転生した月の乙女はBADエンドを回避したい

瑞月

文字の大きさ
28 / 39

28.順光

しおりを挟む
 ピシッ

 家鳴りのような音がしたかと思うと、ゆらゆらとシャンデリアに灯された炎が揺れはじめた。その炎が落とす影は、徐々にそのふり幅を増す。

「…ん?」
 アルレーヌが顔を上げた。

 ド…ドド、、ド、ド、、、

 遠くから地鳴りのような音がする。深いところから響くような、みしみしと軋むような音。それはどんどんと大きくなって突き上げるように寝台を揺らす。寝台の周りに備えつけられていた蝋燭や水差しが次々にその音にしたがい、振り落とされるかのように落ちていく。

「な、なんだ…!? 地震…!?」

 乱暴に扉をたたく音が響く。

「…殿下!地震です!かなり大きいものなので、避難を…!」
「殿下!!この塔ではもちません!」
「なんだと…!?」

 熱い、熱い、力の流れを感じる…。
 吐き出す息すらこの喉を灼くように熱い。身体の奥底から、自分では到底抑えることのできない衝動が駆け上がってくる。
 魔力の奔流、熱い、熱い…抑えきれない…!
 私はその衝動に耐え切れず背を反らし、獣のように声をあげた。

「あ、ああああああ―――…!」

 ドドドドド…
 塔が一気に傾くような地響きを伴って、突き上げるような激しい震動と共に揺れは最高潮に達した。

「な、なんだ、どんどん揺れが強く…!?」

 凄まじい揺れに、膝立ちに起き上がったアルレーヌも再び私に覆いかぶさるように、四つん這いになって身体を支える。立ち上がることが出来ない程の激しい揺れが続く。

 ガシャーンッ
 荒波に揉まれ引きちぎられんばかりに大きく揺さぶられていたシャンデリアが、寝台の足元に大きな音を立てて落ちた。それと共に絨毯を焦がす臭いが漂う。

「く・くそ…っ!」
「殿下!早くここを開けてください!お逃げになって下さい!!」

「くそっ…!お前も来い!!」

 まだ馬乗りになったままアルレーヌは私を連れ出そうと腕をとった。瞬間、私の身体を拘束する鎖が引っかかり、私の身体は寝台に落ちる。アルレーヌは舌打ちをすると、ぐったりと身動きも出来ない私を後目に、寝台の横に立ててあった剣で、私を拘束する鎖を断ち斬った。

 その時、一際大きな崩落の音が耳を貫いた。

 ズ、ドン…!

「な…!!なんだ!?」

 溶けだした蝋燭の蝋が、その重さに堪えきれず首元から垂れ落ちるかのように、部屋の向こう側、塔の半分ほどが崩れ落ちていった。――扉の向こうでアルレーヌの名を呼んでいた者達の叫び声を道連れに。
 砂埃と共に、ガラガラと寝台の上にも塔を成していた物が降り落ちてきて、目を伏せた。
 ここは塔の最上階だったらしい。開けた視界の先に目を向けると、空には大きな満月が浮かんでいる。

「――!?」

 周囲の破片や埃をはらいのけると、私を強引に起き上がらせたアルレーヌが違和感に目を見開いた。大きな音をたて傾き続けるこの塔をよそに、外に見える王城は一糸乱れることもなく静寂を保っているのだ。

「え…なんだ…?まさかこの揺れは、地震ではない…?月の乙女の力…!?」

 アルレーヌの顔から一気に血の気が引く。

「まさか…!月の乙女は魔力を増幅させる力しか持ち合わせてないはずだろう…!?」

 ぐったりと力のない私の身体を、乱暴にガクガクと壊れた人形に癇癪を起こす子供のように揺さぶる。
 私には何も分からない。ただ分かることは身体が熱く、呼吸が苦しいことだけ。

「―――い、や!貴方じゃ、ない」

 熱い喘ぐような息を吐きだし、その言葉だけはハッキリと発した。たとえ、たとえ魔力を与えるとしても、それが、貴方なんかのはずがない。
 ありったけの力をこめて、アルレーヌを睨みつけた。


「―――セレーネ!!」

 突如、声が響いた。

 見上げると、ぽっかりと浮かんだ月を背に黒い竜に乗った人影――。長い三つ編みの赤い髪をたなびかせ、暗闇でも見えるその黄金の瞳。

「…ラ、イ…!!」

「な…お前…!?」
「――離れろ、それは俺のものだ」

 低い声が響いた瞬間、一瞬の衝撃を感じたかと思うと私の上にいたアルレーヌが吹き飛んだ。

「え……?」

 何が起こったのか分からず、目線を上げると、寝台の脇にライが着地する音がした。
 ライは竜から飛び降りると同時に、アルレーヌを蹴りつけたのだ。

 ゴォオオオオオ…
「!!」

 そこで塔の間近でその大きな翼で風を切る音をたてていた竜が、激しい轟音とも言える咆哮をあげたかと思うと、その身を炎に包まれた。
 竜が地上に吸い寄せられるように、落下していこうとした時、一瞬遅れて、音も立てず一つの黒い影が部屋に降り立った。

「やぁ、セラ。僕もいるよ」
「…オーランド…?」

 以前ライが纏っていたような、顔まで覆った黒いローブに身を包んでいたのは、オーランドだった。
 オーランドは揺れの収まらない中にも関わらず、すっと私のいる寝台に走り寄ると、その白い指先で首元に触れた。
 その瞬間、鋭い熱さを感じて「ごほっ」と咽る。私の首に巻かれていた何かが、音を立てて外された。――すぅっと呼吸が通るのを感じる。

「僕には、傷は治せない、けどね」

 くいっと口元の覆いをずらしてそう言うと、間近に迫る黒い瞳が細まりオーランドはにっこりと笑った。まだ眩暈の収まらない私の頬をするりと撫でる。

「ライ、僕は、外にいるのを片付けてくる。キースとの約束、忘れないで。ソレは殺さないで、ね」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...