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仕方ない

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「お~い、大丈夫か?」

 シルヴァは陽気に、イシュアに声を掛けた。
 肩の上のセトラが、心配そうに「ぷむう」と鳴く。

 一瞬気を失ったようだが、すぐ目を覚ましてくれた。安堵で頬が緩む。
 だが、それを隠すように、なるべく渋い声をつくった。

「でももっと早く呼べよな、ボロッボロじゃねえか。
 そのナリで帰ったら、アリエッタが泣くぞ」
「え?……あの……」
「俺言ったじゃん、殺られちまったら呼べねえって。
 ……あれ? 殺られる前に呼べ……だったっけ? まあいいや」
「あ……くっ」

 意識がはっきりしたイシュアは、怪我の痛みに身をよじる。

「おっと、待ってろ」

 シルヴァは、イシュアの身体に無造作に手をかざす。
 と、その瞬間足の激痛が消え、どくどくと流れ続けていた血も止まった。

 イシュアはぽかんと目と口を開けてしまった。

 イシュアも何人か本職の治癒術士を知っているが、ここまで鮮やかな技を使うものははじめて見た。
 治癒の術の呪文詠唱どころか、起動の詞すら口にしていない。

「あなたは……治癒術士だったのか?」
「いや、天才賭事師ギャンブラーだが?」

 恐ろしいほどの真顔で決められて、イシュアの尊敬の眼差しが、一瞬にして哀れみの眼差しに変わった。

「…………それはもういい」

 イシュアはゆっくりと身を起こした。
 身体がきしむような感覚はあったが、あちこちに負った怪我はすべて綺麗に治っている。
 それを確かめたイシュアの眼差しは、またほんの少しだけ尊敬に傾いた。

「この時間にこんなトコにいるってことは、第三階層の大回廊の、蝙蝠こうもりの部屋の前の縦穴から落ちたんだろ?」
「……そんなことまでわかるのか?」
「飛び出してくる蝙蝠に気を取られて落ちる初心者が、結構いるんだ。
 あそこ危ないから看板でも立てとけって、何度もギルドに言ってんだけどなあ……」

 シルヴァはぶつぶつ文句を言いつつ立ち上がった。
 先程陥った状況を見事に当てられて赤面するイシュアに、ほい、と手を差し出す。

「立てるか?」
「ああ、だ、いじょうぶ、だ」

 そう言いつつも、イシュアはおずおずとシルヴァの手を取った。
 

 イシュアを背負ったまま、シルヴァはぽくぽくと迷宮の廊下を進んでいく。
 手を取った流れで強引に背に乗せられたイシュアだ。
 ようやく我に返ったのか、気まずそうに抵抗してきた。

「世話をかけた、済まない。
 ……自分で歩く。下ろしてくれ」

 なにやら大人ぶりたい弟を世話しているような感じがしてくる。
 シルヴァの頬がまた自然と緩んだ。

「力が抜けてるだろ? しばらく背負われとけ。
 もっと完全に回復してやってもいいんだけどな。
 アレ、慣れないと身体に負担かかって余計にキツかったりするし」

 肩をイシュアに譲って、セトラはシルヴァの頭の上に器用に乗っかってぷくぷくと寝息を立てていた。

 鼻の先でまったりと和む謎のいきものに癒やされかけて、はたと思い出す。
「魔物! そうだ! あの黒い魔犬は……!」
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