あいつだけは敵に回さないほうがいい

星上みかん(嬉野K)

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痛い目を見てもわからないみたいですね

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 酒場を包む喧騒。怯えや困惑も含まれているが、おそらく多くは熱狂。
 この治安が悪いらしい街の酒場だ。きっとこの手の乱闘も余興の一つに過ぎないのだろう。一種の見世物でありショー。チンピラVS店側の乱闘騒ぎ。

 確かに私も、傍観者だったら楽しんでいただろう。私なら途中で我慢しきれなくなって参戦するけれど。

 こんな風に注目を浴びるのは、嫌いじゃない。なんだか滾ってきた。

「カンディール・アルヴァハルってのはな、この辺一帯を取り仕切ってる集団だよ。この街で俺たちに逆らうやつはいねぇ。恐れられてんのさ、俺達は」
「わかりやすい説明をどうも。つまり、その組織の下っ端があなた方だと」
「誰が下っ端だ」
「おっと失礼。幹部の方ですか? でしたらそのカンテール・アルタイル、という組織も大した事なさそうですね」
「カンディール・アルヴァハルだ」二回聞いてもわからない。きっと三回聞いてもわからない。「お前、ずいぶんと俺たちのことを挑発してるが……まさか俺たちに勝てるとでも?」
「勝つも何も……私は清掃に来ただけですよ。ゴミの4つや5つに負ける清掃員はいません」

 しつこい汚れになら負けるかもしれないけど。

「……痛い目見ないとわからないみたいだな……!」

 そう言って、チンピラの一人が殴りかかってきた。カンミーナ・カカトフミの一員ということで期待していたが、なんのことはない。隙だらけで緩慢な動きだった。

 やっぱりつまらない組織らしい、なんてことを思いながら、私はチンピラの腕を掴んだ。

 そして、そのまま男を投げ飛ばす。一応私はバイトの身なので、店の備品を壊さないように投げ飛ばした。大男が床に激突して、酒場が揺れた。

「な……!」

 投げられたチンピラは、完全に想定外だという顔をしていた。だがすぐに立ち上がり、

「おい! お前らも手伝え!」

 他の仲間にそう声をかけて、再び私に突進してきた。

「あなたは……痛い目を見てもわからないみたいですね」

 言ってから、私は繰り出された拳をしゃがんで避ける。その勢いのまま体を回転させ、4人のチンピラに足払いをかけた。そもそも足さばきのなっていないチンピラたちだったので、軽く足払いは成功した。

 地面に転がったチンピラたちに向けて言ってやる。

「弱いですね。そんな程度じゃ、すぐ死んじゃいますよ」
「……は?」
「旅をするには、まだ弱い」

 この世界を旅するのには、当然危険が伴う。得体のしれない化け物とは遭遇するし、とんでもない強者と出会うこともある。
 それらの理不尽とも呼べる相手と、自分の体一つで渡り合わなければならないのだ。
 半端な強さでは、旅なんてやってられない。中途半端な覚悟では、旅人はやってられない。

「あなた達は……カンなんとかっていう組織に所属しているんでしょう? だったら、もっと強い人を連れてきてくださいよ。あなた達じゃあ、退屈です」

 どうせケンカするのなら、強い相手とやりたい。そうすれば成長できるし、何より楽しい。

「っ……!」

 チンピラたちは尻込みして、背を向けた。なんだ逃げるのかと拍子抜けしそうになったが、どうやら違う。

「ひっ……!」

 チンピラたちは、あのツノの生えた少年に駆け寄った。そして、懐から取り出したナイフを少年の首に突きつけた。
 少年の顔が恐怖で青に染まり、チンピラたちは勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべた。

「油断したな……動くな! 動いたら、このガキの命はないぞ」
「油断……確かに」

 すぐに余裕をぶっこいてしまうのは、私の悪い癖だ。正直旅人失格だと思う。自分でもそう思う。

 さて、どうしたものか。人質を取られてしまった。
 本気でチンピラたちに突進すれば、少年に危害が及ぶ前にチンピラたちを制圧することは可能だろう。正直容易に達成できる。

 ただ……それをすると店の備品ごとぶっ壊すことになる。なんなら、壁に穴くらいあくかもしれない。

 ……そうなったら、バイト代は出ないだろうなぁ……しかしそれも仕方があるまい。私の油断が招いたことなのだ。
 
「さて……」

 全身全霊、最高の一撃で仕留める。そう息巻いて、腰を落として構えたときだった。

「――!」

 突然、チンピラたちが目を見開いた。何かに怯えたように、体をビクリと震わせたのだった。
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