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29.順光 2

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 オーランドはここに来た時と同じように、この揺れなどなんてことのないかのように乱れぬ足取りで、崩れ落ちた塔の先をすべるように姿を消した。
 息苦しさが幾分ましになっても、未だ起き上がることさえできず、寝台にうなだれる。

「…ぐっ、何故、お前らがここに…!?」

 口元の血を拭いながら、金の髪を乱しアルレーヌは剣を振りかぶる。月のあかりと、部屋を燃やす炎のあかりがその刀身に光を灯した。

「……チッ」

 ライはその間髪を許さず、身を低く屈めるとしなやかに跳躍するかのような一歩で素早くアルレーヌの懐に入り、その顔を殴りつけた。――いや、切り裂いた。
 まるで獣の爪のようなものが、鈍い輝きをまとって振るわれた。視界の端に血飛沫があがるのが見てとれる。
 赤い血、そして振るわれる拳から残る僅かな光の残像。その中をライの赤い髪がまるで踊りを踊っているかのように舞う。

「…! 僕の、僕の顔に何をする――!!」

 ガキィンッ!

 怒りに雄叫びのような声を上げたアルレーヌは大振りに剣をふるった。それをライの手が硬質な音をともなって弾き返す。繰り返し、何度も斬り結び、また殴りつける音がする。
 だが、すぐに絶えることなく続く容赦のない拳に、圧倒されたアルレーヌが倒れこんだ。その後は殴打の音と、くぐもった声にならない叫びだけが、部屋に響いた。

 天井は落ち、残った部屋の中に血の匂いが漂う。塔の揺れはまだ続き、崩落の音は止まない。今いる場所も更に傾きを増す。

(あ、髪、が――……)
 その時、ふ、と視界に入る私の髪が白銀に変わった。塔の崩落で魔力封じの戒めが解けたのだろうか。
 でもそんな中、僅かな魔力が滲み出したことを感じただけで、私の中の力はまだ熱く渦を巻いていて、息が苦しい。吐き出す熱い息が喉を焦がす。少しでも空気を求め胸をかきむしりたい衝動に駆られるが、痺れの残る手は空を切るばかりで、喉にはとどかない。

 それからどれくらい経っただろうか、音が止んだ…?
 音のしていた方に視線を向けると、そこには静かにたたずむライの姿があった。その足元にはぐったりと横たわるアルレーヌがある。こちらからもアルレーヌが着ていた白い礼装はところどころ赤く染まっているのが見てとれる。

 ライは、先ほどまであれだけ激しく戦う音がしていたのに、荒い息を吐くでもなく、口許には笑みすら浮かべていた。その姿は返り血と思われる血に染まっているのだろう、周囲の炎のあかりに濡れた昏い色を反射をしている。
 そして纏った黒いローブの袖口からは、周囲のあかりを鈍く照り返す、黒い鱗と血にまみれた鉤爪が見えた。

(…竜化?…って、この光景…!?スチル…!!)

 散漫に漂っていた意識が、急にスッと自身に戻ってきた。
 ――それは、そこにかつて最も恐れていた光景が広がっていたからだ。返り血を浴びたライ、そこに横たわる顔面蒼白の私、これってライのBADエンドのスチルなんじゃ……!?

 アルレーヌのBADエンドだったかと思ったら、今度はライのBADエンドに入ったってこと…?
 いや、そもそもがライのBADエンド?私はこのまま、どうなるの…?それが、私に与えられた運命?
 私の頭は混乱の坩堝だ。むせ返る血と未だ残る香の匂い、周囲を焦がす炎、まともな思考などできない。

「―――大丈夫か?」

 ライは周囲のシーツごと私を抱き上げた。
 私はアルレーヌに傷つけられた痕で大変な有様だろうが、手も足も粘りつくように重く、隠すことも出来なかった。

「この傷…!…やはりあの者…、息の根を止めておくか…!」

 黄金の瞳がひときわ強い色に染まり炎のようにまたたいた。怒りに震えるライの血に染まった拳が、ギリリと握られる。
 やっとのことで息を吐き、なんとか言葉を紡ぐ。

「ラ、イ……」
「…遅れてすまない。こんな傷を負わせるはずではなかった……」

 ライはきつく眉間を寄せ、悔しそうに呟いた。
 傷痕やっぱりすごいのかな…、でも、いい――これからどうなるのかは分からないけど…、ライが助けにきてくれたから。
 ライの身体から伝わる体温に、強張っていた身体から力が抜け、もう一度大きく息を吐いた。塔が石造りだったからか火は然程広がっていない。でも、息を吐いた時に思わず吸い込んだ煙に胸がヒュウッと鳴った。

「ん…?セレーネお前、瞳の色が」
「え?」

 どんっ

「え…」

 何らかの衝撃に私の身体が揺れた。徐々に私を抱き上げていたライの手から力が失われる。ずるずると床に落ちていく視界の端に、どこかで見たことのある、光の塊のようなものが見えた。
 それはどんどんと大きく輝く。そしてついに、ライの胸の中から光の切っ先が突き出た。そしてみるみる血が滲み出てくる。

「ライ…ッ!?」
「…が、は…っ…!」

「…困るんだよ、お前みたいな輩に、その女を奪われる訳には、いかないんだ、よっ!」

 ―――アルレーヌ!!
 血に塗れ倒れ伏していたはずのアルレーヌが、這いつくばるような姿勢から僅かに腕を上げている。その手からはキラキラとした光の道筋が残る。

 そしてアルレーヌの手から放たれた刃は、膝をつくライの身体を完全に貫き、音もなく消えた。
 そのままライは崩れ落ちる。それと同時にその胸からみるみる血が噴き出してくる。

「…え…いや…!いや…!ライ…!!」

 重い身体をひきずるようにして、ライにすがる。今すぐ、この傷をふさがなければ、ライは…!
 でもそんなことができるの…?溢れ出す血の量に、怖気が走る。

「ぐ…が、はっ…、セレー、ネ…逃、げろ…」
「ほら…っ!!お前はこっちに来い!!僕の傷を、僕の顔を治せ!」

 血に塗れた手に腕を引かれる。倒れたライの身体から血が流れ、どんどんと絨毯に赤黒い血だまりを作る。
 ライ、が

「…い、や、…いや!いやぁ―――!」

 収まらない揺れはそのまま私の身体をさらうように、はじけた。
 ――その瞬間、私の身体に渦巻いていた何かは熱いうねりをもって溢れ、視界は光に包まれた。
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