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嬉しい転生【彩音の場合】
12.ヒロインの影 3
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何とか今日の授業が終わった…。予定もないし、もう帰っちゃおうかな…。帰りにケーキでも買って帰ろう。奏くんにあんなに泣いて困らせちゃったお詫びをしなくちゃ。
放課後席を立つと、そのまま玄関に向かった。纏わりつくような湿度を感じて空を見上げると、今日の予報通り黒く重い雲がたれこめていて、今にも降り始めそうだった。
(あ、コンサートの時に着るドレス買いに行こうと思ってたんだ…)
お母さんから好きなものを選んできなさいって言われて、お金を受け取っていたんだ。
でもぼっちの私には一緒に選びに行く友達なんていない。
(ルイ先輩の好きな色…)
そんなの先輩に聞かなくたって当然知っている。ルイ先輩の好きな色は“赤”。ゲーム開始当初のツンツンでクールな先輩に、頑張って好きな色を聞くとそう答えてくれるのは、何度もプレイしたから当然知ってる。
赤、かぁ…。私の赤い髪に赤いドレスじゃあ派手すぎて、似合わないかな。でも私のきつい目元じゃあ、可愛い色も似合わないかな…。
(せっかく美少女になったのに一緒に選ぶ友達もいないなんてなぁ…。でもせっかくだし…)
ショッピングモールを覗いてから帰ることにしよう。そう思い、学園前の通りを歩き始めた。
◇◇◇◇◇
「あ、降り始めちゃった…」
ショッピングモールを出たところで、雨がポツポツと落ちてきた。鞄から折り畳み傘を取り出す。
思ったよりも選ぶのに時間がかかって、夕暮れが迫る時間になっていたこともあり、徐々に街灯が明かりを灯し始めている。
雨に濡れないように、今日買ったばかりのドレスが入った袋を、抱きしめるように持ちかえた。
結局私が買ったのは赤いドレスだった。色々見たけれど、他の攻略対象の好きな色や、他の色を選ぶ気持ちにはどうしてもなれなかった。
だってどう考えたって私が望んでほしいのは、ルイ先輩一人だから。
ショッピングモールから駅へは別方向になるのに、私の脚はいつの間にか無意識に学園側を目指していた。
街路樹に沿って歩いていると、ルイ先輩の住むマンションが見えてくる。初めて肌を重ねたあの日以来、ルイ先輩のお家にはお邪魔していない。
(もうルイ先輩、お家に帰ってきてるかな…)
…こんなことしたらストーカーみたいかもしれないけど、ルイ先輩の部屋に灯る明かりを見てから帰りたいな、と思った。
ルイ先輩の部屋はちょうど道路に面した配置だから、道路を挟んだこちら側からなら、きっと灯る明かりを見ることが出来るはず。
そこにルイ先輩がいる、その存在を感じたかった。
そんなことで、この雨雲のように暗く広がる不安は拭えないけど…。でも、今ルイ先輩に会ったら何か余計なことを言ってしまいそうで怖かった。
マンションの前まで来た時に、マンションに向かって傘の先を上げた。
その時目に入ったのは
「…ッ!!」
見間違えるはずもない、長い襟足の黒い髪、すらりとした長身のその人。
雨に降られたのだろう、濡れた姿でマンションの前に佇むルイ先輩と、ヒロインの舞宮カノンの姿だった―――…。
◇◇◇◇◇
呆然とした頭でどこをどうやって歩き、帰り着いたのかわからない。けれど、私の身体はきちんと自宅に辿り着いていた。
キィ…
「…ただいま…」
玄関の扉を開けてすぐにある階段に、奏くんが楽譜を片手に腰かけていた。
…廊下でお勉強? まぁ、そんなこともあるか…。
「おかえり、って真っ青じゃん! …昼間も変だったし、大丈夫? あの…大河内先輩と何かあったの…?」
奏くんは立ち上がり、びしょびしょになった私の身体を、バスタオルを取ってきて拭ってくれた。
あれ? 傘差してたのになんで濡れてるんだろう…? まぁ、そんなこともあるか…。
「あ…奏くん…、あ、うん…だいじょうぶ。まぁ、そんなこともあるから…」
「はぁっ? ――全ッ然そうは見えないけど?」
「うん…、うん、いや、大丈夫、よ。ご飯はいらないって、お母さんに言っといて…」
「ちょっと、姉ちゃん…!?」
心配してくれる奏くんを振り払うようにして、ふらふらと自室に向かった。
ドアを閉めると、倒れこむようにして、ベッドに突っ伏す。
