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第八章 二年次
第197話 偽シアン
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シアンの報告と、偽シアンの自白で、アクアマリン子爵への妨害を行っていたのは、この偽シアンで間違いないようだった。ただ、このシアンに化けていた女性は、莫大な報酬に釣られて依頼を受けていた暗殺者だったらしく、パープリアに繋がる証拠は出てこなかった。
だが、この依頼も妙だった。
期間は三年間で、合宿の時期にだけ魔力と認識阻害を仕掛けるだけでいいというものだった。それでいて十年は遊んで暮らせるくらいの報酬。依頼を持ち込まれた暗殺者が意気揚々と引き受けるのも、まあ無理はない話である。
ところがどっこい。シアンを領の境にある川で襲ったはいいが、まさか防護魔法の掛かったアクセサリーを身に付けているとは思わなかったようだ。報告書の入った鞄にばかり目がいって見落としたのだろう。まあ、知っていたとしても、まさか胸のリボンがそれとは気付くまい。
とはいえ、川に落ちたシアンが無傷というのも引っ掛かりはするのだが……。
「で、あなたの処遇をどうしようかしらね」
マゼンダ家は侯爵という地位ともあって、屋敷に地下牢が存在している。チェリシアもこの年になって初めて、友人の屋敷の地下に存在していた事を知った。
今、ロゼリアとチェリシアはその地下牢の、偽シアンが捕えられた牢屋の前に居た。
「まったく、せっかくチェリシアがクッキーを焼いてくれたのに、あなたのせいで味わえなかったじゃないの」
ロゼリアの顔が険しい。食べ物の恨みなのか?
しかし、その表情を前にしても、偽シアンの態度は一向に崩れなかった。
「まあ、腹心が殺されかけたわけだけど、残念ながら、あなたを処刑する気は無いわ。むしろ、あなたの腕を買いたいと思ってるわ」
「……正気か?」
ロゼリアの言葉に、偽シアンが疑いを含んだ目で見る。
「ええ。心を入れ替えて働いている子を知っているし、あのアクアマリン子爵を欺き続けた腕を評価しているのよ」
「……なるほど」
自分が評価されている、その点に偽シアンは考え込む様を見せる。
「時に、あたいが協力する事で、あんたらには利点はあるのかい?」
「利点? この国の平和を脅かす存在さえ潰せれば、それで十分よ。第一、神獣に幻獣、魔物さえ味方につけた今となっては、あなた一人くらい些細な問題なのよね」
鋭い目つきで質問してくる偽シアンに、ロゼリアはそう言い放つ。すると、
「はははっ! こいつは面白い。淡々と依頼をこなすのもつまらなくなってたところだ。いいだろう、あんたらの手に乗ってやるよ」
偽シアンは、大声で笑い始めた。
「普通、あたいらは名乗るような事はしないんだが、あんたらは特別だ。あたいはキャノル。裏稼業ではそこそこなの知れた暗殺者さ」
偽シアン、改めてキャノルは、地面にあぐらをかいてロゼリアとチェリシアに対して頭を下げた。
「私の命を狙った者を従えるのは少々不服ですが、ロゼリア様が仰るのであれば、私は構いません」
少し遅れてやって来たシアンは、無表情でロゼリアに従った。
こうしてキャノルは牢から出て、シアンと同じメイド服に着替えた。
「面白い構造の服だな。スカートに変なポケットがあるぞ」
着替えたキャノルは、早速その構造に驚いていた。
「ちょっとあなたと似たようなメイドが居てね。同じような構造を採用したのよ」
「なるほどな。おっ、こっから暗器とか取り出すわけか。面白いな」
キャノルはノリノリだった。いや、さっきまで敵対してなかっただろうか? すぐにこうした感情の切り替えができるのも、暗殺者の特徴なのだろうか。
「当分はシアンの補佐で商会の仕事を手伝ってもらおうかしら。あと、チェリシアの魔道具の手伝いもお願い」
「へえ、そこのピンク髪のお嬢ちゃんが、魔道具を作ってるのか」
「発想自体は奇抜なんだけど、彼女のアイディアは、商会の利益の多くを生み出してるからね」
ロゼリアとキャノルの会話に、チェリシアは照れくさそうにしたり、持ち上げられて慌てたり、表情をコロコロと変えていた。
「それじゃチェリシア。私はお父様と話した後、王宮に行ってくるわ。後は頼んだわよ」
「え、ええ。分かったわ」
