転生した月の乙女はBADエンドを回避したい

瑞月

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7.推しとの出会い

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 歓声に包まれた輪を抜けて、私は実技で何を見せようかなーとまた思案し始めた。
 土の魔力から連想される技といえば……土人形を操る? それとも花を芽吹かせる?
 ……やったこと、ないけど……。

「ぶっ」

 そんなことを考えてぼーっとしていたら、誰かの背中に当たってしまった。

「あ、ごめんなさい! ……って、あ……」

 見上げると目に入るのは赤い髪。
 日の光にさらされて、炎のようとも暁の空のようとも付かない、美しいグラデーションの髪。

(うわ……! もしかしなくてもこの髪は……!!)

 赤い髪の主はゆっくりと振り返ると、その黄金の月色の瞳で私に一瞥をくれた。

(やっぱり……!!)

 私が、この色を、このひとを見間違えるはずが、ない。

「すみませんでした! 気を付けます!!」

 そう言いながらも、跳ね上がった鼓動は収まらない。謝ったし、不自然にならないように、立ち去らなきゃならない。それなのに、私の足は縫い留められたように、その場から動くことはできなかった。

「……? お前は……?」

 ヤバい、目が離せない。
 この国ではあまり見ない褐色の肌。炎の魔力を示す髪は、本当に鮮やかな赤さ。背の中程までの長い髪を、後ろでゆるく三つ編みにしている。

「あ……あの、すみませんでした。……なんでも、ありません……」

 あぁ!! この声!! ヤバい!! やっぱりカッコいいぃ!!! 
 実際に会うと私より頭一つ以上背の高さが違うんだなぁ。入学式にはいなかったから、いないのかなって思ってたけど……! ゲームの中に香の香りを纏って、ってあったけど、本当にいい匂いぃ!

 そして服装は、スチル通りの、異国のようなオリエンタルな装いだ。詰襟の丈の長い服。黒の絹のように艶やかな布に、青や銀で刺繍の施されたもので、腰元を翡翠や瑪瑙などがついた飾り紐で結んでいる。
 そう、この人は4人目の攻略対象である、ライ。前世の私の最推し。どうしてもBADエンドを見ることが出来なかったその人だ。

「おい、お前は何で泣いている?」
「え?」

(泣いてなんかいないけど?)

 そう言われて、半信半疑で自分の頬に触れてみると、確かに濡れていた。
 おぉい! 転生したって分かった時も泣かなかったのに! 私!!

「すみません、本当になんでもないです、本当すみま、……ッ!?」

 ふいに、ついっと顎を持ち上げられた。
 顎くいっって!! 顔ちっか! 目が! 鼻が!! 唇が!!! 近い!!!!
 私はあまりの事態に自分でもわかるくらいに、猛烈に顔が熱い。絶対あからさまに赤面してしまっている。
 そんな私の狼狽を間近にしているライは、こちらを探るような視線を寄越しながらも、口元は笑っている。

「泣いたり赤くなったり忙しいやつだ」
「……はい、キニシナイデクダサイ」

 私は息も絶え絶えだ。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。会えるかなって思ってたけど、会えちゃった。いやいや、会ってしまった……どうしよう……。

「この髪色……、お前の魔力は土か?」
「ハイ、ご覧のトオリデス」

 顔が近くてどう会話していいか分かんないよぉ! 同い年なのに変な敬語になる!
 彼は、つ、と親指で私の頬の涙を拭ってくれた。そして、その親指をぺろり、と舐めた------!
 そして怪しげに光る金色の瞳を、いたずらっぽく歪め、私を見下ろしている。

(えぇぇ?? そんなことするんだっけ!?)

「あ、の……?」

 その時、遠くから「ライ・アスカルト!ライ・アスカルトはいないか!」という声が響いた。

「……あぁ、」

 ライはもう一度私をじっと見つめた。

(ぅぐっ、ドキドキするぅ!)

「ふぅん……。俺は、お前が気に入ったぞ。覚えておけ」
 
しばし見つめ合った後、にやりと笑いそう言い残すと、測定の順番に呼ばれたライはすたすたとその場を去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、私は糸の切れた操り人形のように、へたりと座り込む、と同時に顔を覆った。

(……キャーキャー!! 会ってしまった、会ってしまった! 大好きなライに!!)

 すっごい格好良かった……! すっごいいい匂いした……!
 本当に金色の瞳だった……! 人を馬鹿にしたような愉悦を含んだ、でも視線だけで人を殺せそうな鋭い目つき! 
  褐色できめの細かい肌……服で隠れてたけど、袖の奥に竜と契約した証の、蔦のような文様の入れ墨があるんでしょぉおお!? 知ってる、知ってるーー!
 うっわーヤバい、マジでヤバい。
 ソフトのパッケージのライのイラストに一目惚れして、ライが大好きで、ライがいるからこのゲーム買ったんだよぉ。
 だってライと恋愛できるなんて、そんな夢みたいなこと、絶対買うじゃん。買うしかないじゃない、公式最高! しかもレートは18禁だし! はぁ? そりゃあ絶対買うよ! 恥も臆面もなくプレイするよ! 好きだもん!! 馬鹿にしてんの!?

 「はぁはぁはぁ……」

  でも、でも、でも、ライには会いたくなかった……。
 ライは怖い。いや、他の攻略対象も怖いんだけど、ライは最推しで、だから一番怖い。
 他の人ならイベントを回避できる気がするけど、ライはイベントに進まないなんてできるのかな……? だって、一目その姿を目にしただけで、涙が出ちゃったんだよぉおお!?
 どうしよう、かっこいい、どうしよう。

 遠目にライの姿を追っていると、実技で、燃えさかる火竜を出しているところだった。
 おぅ……やっぱりお強いんですね……素敵……。
 自然と私の両手は拝む態勢で、胸の前で合わせられていた……。尊いです……。

 その後、私は闘技場の片隅の土をふんわりと耕し、先生の苦笑と共に、見事3つある内一番下級になるCクラスの席を得たのだった。
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