494 / 731
新章 青色の智姫
第125話 二年次の夏が始まる
しおりを挟む
いろいろとあったものの、二年次の前期末試験も無事にクリアしたシアンたち。
今年もサファイア湖のほとりで行われる合宿に参加する。
貴族の子女が多く集う催し物だが、よくアクアマリン子爵も引きつけ続けているものである。
甘味のひとつである砂糖の生産地がアクアマリン子爵領にしかないというのが大きいのだろうか。
学園から馬車に乗ってアクアマリン子爵領のサファイア湖に到着するシアンたち。
「ふぅ、サファイア湖に来るとやはり落ち着きますね」
馬車を降りた後に、つい言葉が出てしまうシアンなのである。元はといえば先代のアクアマリン子爵の四女なので、実家に帰ってきた安心感が出てしまうのだろう。モスグリネ王国の王女という立場も忘れて、つい気が抜けてしまうのだった。
「シアン様、開始式がありますから、まだ自由行動ではありませんよ」
「そうでしたね。すぐ参ります」
シアンはもう少しだけサファイア湖を眺めると、声を掛けてきたブランチェスカと一緒にアクアマリン子爵の別荘へと向かっていった。
開始式に顔を出すと、そこにはどういうわけか部外者が立っていた。
「今年の夏合宿で特別講師を務めるライです。よろしくお願いします」
「同じくルゼです」
どういうわけか、ハイスプライトのライとメタルゼリーのルゼが立っていたのだ。
合宿へ向かう道中ではまったく見ることのなかった二人だが、どうしてこのサファイア湖にいるのだろうか。思わず顔が引きつってしまうシアンである。
「シアン様、どうなさったのですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
両隣のプルネとブランチェスカから同時に心配されたシアンは、どうにか表情を引き締めて平常心を装って答えていた。
(まったく、ライとルゼを送り込んでくるなんて、これはケットシーの仕業と見て間違いないでしょうね)
顎を引いて前を見るシアンは、そのようににらんでいる。
それが正解かどうかは直後、すぐに分かった。
「いやぁ、シアンちゃん、びっくりしたでしょ」
「それはもう。なんでお二人がいらしているんですか」
「ケットシーですよ、ケットシー。取引をしに来たと思ったら、私たちに頼み事をして去っていくんですからね」
「ああ、やっぱり……」
予感的中でシアンは苦笑いである。
「パープリアと同じ系統の連中が暗躍していると聞いてね。私たちも被害者を受けた者としてやって来たのよ」
「そうですね。私とライは当時のパープリア男爵家の手によってこの地に飛ばされてきましたからね。退屈しのぎにはなりましたけど、急な呼び出しはなんともねぇ……」
話の内容の割にはずいぶんと落ち着いている二人である。
「そんなわけで、ケットシーから頼まれてきたってわけ。シアン様や学生たちを守るようにってね」
「まあ、シアンちゃんはこれがあれば大丈夫だとは思いますけどね」
ルゼがシアンの頭につけられた蝶のデザインの髪飾りを指差す。
「私の体の一部から作られた細工品ですからね。いざという時はきっと守ってくれますよ」
説明をしながらにこにこと微笑んでいるルゼであった。
「さて、私はちょっと周辺を見てくるよ。シアン様のことはお願いね、ルゼ」
「任せて下さい」
ライは先に部屋から出て行った。
「え……と、シアン様?」
プルネとブランチェスカがシアンの後ろで驚き戸惑っている。
「あら、そちらはシアンちゃんのお友だちでしたでしょうか」
「ええ。こちらがプルネ・コーラル伯爵令嬢、こちらはブランチェスカ・クロッツ子爵令嬢です」
「は、初めまして」
プルネとブランチェスカが、ルゼに対して挨拶をしている。
そういえばそうだったのだ。二人ともライやルゼと会うのは実に初めてだったのである。
「プルネちゃんは私を知らないんでしたっけか。ドール商会まで来ることは、まあ稀ですからね。コーラル伯爵家はマゼンダ商会ですから」
少し記憶を探ってみルゼだったが、やっぱりプルネと会った記憶はなかった。出てくるのは姉のフューシャばかりである。
「では、覚えておいて下さいね。私はメタルゼリーという魔物で、名前をルゼと申します。ご用命頂ければどんな金属でもご用意できますよ」
笑顔で営業を始めるルゼである。
「あら、妹へのナンパはお断りしたいですね、ルゼ」
「フューシャちゃん。いいじゃないですか、せっかくなんですから装飾品や武器のひとつやふたつ持たせてもいいと思うんです」
「それはお母様に仰って下さい。今は合宿中ですから、ね?」
にこにことした笑顔でルゼに圧力をかけるフューシャである。
(あ、これ。睨み合いを続ける感じですかね……)
シアンは嫌な予感を抱く。
「プルネ、ブランチェスカ、ちょっと湖を見に行きましょう」
「あ、ちょっと」
シアンは二人の腕をつかんで部屋から立ち去っていく。フューシャはルゼとの睨み合いをしていたせいで反応が遅れてしまった。
「まったく、勝手に行動しちゃって。何かあったらどうするのかしら」
「大丈夫ですよ、フューシャちゃん。シアンちゃんの頭には、私の分体がいますから、ね?」
「……いつの間に」
ルゼが見せた爪のはがれた指を見て、つい感心してしまうフューシャである。
「ケットシーはもとより、王妃様にも頼まれましたからね。元魔物として、これくらいできなければなりませんよ」
にこにことした笑顔を浮かべるルゼだった。
いろいろと驚きをもって始まった二年次の夏の合宿。何も起きないといいのだが、今年はどうなるのだろうか。
