一度でいいから、抱いてください!

瑞月

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嬉しい転生【彩音の場合】

13.黒猫の騎士

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…頭が割れるように痛い。こんなに痛いのっていつぶりだろう…。
 あれ、昨日飲みすぎたっけ…?二日酔い?ん…お酒なんて飲んだっけ…?

「彩音―まだ起きないのー?入るわよー?…って貴方、制服のまま寝ていたの?」

 いつもの朗らかな調子で、ドアを開けてお母さんが入ってくる音がする。ハーフのお母さんはすごく綺麗で、さすが彩音と奏くんのお母さんだな、っていう感じだ。うちの実家のお母さんとは大違い。
 返事をしようと声を出そうとすると、「ん…」と短く返事をするのが精いっぱいだった。
 あれ、なんでこんなに身体が重いんだろう。地の底から響くように、頭がズキズキと重い痛みを訴えている。
 痛みと怠さに動けないでいると「あら?」と言って、お母さんは私のおでこに手を当てた。

「…貴方、熱があるわよ。風邪かしら?大丈夫?とにかく着替えてゆっくり休まないと」
「風邪…?」

 体力だけは自信があったから、風邪をひくなんて何年ぶりだろう。
 あぁでも彩音は身体が弱いんだっけ。そっかこの頭痛は風邪のせいか。そう認識した途端、急に寒気が走り、頭痛は激しさを増していく。

「何か食べて薬を飲みましょ。何か食べられるものありそう?」
「…プリン…」
「ふふっ、貴方は昔からそれね。後で買ってくるわね。まず着替えて寝てなさい」

 部屋を出ていくお母さんを見送り、もそもそと制服を脱ぐと、腕をあげるのも億劫な身体を布団に潜り込ませ、身を縮めた。

「寒い…」

 頭痛と寒気が相まって、心細さが募っていく。
 どうしても浮かんでくる、昨日の二人の様子を打ち消したい一心で、きつく目を閉じた。


 ◇◇◇◇◇


「あ、おはようございます萌木先輩。すみませんが、大河内先輩はいらっしゃいますか?」
「あれー?奏じゃーん! 珍しいね、瑠依に用事―? おーいるーい! 奏来てるよー!」

 教室中に響き渡る声で玲央から名前を呼ばれた。

「え…、奏くん?」

 俺が立ち上がると、そこには大好きな人によく似た相貌の赤茶色い髪を風に揺らす、唇をきゅっと結んだ奏くんがいるのが見えた。
 教室にいた数人が「うわ…神崎さんの弟だ…!」「マジで?」「そっくりじゃん…可愛い…」とヒソヒソ噂するのが聞こえる。その声をかき分けるように、ざわめきの中を教室の入り口まで進んだ。

(奏くんは彩音ちゃんに似てて可愛いなぁ)

 思わず彼から漂う彼女の面影に頬が緩みそうになる。でも、彼は何か神妙な表情をしている。それに気が付き、改めて表情を引き締めた。

「どうしたの?俺に何か用事?」
「突然、すみません…。あの、差し出がましいとは思ったのですが…。ちょっとよろしいでしょうか?」
「? うん」

 クラスメイトがたむろう教室の入り口から、廊下の端に移動する。
 奏くんの要件は全く分からないけれど、なんだか深刻そうなことだけは伝わってくる。

「…どうしたんだい?」
「あの…」

 奏くんは言いづらそうに、視線を彷徨わせる。
 そんな奏くんの様子に些細なじれったさと、緊張が走る。

「うん?」
「あの…大河内先輩は姉のこと、フッたんですか?」
「………は?」

 突然の奏くんの言葉の意味が全く理解できない。
 誰が、誰を? 振る? 降る? フる? 今まさに思いが通じて幸福絶頂の今? 誰が? 誰を??

「昨日、姉がひどい状態で帰ってきて…。今日は寝込んでいるんです。
 弟の分際で差し出がましいとは思ったんですけれど、昨日の昼も先輩と舞宮先輩の話をしてすごく動揺して泣いていて…」
「ね、寝込んで? 泣いて? 舞宮さん? え?」
「…大河内先輩が舞宮先輩を選んで姉をフッたのでは、ないのですか…?」
「はぁーーーー!?」

 驚きすぎて二の句が継げない。
 は? は? 俺が彩音ちゃんをフるなんて、天地がひっくり返ってもないけど??
 …むしろ俺が彼女にフラれるのは多分にある…あぁあの告白は夢だったのかな……、って! いやいや、今は意識を遠くに飛ばしている場合じゃない!
 奏くんは俺を探るように、長いまつ毛に縁どられた彼女にそっくりな大きな瞳をじっとこちらに向けている。

「え、何それ? 俺が彩音ちゃんをフるなんて、全然全くあるわけないよ!?」
「……。やっぱり姉の早合点ですか…」

 奏くんはこちらに向けていた鋭い視線をやっと下げて、はぁああっと大きなため息をついた。

「姉は本当に対人関係が不得手で…。
 弟の僕が言うのもなんですけど、己に関しても他人に関しても、全くもって解釈が明後日の方向を向いているというか…。
 大河内先輩とお付き合いを始めて浮かれ飛んでいたんですけど、そこからの落差が見ていられなくてですね…」
「明後日…、浮かれ飛んで…?」

 平素の彩音ちゃんのイメージからはかけ離れた奏くんの言葉に、イメージが追い付かない。
 彩音ちゃんなんて呼べるようになるまでの彼女は、それこそ声を掛けることも憚られるような、凛と立つ高貴な薔薇の花のようなイメージだった。
 あの日から幾分親しくはなったけど、ちょっと慌てんぼうなことと、微笑んでくれる顔がすごく可愛いなっていう印象がプラスされただけで、基本的なイメージは変わらない。

「――あぁ、あとやたらに、舞宮先輩を意識しているようでしたが、何かお心当たりはありますか?」
「舞宮さん…? なんかちょっと、こう言ったらなんだけど…変わった子だよね?
 俺はレオと違って、全然接点ないからなぁ…。あ、昨日家の前でずぶ濡れになってたから、タオルと傘を貸してあげたけど」
「…家にあげたりは?」
「えぇっ!? しないよっ! マンションのエントランスの前までしか来てないし!」

 奏くんは何かを考え込むように口元を抑えた。彩音ちゃんに何か誤解させるようなことをしてしまったのだろうか…、そういえば昨日のお休みメッセージも、今朝のおはようメッセージも既読が付いていなかった。

「あの…、寝込んでるっていうのは?彩音ちゃんは大丈夫?」
「――あぁ、まぁ。昔から姉は身体が弱くてよく寝込むので、いつものこととは思うのですが」

 ぺこりと奏くんは頭を下げた。

「いきなり押しかけて不躾に申し訳ありませんでした。今回のことは恐らく姉の突飛な勘違いによる、ひとり相撲だと思います。
 ―――ただ、姉とお付き合いして頂くなら、それをご理解の上、もう二度と、泣かすことのないようにお願いしますね?」

 お辞儀から顔をあげた奏くんの目が鋭く俺を射抜く。

「…はい、もちろん」

 ニコリと笑うと奏くんはまた軽く会釈して去っていった。
 取り残された俺は呆然と立ち尽くす…。

 す、と肩に手が置かれた。ふわりと白檀の香りが香る。この香を漂わせる知り合いは一人しかいない。

「なかなか神崎さんの弟は面白い子だねぇ?」
「城野院…聞いてたの」
「彼がこれまで神崎さんの騎士ナイトだったんだねぇ。さて、瑠依くんはその役目を引き継げるのかな」

 俺の肩口で、いかにも面白いという笑みを浮かべる城野院を憎々しく見上げる。

「当たり前だろっ」
「ふふ…、それにしてもあの神崎さんですら、舞宮カノンが気になるんだねぇ…。
 確かに、あの娘が何をしているのか、ちょっと気になるよねぇ」

 奏くんよりも城野院のつぶやきよりも、彩音ちゃんのことが気になって居てもたってもいられない。ぐるぐると混乱する頭上に、午後の授業開始を告げるベルが鳴り響いた。
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