴力の嵐が去り、あたりには重苦しい静寂だけが残された。
 皆、あまりの出来事に呆然と立ち尽くしている。
 だが、オレには呆けている暇なんてない。
 
「エミリー! 父さんを頼む!」
「分かってる!」

 叫びながら振り返ると、既にエミリーは父さんに快癒をかけるところだった。
 
 彼女の手から柔らかな光が溢れ出し、父さんの体を包み込む。見るも無惨だった火傷や裂傷が、見る見るうちに塞がっていく。
 その光景を見て、張り詰めていた糸がようやく緩んだ。大丈夫だ、生きている。

「そっちの女性はおそらくオレの母さんです! 手当てお願いします!」
「よし、治療施設へ二人を運べ! 急げ!」

 兵士たちが慌ただしく動き出す。ソフィアであろう女性が担架に乗せられ、砦内へと運ばれていった。
 その喧騒に意識を取り戻したのか、父さんがうっすらと目を開けた。

「ん……」
「父さん! 大丈夫か!?」

 オレは地面に膝をつき、父さんの顔を覗き込む。

「あぁ……ユーゴ、か……俺は……そうか、あの魔神にやられたんだったな……」
「あぁ、エミリーが治療した。もう大丈夫だ」

 恐る恐る、一番気になっていたことを口にする。

「……オレへの恨みは、まだあるか?」

 父さんは不思議そうに瞬きをした。

「お前への……恨み? 何の事だ……?」

 その瞳に、以前のような濁った狂気はない。
 魔力障害が治っている。やはりエミリーの快癒は万能だった。精神を蝕んでいた枷すらも取り払ってくれたらしい。

「良かった……父さん、魔力障害に冒されてたんだぞ……」
「俺が、魔力障害に……? そうか……マモンやアレクは?」

 そうか、記憶の混乱はあるのか。マモンたちが仲間だという認識のまま止まっている。

「事情は後で話すよ。立てるか?」
「あぁ、体は軽い。大丈夫だ」

 父さんが上体を起こした時、人混みをかき分けて里長とヤンさんが進み出てきた。

「シュエンよ、正気を取り戻した様だの」
「あぁ、父上。正気……か……随分と迷惑をかけたようですね」

 ヤンさんが駆け寄り、父さんの手を取る。
 
「お前ぇ……無事で、良かった……」
「おいおい、ヤン。泣く奴があるかよ」

 父さんは照れくさそうに笑った。
 想定外の事が起きすぎた一日だ。詳細は軍議にかける他ない。皆が砦に向け、重い足取りで帰陣を開始した。

 
 砦内の治療施設は、薬品と清潔な布の匂いがした。
 オレと父さんは、白いベッドの脇に立っている。そこには、エミリーとメイファさんに見守られ、一人の女性が横たわっていた。
 間違いなく、オレの母さんだ。
 今まで夢の中でしか会えなかった母の顔。それが今、実体を持って目の前にある。オレの記憶が鮮明に呼び起こされた。

「ソフィア……また会える日が来るとはな。姉さん、大丈夫だよな?」
「あぁ、問題は無いよ。気を失っているだけだ、直ぐに目覚めるだろう。念の為、エミリーが快癒をかけている」

 メイファさんが安心させるように言う。
 いつ目覚めるか分からないが、父さんは片時も傍を離れようとしない。オレたちも固唾を呑んで見守る。
 数分後、長い睫毛が震え、母さんがゆっくりと目を開けた。

「……ん」
「ソフィア! 俺だ、分かるか!?」
「……大きな声出さないでよ、シュエン……」
「良かった……!」

 父さんは両手で母さんの手を包み込み、ボロボロと涙をこぼした。まるで子供のように。

「もう……息子の前で大泣きしないでよ」

 母さんは苦笑しながら、優しい眼差しをオレに向けた。

「ユーゴ、久しぶりね。夢で会ったっきりかしら?」
「あぁ……今日一瞬だけど、時が止まったよ。母さんの言う通りだった」
「そうね。両眼の色が揃ったわね。『神眼しんがん』の開眼よ、気付いてる?」

 両眼……?

