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グローディアス王国編

【閑話】千尋のいない日々 〜佐山尊〜

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俺の名前は佐山尊さやまたける…俺は今大学の寮に住んでいる…。
日本で最高学府に当たる、この学校を選んだのは弟の為だった…。
母が親戚の叔母から見合いで紹介された男と再婚したのは俺が小学6年の時だった。
最初は優しい義父だったが母と再婚して1年して妹が生まれてから義父は変わってしまった。

義父は俺と弟が妹に近づくのを嫌がった…俺は元々妹はどうでもいい存在だったから義父の顔を見て近づくのをやめたが弟の千尋は自分より下の存在が嬉しいのか何かと側に行こうとしていた。
きっかけは本当に些細な事だったと思う…外から帰って来た千尋がたまたま火が付いた様に泣いていた妹をあやしていたのを義父は千尋が泣かせたと言って怒った。
ここから千尋を何かというと攻撃する様になった。
母は最初は義父を止めてはいたが義父から離婚という言葉を聞いてから何も言えなくなった。
俺も母の代わりに千尋を庇っていたが、ある日義父に背後から殴られボコボコにされた。
俺は中学生になっても身長が伸びずクラスでも1番小さかったから突然の義父の暴力に抵抗出来なかった。
一度でも恐怖を覚えた体は義父が近づくだけで硬直して動けなくなってしまった。
家に帰りたく無くなった俺は毎日部活動と塾に行くようになり家に居る時間が少なくなって、その分千尋が義父の暴力を受ける様になっていった。
俺は…子供だった…今なら色々な逃げ道がある事を知る事が出来たが…その時はただ周りをみている様で1つしか見えていなかった。
大人は全て敵で、何か言っても無駄になるだけ…自分で何とかしないとって!
だから義父が何も言えないくらいの成績を取り県外の大学に…あの男よりいい大学に行ってやる!
大学に行ったら千尋も一緒に連れ出して一緒に暮らす!あの男から離れて暴力に怯えない暮らしをするんだ!
そう…それしか俺たちの逃げる道は無いって…思い込んでいた…。

だが、俺が思っている以上に千尋は酷い扱いで…俺はもう少し、もう少しすればと思って現実を見ていなかった!
そして、その日が来た…。

町はクリスマスの華やかなイルミネーションに彩られていたが受験の追い込みで遅くまで塾に行っていた。
家に帰り着いたのが10時近くで賑やかなクリスマスのご馳走にはしゃぐ妹と妙に機嫌のいい義父にオドオドしている母…いつも千尋は父に追いやられて風呂場か和室の押入れにいる事が多いから、きっと今日も同じだと思っていた。
ベランダの向こう側で隣のおじさんの大きな声が聞こえて俺はカーテンを開けてベランダに行った時、そこには濡れたまま蹲ったまま横に倒れていた千尋がいた!!
12月の雪が降りそうな寒いベランダに半ズボンと薄いTシャツ姿の千尋の骨と皮しかない体…俺は千尋を抱き締めて叫んだ!何度も何度も!千尋の名前を叫んだ!!
冷たく軽い体にはいっぱいのアザがあり口からは血が滲んでいた。
隣のおじさんが呼んだ救急車の音が響いて義父は何かを叫んでいたが俺はだんだん氷の様に冷たくなっていく千尋を自分の体温で温める様に抱き締める事しか出来なかった…。

そして、救急車が到着する前に千尋は短い一生を終えていた…。
救急隊員の通報で母と義父が警察に連れて行かれ千尋を虐待して殺したことで逮捕された。
その時の俺はあまりに大きな喪失感で何も食べられず眠れもせずで…ただただ流されるままに過ごした。
妹は親戚も引き取る事を拒否したので施設に入れられた。
俺は18歳になっていたから施設には入れない事もあり、千尋がいないマンションにいた。
家に居たくなくて学校に行って周りがどんな事を言っても何も反論しなかった。
虐待された弟を助けなかった兄、鬼だ悪魔だと言われていたようだが俺にとってそれは間違いのない事だったからだ。
ただ惰性のまま生きて…毎日が空虚で…俺が自殺しなかったのは簡単に死んでしまっては罰にならない…自分を許してはいけないと思っていたから…。