今年もサファイア湖のほとりで行われる合宿に参加する。
貴族の子女が多く集う催し物だが、よくアクアマリン子爵も引きつけ続けているものである。
甘味のひとつである砂糖の生産地がアクアマリン子爵領にしかないというのが大きいのだろうか。
学園から馬車に乗ってアクアマリン子爵領のサファイア湖に到着するシアンたち。
「ふぅ、サファイア湖に来るとやはり落ち着きますね」
馬車を降りた後に、つい言葉が出てしまうシアンなのである。元はといえば先代のアクアマリン子爵の四女なので、実家に帰ってきた安心感が出てしまうのだろう。モスグリネ王国の王女という立場も忘れて、つい気が抜けてしまうのだった。
「シアン様、開始式がありますから、まだ自由行動ではありませんよ」
「そうでしたね。すぐ参ります」
シアンはもう少しだけサファイア湖を眺めると、声を掛けてきたブランチェスカと一緒にアクアマリン子爵の別荘へと向かっていった。
開始式に顔を出すと、そこにはどういうわけか部外者が立っていた。
「今年の夏合宿で特別講師を務めるライです。よろしくお願いします」
「同じくルゼです」
どういうわけか、ハイスプライトのライとメタルゼリーのルゼが立っていたのだ。
合宿へ向かう道中ではまったく見ることのなかった二人だが、どうしてこのサファイア湖にいるのだろうか。思わず顔が引きつってしまうシアンである。
「シアン様、どうなさったのですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
両隣のプルネとブランチェスカから同時に心配されたシアンは、どうにか表情を引き締めて平常心を装って答えていた。
(まったく、ライとルゼを送り込んでくるなんて、これはケットシーの仕業と見て間違いないでしょうね)
顎を引いて前を見るシアンは、そのようににらんでいる。
それが正解かどうかは直後、すぐに分かった。
「いやぁ、シアンちゃん、びっくりしたでしょ」
「それはもう。なんでお二人がいらしているんですか」
「ケットシーですよ、ケットシー。取引をしに来たと思ったら、私たちに頼み事をして去っていくんですからね」
「ああ、やっぱり……」
予感的中でシアンは苦笑いである。
「パープリアと同じ系統の連中が暗躍していると聞いてね。私たちも被害者を受けた者としてやって来たのよ」
「そうですね。私とライは当時のパープリア男爵家の手によってこの地に飛ばされてきましたからね。退屈しのぎにはなりましたけど、急な呼び出しはなんともねぇ……」
話の内容の割にはずいぶんと落ち着いている二人である。
「そんなわけで、ケットシーから頼まれてきたってわけ。シアン様や学生たちを守るようにってね」
「まあ、シアンちゃんはこれがあれば大丈夫だとは思いますけどね」
ルゼがシアンの頭につけられた蝶のデザインの髪飾りを指差す。
「私の体の一部から作られた細工品ですからね。いざという時はきっと守ってくれますよ」
説明をしながらにこにこと微笑んでいるルゼであった。
「さて、私はちょっと周辺を見てくるよ。シアン様のことはお願いね、ルゼ」
「任せて下さい」
ライは先に部屋から出て行った。
「え……と、シアン様?」
プルネとブランチェスカがシアンの後ろで驚き戸惑っている。
「あら、そちらはシアンちゃんのお友だちでしたでしょうか」
「ええ。こちらがプルネ・コーラル伯爵令嬢、こちらはブランチェスカ・クロッツ子爵令嬢です」
「は、初めまして」
プルネとブランチェスカが、ルゼに対して挨拶をしている。
そういえばそうだったのだ。二人ともライやルゼと会うのは実に初めてだったのである。
「プルネちゃんは私を知らないんでしたっけか。ドール商会まで来ることは、まあ稀ですからね。コーラル伯爵家はマゼンダ商会ですから」
少し記憶を探ってみルゼだったが、やっぱりプルネと会った記憶はなかった。出てくるのは姉のフューシャばかりである。
「では、覚えておいて下さいね。私はメタルゼリーという魔物で、名前をルゼと申します。ご用命頂ければどんな金属でもご用意できますよ」
笑顔で営業を始めるルゼである。
「あら、妹へのナンパはお断りしたいですね、ルゼ」
「フューシャちゃん。いいじゃないですか、せっかくなんですから装飾品や武器のひとつやふたつ持たせてもいいと思うんです」
「それはお母様に仰って下さい。今は合宿中ですから、ね?」
にこにことした笑顔でルゼに圧力をかけるフューシャである。
(あ、これ。睨み合いを続ける感じですかね……)
シアンは嫌な予感を抱く。
「プルネ、ブランチェスカ、ちょっと湖を見に行きましょう」
「あ、ちょっと」
シアンは二人の腕をつかんで部屋から立ち去っていく。フューシャはルゼとの睨み合いをしていたせいで反応が遅れてしまった。
「まったく、勝手に行動しちゃって。何かあったらどうするのかしら」
「大丈夫ですよ、フューシャちゃん。シアンちゃんの頭には、私の分体がいますから、ね?」
「……いつの間に」
ルゼが見せた爪のはがれた指を見て、つい感心してしまうフューシャである。
「ケットシーはもとより、王妃様にも頼まれましたからね。元魔物として、これくらいできなければなりませんよ」
にこにことした笑顔を浮かべるルゼだった。
いろいろと驚きをもって始まった二年次の夏の合宿。何も起きないといいのだが、今年はどうなるのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる