一度でいいから、抱いてください!

瑞月

文字の大きさ
41 / 64
憂鬱な転生【カノンの場合】

22.解けた魔法

しおりを挟む
「あ、あった! ――ッ!?」

 すれ違う生徒に怪訝な目を向けられながら、駆け込むように入った女子トイレ。
 洗面台の上できらりと反射した何かに、カノンは駆け寄った。

「え!?」

 チャリ……と音を立てて持ち上げたそれは、留め具のところが歪んでぷらりと垂れ下がった。シルバーの星屑の意匠の部分も痛々しく欠けている。

「なんで……」

 どうして、どうして、脳が理解を拒む。
 修理すればいい、留め具を取り換えればいい。でも、肝心の星屑が欠けてしまった。
 ゲームのなかでは、ヴァイオリンに関して素人に過ぎないカノンでも、ブローチをつけることで素晴らしい音を奏でることができていた。演奏すると、星屑からキラキラと星の光が溢れ、周囲は感嘆の吐息をこぼす。これまで、この魔法の力のおかげで、演奏することができていたのに。
 こんな風に欠けてしまって、それじゃあ、このブローチに込められた魔法はどうなるのだろうか。
 今の、このコンサート、は。

『調子にのってるからよ』

 確かに聞こえたさっきのあの言葉は、どういう意味だったのだろう。何故彼女は、自分に向かってあんなことを呟いたのだろう。
 震える指先がブローチを揺らし、チラチラと光を反射させると、ひとつの欠片がカシャンと小さく音を立てて床に落ちた。
 その音はカノンを闇の中に突き落とす音だった。
 クスクスと微かな笑い声がぐるぐるとカノンの周囲を、背後を通り過ぎて、遠ざかっては近づいて、頭の中を浸食していく。

 ――私にもできるだなんて、思ってしまったから――。

 調子に乗っている、確かにそうだ。できるはずがないのに、自分を信じようとしてしまった。
 その報いがこれなのだろうか。こうしてせっかく手に入れたやり直しを、ヴァイオリンを、好きなものを手放すしかないのか。自分が望んだばっかりに、手に入れようとしたばかりに。
 答えはでない。
 ただ後悔が、誰にともつかない懺悔が脳内を巡った。

「……コンサート、出られないって、言わ、なきゃ……」

 大勢の前に立つことなんてできない。時雨にそう言わなければならない。カノンの母親も見に来ると言っていた。嬉しそうに、そう言っていた。
 でも、出られない。出られるはずがない。
 だって、魔法は解けてしまったのだから。
 さっきの瑠依の態度でわかったじゃないか、ゲームのなかのように、誰からも愛されるカノンはいなかったのだから。
 努力をすればするだけ上がるパラメーターも存在しない。
 今日の為に、毎日何時間も練習した。たくさん勉強をした。でも、それでも、ここまでだった。
 今日この日は、己の思い上がりを、私がヒロインなんかではないという勘違いを私に知らしめるためにあったんだ。

 罰があたった。

 ふらふらと廊下に出た。だが、ふらつく身体を壁にあずけてどうにか堪えたが、それ以上は足が進むことはなかった。

「どうしよう………」

 視界がぼやけた。視界が、思考が水の中に閉じ込められる。そしてまた、ぐわんぐわんと揺さぶられるように眩暈がはじまる。
 頭の中で、諦めてしまおう、逃げてしまおうという気持ちと、そんなことはしたくないという気持ちが渦を巻いていた。自分の鼓動が、呼吸が耳を塞いでしまうかのように大きな音となって響く。
 もたれた壁に手をついて、浅い呼吸のなかで、なんとか思考を繋ぐ。

 ――出てみようか、自分の実力で。
 ――そんなのは無理に決まっているわ。これまではブローチの力があったからできただけよ。

 ――でも、あんなに一生懸命練習したから。
 ――大勢の前で恥をかくだけよ。
 ――でも、でも、

 『あなたになんて、できるはずがないわよ』

 定まらない視線が足元のパンプスをとらえた時、とうとうぼやける視界が涙となってこぼれ落ちた。カノンは、その雫を一つ二つとただ見送ることしかできなかった。

「私になんて、できるはずが、ない……」

 廊下に次の演者の曲が響き始めたのは、諦めるようにそう呟いた時だった。

「あ……」

 響き始めたピアノと、ヴァイオリンの音色。
 揺蕩う思考のなかで、その音を追う。
 それはいつかアトリウムで城野院が奏でていた曲と同じ、フォーレの『夢のあとに』だった。
 あの時の音色のあまりの美しさに、家に帰ってからその曲を探した。そしてその曲についた詩を読んで、あの曲調のもの悲しさの理由を知った。
 それは夢の中で出会った美しい女性との素晴らしい逢瀬を思い、夢から覚めた後、もう会うことのできないことを嘆き悲しんでいるというものだった。

 ――今、ここが私の夢のなかだとしたら

 舞宮カノンになんて転生していなくて、ただのリアルな長い夢を見ているだけで。目が覚めた時に、以前の自分の日常が戻ってくるのだとしたら。
 そして、もうこの夢のなかに戻ってこれないのだとしたら。

「じょうのいん先輩」

 もうあの人に会うことも、触れることもできないのだとしたら。

『君のしたいことを、すればいいんだよ』

 彼が奏でていたものとは違う、でもこの切ないメロディーにのって、いつかの彼の声が頭の中に響く。
 そしてカノンは無意識に、手の中の壊れたブローチを、固く握りしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...