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第三章 刑事、慟哭す
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「あーっこの子だよこの子! がっつりメイクしてたけど間違いないよ! ちょー可愛いかったもん」
ミワが興奮した様子で首を振った。舌足らずな高い声が、広さだけがとりえの古いアパートに響く。
ミワはいつも気まぐれで、なかなか連絡が取れないのだが、幸運なことに、那臣が望月大弥の協力を仰いだその次の次の夜、ふらりとNPOのシェルターとなっているアパートに顔を見せた。
大弥はその日非番で、ひとりミワを探して渋谷の街をうろついていたのだが、アパートに詰めていたスタッフからのメッセージを受け取って、凄い勢いで部屋に駆け込んできた。
まだ荒い息のまま、玉置結奈の画像をミワに見せる。スマホを握らせ何度も念を押した。
「ちゃんと見てくれよ、ほんとにこの子だったか?」
「ヒロくんミワのこと信じてねえ! この子だって! 絶対絶対絶対!」
「お前がそうやって軽~いから心配なんだよ」
ミワの頭を軽く小突くと、ミワから「ヒロうぜぇ! 死ね!」と本気の拳が飛んできた。全く気の短い奴だ。
「じゃミワ、ちょっとこれから付き合ってくんね? 会って欲しい人がいるんだ」
「ヒロと付き合うとかありえねー、ねえわ」
「違うって、そういうやつじゃなく」
「じゃ紹介? その会って欲しい人とか。ミワ、今好きぴいんだけど。ラブラブだし」
「オトコの紹介じゃねえって! その写真の子に会ったときのことを聞きたいって言われただけだ」
年下の少女にイジられ慣れている大弥だ。いつものように適当に流したつもりが、なぜだか急にミワの態度が冷ややかになる。
「……オヤが家連れもどすとかそーゆーやつ? それ、めっちゃムカつく」
そちらに勘違いされてしまったか。
鞄をひっかけ立ち上がったミワを、大弥は慌てて押しとどめた。
「ちゃ、違うって! その子、騙されて東京に呼び出されて、ミワに会った日の次の日、殺されてんだよ!」
「はあっ? まじでえ?」
素っ頓狂な声を上げたミワは、次の瞬間大粒の涙を浮かべ、ぼろぼろと泣き出した。
「嘘っしょ? ミワに嘘言うなよ」
しゃくりあげながら大弥のセーターの胸元を掴んで詰め寄る。
一度遊んだだけの知り合いでもこの反応である。心根はとても優しい少女なのだ。
ミワの背を撫で、大弥は熱っぽく語りかけた。
「残念だけど本当なんだ……なあ、ミワ。その子の敵、取ってやりてえって思わないか?」
「……ヒロがカタキ討ってくれんの?」
「や、俺だってそんな奴ボコボコにしてやりてえけどさ……その人、館さんって警察の人なんだけど、俺が昔すっげ世話になって、めちゃめちゃ尊敬してる人なんだ。
館さんなら絶対犯人捕まえて、カタキとってくれる。
館さんに会って、直接、その子に会ったときのこと、話してやってくんねえかな?」
「ケーサツは嫌いだけどさ……ヒロくんが信じてるひと、なんだよね?」
真っ赤な目を精一杯見開いて、ミワは強く頷いた。
大弥から連絡を受け、那臣は急いでアパートへ向かった。
玉置結奈は、ミワには、ゆうと名乗ったという。写真を見せ確認したというから、結奈は殺される前日、ミワと会話を交わしたことにほぼ間違いはないだろう。たとえ些細な情報でも得られたら儲けものだ。
ミワが捜査に協力してくれるとのメッセージの最後に、大弥は大量の汗をかいたキャラクターのスタンプを貼り付けてきた。
「すんません館さん、ミワの奴から伝言です。館さんの名前、那臣だって言ったら、『トモちん』って呼んでもいいなら話してあげる、だそうです」
……だそうだ。みはやといい、このところ何やら年下の少女に愚弄、もとい翻弄される日々が続いているのは気のせいだろうか。諦め半分で、
「好きに呼んでくれ」
と返信した。
山手線に乗り込んだあと、みはやにメッセージを送ってある。『いつも即レスJCの鑑』と豪語していたみはやにしては珍しく、まだ返事はこなかった。
駅に列車が滑りこんでいく。と、那臣の耳にけたたましいサイレンの音が飛び込んできた。
(火事か……)
ふいにかすかな不安がよぎる。
アパートは駅前の飲食街から奥へと入り込んだ、静かな住宅密集地にある。狭い道の両側に、昭和の高度成長期に建てられたのだろう古い住宅が並んでいた。
「……大弥んトコの近くじゃねえだろうな……」
改札を抜ける足を早める。アパートに近づくにつれ、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
ざわつきその方角を指さす通行人をかき分け、那臣は全力で走った。
角を曲がったとたん熱風に煽られる。
那臣の姿を認めた消防士に行く手を遮られた。
細い路地に無理矢理押し込むように何台もの消防車が停められている。視界を黒煙が埋め、ごうと音を立てて赤く大きな炎がアパートを包んでいた。
