343 / 731
最終章 乙女ゲーム後
第338話 夢見た里帰り
しおりを挟む
六年次前期も終わり、チェリシアはなんとか試験も突破して、無事に夏季休暇に入った。移動の制限を食らったチェリシアは、仕方なく屋敷の食堂で豆腐料理のアレンジに精を出していた。
その最中、ペシエラから声を掛けられ、アイリスとアメジスタも含めて会議が持たれた。
「私が自由な間に、アメジスタの故郷へ赴こうと思いますの。アイリスにとっては母親含めた祖先の地になりますわ。どう思いますかしら」
実に急な提案だった。ところが、実はこのタイミングしかないという提案でもあるのだ。
理由としては二つ。一つはペシエラも言う通り、ペシエラが卒業と同時に王室に入ってしまう事。そうなると自由が著しく減ってしまうのだ。
もう一つは、パープリアの残党の駆逐がほぼ完了した事だ。ほぼ身の安全が確保できたので、神獣使いの末裔の集落に出向けるというわけである。
「で、今回ばかりは家族の事なので、お姉様も同行する事を許可しますわ」
「えっ、本当に?! やったーっ!」
ペシエラがそう言うと、チェリシアは両手を挙げて喜んだ。引きこもり生活にいよいよ飽きていたのだ。本気で嬉しそうである。
「お姉様、もう十八歳なんですから、もう少し態度を考え下さいません? 妹として恥ずかしいんですけれど」
庶民じみた喜び方に、頭を押さえるペシエラ。さすがは未来の女王である。ちなみにその横ではアイリスも苦笑いをしていた。
「うっ、気を付けます」
妹に本気で怒られて、頭を深々と下げるチェリシア。姉の威厳などどこにもなかった。
「召喚、フェンリル!」
話もまとまったところで、アイリスはフェンリルを召喚する。相変わらず銀色の毛並みが涼しそうな大きな狼である。
「何か御用か、主人」
「神獣使いの集落まで、案内を頼みたいのです」
問い掛けにアイリスが答えると、フェンリルは少し間を置いて、
「相分かった。案内致そう」
と答えた。というわけで、アメジスタの里帰りがこうして始まった。
アイリスとライがフェンリルに乗り、チェリシア、ペシエラ、アメジスタ、キャノルの四人がチェリシアのエアリアルボードに乗り込んだ。女王教育をお休みする旨は、シルヴァノとロゼリアにチャットフォンを使って知らせておいた。
そういえば、ペシエラの侍女は結局決まらなかった。ストロアの一件でペシエラの侍女が居なくなったのだが、その時にライが分身を作れる事が分かったので、ライが同時に務める事になったのである。元妖精の魔物だからそれでいっかとなって今に至っている。
さて、フェンリルとエアリアルボードがどんどんと進んでいく。移動先は一応アイヴォリーの国内のようだが、移動した事のない地域を進んでいる。
「こっちの方角は、確か男爵領。確か、アイロン男爵の領地ですわね」
「アイロン男爵かぁ……。武術大会でペシエラにあっさり負けた学生の家じゃなかったっけ」
「ああ、確か一年次の時のですわね。あれからも参加していたようですけれど、腰が引けてましたわね」
どうやらチェリシアも覚えているくらいの人物だったようだ。すっかりペシエラのファンに成り下がった男のようだ。
「その領内であるなら、事後報告でもいいから挨拶致しませんとね」
というわけで、まずは神獣使いの末裔の集落へと向かい続けた。
フェンリルによる移動は速かった。だがそれよりも、チェリシアのエアリアルボードにも余裕がありそうだったのが、なんとも言えなかった。
「リニアモータカーくらいなら出せますよ」
「りにあ……? 何なの、それは」
聞き慣れない言葉に、ペシエラはすぐに口を挟む。
「磁石というものを使った高速移動する乗り物で、時速五百キロくらい出るんですよ」
「どのくらいの速さなのよ、それは」
「馬単独で最高速が六十~七十キロですから、その八倍の速さですね」
ここまで説明したチェリシアは、にこりと微笑んでいる。
「馬の八倍……、速すぎますでしょうに」
ペシエラがあんぐりと口を開けていた。
それはともかくとして、間に二泊挟んで目的地へと到着する。フェンリルの足の速さがよく分かるというものだ。チェリシアのエアリアルボードもそれなりに飛ばしていたのだから。
「隠れ里的なものかと思いましたが、意外に普通の村という感じですわね」
ペシエラがそう感想を漏らすのも仕方がない。神獣使いの里は、周りを堀と木の塀に囲まれた集落となっていた。それを見たアメジスタは、懐かしさのあまり涙をこぼして座り込んだ。
「お母様?!」
アイリスが心配して駆け寄る。
「アイリス、心配ないわ。ここに戻って来れるなんて思わなかっただけだから」
アメジスタはこう言って、すぐに立ち上がった。
パープリアに求婚されて村を出ていってから十九年。アメジスタはこの村に戻って来れる気がしていなかった。実際に微弱な毒物を盛られて体を悪くしていたというのもある。屋敷に閉じ込められて気が滅入っていたのだから、今この瞬間をどれだけ夢に見たか分からなかった。
「お母様……」
懐かしい故郷を見て涙するアメジスタと、それを支える娘のアイリス。チェリシアたちはその後ろの方で、何も言わずにその光景を眺めていた。
