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弟子にしてください
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「あの……ありがとうございました」
チンピラたちが去って喧騒が収まり、少年が私に対して頭を下げてきた。あのツノの生えた少年である。現在少年は大きめの帽子をかぶっているので、ツノは見えない。
ふむ……この少年に話しかけられている間に、ソラさんがどこかへ行ってしまった。たぶん裏方の清掃に戻ったのだろう。
正直ソラさんと接触したかったのだけれど、今は勤務時間なのでお客様の対応をすべきだろう。
「礼には及びませんよ。仕事ですので」
「あ……でも……その……」
少年はモジモジとしながら目線をさまよわせる。その態度を見る限り、どうにも内気な性格のようだ。
一応アドバイスをしてみる。
「子供は酒場に来るな、とはいいません。ですが、酒場には危険が多いですよ。だから、巻き込まれたくなければ、来ないほうが無難です」
確かに酒場は楽しい場所だ。荒くれ者はいるしチンピラもいるし、さっきみたいなショーだって見られることもある。
だが、それは私視点での話。私はさっきみたいな騒ぎはイベントの一つとして楽しむことができる。だが、それができない人だって当然いるのだ。騒ぎは御免で、静かにお酒を飲みたい人だっているはずなのだ。
そういう人には、この場所は向いていない。他の街の酒場か、もっと大人な雰囲気のバーなどに行くべきである。この街にそんな場所があるのかは知らないけれど。
だからこの少年がトラブルに巻き込まれたくないのならば、酒場からは去るべきだ。そして、二度と来るべきではないのだろう。
「あの……僕は……」
「なんですか?」
「強く……なりたくて……」
「……強く?」
「はい……」
だったらなおさら、この場所には来るべきじゃない。道場やら格闘家の家やら教師の場所やら、他に選択肢はあっただろう。
にもかかわらず、少年はこの酒場を選んだ。それはなぜか。
「このお店に……強い人がいるって聞いて……」
「ああ……なるほど。理解しました」
ソラさん、に会いに来たのだろう。強くなりたいから、強い人に接触しに来たわけだ。その考えは間違っていない。その道を極めたいのなら、すでに極めている人の場所を尋ねるのが最短距離だ。
その人というのが、少年にとってはソラさんだったのだろう。
「だから……その……」
少年は自身の裾を握りしめる。本当に気弱な少年らしく、もう泣きそうな顔をしていた。
だが、それでも、少年は言い放った。
「弟子にしてください……!」
「……え?」
なんだって? 今少年はなんて言った? 私の耳が腐ってなければ『弟子にしてください』と言ったように聞こえた。
「弟子……って、私の、ですか?」
「はい……ダメ……ですか?」
上目遣いで見られても困る。かわいいけど。
おそらくだが、少年は勘違いをしている。
「一応言っておきますけど、私はソラさんじゃないですよ」
この少年がこの酒場に来た理由は、強い人がいるから。つまり、酒場にソラさんがいるからである。
そして、目の前でチンピラを追い返した私を見て、少年はこう思ったのだろう。ああ、この人がソラさんなんだと。
ソラ、という名前は中性的な名前だ。名前だけ聞いていたなら、こうやって勘違いすることもあり得るだろう。
「え……」案の定、少年は目を丸くした。「でも、あんなに強くて……」
「強い人なんて、世の中にいっぱいいますよ」私は最強じゃない。極めていない。そしておそらく、ソラさんより上だって存在するのだろう。「ソラさんなら、このお店にいますよ。だから本人に――」
本人に弟子入りしてください、と言いかけたとき、どこから聞いていたのか、店の主人が口を挟んできた。
「ソラに弟子入り? やめとけよ、あいつそんなの向いてねぇぞ。基本的に、ただのポンコツだあいつは。教えるのなんか向いてねぇし、戦闘以外に能力なんて持ってないぞ。方向音痴だしな」
酷い。なんて言い草だ。だが、なんとなく真実なような気がする。
「弟子入りするなら、ルナにしとけ」
何を言い出すんだ、この店主は。
「ちょっとまってくださいよ。私は弟子なんて取りませんよ」
「ほう。どうしてだ?」
「どうしてって……あなたは知ってるでしょう? 私は旅人です。この街からだって、いつかはいなくなります。だから、弟子なんて作れませんよ」
「いいじゃねぇか。この街にいる間だけでも、なんか教えてやれよ」
「……やけにこの子の肩を持ちますね……息子さんですか?」
「あんた、俺が結婚してるように見えるか?」
「……ちょっとだけ」
「見る目のない奴だな」気を使ってあげたんですよ。「俺はただ、この世界がちょっとでも良くなってくれればいいと思ってるだけさ」
「……世界?」
「ああ。どんな世界になるのかは知らないが、未来は明るくあってほしい。そのためには、俺たち大人が子供を教育してやる必要があるんだよ。ちゃんとした教育を、な。そうすれば、多少は未来は明るいんじゃないか?」
明るい未来……か。そのためには子供の教育が必要不可欠。
なるほど……壮大な話だ。そして抽象的だ。さらには希望的観測だ。子供の育成だけでは明るい未来なんてやってこない。それに、この子を一人だけ育てても未来は変わらない。
だからこそ、気に入った。抽象的でふわふわしている壮大な目標は大好きだ。
「わかりました」やるからには、全力でやる。私は少年の目を真っ直ぐ見つめて、「あなたは、それでいいですか? 私が師匠で、後悔しませんか?」
「……」
少年は助けを求めるようにあたりを見回した。しかしこの場所に少年の知り合いはいないようだった。
少年の返答には時間がかかった。だから、私は返答を待ち続けた。それしかできないし、強制された返答に意味はないからだ。
