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第八章 二年次
第196話 成り代わり
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「ただいま戻りました、ロゼリア様」
ロゼリアの部屋へやって来たシアンは、そう挨拶をする。
「ええ、お疲れ様、シアン」
ロゼリアは普通にシアンを労う。後ろではチェリシアと別の使用人が、クッキーと紅茶を準備している。
お茶の準備が整うと、準備を手伝っていた使用人が頭を下げて「ごゆっくり」と言って部屋を出ていく。
三人が腰を掛けたところで、
「チェリシア」
とロゼリアが言う。すると、チェリシアが人差し指を立てて手を振るう。ぽおっと淡い光が出て、部屋に防音魔法が掛けられた。
「念の為の防音魔法よ、シアン」
ロゼリアがすまし顔で言う。
「では、アクアマリンでの報告を聞かせてもらえるかしら」
「畏まりました」
シアンは鞄から紙の束を取り出した。その束を受け取ったロゼリアは、じっくりと目を通していく。
「……シアンのお兄様は、あの魔物氾濫を感知してましたのね」
「……はい。あまりの規模なので、すぐに私兵を編成しようとなさりました」
ロゼリアはその答えを聞きながらも、書類に次々と目を通していく。自領で起きた魔物氾濫ではあるが、その発生の仕方に違和感を感じて、すぐに内部調査を行ったようである。
シアンが言うには、魔物氾濫がすぐに収まるのを感じ取ると、すぐさま内部の調査に乗り出したらしい。
さすがは魔法に長けた一族である。人工的な魔物氾濫である事を見抜いていた。直前まで感じられなかった事で、内部に関わった人物が居る事まで見抜き、その摘発に動いたそうだ。
「でも、内部犯は見つけられなかったのね」
「はい、残念ながら……」
シアンからの報告書を見る限り、見つけられなかったようだ。相手は魔法のエキスパートすら欺いてみせたというわけだ。これは厄介すぎる相手である。
「こっちはあの一件でカーボニル家が断絶になったけど、パープリアとの繋がりは見出せなかったわ。ここのところの失敗で焦っているはずなのに、なかなか尻尾を掴めないなんて、本当に厄介な相手だわ」
「つまり、子爵様の元にもパープリアの手の者が紛れているとお考えですか?」
「ええ。少なくとも私たちはそう考えているわ」
無表情で尋ねてくるシアンに、ロゼリアは同じように無表情で返す。
「しかし、甘く見られたものね、私たち」
次の瞬間、ロゼリアの瞳が鋭く光る。それと同時に、近くのクローゼットの扉が開き、誰かが飛び出してきた。
「なっ、なぜ生きている!」
シアンが驚いて問い掛ける。
……が、そこに居たのはシアンだった。
「あの程度で私を殺せると思ってましたか?」
「えっ、えっ、シアンさんが二人?」
チェリシアが面食らっていた。二人のシアンをそれぞれ見比べている。
「シアンは前日に帰って来てたのよ。途中で刺客に襲われて、鞄を奪われたって言ってね」
「ええ?!」
チェリシアが驚き声を上げる。
「普通ならそう言ってきたら怪しむところだけど、すぐに本物のシアンと分かったわ。チェリシアの魔法が掛かっているからね」
「あっ!」
どうやらチェリシアは、自分が掛けた防護魔法の事を忘れていたらしい。チェリシアの反応に、ロゼリアは額を手で押さえていた。
なるほど、チェリシアの防護魔法は、気付かれにくい場所に魔道具のアクセサリーとして身に付けていたので、成り代わった人物も気付けなかったというわけなのだ。これには偽者のシアンはガックリと項垂れた。
「くっ、もはやこれまでか」
やけになって何かを試みる偽シアン。しかし、
「なっ、ばかな、魔法が発動しない!」
そう、使おうとした魔法が発動しないのだ。あまりのお間抜けっぷりに、ロゼリアの顔が悪く微笑む。
「チェリシアに仕掛けてもらったのが、ただの防音魔法とお思いで?」
「なんだと?!」
偽シアンが驚くのも仕方がない。
チェリシアが仕掛けた魔法は、ただの防音魔法ではなかった。密談の場という事で、邪魔されるのは困るので、悪意も排除するためにそういった類を封じ込めるみんな仲良くという防護魔法も掛けられていたのだ。なので、刺客の明確な悪意の乗った魔法は、詠唱も発動も妨げられたのである。
「報告書自体は弄られたところは無いし、シアンが集めた物で間違いないわね。というわけで、あなたにはこの報告書以上の情報を期待するわね」
ロゼリアはにっこりと笑う。その姿に、チェリシアは寒気がして身震いをする。笑顔なのにまったく笑っていないのだ。そして、偽シアンは本物のシアンが魔法で出したロープにぐるぐる巻きにされた上、念の為に猿ぐつわと目隠しもされて牢へと連れられていった。
「……多分、あいつがアクアマリン子爵への認識阻害を仕掛けてた犯人ね」
ロゼリアは犯人が送られていく様を見ながら、そう漏らす。
「私を確実に狙っていたので、私もそのように思います」
シアンは命を狙われたのに、冷静にロゼリアに同意を示した。うん、これは間違いなくシアンさんだと、チェリシアは感じた。
「それでは、改めて報告を聞きましょうか。チェリシアの焼いたクッキーでも頂きながらでも」
