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やりたいこと

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 こちらも盛大に腹の虫を鳴かせたシルヴァは、街の中心部へと続く石畳を駆け出した。

「さ、メシだメシ!
 肉食いにいくぞ!」

 肩にぶら下がったセトラの腹も「きゅ」と短く応える。

 回復魔法ですっかり元気になったアリエッタが、負けじと横を追い抜いていく。
 そして先頭を走りながら、くるりと踊るように振り返った。

「魚介もある店がいいわね。わたし、貝のトマト煮込みが食べたいわ!
 王子様は? 何が食べたい?」
「ぼくは……」

 いまなら何でも際限なく腹に入っていきそうだ。
 肉、と答えようとして、はたとその足を止めた。

 前方、街の中心部から、仰々しい一行がこちらに向かってやってくるのが見える。

「……ルーファス兄上……」

 葦毛の馬に派手な装飾の馬具を置き、自らもきらびやかなマントを翻しての行軍だ。
 前後を揃いの甲冑とマント姿の騎士たちで固め、左右には杖を掲げた魔導士たちが付き従っている。

 大通りの真ん中を我が物顔で征く一行から、冒険者たちは距離を取って端に寄る。

 冒険者は元より、王族だの貴族だのにまつろわぬ者達だ。
 恐れ入って道を譲ったはずもなく、ただ胡散臭げな視線を投げつけていた。

「……あれが王子様の馬鹿兄とその取り巻きね!」

 戦闘開始とばかりに突進するアリエッタを、三人と一匹で抑える。

「いやいやいやアリエッタ! 待てったら!」
「人間相手にいきなり斧はまずいですぞ!」
「セトラ! 家からクッション持ってこい!」
「ぺ?」
「……問題はそこなのか?」
「離しなさい! ひとこと言ってやらないと気が済まないわよ!」

 ようやく両側から羽交い締めにしたシルヴァとギヨームだ。
 ギヨームが、穏やかな声でアリエッタをたしなめた。

「ひとこと言うのは、まずは殿下の権利ですぞ」

 はっとしてアリエッタが力を抜く。

 皆の視線が、イシュアに集まった。

「どうだ王子? やりたいこと、あるんだろ?」

 シルヴァがにっと笑いかける。
 ギヨームは力強くうなずき、アリエッタは「がつんと言ってやりなさいよ、王子様!」と拳を振り上げた。

 イシュアは深くひと息つくと、頼もしすぎる仲間たちにしっかりと顔を向け、そして応えた。

 全てを諦めてこれまでただ生きてきたイシュアにも、やりたいことが出来たのだ。


 最初にイシュアに気付いたのは、列の先頭を行く騎士だった。
 第三階層でねちねちと絡んできた、あの男だ。

 すいと手を挙げて列を止めると、馬上からイシュアたちを見下ろしてきた。

「まだグラータにいらしたのか。
 尻尾を巻いて逃げ帰ればよいものを」

 後方で控えたギヨームは、アリエッタのベルトを背中から掴んでいる。もちろんアリエッタの突進に備えるためだ。

「道をあけよ、ルーファス殿下のお成りだ」

 身分は家臣ではあったが、ずっと言いなりになってきた相手だ。
 わずかな緊張はあった。でも今は、それだけだった。

「兄上と話したい」

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