背後の野次馬たちの声が聞こえる。
「何人か中に残されてるみたいよ」
「うっそ、マジかよこぇえ~」
「……まさか……ヒロヤぁっっっ!」
ミワが興奮した様子で首を振った。舌足らずな高い声が、広さだけがとりえの古いアパートに響く。
ミワはいつも気まぐれで、なかなか連絡が取れないのだが、幸運なことに、那臣が望月大弥の協力を仰いだその次の次の夜、ふらりとNPOのシェルターとなっているアパートに顔を見せた。
大弥はその日非番で、ひとりミワを探して渋谷の街をうろついていたのだが、アパートに詰めていたスタッフからのメッセージを受け取って、凄い勢いで部屋に駆け込んできた。
まだ荒い息のまま、玉置結奈の画像をミワに見せる。スマホを握らせ何度も念を押した。
「ちゃんと見てくれよ、ほんとにこの子だったか?」
「ヒロくんミワのこと信じてねえ! この子だって! 絶対絶対絶対!」
「お前がそうやって軽~いから心配なんだよ」
ミワの頭を軽く小突くと、ミワから「ヒロうぜぇ! 死ね!」と本気の拳が飛んできた。全く気の短い奴だ。
「じゃミワ、ちょっとこれから付き合ってくんね? 会って欲しい人がいるんだ」
「ヒロと付き合うとかありえねー、ねえわ」
「違うって、そういうやつじゃなく」
「じゃ紹介? その会って欲しい人とか。ミワ、今好きぴいんだけど。ラブラブだし」
「オトコの紹介じゃねえって! その写真の子に会ったときのことを聞きたいって言われただけだ」
年下の少女にイジられ慣れている大弥だ。いつものように適当に流したつもりが、なぜだか急にミワの態度が冷ややかになる。
「……オヤが家連れもどすとかそーゆーやつ? それ、めっちゃムカつく」
そちらに勘違いされてしまったか。
鞄をひっかけ立ち上がったミワを、大弥は慌てて押しとどめた。
「ちゃ、違うって! その子、騙されて東京に呼び出されて、ミワに会った日の次の日、殺されてんだよ!」
「はあっ? まじでえ?」
素っ頓狂な声を上げたミワは、次の瞬間大粒の涙を浮かべ、ぼろぼろと泣き出した。
「嘘っしょ? ミワに嘘言うなよ」
しゃくりあげながら大弥のセーターの胸元を掴んで詰め寄る。
一度遊んだだけの知り合いでもこの反応である。心根はとても優しい少女なのだ。
ミワの背を撫で、大弥は熱っぽく語りかけた。
「残念だけど本当なんだ……なあ、ミワ。その子の敵、取ってやりてえって思わないか?」
「……ヒロがカタキ討ってくれんの?」
「や、俺だってそんな奴ボコボコにしてやりてえけどさ……その人、館さんって警察の人なんだけど、俺が昔すっげ世話になって、めちゃめちゃ尊敬してる人なんだ。
館さんなら絶対犯人捕まえて、カタキとってくれる。
館さんに会って、直接、その子に会ったときのこと、話してやってくんねえかな?」
「ケーサツは嫌いだけどさ……ヒロくんが信じてるひと、なんだよね?」
真っ赤な目を精一杯見開いて、ミワは強く頷いた。
大弥から連絡を受け、那臣は急いでアパートへ向かった。
玉置結奈は、ミワには、ゆうと名乗ったという。写真を見せ確認したというから、結奈は殺される前日、ミワと会話を交わしたことにほぼ間違いはないだろう。たとえ些細な情報でも得られたら儲けものだ。
ミワが捜査に協力してくれるとのメッセージの最後に、大弥は大量の汗をかいたキャラクターのスタンプを貼り付けてきた。
「すんません館さん、ミワの奴から伝言です。館さんの名前、那臣だって言ったら、『トモちん』って呼んでもいいなら話してあげる、だそうです」
……だそうだ。みはやといい、このところ何やら年下の少女に愚弄、もとい翻弄される日々が続いているのは気のせいだろうか。諦め半分で、
「好きに呼んでくれ」
と返信した。
山手線に乗り込んだあと、みはやにメッセージを送ってある。『いつも即レスJCの鑑』と豪語していたみはやにしては珍しく、まだ返事はこなかった。
駅に列車が滑りこんでいく。と、那臣の耳にけたたましいサイレンの音が飛び込んできた。
(火事か……)
ふいにかすかな不安がよぎる。
アパートは駅前の飲食街から奥へと入り込んだ、静かな住宅密集地にある。狭い道の両側に、昭和の高度成長期に建てられたのだろう古い住宅が並んでいた。
「……大弥んトコの近くじゃねえだろうな……」
改札を抜ける足を早める。アパートに近づくにつれ、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
ざわつきその方角を指さす通行人をかき分け、那臣は全力で走った。
角を曲がったとたん熱風に煽られる。
那臣の姿を認めた消防士に行く手を遮られた。
細い路地に無理矢理押し込むように何台もの消防車が停められている。視界を黒煙が埋め、ごうと音を立てて赤く大きな炎がアパートを包んでいた。
背後の野次馬たちの声が聞こえる。
「何人か中に残されてるみたいよ」
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