「……はい……」
そう言って少年は、頷いたのだった。
チンピラたちが去って喧騒が収まり、少年が私に対して頭を下げてきた。あのツノの生えた少年である。現在少年は大きめの帽子をかぶっているので、ツノは見えない。
ふむ……この少年に話しかけられている間に、ソラさんがどこかへ行ってしまった。たぶん裏方の清掃に戻ったのだろう。
正直ソラさんと接触したかったのだけれど、今は勤務時間なのでお客様の対応をすべきだろう。
「礼には及びませんよ。仕事ですので」
「あ……でも……その……」
少年はモジモジとしながら目線をさまよわせる。その態度を見る限り、どうにも内気な性格のようだ。
一応アドバイスをしてみる。
「子供は酒場に来るな、とはいいません。ですが、酒場には危険が多いですよ。だから、巻き込まれたくなければ、来ないほうが無難です」
確かに酒場は楽しい場所だ。荒くれ者はいるしチンピラもいるし、さっきみたいなショーだって見られることもある。
だが、それは私視点での話。私はさっきみたいな騒ぎはイベントの一つとして楽しむことができる。だが、それができない人だって当然いるのだ。騒ぎは御免で、静かにお酒を飲みたい人だっているはずなのだ。
そういう人には、この場所は向いていない。他の街の酒場か、もっと大人な雰囲気のバーなどに行くべきである。この街にそんな場所があるのかは知らないけれど。
だからこの少年がトラブルに巻き込まれたくないのならば、酒場からは去るべきだ。そして、二度と来るべきではないのだろう。
「あの……僕は……」
「なんですか?」
「強く……なりたくて……」
「……強く?」
「はい……」
だったらなおさら、この場所には来るべきじゃない。道場やら格闘家の家やら教師の場所やら、他に選択肢はあっただろう。
にもかかわらず、少年はこの酒場を選んだ。それはなぜか。
「このお店に……強い人がいるって聞いて……」
「ああ……なるほど。理解しました」
ソラさん、に会いに来たのだろう。強くなりたいから、強い人に接触しに来たわけだ。その考えは間違っていない。その道を極めたいのなら、すでに極めている人の場所を尋ねるのが最短距離だ。
その人というのが、少年にとってはソラさんだったのだろう。
「だから……その……」
少年は自身の裾を握りしめる。本当に気弱な少年らしく、もう泣きそうな顔をしていた。
だが、それでも、少年は言い放った。
「弟子にしてください……!」
「……え?」
なんだって? 今少年はなんて言った? 私の耳が腐ってなければ『弟子にしてください』と言ったように聞こえた。
「弟子……って、私の、ですか?」
「はい……ダメ……ですか?」
上目遣いで見られても困る。かわいいけど。
おそらくだが、少年は勘違いをしている。
「一応言っておきますけど、私はソラさんじゃないですよ」
この少年がこの酒場に来た理由は、強い人がいるから。つまり、酒場にソラさんがいるからである。
そして、目の前でチンピラを追い返した私を見て、少年はこう思ったのだろう。ああ、この人がソラさんなんだと。
ソラ、という名前は中性的な名前だ。名前だけ聞いていたなら、こうやって勘違いすることもあり得るだろう。
「え……」案の定、少年は目を丸くした。「でも、あんなに強くて……」
「強い人なんて、世の中にいっぱいいますよ」私は最強じゃない。極めていない。そしておそらく、ソラさんより上だって存在するのだろう。「ソラさんなら、このお店にいますよ。だから本人に――」
本人に弟子入りしてください、と言いかけたとき、どこから聞いていたのか、店の主人が口を挟んできた。
「ソラに弟子入り? やめとけよ、あいつそんなの向いてねぇぞ。基本的に、ただのポンコツだあいつは。教えるのなんか向いてねぇし、戦闘以外に能力なんて持ってないぞ。方向音痴だしな」
酷い。なんて言い草だ。だが、なんとなく真実なような気がする。
「弟子入りするなら、ルナにしとけ」
何を言い出すんだ、この店主は。
「ちょっとまってくださいよ。私は弟子なんて取りませんよ」
「ほう。どうしてだ?」
「どうしてって……あなたは知ってるでしょう? 私は旅人です。この街からだって、いつかはいなくなります。だから、弟子なんて作れませんよ」
「いいじゃねぇか。この街にいる間だけでも、なんか教えてやれよ」
「……やけにこの子の肩を持ちますね……息子さんですか?」
「あんた、俺が結婚してるように見えるか?」
「……ちょっとだけ」
「見る目のない奴だな」気を使ってあげたんですよ。「俺はただ、この世界がちょっとでも良くなってくれればいいと思ってるだけさ」
「……世界?」
「ああ。どんな世界になるのかは知らないが、未来は明るくあってほしい。そのためには、俺たち大人が子供を教育してやる必要があるんだよ。ちゃんとした教育を、な。そうすれば、多少は未来は明るいんじゃないか?」
明るい未来……か。そのためには子供の教育が必要不可欠。
なるほど……壮大な話だ。そして抽象的だ。さらには希望的観測だ。子供の育成だけでは明るい未来なんてやってこない。それに、この子を一人だけ育てても未来は変わらない。
だからこそ、気に入った。抽象的でふわふわしている壮大な目標は大好きだ。
「わかりました」やるからには、全力でやる。私は少年の目を真っ直ぐ見つめて、「あなたは、それでいいですか? 私が師匠で、後悔しませんか?」
「……」
少年は助けを求めるようにあたりを見回した。しかしこの場所に少年の知り合いはいないようだった。
少年の返答には時間がかかった。だから、私は返答を待ち続けた。それしかできないし、強制された返答に意味はないからだ。
「……はい……」
そう言って少年は、頷いたのだった。
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