逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第285話 かげに潜む者

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 客間に戻ったシアンたちは、どうも落ち着かない様子である。
 それもそうだろう。ティールからあんな話聞かされたのだから、落ち着けるわけがないのだ。特にこれまでトパゼリアとの接点がなかったヒスイの困惑は大きい。
「大丈夫なのでしょうかね、私たち」
「心配は要りませんよ。幻獣であるケットシーはいますし、私たちもいますからね」
 動揺が隠せないヒスイを、ロゼリアが落ち着かせようとしている。
「トルフはあの人の護衛でずっと城ですからね。私たちでどうにかしませんとね」
「なんだ、呼んだか?」
「えっ?」
 突然の声にロゼリアもシアンもびっくりしている。
 次の瞬間、ロゼリアの影からしゅるりとトルフが姿を見せた。
 雷を全身にまとったライトニングウルフ。それがトルフである。
「トルフ、どうしてこちらに」
「ペイル様の命令でな、お前たちが心配だからついて行けと言われたんだ。あの女のことはまだ信用してないからな」
 トルフは厳しい目をしている。彼の目からすれば、トパゼリアはまだ敵といった感じなのだろう。トップである女王が友好的になったとはいえ、それだけでは足りないということなのだ。
「実際、お前たちに対する敵意の目はあちこちから向けられている。使用人たちはどちらかといえば中立だが、貴族どもから強く言われれば、簡単に寝返りかねん。……クロノア、お前がしっかりしてもらわねば困るぞ」
 クロノアとは誰だといった顔をするヒスイ。
 ロゼリアとシアンはスミレのことを言っているのだと分かっているが、知らないヒスイがいるので黙っている。これはスミレも一緒だった。
「では、俺は再び影に潜るぞ。いざという時にはすぐに現れる」
 言葉通り、トルフは再びロゼリアの影に引っ込んだ。
 その場はしばらくしんと静まり返っている。
「……いつの間に、こんな器用な真似ができるようになったのでしょうかね」
「私も知らないんですけど?!」
「時折姿が見えないと思ってましたが、こういうことだったのですね」
「え、えと……。今のは、魔物ですよね?」
 ヒスイがびっくりしてしまっているので、ロゼリアたちは事情を説明する。
 ペイルの相棒として城にいついているトルフは、元はといえば学生時代の夏合宿の際に襲い掛かってきた変異種の魔物の一体だ。
 オークジェネラルのラルフ、アックスリザードのアックス、メタルゼリーのルゼ、ハイスプライトのライ、そして、このライトニングウルフのトルフである。
 アイリスとの間で契約を行ったものの、その時からペイルを気に入っていて、今もモスグリネ王城で暮らしているのだ。
「な、なるほど……。魔物と契約し、使役する力ですか……。興味ありますね」
 さっきまでの困惑が消えて、今度は目を輝かせ始める。なんとも忙しい子である。
 魔法一門とはいってはいるものの、どうやら魔物にも強い関心を持っているようなのだ。このあたりは、純粋に魔法だけに興味を持っているアクアマリン一族とは違うようである。
(ヒスイ様って、こんな人でしたのね……)
 シアンは思わず引いていた。
「まったく……。犬っころの分際で私に命令するとは……。幻獣と魔物の格の違いを、いつか分からせないといけませんね」
 シアンの隣では、スミレがトルフの先程の言葉にずっと根に持っているようだった。

 ―――

 その頃、トパゼリア上のとある一室では……。
「い、いけません。いくらあなた様の命令とはいえ、それを聞くわけにはまいりません」
 少し体型のふっくらした男性が、誰かには向かっているようである。
「なに、ちょっと料理に混ぜ込めばいいだけだ。今来ているあいつらは、我々の先祖の裏切者なのだ。分からせてやればいい」
 誰かが低い声で、ふっくらとした男性に脅しをかけている。
「わ、私は料理人です。料理にそんなことをするなど、食材に対する冒とく、農民たちへの裏切りです。それだけはできません」
 どうやら料理人らしい。
 食材やそれを生産する農民たちに敬意を払える上に、それを理由に反論できるとは素晴らしいものである。
「……お前は死にたいのか? この俺に逆らって無事でいられると思っているのか?」
「めめめ、滅相もございません」
「だったら、やれ」
「むむむ、無理でございます。料理人たるもの、食の安全を守れてこそというもの。いくらあなた様の命令とはいえ、聞けませぬ!」
 どんなに脅されようとも、頑として首を縦に振らなかった。
「そうか……。下がってよいぞ」
「はっ、夕方の仕込みがありますので、失礼致します」
 頑固すぎたせいか、その誰かは料理人を解放することにした。
 だが、料理人が後ろを向いたその時だった。
「かはっ!」
 一筋の凶刃が料理人を襲う。
 その場に倒れ込む料理人。
「ふん……。さっさと言うことを聞けばいいものを。俺に逆らうからこのような目に遭うのだ」
 倒れ込んだ料理人を目の前に、男は冷たい視線を向けている。
「いかが致しましょうか」
「どうせじきに死ぬ。捨て置け」
「はっ!」
 男はまだ生きている料理人をその場に放置して部屋を出て行った。
「アイヴォリーの人間はみなごろしだ。忘れるな」
 男はそのままどこかへと姿を消したのだった。
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