逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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最終章 乙女ゲーム後

第338話 夢見た里帰り

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 六年次前期も終わり、チェリシアはなんとか試験も突破して、無事に夏季休暇に入った。移動の制限を食らったチェリシアは、仕方なく屋敷の食堂で豆腐料理のアレンジに精を出していた。
 その最中、ペシエラから声を掛けられ、アイリスとアメジスタも含めて会議が持たれた。
「私が自由な間に、アメジスタの故郷へ赴こうと思いますの。アイリスにとっては母親含めた祖先の地になりますわ。どう思いますかしら」
 実に急な提案だった。ところが、実はこのタイミングしかないという提案でもあるのだ。
 理由としては二つ。一つはペシエラも言う通り、ペシエラが卒業と同時に王室に入ってしまう事。そうなると自由が著しく減ってしまうのだ。
 もう一つは、パープリアの残党の駆逐がほぼ完了した事だ。ほぼ身の安全が確保できたので、神獣使いの末裔の集落に出向けるというわけである。
「で、今回ばかりは家族の事なので、お姉様も同行する事を許可しますわ」
「えっ、本当に?! やったーっ!」
 ペシエラがそう言うと、チェリシアは両手を挙げて喜んだ。引きこもり生活にいよいよ飽きていたのだ。本気で嬉しそうである。
「お姉様、もう十八歳なんですから、もう少し態度を考え下さいません? 妹として恥ずかしいんですけれど」
 庶民じみた喜び方に、頭を押さえるペシエラ。さすがは未来の女王である。ちなみにその横ではアイリスも苦笑いをしていた。
「うっ、気を付けます」
 妹に本気で怒られて、頭を深々と下げるチェリシア。姉の威厳などどこにもなかった。
召喚サモン、フェンリル!」
 話もまとまったところで、アイリスはフェンリルを召喚する。相変わらず銀色の毛並みが涼しそうな大きな狼である。
「何か御用か、主人」
「神獣使いの集落まで、案内を頼みたいのです」
 問い掛けにアイリスが答えると、フェンリルは少し間を置いて、
「相分かった。案内致そう」
 と答えた。というわけで、アメジスタの里帰りがこうして始まった。
 アイリスとライがフェンリルに乗り、チェリシア、ペシエラ、アメジスタ、キャノルの四人がチェリシアのエアリアルボードに乗り込んだ。女王教育をお休みする旨は、シルヴァノとロゼリアにチャットフォンを使って知らせておいた。
 そういえば、ペシエラの侍女は結局決まらなかった。ストロアの一件でペシエラの侍女が居なくなったのだが、その時にライが分身を作れる事が分かったので、ライが同時に務める事になったのである。元妖精の魔物だからそれでいっかとなって今に至っている。
 さて、フェンリルとエアリアルボードがどんどんと進んでいく。移動先は一応アイヴォリーの国内のようだが、移動した事のない地域を進んでいる。
「こっちの方角は、確か男爵領。確か、アイロン男爵の領地ですわね」
「アイロン男爵かぁ……。武術大会でペシエラにあっさり負けた学生の家じゃなかったっけ」
「ああ、確か一年次の時のですわね。あれからも参加していたようですけれど、腰が引けてましたわね」
 どうやらチェリシアも覚えているくらいの人物だったようだ。すっかりペシエラのファンに成り下がった男のようだ。
「その領内であるなら、事後報告でもいいから挨拶致しませんとね」
 というわけで、まずは神獣使いの末裔の集落へと向かい続けた。
 フェンリルによる移動は速かった。だがそれよりも、チェリシアのエアリアルボードにも余裕がありそうだったのが、なんとも言えなかった。
「リニアモータカーくらいなら出せますよ」
「りにあ……? 何なの、それは」
 聞き慣れない言葉に、ペシエラはすぐに口を挟む。
「磁石というものを使った高速移動する乗り物で、時速五百キロくらい出るんですよ」
「どのくらいの速さなのよ、それは」
「馬単独で最高速が六十~七十キロですから、その八倍の速さですね」
 ここまで説明したチェリシアは、にこりと微笑んでいる。
「馬の八倍……、速すぎますでしょうに」
 ペシエラがあんぐりと口を開けていた。
 それはともかくとして、間に二泊挟んで目的地へと到着する。フェンリルの足の速さがよく分かるというものだ。チェリシアのエアリアルボードもそれなりに飛ばしていたのだから。
「隠れ里的なものかと思いましたが、意外に普通の村という感じですわね」
 ペシエラがそう感想を漏らすのも仕方がない。神獣使いの里は、周りを堀と木の塀に囲まれた集落となっていた。それを見たアメジスタは、懐かしさのあまり涙をこぼして座り込んだ。
「お母様?!」
 アイリスが心配して駆け寄る。
「アイリス、心配ないわ。ここに戻って来れるなんて思わなかっただけだから」
 アメジスタはこう言って、すぐに立ち上がった。
 パープリアに求婚されて村を出ていってから十九年。アメジスタはこの村に戻って来れる気がしていなかった。実際に微弱な毒物を盛られて体を悪くしていたというのもある。屋敷に閉じ込められて気が滅入っていたのだから、今この瞬間をどれだけ夢に見たか分からなかった。
「お母様……」
 懐かしい故郷を見て涙するアメジスタと、それを支える娘のアイリス。チェリシアたちはその後ろの方で、何も言わずにその光景を眺めていた。
 しばらくの間、その場には緩やかな風の音だけが響き渡っていた。
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