ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第123話 脇田家訪問

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 栞は自転車を押しながら、わっけーと一緒に歩いている。だが、不思議な事に、普段はあれだけうるさいわっけーが一言も喋らないのである。あまりにも不可解すぎる状況に、栞もすっかり喋る事ができなかった。
(あのわっけーが一言も喋らないなんて……。これは何が起きているっていうのよ)
 普段目にする事のない光景だけに、栞は戦々恐々としてわっけーを見ていた。
 だが、わっけーの表情自体はいつも通りのにこにこの笑顔である。だからこその栞の反応というわけである。
 しばらく歩くと、住宅街の中でわっけーが突然止まった。
「ここがあたしの家なのだ」
 わっけーのいつものボリュームでの発言に、どういうわけか安心する栞。表札を覗いてみれば、確かに『脇田』と書かれていた。
 見た目は普通の一軒家である。家は2階建て、駐車場のスペースは2台分。車は1台はないが、もう1台黄色のナンバープレートの赤い軽自動車が止まっていた。
「どこを見ているのだ、しおりん。家にさっさと入るんだぞ」
「あっ、ごめんって」
 栞が家や車に気を取られている間に、わっけーは玄関まで移動していた。なので、栞は慌ててわっけーの後を追って玄関まで移動したのだった。
「ただいまだぞーっ!」
「お邪魔します」
 わっけーの大きな声が家の中に響き渡る。そのせいで栞の挨拶はかき消されてしまっていた。
「恵子、帰ってきたのね。おやつの準備ならできてるわよ」
「さすがママなのだ。さあ、しおりん、上がれ上がれ」
「しおりん?」
 わっけーの母親は体育祭以来見る事になるが、こうやって見てみると若々しい雰囲気だ。13歳の娘が居るのだからそれなりの年齢だけれども、見る限りはそういった印象は受けない感じだった。
「あっ、お邪魔致します。恵子さんの友人で高石栞と申します」
 疑問符を浮かべていたわっけーの母親に、栞は挨拶をする。すると、わっけーの母親は嬉しそうに表情を明るくしていた。
「まあ、恵子ったら新しい友だちができてたのね。ごめんなさい。おやつは恵子の分しか用意してないの。すぐに用意しますね」
「あっ、いえ。お構いな……く……」
 わっけーの母親は言うだけ言うと、すでに姿を消していた。栞は断ろうとしたのだが、その言葉は間に合わなかった。この行動力は確かにわっけーの母親である。
「おーい、しおりん。あたしの部屋に案内するからついてくるのだ」
 こういうやり取りをしている間に、わっけーは既に手洗いとうがいを済ませて階段を上がろうとしていた。行動が早すぎる。
「ごめん、手洗いうがいだけさせてもらっていい?」
「しょうがないなー。正面の奥の階段の下がトイレと洗面所だからな」
「ごめん、もうちょっと待ってて」
「ほいよー」
 栞はぱぱっと手洗いとうがいを済ませてわっけーと合流する。するとわっけーは階段を上がって2階に行き、手前にある扉の前で立ち止まった。
「ここがあたしの部屋なのさー」
 わっけーがそう言うので、扉を見てみる栞。そこには『わっけー』と書かれたネームプレートがぶら下がっていた。家でもわっけーを名乗るのか……。
「さあさ、とくとご覧あれ」
 わっけーは内開きの扉を開けて、栞を自室の中へと案内する。
 中に入って初めて見るわっけーの部屋。その部屋は思ったよりも飾りつけのない、質素な感じの部屋だった。意外な事に、わっけーもベッド派のようで、窓際には服が脱ぎ散らかされたベッドが置かれていた。
「……わっけー」
「なんなのだ、しおりん」
「せめて人を招くなら、その脱ぎ散らかしはやめておこう?」
「うん?」
 栞が眉をぴくぴくとさせながら、ベッドの上の惨状を指摘する。それを見たわっけーは、
「あー、すまんすまん。うっかり寝坊して慌てて出てきたのを忘れてたのだ。すぐ片付ける」
 照れ笑いをしながら、わっけーは脱ぎ散らかしたパジャマを持って部屋を出ていった。
「ママー、洗濯物を出し忘れてたのだーっ!」
 そう喋るわっけーの声が聞こえてくる。やれやれと思う栞だった。
 わっけーが居ない間に部屋の中を見て回る栞。脱ぎ散らかされた服に気を取られていたが、部屋の中は整理整頓が行き届いていた。意外と几帳面な性格のようである。
 部屋を見回していた栞は、本棚に置かれた書物に目が留まった。
(機械工学かしらね、この本って……)
 なんとも思春期真っ只中の女子中学生に似つかわしくないような、工学系の本がびっしりと並んでいたのである。
(やっぱり、機械工学に電子工学、果てはプログラミングの本まで……。わっけーって意外と工学系女子だったわけ?)
 どういうわけかそういう結論に至る栞である。意外過ぎて混乱しているものと思われる。
 栞が顎を抱えて眺めていると、洗濯物を預けた代わりに飲み物とお菓子を持ったわっけーが戻ってきた。
「いやー、すまんすまん。待たせてしまったのだ」
「あ、お帰り、わっけー。そんなに待ってないから大丈夫よ」
 わっけーが一応謝ってくるので、栞は大人の対応で返しておいた。
「ねえ、わっけー」
「なんだ、しおりん」
「ずいぶんと小難しい本を持っているのね」
 わっけーに本棚を見ながら問い掛ける栞。すると、わっけーが今までに見た事ないくらい真剣な表情をして栞を見ていた。その表情に、思わず飲まれそうになる栞。普段のわっけーからは想像もできない雰囲気である。
 すると、わっけーは飲み物とお菓子を乗せたトレイを机に置くと、入口の扉をぱたりと閉めた。
「あー、見ちゃったかー。まあ、目立つとこにあるから仕方ないかなー」
 栞に背を向けて呟いているわっけー。そして、急にくるっと振り向いてくる。その動作に体をびくつかせる栞。
「まあ、今日しおりんを呼んだのはその辺りの話なのだよなー」
 わっけーは眉をハの字にしながら笑っていた。
「とりあえず、まずはお菓子でも食べるとするのだ」
 そうして、わっけーはごまかすようにお菓子に手を伸ばしたのだった。
 栞もわっけーの様子に困惑しながらも、わっけーと一緒にまずはお菓子を食べ始めたのだった。
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