逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第243話 残り少し……

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 時が経つのは早いもので、もう十日もしないうちに今年の学園が終わってしまう。
 そうなると、シアンはモスグリネ王国に戻らねばならない。プルネやブランチェスカたちともお別れということになってしまう。
「はあ、ライト殿下と結婚をするとなれば、またこちらには戻ってくるでしょうけれど……。もうあの二人と会うのは困難でしょうね」
 そもそも今のシアンは王族である。王族となると、出会える人物など最初から限られている。
 ライトと結婚して女王になるにしろ、王妃になるにしろ、自由に行動するのは難しいだろう。
「ペシエラ様やチェリシア様のように瞬間移動魔法を持っているなら……、うん?」
 ため息まじりに呟いていたシアンは、つい何かに気が付いてしまう。
「そうです。私も瞬間移動魔法を覚えればいいのではないですか。私には昔の魔力量が戻ってきているのです。不可能ではないと思いますわ」
 勢いよく立ち上がったシアンに、ちょうど部屋に入ってきたスミレが驚いている。
「どうなさったのですか、シアン様。そんな声を上げて」
 紅茶を入れるためのティーポットを持っていたので、スミレの落ち着いた声とは裏腹に、カチャカチャと慌てたような音を立てていた。
「スミレ、私は瞬間移動魔法を習得します」
「はい?」
 突然シアンが宣言した内容に、スミレは思わず動きを止めてしまう。
 紅茶を注ぎ始めたところだったので、そのままカップから紅茶があふれ出してしまっている。
「スミレ!」
 シアンが叫ぶと、スミレが我に返る。
「も、申し訳ございません。私としたことがショックのあまり取り乱してしまいました」
 こぼしてしまった紅茶を、スミレは落ち着いた様子でふき取っている。
 ひとたび冷静になればこの通りである。
 すべてをふき終えると、スミレは改めて紅茶を入れ直す。
「また、急な話でございますね。瞬間移動魔法を習得しようなどとは」
「ええ。魔法に造詣の深いアクアマリンの者として、やはり他人に劣るのはどこか悔しいのかもしれません。前世は魔力を失っていたので、そういう感情を抱くこともありませんでしたけどね」
 シアンは複雑な表情をしてスミレを見て話している。
 シアンの気持ちの吐露に対して、スミレは相変わらず淡々としている。
「まったく、嘘が下手でございますね、シアン様は」
「う、嘘だなんて言っていませんよ」
 スミレの指摘に必死に言い返す。
「友人に会えなくなるのが寂しいだけでしょうに。これでも、人間の感情というものを、シアン様を見ながら学んできましたからね。まだまだおおよそでしかありませんが、察せられるようになりました」
「……まったく、スミレにまで見抜かれるとは思いませんでしたね」
 少し悔しそうな顔をすると、シアンは淹れられた紅茶を口に含む。
「うん、さすがスミレ。いい感じですね」
「恐縮でございます」
 シアンの褒め言葉に反応しながら、スミレも先程入れ過ぎてしまった紅茶を飲んでいる。さすがにこのまま捨てるのはもったいないということで、スミレが飲むことにしたのである。
「それでスミレ」
「なんでしょうか、シアン様」
 すっかり落ち着きを取り戻したところで、改めてシアンはスミレに話し掛ける。
「瞬間移動魔法ってどのような感じで使うのでしょうか。チェリシア様たちの魔法を体験しましたが、いまいち感覚がつかめないのです」
 瞬間移動魔法について、尋ねているのである。
 ここでなぜスミレに聞くかというと、スミレも幻獣であるので、頻繁に瞬間移動魔法を使って移動していたからだ。
 神獣や幻獣というのは、その多くが瞬間移動魔法を当たり前のように使っている。だからこそ、シアンはスミレに話を聞こうとしているわけなのだ。
「そう難しいことではありませんよ。自分が行きたい場所を頭の中に思い浮かべて、自分がその場所にいるかのように感じながら魔力で自分を覆うんです」
「な、なるほど。なんとなくイメージはつかめましたね」
 さすがはシアン。この説明だけで理解したようだ。スミレもスミレで、よくそこまでかみ砕けたものである。
「チェリシア様も初めて使われた頃は、そのように仰っていたはずですよ?」
「私はその場にいなかったような気がしますし、いたとしても今よりは関心がありませんでしたからね。一度魔力を失うと、いろいろと弊害が起きていたようです」
 スミレの言い分に、シアンはいろいろと理由をつけて否定しようとしていた。
 しかし、あれだけロゼリアと侍女として一緒にいたのだ。今さら知らないというのは無理があるというものだった。
「まぁいいでしょう。私でよければ特訓はお付け致します。モスグリネに戻られるまでに習得されたいのでしたら、それは厳しく参りますよ?」
「ははは、お手柔らかにお願いしますよ」
 やる気十分のスミレに対して、シアンは実に苦笑いを浮かべていた。

 アイヴォリー王国を去る日まで十日余り。
 そのための準備をしながら、シアンはまた新しいことに挑戦を始めたのであった。
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