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昔話3

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――六年前 ナウィート首都バハマ 中央公園


 真昼間の中央公園。園内にはランニングをして汗を流す人や、芝生にレジャーシートを敷いて団欒する家族の姿が見られる。

 そんな園内の隅っこの木陰で、俺は両手を胸の前で向かい合わせ眼を瞑って突っ立っていた。

「そうやって向かい合わせた掌の間を流れるウィスを感じ取れるようになれ。それが出来るようになったら次の事を教えてやる」

 俺の横には、木陰で横になる先生の姿があった。先生は「ふぁ~」とあくびをしながら気の抜けた表情で俺にウィスを操る技術を教えている。

 先生にウィスの操作技術を教えてもらう事となり、先生は自分が泊まっている宿から近いという理由でこの中央公園を修行の場として選んだ。

 ウィスを知らない人たちにしてみれば、俺達はごっこ遊びをしている親子にでも見えただろうが、俺は真剣に先生の教えてくれる事を学んでいった。

「何か、掌の周りが変な感じになってきた。熱いのか、冷たいのか、よくわからないけど、ピリピリする」

 眼を瞑って掌に全神経を集中させていた俺は、今感じている事を先生に伝えた。すると、先生は身体を起こして言う。

「よし。それじゃあ目を開けてみろ。何が視える?」

 俺は先生に言われた通り、目をそっと開けてみた。すると、自分の掌の間を淡く青白い微かな光が行き来しているのが視えた。

「青い光? みたいなのが視える。これがウィス?」

「ああ、そうだ。お前は俺が助けた時からウィスが少し視えてたからな。意識すればちゃんと視えるようになる」

 先生は立ち上がると、俺の横に移動した。

「それじゃあ次だ。今度はそのウィスをお前の意志で動かしてみろ。掌の間でグルグルと渦を巻くような感じでな」

 俺は先生に言われた通り掌の間を流れるウィスを渦を巻くように動かそうとするが、全く思い通りにいかない。さっきから俺の意志とは別に自由に動き回っている。

「全然思い通りにいかないんだけど」

「まあそうだろうな。その修行は出来るようになるまで一年はかかる」

「はぁ? 一年? そんなの無理に決まってるじゃん!」

「んな事言われても、これが出来なきゃ次にいけないからな。とりあえずがんばれ」

 先生は気怠そうにそう言うと、再び木陰に戻り、横になった。

「俺は寝てるから。それが出来るようになったら起こしてくれ」

 先生は大きなあくびをすると、そのまま眠りについてしまった。俺はなんて無責任なんだと半ば呆れていたが、構わず修行を続けた。目を閉じて、ウィスの流れを感じ取る。そして、その流れの方向を少しずつ、少しずつ変えてやるイメージを持ち続けた。

 どのくらいの時間が経っただろうか。目を閉じて、ウィスの流れを変える事に意識を集中していた結果、目を開けて掌の間を視てみると、イメージ通りにウィスが渦を巻いていた。

「やった。出来た。先生! 起きてよ!」

 俺は出来たら起こせと言っていた先生を大声で起こす。先生の出した課題が出来て、嬉しさのあまりつい声のボリュームが大きくなってしまった。

「何だ? もう夕方か? いけねぇ、寝過ぎちまった……って、まださっきから一時間しか経ってねえじゃねえか。何で起こしたんだよ」

「いや、何でって、先生が出来たら起こせって言ったんじゃん。ほら出来たよ」

 俺は熟睡しているところを起こされ、やや不機嫌な先生に掌の間で渦を巻くウィスをみせつけた。すると、半開きだった眠そうな先生の眼がカッと開かれる。

「おいおい、冗談だろ? お前、たったの一時間で出来るようになったのか?」

「嘘じゃないよ。逆回りだって出来るよ。ほら」

 俺はウィスの渦をの流れを逆回転させてみせる。それを見ていた先生はしばらく無言だったが、急に「ハッハッハッ!」と大笑いしだした。園内にいた人達が何事かとこちらに視線を向ける。

「ちょっと、先生どうしたの? みんなこっち見てるよ」

「これが笑わずにいられるか。いやぁ、こんなにいい気分なのは久しぶりだ」

 先生は満面の笑みで立ち上がると、俺の目の前にやってきた。

「お前にはとんでもない才能がある。お前は強くなるぞ」

「本当⁉」

 先生に誉められ思わず大声で聞き返してしまったが、先生は笑みを浮かべながら「ああ」と答えてくれた。

「だが、今日の修行はここまでにしよう。今日お前が身に付けたウィスの操作はこれから教える事の基礎だ。暇があれば常にその修行をしていろ」

「はい! 先生!」

 俺が元気良く返事をすると、先生はニカッと笑ってくれた。
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