あぁ、こういう時に、ルイ先輩になんて言っていいかなんて全然分からないし、今の気持ちを伝える方法なんて知らない。
きっとこれまでの人生で、大切な人との人間関係の構築を怠ってきた罰だ。
誰かに、ましてや好きな人に対して、想いや、憤りをぶつけたことなんてない。
こんな時になんて言っていいかなんて想像もつかないし、何かを言って、それが関係を終わらせる最後の引き金になってしまうことも恐ろしい。
そして、何か言うなんて、ヒロインを前に私を選んでくれるはずがないのに…。
そうだ、ルイ先輩を責めることなんて到底できないじゃないか。だって相手はヒロインだもの。
「あぁ…」
寝返りをうち、仰向けになったベッドの上、天井を見つめていると、視界がぼやけて、次々と伝う涙がこめかみを濡らした。
すっごく恥ずかしかったけど、勢いで勇気を出してあの日ルイ先輩のところに行ってよかった。好きって言えてよかった。あの日ルイ先輩に触れられてよかった。
私だけのためのルイ先輩のピアノを聞けるなんて夢みたいだった。
あぁ、いいことばっかりだった。これ以上を望むなんてそれこそ罰があたる。
ヒロインは…、舞宮さんは今日ルイ先輩の部屋に入ったんだろうか。あそこで、ルイ先輩のピアノを聞いたんだろうか。
ゲームのイベントでは、学園の玄関でたまたまルイ先輩を見かけて、話しかけるヒロイン。
そこで会話の選択に成功すると、歩きながら音楽の話、この学園の話をすることが出来る。
そうしていると降り出した雨――。
咄嗟に近くにあるルイ先輩の家まで走っていく。ずぶ濡れのヒロインは先輩の部屋にあがり、タオルを貸してもらう。
そこで、たまたまリビングから防音室への扉が開いてるのを目にし、親密度が高くなっていれば、そこでピアノを弾いてもらえるんだ…。
先輩は得意なショパンを弾いてくれる。
何度も何度もプレイした。セリフを一言一句違わず思い出せる。
(やっぱりこの世界は、シナリオ通り、ヒロインの為に進行していくんだ――。)
ルイ先輩にとって、私は、急に迫ってきた後輩に過ぎないんだろう。
分かっていた、ゲームで登場しない私は、ルイ先輩にとって取るに足らない存在なんだって。
最初から分かっていた。だけど、今はその現実にどうしようもなく打ちひしがれる。
雨に濡れた鞄の中でスマホが振動している音が聞こえたけれど、取りに立ち上がることもできず、涙はいつまでたっても止まることはなかった。
放課後席を立つと、そのまま玄関に向かった。纏わりつくような湿度を感じて空を見上げると、今日の予報通り黒く重い雲がたれこめていて、今にも降り始めそうだった。
(あ、コンサートの時に着るドレス買いに行こうと思ってたんだ…)
お母さんから好きなものを選んできなさいって言われて、お金を受け取っていたんだ。
でもぼっちの私には一緒に選びに行く友達なんていない。
(ルイ先輩の好きな色…)
そんなの先輩に聞かなくたって当然知っている。ルイ先輩の好きな色は“赤”。ゲーム開始当初のツンツンでクールな先輩に、頑張って好きな色を聞くとそう答えてくれるのは、何度もプレイしたから当然知ってる。
赤、かぁ…。私の赤い髪に赤いドレスじゃあ派手すぎて、似合わないかな。でも私のきつい目元じゃあ、可愛い色も似合わないかな…。
(せっかく美少女になったのに一緒に選ぶ友達もいないなんてなぁ…。でもせっかくだし…)
ショッピングモールを覗いてから帰ることにしよう。そう思い、学園前の通りを歩き始めた。
◇◇◇◇◇
「あ、降り始めちゃった…」
ショッピングモールを出たところで、雨がポツポツと落ちてきた。鞄から折り畳み傘を取り出す。
思ったよりも選ぶのに時間がかかって、夕暮れが迫る時間になっていたこともあり、徐々に街灯が明かりを灯し始めている。
雨に濡れないように、今日買ったばかりのドレスが入った袋を、抱きしめるように持ちかえた。
結局私が買ったのは赤いドレスだった。色々見たけれど、他の攻略対象の好きな色や、他の色を選ぶ気持ちにはどうしてもなれなかった。
だってどう考えたって私が望んでほしいのは、ルイ先輩一人だから。
ショッピングモールから駅へは別方向になるのに、私の脚はいつの間にか無意識に学園側を目指していた。
街路樹に沿って歩いていると、ルイ先輩の住むマンションが見えてくる。初めて肌を重ねたあの日以来、ルイ先輩のお家にはお邪魔していない。
(もうルイ先輩、お家に帰ってきてるかな…)
…こんなことしたらストーカーみたいかもしれないけど、ルイ先輩の部屋に灯る明かりを見てから帰りたいな、と思った。
ルイ先輩の部屋はちょうど道路に面した配置だから、道路を挟んだこちら側からなら、きっと灯る明かりを見ることが出来るはず。
そこにルイ先輩がいる、その存在を感じたかった。
そんなことで、この雨雲のように暗く広がる不安は拭えないけど…。でも、今ルイ先輩に会ったら何か余計なことを言ってしまいそうで怖かった。
マンションの前まで来た時に、マンションに向かって傘の先を上げた。
その時目に入ったのは
「…ッ!!」
見間違えるはずもない、長い襟足の黒い髪、すらりとした長身のその人。
雨に降られたのだろう、濡れた姿でマンションの前に佇むルイ先輩と、ヒロインの舞宮カノンの姿だった―――…。
◇◇◇◇◇
呆然とした頭でどこをどうやって歩き、帰り着いたのかわからない。けれど、私の身体はきちんと自宅に辿り着いていた。
キィ…
「…ただいま…」
玄関の扉を開けてすぐにある階段に、奏くんが楽譜を片手に腰かけていた。
…廊下でお勉強? まぁ、そんなこともあるか…。
「おかえり、って真っ青じゃん! …昼間も変だったし、大丈夫? あの…大河内先輩と何かあったの…?」
奏くんは立ち上がり、びしょびしょになった私の身体を、バスタオルを取ってきて拭ってくれた。
あれ? 傘差してたのになんで濡れてるんだろう…? まぁ、そんなこともあるか…。
「あ…奏くん…、あ、うん…だいじょうぶ。まぁ、そんなこともあるから…」
「はぁっ? ――全ッ然そうは見えないけど?」
「うん…、うん、いや、大丈夫、よ。ご飯はいらないって、お母さんに言っといて…」
「ちょっと、姉ちゃん…!?」
心配してくれる奏くんを振り払うようにして、ふらふらと自室に向かった。
ドアを閉めると、倒れこむようにして、ベッドに突っ伏す。
あぁ、こういう時に、ルイ先輩になんて言っていいかなんて全然分からないし、今の気持ちを伝える方法なんて知らない。
きっとこれまでの人生で、大切な人との人間関係の構築を怠ってきた罰だ。
誰かに、ましてや好きな人に対して、想いや、憤りをぶつけたことなんてない。
こんな時になんて言っていいかなんて想像もつかないし、何かを言って、それが関係を終わらせる最後の引き金になってしまうことも恐ろしい。
そして、何か言うなんて、ヒロインを前に私を選んでくれるはずがないのに…。
そうだ、ルイ先輩を責めることなんて到底できないじゃないか。だって相手はヒロインだもの。
「あぁ…」
寝返りをうち、仰向けになったベッドの上、天井を見つめていると、視界がぼやけて、次々と伝う涙がこめかみを濡らした。
すっごく恥ずかしかったけど、勢いで勇気を出してあの日ルイ先輩のところに行ってよかった。好きって言えてよかった。あの日ルイ先輩に触れられてよかった。
私だけのためのルイ先輩のピアノを聞けるなんて夢みたいだった。
あぁ、いいことばっかりだった。これ以上を望むなんてそれこそ罰があたる。
ヒロインは…、舞宮さんは今日ルイ先輩の部屋に入ったんだろうか。あそこで、ルイ先輩のピアノを聞いたんだろうか。
ゲームのイベントでは、学園の玄関でたまたまルイ先輩を見かけて、話しかけるヒロイン。
そこで会話の選択に成功すると、歩きながら音楽の話、この学園の話をすることが出来る。
そうしていると降り出した雨――。
咄嗟に近くにあるルイ先輩の家まで走っていく。ずぶ濡れのヒロインは先輩の部屋にあがり、タオルを貸してもらう。
そこで、たまたまリビングから防音室への扉が開いてるのを目にし、親密度が高くなっていれば、そこでピアノを弾いてもらえるんだ…。
先輩は得意なショパンを弾いてくれる。
何度も何度もプレイした。セリフを一言一句違わず思い出せる。
(やっぱりこの世界は、シナリオ通り、ヒロインの為に進行していくんだ――。)
ルイ先輩にとって、私は、急に迫ってきた後輩に過ぎないんだろう。
分かっていた、ゲームで登場しない私は、ルイ先輩にとって取るに足らない存在なんだって。
最初から分かっていた。だけど、今はその現実にどうしようもなく打ちひしがれる。
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