そんなある日、刑事さんが家に話を聞きに来た。

 あの日から時が止まったままの部屋で、事件当日俺は塾に行って帰りが遅くなっていた事…虐待は日常的だったことなど淡々と答えていた。
すると若い方の刑事が激昂して言ったんだ…

「なんでもっと早く周りの大人に言わなかったんだ!君がもっと早く行動を起こしていたら千尋君は死なないでいたかもしれないのに!!」
「おい!」

もう1人の年配の刑事が止めたが若い刑事は熱血漢なのか言葉を止めない。
何も言わない俺に立ち上がって更に言葉を重ねて言おうとした時、俺の体がビクっと微かに跳ねたのを見た年配の刑事が若い刑事を強く抑え言った!

「バカヤロウ!何でも単純に物事を見るな!!どんな事にも形があり誠とことわりがあるんだ!真実は1つじゃないし、真実は関係した全ての人それぞれが持っている、だが事実は1つだけ千尋君が亡くなった事だけが事実だ…俺たちはその事実が何故起きたのかを色々な角度で調べて報告する事が仕事だ!お前の青臭い意見なんぞ要らねぇんだよ!!」
「!!…すいません…」
「すまねぇなぁ~こいつはまだまだ半人前でな…君を見て思ったよ…君もあの男から暴力を受けた事があるんだね?」
「!!…何で…」
「ふ~~~…大人の男が近寄ると体が反応してるよ…肩がね、ビクって跳ねたからね…だから大人が信用出来ないんだね…そりゃそうだよな…1番守ってくれる筈の大人が攻撃して来たんだ…信じる事が出来なくなる。」
「……中学の時、アイツがいきなり背後からゴルフの…クラブで殴って来て…大怪我して入院したけど…誰も何も言わなかったし…怪我が治って家に戻ってからはアイツは俺には何も言わなくなった…母はただ俺に我慢してとしか言わなかった…それ以来…大人は信用出来ないし…誰に何を言っても!!アイツの外面に騙されて!!誰も…誰も俺の言う事を信じてくれなかった!!!だから!俺はアイツよりいい大学に行って千尋も一緒に連れて行って2人でアイツのいない所で暮らそうって!!そう思って…頑張って勉強して…でも…もう千尋はいない……俺は俺は……」
「そうか…お前さんは千尋君を助ける算段をしていたんだな…そうか…やっぱお兄ちゃんだな!千尋君の…」
「!!!」

俺はずっと言えなかった言葉を吐き出して…そして千尋が俺の腕の中で冷たくなって行く絶望した中で泣き叫んで以来一粒も溢れなかった涙が両頬をとめどなく流れていた。
何度も何度も千尋の名前を呼んで泣いて泣いて泣き続けた!
その間、刑事さん達は何も言わずにいて若い刑事さんは一緒に泣いていた。
そうして、ようやく俺の心の中の嵐が落ち着いたのを見計らって年配の刑事さんが俺に聞いた。

「尊君、君が大怪我して運ばれた病院…名前覚えているかい?」
「…はい…アイツの実家の近くの足立総合病院です…大きい病院だから覚えてます。」
「ありがとう…参考になったよ!」
「いいえ…」
「もう一つ尊君君に言っておく事がある…千尋君な…俺も写真を見たんだが…あれだけの暴力を受けていたのに死顔がね…微笑んでいたんだよ…」
「え…」
「思い出してごらん…笑っていただろ?」

俺は苦しい記憶を揺り起して気が付いた…確かに千尋の顔は安らかだった…やっと苦しみから解放されて嬉しかったんだと俺は思っていたんだっけ…。

「普通…あんな目に合った子は亡くなった後も笑ったりなんか出来ない…もっと苦悶した顔しているのに…千尋君は顔から下は酷いモノだったが不思議と顔は最初から笑っていたんだよ…きっと…彼は色々な事を分かっていたのかもしれないね…だから最後は君も妹さんや母親…きっとあのバカ男の事すらも許したんだと思う…だから、君はそんな立派な弟さんに恥じる生き方だけはしてはいけない!」
「!!」
「千尋君が守った君の人生を…胸を張って生きていきなさい!…それが残された君の罪の償い方だ!」
「償い方…」
「ああ…いつか君が人生を全うした時、千尋君と同じ様に笑った顔で逝く事が出来る人生を送る事だ!」
「千尋と同じ…笑顔で…」
「大変だぞ!…まあ生きることは大なり小なり大変だがな!…さて、長くお邪魔した…これで失礼するよ。」

そう言って立ち上がった刑事さん達を見送って、俺はしばらくしてから気が付いた…。

「お礼言うの忘れてた…」

まだ母が再婚する前、小学生の時の笑顔の千尋の写真が遺影として置いてある和室には、真っ白く小さい箱に納められた千尋の遺骨と共に小さな祭壇が作ってあって、俺はそこに入る事がずっと出来なかったけど…久し振りにその部屋に入り…枯れてしまっていた花を片付けて線香に火を付けて、もう何も言わなくなった千尋の笑顔を見つめて…。

「千尋…ずっと寂しい思いさせて…ごめん…千尋は俺を守ってくれたんだな…ずっと気が付かなくて…本当にごめん!俺は…ダメな兄ちゃんだった…だから、今度こそ逃げないよ!色々な事から、もう逃げない!俺は千尋の兄ちゃんだから!弟に負けてばかりじゃカッコ悪いからな!…千尋…これからもずっと一緒だよ…」

手を合わせて…やっと俺は顔を上げた!

その後、俺の証言から義父が義父の実家ぐるみで保険金詐欺をしていた事が分かった。
俺が怪我した時も、実は保険金が掛けてあったらしく共謀した義父の親戚がやっていた病院で診断書を作って保険金の支払いがあって千尋も同じ様に、いや俺以上に高額の保険金を掛けていて、今回も死亡診断書を偽造して書いて貰う手筈になっていたが、今回は隣のおじさんが呼んだ救急車のお陰で虐待がバレて逮捕された事がきっかけで色々な事が明らかにされたのだ。
あの時妙に焦った義父の様子がおかしかったのは、こういう理由があったからなのかと今更ながら納得した。
その後近所でもエリート家族として有名だったらしい義父の実家も無くなり、母方の実家は元より疎遠だったのもあって何も言わないし何もしないが母が逮捕されてからずっと住んでいた家を売って地方に引っ越してしまったらしくて今は何処に居るのかも知らない。
俺はこんな状況だから大学進学を諦めようとしたのだが前の亡くなった父の妹に当たる叔母さんが後見人になると言ってくれて色々調べて動いてくれた。

「ずっと兄貴が亡くなって新しい父親が出来たって聞いてたから没交渉してたんだけど…これで遠慮なく支援出来るわ!兄貴から預かっているお金もあるのよ!大丈夫!私に任せなさい!!」

そう言って俺の背中を押してくれた。
大人は誰も信じられないと、ずっと思っていた俺を助けてくれたのは良識ある大人達だった…。
今でも思う…あの時もっと俺が心を開いて大人を信じる事が出来たのなら、千尋は今も俺の側で笑っていたのかなって…そう思うと苦しくなるけどね…。
もう一つ気掛かりなのは、妹の事だ…施設に預けている間に妹はいつの間にか養子縁組されていて消息を知る事が出来なくなってしまった…いつか会える事が出来るのだろうか…?

あの苦しかった日々でやってきた事が最高学府である大学に合格させてくれ、そして未来に繋げてくれた様々な事を感謝して俺は生きていく…。
千尋のお兄ちゃんとして恥ずかしくない人生を…!



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お気に入り&お読み頂きありがとうございます。
前々から入れたかった地球の千尋君の家族のその後でございます。
前から私が思っているのは犯罪家族特に虐待で亡くなった子供達ってニュースで見てると結構兄弟いるよねって事。
勿論、実名報道は無いけどその後の人生はどうなっているんだろうって…。
ニュースはその後なんてよっぽどの事がなきゃその他の兄弟の事は何も言わないけど…その子達にはこれから先が当然ある。
決して罪がある訳じゃないが、加害者が家族で被害者も家族ってのは結構辛いと思うんだ…。
その事にスポットを当てて見たいと思っていたので前から考えていたんです。
尊お兄ちゃん…結構これから色々な壁にぶち当たりますよ!
優しい人ばっかじゃ無いですから…世間は世知辛いのです!
でも、頑張って欲しいですね!

さて、本編はもう少々待ってて下さいませ!縮んだ千尋君の運命は!!
乞うご期待!!
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