あいつだけは敵に回さないほうがいい

星上みかん(嬉野K)

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だったら正解ですよ

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 私がソラさんを旅に誘うと、彼は無言で首を横に振った。
 特に動揺した様子もなく、迷う素振りも見せず、あっさりと断られた。しかし、これも予想のとおりだ。

 ちっとやそっとで、ソラさんの意思は変わらないのだろう。チハヤさんの代わりになるという役目を果たすまで……死ぬまでこの場所に留まるつもりなのだろう。

 だから、ここで私がどう説得しようが現状は変わらない。ソラさんの意思は変わらない。

 変えられるとするならば……それはたった一人だ。

「説得は任せますよ」
「……俺か?」酒場の主人は一瞬驚いて、すぐに、「そうか……まぁそうだな。俺しかいないよな」

 そうだ。チハヤさんの父親であり、ソラさんをこの街にとどまらせた人物。そして、ソラさんの生きる意味を作ったこの酒場の主人にしか、ソラさんは動かせない。

「ソラ」名前だけ呼んで、酒場の主人は頭をかいた。「……まぁその……あれだ。なんというか……」

 口下手か。口下手なんだろう。ソラさんの将来をしっかりと考えているからこそ、軽々には喋ることができないのだろう。この人だって……自分の言葉に責任を感じた一人なのだから。

「お前さ……旅に出てみる気はないか」

 ソラさんは不服そうに目を細めて、首を横に振る。

「そうか……俺はな……」主人は慎重に言葉を選んで、「お前の力を……存分に試してほしい。こんな掃き溜めの街で、終わってほしくない」

 その言葉は……おそらく昔チハヤさんにかけた言葉と似ているのだろう。チハヤさんの音色を多くの人に聞いてほしい。ソラさんの力を存分に試してほしい。それは息子とその親友……いや、二人の息子に対する想いなのだろう。

 しかしそれでも、ソラさんは頷かない。ほとんど意地になっているようで、彼はこの場から去ろうとする。

「待てよ。待ってくれよ」主人はソラさんの肩を掴む。そして向かい合って、「なんて言えばいいかわかんねぇけどよ……俺は……お前が大切なんだ。チハヤと同じくらい、お前が大切だ。だから……もう……自分の道を歩んでいいんだよ……」

 その真剣な言葉に、さすがのソラさんも動揺したようだ。

 しかしそれ以上、口下手な父親から言葉が紡がれることはなかった。きっとすべての想いを込めた言葉が、今の言葉だったのだろう。
 決して想いが軽いから言葉が出ないのではない。重いからこそ、何も言えないのだ。

 だったら……私が言えばいい。

「ソラさん。大切な人に願うこと、ってなんだと思います?」
「……?」
「チハヤさんが、ソラさんに望んでいることって、なんだと思います?」
「……」
「この酒場で働くこと? チハヤさんの代わりになること? きっと違う」
「……」
「なんですかその目は。『お前にチハヤの何がわかる?』って言いたいんですか? だったら正解ですよ。私はチハヤさんのことなんて、何も知らない」

 話を聞いただけのこと。昔話に登場した人間の一人。ただ、それだけ。

 でも……

「私は……旅人という道を選びました。そこでは、別れだってあります。永遠に会えない人だって、たくさんいます」
「……」
「置いていったことだってあります。置いていかれたこともあります。逃げたこともあります。逃げられたこともあります。大切な人との別れは、多く経験しています」
「……」
「私は……彼ら彼女らにもう一度会いたいとは思いません。ただ……笑っていてほしい。幸せであってほしい。私が大切な人に願うのは、それだけです」
「……」
「ソラさんは、今幸せですか? 私はこの街に来てから、あなたと出会ってから、ソラさんが笑っているところを見たことがありません」
「……」
「そんなんじゃ……チハヤさんは満足しないと思います。きっと……ソラさんの幸せを願っているだろうから」

 それからしばらく、私とソラさんは視線を交わし続けた。目をそらしたら、なんだか負けたような気がするので、意地になって張り合っていた。

 そんな沈黙を破ったのは、

「ん……」

 苦しそうなうめき声だった。

「おや……目を覚ましたみたいですね」

 眠っていたアルが覚醒したらしい。ならば、こちらの対応も私がしよう。一応師匠なのだから。

 だがその前に、ソラさんに言っておく。

「私が言えることはこれだけです。無理に旅に連れ出す気は、ないのでご自由に判断してください」ただ、と私は付け加える。「明日の朝、私はこの街からいなくなります。もしも一緒に行くというのなら、それまでにお願いいたします」

 旅に出る出ないなんて、ソラさんの自由だ。そこに彼の幸せがあるとも限らない。もしかしたら、この掃き溜めの街に幸せを見出すかもしれないのだから。

 自分で決めればいい。自分の道なんて、自分で決めればいいのだ。私は……文句は言わない。
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