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第一章
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久しぶりのベッドは、自分の物だったくせに全然寝付けなかった。
ベッドの問題か、気持ちの問題か…。
その答えは明確だけれど、寝不足だろうが朝はキッチリとやってくる。
電話で話した通り、誠也から昼前に着信があった。
そして、言われた時間の5分前に誠也は家に来た。
昨日留守だった父も、朝早くから誠也が来るのを待っていた。
昨日の事を父が詫びると、誠也は「全然大丈夫です」と自分の顔の前で手を振った。
「なんか…緊張するな」
婚姻届を目の前にし、父は苦笑いしながら「母さんが書くか?」と母に話をふった。
「何を言ってるんですか…嬉しいくせに」
母が言うと父はゴホンと咳き込み、用紙にペンを向けた。
「最近じゃ身近な友達とかに書いてもらう子多いみたいだけど…誠也君はちゃんとしてるのねってお父さんと言ってたのよ」
「あ、いえいえ…」
誠也は何とも変な返事をした。
父が自分の名前を書くのは、ほんの数秒だった。
「自分のやつを書いた時より、緊張したよ」
父が冗談交じりに言う。
父から差し出された用紙を、「ありがとうございます」と誠也が受け取った。
紙切れ一枚で、結婚出来るのも変な話に思えた。
でも、自分が記入する時がくれば、違うんだと思っていた。
きちんと嫁になる事を自覚した上で、書くのだと思っていた。
でも実際、自分が書く時こそ紙切れ一枚が変な話に思えてくる。
親に署名までしてもらった今も、実感がまるでない。
「お時間作って頂いて、ありがとうございました。慌しくてすいません」
誠也は両親に向けて一礼し、車のエンジンをつけに外へ行った。
「相変わらず誠也君は礼儀正しいわね」
母の誠也に対する評価は、随分良いようだ。
私も嬉しく思うが、なんだかむず痒くもある。
「それじゃあ、また来るね」
「誠也君のご両親によろしくね」
「うん」
「気をつけて行くのよ」
「はいはい」
「行ってらっしゃい」
昔から、母の送り出す言葉は変わらない。
色々細かい事を言うも、最後は必ず「行ってらっしゃい」と結ぶ。
母と喧嘩をした日も、その言葉だけは必ずくれた。
そして、この家に住んでいなくてもその言葉をくれる。
昨日の雨とは打って変わって、今日は晴天。
助手席に乗り込むと、丁度誠也がスマホを耳から離した。
「お義母さん?」
「そう、今から行くって連絡入れた」
「誠也ってさ…結構きちんとしてるよね」
「まぁ俺も一応大人ですから」
私がシートベルトをするのを確認した後、誠也は車を走らせた。
私の実家と誠也の実家の丁度中心付近に小学校はあり、気が付くと小学生の頃の通学路を通っていた。
毎日歩いて通っていた田んぼ道は、道路沿いに数件新しい家が出来ただけ。
昔とほぼ変わらない景色は、当時の事を思い出させる。
「ねー、誠也って小学生の頃の記憶ある?」
「小学生?」
そう呟きながらタバコを咥える横顔は、小学生の頃の面影はない。
「んー…そうだなぁ…」
誠也は考える素振りを見せたが、口から出たのは言葉ではなくて煙だった。
私は車の窓を、半分の位置まで開ける。
車内に入り込んできた風で、せっかく整えた髪が勢い良く靡いた。
少し間を開けた後で、「休み時間とか…」と誠也は切り出した。
「放課後にやってた、野球とかサッカーは楽しかったな…あとプールの時間も好きだったし…つーか体育の時間は良かったな。あ、給食も好きだった」
私は正面を向き直した。
やはり小学生の男の子といえば、確かにそのような事が脳内を占めていたんだと再確認した。
「勉強は苦手だったけど、毎日楽しかったな」
「そーだろうね」
「で?優香は何かあんの?」
誠也はタバコの灰を灰皿に落とし、「やっぱ給食?」と続けた。
「あ、持久走大会ってさ、女の子距離短くていーよな」
楽しい思い出への単語が、誠也の口を突いてどんどん出てくる。
しかし、それに便乗出来なかった。
「私は…」とまで言葉がでたが、それ以降が詰まった。
自分の膝上に置いてある鞄には、あの手紙が入っている。
私はぎゅっと鞄を握りながら、「大切な事…忘れてた」と告げた。
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