ロゼリアは部屋を出ていき、
「では、チェリシア様。商会へ向かいましょうか」
「そうね。……こほん、キャノルも付いて来て下さい」
チェリシアはシアンとキャノルと共に、マゼンダ商会へと移動するのだった。
だが、この依頼も妙だった。
期間は三年間で、合宿の時期にだけ魔力と認識阻害を仕掛けるだけでいいというものだった。それでいて十年は遊んで暮らせるくらいの報酬。依頼を持ち込まれた暗殺者が意気揚々と引き受けるのも、まあ無理はない話である。
ところがどっこい。シアンを領の境にある川で襲ったはいいが、まさか防護魔法の掛かったアクセサリーを身に付けているとは思わなかったようだ。報告書の入った鞄にばかり目がいって見落としたのだろう。まあ、知っていたとしても、まさか胸のリボンがそれとは気付くまい。
とはいえ、川に落ちたシアンが無傷というのも引っ掛かりはするのだが……。
「で、あなたの処遇をどうしようかしらね」
マゼンダ家は侯爵という地位ともあって、屋敷に地下牢が存在している。チェリシアもこの年になって初めて、友人の屋敷の地下に存在していた事を知った。
今、ロゼリアとチェリシアはその地下牢の、偽シアンが捕えられた牢屋の前に居た。
「まったく、せっかくチェリシアがクッキーを焼いてくれたのに、あなたのせいで味わえなかったじゃないの」
ロゼリアの顔が険しい。食べ物の恨みなのか?
しかし、その表情を前にしても、偽シアンの態度は一向に崩れなかった。
「まあ、腹心が殺されかけたわけだけど、残念ながら、あなたを処刑する気は無いわ。むしろ、あなたの腕を買いたいと思ってるわ」
「……正気か?」
ロゼリアの言葉に、偽シアンが疑いを含んだ目で見る。
「ええ。心を入れ替えて働いている子を知っているし、あのアクアマリン子爵を欺き続けた腕を評価しているのよ」
「……なるほど」
自分が評価されている、その点に偽シアンは考え込む様を見せる。
「時に、あたいが協力する事で、あんたらには利点はあるのかい?」
「利点? この国の平和を脅かす存在さえ潰せれば、それで十分よ。第一、神獣に幻獣、魔物さえ味方につけた今となっては、あなた一人くらい些細な問題なのよね」
鋭い目つきで質問してくる偽シアンに、ロゼリアはそう言い放つ。すると、
「はははっ! こいつは面白い。淡々と依頼をこなすのもつまらなくなってたところだ。いいだろう、あんたらの手に乗ってやるよ」
偽シアンは、大声で笑い始めた。
「普通、あたいらは名乗るような事はしないんだが、あんたらは特別だ。あたいはキャノル。裏稼業ではそこそこなの知れた暗殺者さ」
偽シアン、改めてキャノルは、地面にあぐらをかいてロゼリアとチェリシアに対して頭を下げた。
「私の命を狙った者を従えるのは少々不服ですが、ロゼリア様が仰るのであれば、私は構いません」
少し遅れてやって来たシアンは、無表情でロゼリアに従った。
こうしてキャノルは牢から出て、シアンと同じメイド服に着替えた。
「面白い構造の服だな。スカートに変なポケットがあるぞ」
着替えたキャノルは、早速その構造に驚いていた。
「ちょっとあなたと似たようなメイドが居てね。同じような構造を採用したのよ」
「なるほどな。おっ、こっから暗器とか取り出すわけか。面白いな」
キャノルはノリノリだった。いや、さっきまで敵対してなかっただろうか? すぐにこうした感情の切り替えができるのも、暗殺者の特徴なのだろうか。
「当分はシアンの補佐で商会の仕事を手伝ってもらおうかしら。あと、チェリシアの魔道具の手伝いもお願い」
「へえ、そこのピンク髪のお嬢ちゃんが、魔道具を作ってるのか」
「発想自体は奇抜なんだけど、彼女のアイディアは、商会の利益の多くを生み出してるからね」
ロゼリアとキャノルの会話に、チェリシアは照れくさそうにしたり、持ち上げられて慌てたり、表情をコロコロと変えていた。
「それじゃチェリシア。私はお父様と話した後、王宮に行ってくるわ。後は頼んだわよ」
「え、ええ。分かったわ」
ロゼリアは部屋を出ていき、
「では、チェリシア様。商会へ向かいましょうか」
「そうね。……こほん、キャノルも付いて来て下さい」
チェリシアはシアンとキャノルと共に、マゼンダ商会へと移動するのだった。
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