「うん、ユーゴの両眼は青紫になってるよ。ほら」

 エミリーから手鏡を受け取り、覗き込む。
 そこには、かつてのオッズアイではない、母さんと同じ深く澄んだ青紫の瞳をした自分が映っていた。

「眼の力を使ったんだな。ごっそり魔力を持っていかれたよ……多用できる力じゃないな」
「それでもすごい能力だよね……最強だよ、ユーゴ」

 エミリーが興奮気味に言う。
 母さんは身体を起こし、ベッドから脚を下ろして座った。

「おいおい、無理をするなよ?」
「大丈夫」

 心配する父さんを手で制し、母さんは姿勢を正した。そして、エミリーとメイファに向かって深々と頭を下げた。

「シュエンのお姉さん、エミリーちゃん、ユーゴが大変お世話になってます。こんな息子ですが、これからもよろしくお願いします」

 丁寧すぎる挨拶。
 なんだろう、凄く恥ずかしい……。
 顔から火が出そうだ。

「母さん……今言うことかよ……」
「何言ってるの。ずっと伝えたかったのよ。他の皆様にもお礼を言わないと」
「いいって! オレが皆様に伝えてるから!」
「いや、ユーゴ。母親ってのはこんなものだ。いつまで経ってもお前は子供なんだよ」

 メイファさんがニヤニヤしながら肩を叩いてくる。反論できないのが悔しい。
 それにしても、母さんはオレの中に居ながら、外の出来事は把握していたんだな。メイファさんやエミリーを知ってるってことは、そういう事だろう。

「さぁ、お腹は空いてないか? 炊き出しのいい匂いがする、昼食にしよう」

 メイファさんの提案に、皆のお腹が反応した。
 そういえば、もう正午を過ぎてだいぶ経つ。戦闘の緊張で忘れていたが、腹は正直だ。
 皆で温かいスープとパンの炊き出しを頂いた。母さんにとっては約十五年振りの食事だ。一口一口を噛みしめるように、本当に美味しそうにスープを味わっていた。その横顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 
 食事の後、すぐに軍議に顔を出す様に伝言があった。父さんと母さんもだ。当然だろう、この事態の最重要人物なのだから。

 会議室に入ると、円卓に着いている各国の重鎮たちの視線が一斉に突き刺さる。
 その重圧に気後れしそうになるが、仙王が穏やかに声をかけてくれた。

「目が覚めたか。我はラファエロ・ノルマンディだ。席についてくれ」
「初めまして、仙王様。俺は龍王の末子、シュエン・グランディールです。こちらは妻のソフィアです。ご迷惑をおかけした様で……」
「ソフィアです。皆様、息子がお世話になっています。そして夫のシュエンがご迷惑をおかけしたようで……」

 母さんがまた深々と頭を下げる。
 母さん……目を覚ましてからずっと頭下げてばかりだな……。
 これが親心というやつなのだろうか。

「君達の話はユーゴから聞いている。魔王マモンから君の記憶を見せられた様だ。君達二人は人知れずこの世を守ってくれていたようだ、礼を言う」
「いえいえ、そのような事は……結果的に失敗に終わった様です……」

 母さんの表情が少し曇る。
 オレたちが席に着き、改めて軍議が開会した。重苦しい沈黙を破ったのは仙王だった。

「さて……想定外の事態が起きすぎた。何から話を始めて良いやら分からん……まず、放った物見も帰って来ん。おそらく見つかって命を落としていると見る他ないようだ」

 悔しそうに拳を握る仙王。

「後は、我々が動けんかった故に、皆が動けんかったのは理解している。完全に我々の落ち度だ……」
「儂からも詫びさせてもらおう……すまんかった……」

 里長も沈痛な面持ちで続けた。

「まさか異空間内の宝玉が共鳴するとはの、完全にやられた。ユーゴ、宝玉を出してくれ」

 オレは頷き、異空間から『翠の宝玉』を取り出した。
 仙王に近づくにつれ、宝玉が脈打つように淡い光を放ち始める。

「これに気が付いていれば、このような結果にはならなかったかもしれぬ……もう遅いがな」

 確かに、皆すぐに取り出せる様に、常に少し空間の入り口を開いている状態だった。完全に閉じていれば共鳴は防げたのだろうか。だが、今さら何を言っても後の祭りだ。

「さて、ソフィアと言ったかの。お主は何者なのか、そしてあの魔神は何者なのか。もう隠すのは難しいと思わぬか?」

 里長の鋭い視線が母さんを射抜く。
 母さんは逃げることなく、真っ直ぐに里長を見つめ返した。その瞳には強い意志が宿っていた。

「はい、お察しの通り私はこの世界の者ではありません。私が分かることであれば、全てお話しします」

 ついに、母さんの正体が明かされる。
 三十年以上連れ添った父さんですら知らない真実。
 部屋中の空気が張り詰め、全員の視線が母さん一人に集まった。
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