しばらくの間、その場には緩やかな風の音だけが響き渡っていた。
その最中、ペシエラから声を掛けられ、アイリスとアメジスタも含めて会議が持たれた。
「私が自由な間に、アメジスタの故郷へ赴こうと思いますの。アイリスにとっては母親含めた祖先の地になりますわ。どう思いますかしら」
実に急な提案だった。ところが、実はこのタイミングしかないという提案でもあるのだ。
理由としては二つ。一つはペシエラも言う通り、ペシエラが卒業と同時に王室に入ってしまう事。そうなると自由が著しく減ってしまうのだ。
もう一つは、パープリアの残党の駆逐がほぼ完了した事だ。ほぼ身の安全が確保できたので、神獣使いの末裔の集落に出向けるというわけである。
「で、今回ばかりは家族の事なので、お姉様も同行する事を許可しますわ」
「えっ、本当に?! やったーっ!」
ペシエラがそう言うと、チェリシアは両手を挙げて喜んだ。引きこもり生活にいよいよ飽きていたのだ。本気で嬉しそうである。
「お姉様、もう十八歳なんですから、もう少し態度を考え下さいません? 妹として恥ずかしいんですけれど」
庶民じみた喜び方に、頭を押さえるペシエラ。さすがは未来の女王である。ちなみにその横ではアイリスも苦笑いをしていた。
「うっ、気を付けます」
妹に本気で怒られて、頭を深々と下げるチェリシア。姉の威厳などどこにもなかった。
「召喚、フェンリル!」
話もまとまったところで、アイリスはフェンリルを召喚する。相変わらず銀色の毛並みが涼しそうな大きな狼である。
「何か御用か、主人」
「神獣使いの集落まで、案内を頼みたいのです」
問い掛けにアイリスが答えると、フェンリルは少し間を置いて、
「相分かった。案内致そう」
と答えた。というわけで、アメジスタの里帰りがこうして始まった。
アイリスとライがフェンリルに乗り、チェリシア、ペシエラ、アメジスタ、キャノルの四人がチェリシアのエアリアルボードに乗り込んだ。女王教育をお休みする旨は、シルヴァノとロゼリアにチャットフォンを使って知らせておいた。
そういえば、ペシエラの侍女は結局決まらなかった。ストロアの一件でペシエラの侍女が居なくなったのだが、その時にライが分身を作れる事が分かったので、ライが同時に務める事になったのである。元妖精の魔物だからそれでいっかとなって今に至っている。
さて、フェンリルとエアリアルボードがどんどんと進んでいく。移動先は一応アイヴォリーの国内のようだが、移動した事のない地域を進んでいる。
「こっちの方角は、確か男爵領。確か、アイロン男爵の領地ですわね」
「アイロン男爵かぁ……。武術大会でペシエラにあっさり負けた学生の家じゃなかったっけ」
「ああ、確か一年次の時のですわね。あれからも参加していたようですけれど、腰が引けてましたわね」
どうやらチェリシアも覚えているくらいの人物だったようだ。すっかりペシエラのファンに成り下がった男のようだ。
「その領内であるなら、事後報告でもいいから挨拶致しませんとね」
というわけで、まずは神獣使いの末裔の集落へと向かい続けた。
フェンリルによる移動は速かった。だがそれよりも、チェリシアのエアリアルボードにも余裕がありそうだったのが、なんとも言えなかった。
「リニアモータカーくらいなら出せますよ」
「りにあ……? 何なの、それは」
聞き慣れない言葉に、ペシエラはすぐに口を挟む。
「磁石というものを使った高速移動する乗り物で、時速五百キロくらい出るんですよ」
「どのくらいの速さなのよ、それは」
「馬単独で最高速が六十~七十キロですから、その八倍の速さですね」
ここまで説明したチェリシアは、にこりと微笑んでいる。
「馬の八倍……、速すぎますでしょうに」
ペシエラがあんぐりと口を開けていた。
それはともかくとして、間に二泊挟んで目的地へと到着する。フェンリルの足の速さがよく分かるというものだ。チェリシアのエアリアルボードもそれなりに飛ばしていたのだから。
「隠れ里的なものかと思いましたが、意外に普通の村という感じですわね」
ペシエラがそう感想を漏らすのも仕方がない。神獣使いの里は、周りを堀と木の塀に囲まれた集落となっていた。それを見たアメジスタは、懐かしさのあまり涙をこぼして座り込んだ。
「お母様?!」
アイリスが心配して駆け寄る。
「アイリス、心配ないわ。ここに戻って来れるなんて思わなかっただけだから」
アメジスタはこう言って、すぐに立ち上がった。
パープリアに求婚されて村を出ていってから十九年。アメジスタはこの村に戻って来れる気がしていなかった。実際に微弱な毒物を盛られて体を悪くしていたというのもある。屋敷に閉じ込められて気が滅入っていたのだから、今この瞬間をどれだけ夢に見たか分からなかった。
「お母様……」
懐かしい故郷を見て涙するアメジスタと、それを支える娘のアイリス。チェリシアたちはその後ろの方で、何も言わずにその光景を眺めていた。
しばらくの間、その場には緩やかな風の音だけが響き渡っていた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる