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逃走3

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「あらら、これはちょっとまずいかな?」

 一方、バイクの後ろにメリダを乗せ走っていたジェリーは苦笑いを浮かべていた。その正面には複数の帝国兵の車が横並びに配置され、ジェリー達の行く手を阻んでいた。

「なんかバリケード張られてるんですけど! 大丈夫なんですか?」

 後ろに乗るメリダが慌てたように叫ぶ。すると、ジェリーは「しっかり掴まってて!」と言った瞬間、スロットルを全開にし、強行突破を図った。

 前輪が軽く浮く程の急加速で、帝国兵が作っていたバリケードに突っ込むジェリー。その行動に帝国兵も思わず退避する。ジェリーはその速度を維持したまま、バイクをコントロールし、バリケードの隙間を綺麗に抜けていった。

「すっごい……お母さん何者なの?」

「ええ? ただの主婦よ」

バリケードを突破されてしまった帝国兵は慌てて車に乗り込むと、バイクに乗った二人の後を追った。

「も~しつこいわねぇ」

 ジェリーは追手を振り切る為に、車では入ってこられない細い路地へと猛スピードで突っ込んで行く。

「うわーっ! ぶつかるー!」

 壁すれすれを走るバイクの後部座席からメリダの叫び声が上がる。だが、ジェリーはお構いなしに入り組んだ路地を縫うように走り抜ける。途中、ゴミ箱や浮浪者などが道端に寝転がっていたが、ジェリーはスピードを落とすことなくギリギリで躱していった。

 路地を抜け広い道に出たところで、ジェリーはサイドミラーで後方を確認する。

「よーし! 何とかまいたようね。もう大丈夫よメリダちゃん!」

「は、はぁ……そうですか……」

 ジェリーは笑顔で話しかけるが、一方のメリダは放心状態で返事をするのがやっとであった。

 やがて、ジェリーが運転するバイクは市街地を抜け、人気のない海沿いの道を西に向かって走っていた。向かって右側にはどこまでも続く白い砂浜が広がり、左側には海風を防ぐための防風林が植えられていた。

「なーんか妙に静かね。嫌な予感がするわ」

 いつもはもう少し交通量のある海沿いの道がガラガラな事にジェリーは訝しんだ。

『ええ、ジェリー様の言う通りです。前と後ろの両方から追手が来ています』

 ジェリーの予感を肯定するようにアイオスが現状を報告する。その報告を受けた途端、ジェリーはバイクを急停止させた。

「マズイわね。さぁてどうしましょう」

 腕を組んで「うーん」と唸りながら考え込むジェリー。それを見ていたメリダが口を開いた。

「もう大丈夫だよ。サヴェロのお母さん。この先は私一人で何とかするから――イタッ!」

 メリダがそう言いかけたところで、ジェリーは「てい!」という掛け声と共にメリダの頭にチョップを食らわせた。

「もう、何度言わせるの? ここまで来て貴女を放り出せる訳ないでしょ? 最後までしっかり面倒みさせなさい」

「で、でも八方塞がりなんでしょ? どうするの?」

 メリダはヘルメットの上から頭をさすりながら質問する。それに対し、ジェリーは、

「確かに両方は塞がってるけど八方は塞がってないわ」

 と、言った途端、スロットルを捻ってバイクを再び発進させると、今度は道の左側にある防風林に向かって走り出した。

「わわわわっ!」

 当然、舗装されていない道なのでガタガタという強烈な振動がメリダを襲う。

「口は塞いでなさい! 舌噛むわよ!」

 ジェリーは木々の間をするすると進んでいく。だが、

『駄目ですジェリー様。追手とも距離が徐々に縮まっています』

 というアイオスの警告が入った。それを聴いてジェリーは「わかってるわ」と苦笑いを浮かべサイドミラーに目を移す。そこには車数台分のヘッドライトが少しずつ迫ってきていた。

ジェリーはなんとか追っ手をまこうと、身体を傾け急旋回するが、『そっちは駄目です』とアイオスの言葉も空しく、ジェリー達は待ち構えていた帝国兵達に囲まれてしまった。

「お前達は完全に包囲されている。大人しくその娘をこちらに引き渡せ」

 帝国兵は銃口をジェリーに向け、まるで機械音声のような話し方でそう言った。

 しかし、ジェリーはメリダを自分の後ろに隠し、帝国兵達を睨み付ける。

「止めておけ。命を粗末にするな」

「お生憎様、女の子と引き換えに得られる命をなんざこっちから願い下げだわ」

 後ろのメリダに当てないよう細心の注意を払いつつ帝国兵は持っている小銃を構え直す。双方に緊張が走り、一触即発の雰囲気が漂う。その時だった――

「もう止めて。この人に銃を向けないで」

 メリダはジェリーの後ろから出てくると、そのままジェリーの前に両手を広げて立った。

「ちょっ、メリダちゃん! 何してるの! 危ないから下がってなさい!」

 叱るように言うジェリーだったが、メリダは顔だけ振り向くと「ありがとう」と一言言い、再び帝国兵の方に顔を向ける。そして、広げた両手を下げたメリダは帝国兵のもとへと歩き出した。

 ジェリーは「メリダちゃん!」と叫ぶが、それでもメリダは歩みを止めず、ついに帝国兵の目の前にたどり着いた。

「貴方達の言う通りにするわ。だからあの人には手を出さないで」

「……拘束しろ」

 一人の帝国兵が部下に命令する。一人の部下が言われた通り目の前に歩いてきたメリダを拘束した。
銃口を向けられている為、下手に動けないジェリーはそれをただ黙って見ている事しかできない状況に歯噛みする。
ターゲットであるメリダの確保を確認した帝国兵は再びジェリーの方を見ると、冷たい声で「殺せ」と部下に命令を下した。

 その言葉にジェリーとメリダが反応する。メリダは両脇を帝国兵に抱えられながらも、身を捩りながら「ふざけないで!」と大声で叫んだ。

「約束が違いじゃない! その人には手を出さないで!」

 必死で叫ぶメリダであったが、その場にいた帝国兵は誰一人として耳を貸さず、銃を持った者はジェリーに狙いを定める。

「止めてぇー!」

 メリダは悲痛な叫び声を上げるが、その直後「パパパパ」という大きな銃声によってメリダの悲鳴はかき消された。

 歯を食いしばりながら目を閉じて顔を背けるメリダ。その後数秒間鳴り響いた銃声が止む。しかし――

「なっ!」

 そこで驚きの声を上げたのは発砲した帝国兵であった。メリダは何やら様子がおかしい事に気が付き、恐る恐る目を開けてみた。するとそこにはメリダの予想とは別の光景が広がっていた。

 あれだけ銃で撃たれていたはずのジェリーが無傷で立っている。放たれた銃弾はジェリーに当たる事無く、周りの防風林として植えられている針葉樹の幹に着弾していた。だが、そんな事よりも奇妙な事が起きている。それは、ジェリーを覆うように水の膜が張られていたのであった。

 そんな光景に、メリダだけでなく隣にいた帝国兵達も唖然としていた。

「もう若くないんだからさ、あんまり無茶するなよ」

 呆然と立ち尽くすメリダと帝国兵の耳に、メリダ達が逃げてきた方向から第三者の声が入ってきた。

「誰かッ!」

 ハッと我に返った帝国兵達はその声が聞こえた方へ銃口を向ける。しかし、その人物は歩みを止めずメリダが視認できる位置までやってきた。

「全く、来るのが遅いわよ。バカ息子」

 ニッと微笑を浮かべ、呆れたように言うジェリー。それに対し、

「ちょっと道が混んでてね」

 と冗談を交え姿を現したのは――

「サヴェロ!」

 メリダは涙を浮かべながらその名を叫んだ。
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