「はい、畏まりました」
こうして、本物のシアンによる、アクアマリン子爵邸での報告が始まった。
ロゼリアの部屋へやって来たシアンは、そう挨拶をする。
「ええ、お疲れ様、シアン」
ロゼリアは普通にシアンを労う。後ろではチェリシアと別の使用人が、クッキーと紅茶を準備している。
お茶の準備が整うと、準備を手伝っていた使用人が頭を下げて「ごゆっくり」と言って部屋を出ていく。
三人が腰を掛けたところで、
「チェリシア」
とロゼリアが言う。すると、チェリシアが人差し指を立てて手を振るう。ぽおっと淡い光が出て、部屋に防音魔法が掛けられた。
「念の為の防音魔法よ、シアン」
ロゼリアがすまし顔で言う。
「では、アクアマリンでの報告を聞かせてもらえるかしら」
「畏まりました」
シアンは鞄から紙の束を取り出した。その束を受け取ったロゼリアは、じっくりと目を通していく。
「……シアンのお兄様は、あの魔物氾濫を感知してましたのね」
「……はい。あまりの規模なので、すぐに私兵を編成しようとなさりました」
ロゼリアはその答えを聞きながらも、書類に次々と目を通していく。自領で起きた魔物氾濫ではあるが、その発生の仕方に違和感を感じて、すぐに内部調査を行ったようである。
シアンが言うには、魔物氾濫がすぐに収まるのを感じ取ると、すぐさま内部の調査に乗り出したらしい。
さすがは魔法に長けた一族である。人工的な魔物氾濫である事を見抜いていた。直前まで感じられなかった事で、内部に関わった人物が居る事まで見抜き、その摘発に動いたそうだ。
「でも、内部犯は見つけられなかったのね」
「はい、残念ながら……」
シアンからの報告書を見る限り、見つけられなかったようだ。相手は魔法のエキスパートすら欺いてみせたというわけだ。これは厄介すぎる相手である。
「こっちはあの一件でカーボニル家が断絶になったけど、パープリアとの繋がりは見出せなかったわ。ここのところの失敗で焦っているはずなのに、なかなか尻尾を掴めないなんて、本当に厄介な相手だわ」
「つまり、子爵様の元にもパープリアの手の者が紛れているとお考えですか?」
「ええ。少なくとも私たちはそう考えているわ」
無表情で尋ねてくるシアンに、ロゼリアは同じように無表情で返す。
「しかし、甘く見られたものね、私たち」
次の瞬間、ロゼリアの瞳が鋭く光る。それと同時に、近くのクローゼットの扉が開き、誰かが飛び出してきた。
「なっ、なぜ生きている!」
シアンが驚いて問い掛ける。
……が、そこに居たのはシアンだった。
「あの程度で私を殺せると思ってましたか?」
「えっ、えっ、シアンさんが二人?」
チェリシアが面食らっていた。二人のシアンをそれぞれ見比べている。
「シアンは前日に帰って来てたのよ。途中で刺客に襲われて、鞄を奪われたって言ってね」
「ええ?!」
チェリシアが驚き声を上げる。
「普通ならそう言ってきたら怪しむところだけど、すぐに本物のシアンと分かったわ。チェリシアの魔法が掛かっているからね」
「あっ!」
どうやらチェリシアは、自分が掛けた防護魔法の事を忘れていたらしい。チェリシアの反応に、ロゼリアは額を手で押さえていた。
なるほど、チェリシアの防護魔法は、気付かれにくい場所に魔道具のアクセサリーとして身に付けていたので、成り代わった人物も気付けなかったというわけなのだ。これには偽者のシアンはガックリと項垂れた。
「くっ、もはやこれまでか」
やけになって何かを試みる偽シアン。しかし、
「なっ、ばかな、魔法が発動しない!」
そう、使おうとした魔法が発動しないのだ。あまりのお間抜けっぷりに、ロゼリアの顔が悪く微笑む。
「チェリシアに仕掛けてもらったのが、ただの防音魔法とお思いで?」
「なんだと?!」
偽シアンが驚くのも仕方がない。
チェリシアが仕掛けた魔法は、ただの防音魔法ではなかった。密談の場という事で、邪魔されるのは困るので、悪意も排除するためにそういった類を封じ込めるみんな仲良くという防護魔法も掛けられていたのだ。なので、刺客の明確な悪意の乗った魔法は、詠唱も発動も妨げられたのである。
「報告書自体は弄られたところは無いし、シアンが集めた物で間違いないわね。というわけで、あなたにはこの報告書以上の情報を期待するわね」
ロゼリアはにっこりと笑う。その姿に、チェリシアは寒気がして身震いをする。笑顔なのにまったく笑っていないのだ。そして、偽シアンは本物のシアンが魔法で出したロープにぐるぐる巻きにされた上、念の為に猿ぐつわと目隠しもされて牢へと連れられていった。
「……多分、あいつがアクアマリン子爵への認識阻害を仕掛けてた犯人ね」
ロゼリアは犯人が送られていく様を見ながら、そう漏らす。
「私を確実に狙っていたので、私もそのように思います」
シアンは命を狙われたのに、冷静にロゼリアに同意を示した。うん、これは間違いなくシアンさんだと、チェリシアは感じた。
「それでは、改めて報告を聞きましょうか。チェリシアの焼いたクッキーでも頂きながらでも」
「はい、畏まりました」
こうして、本物のシアンによる、アクアマリン子爵邸での報告が始まった。
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