ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊

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第162話 泳ぐんです

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 マソルの街の見学も終わりまして、交渉の終わった翌日は、ゆっくりと遊ぶことにします。

「タ・ギア・ルド!」

 私が魔法を使いますと、海の一角を囲う壁が出現します。あまりにも一瞬の出来事だったので、アマリス様もルーチェもびっくりした顔をして黙り込んでしまいます。

「お姉様の魔法って、本当にとんでもないですわね……」

「王国にとって、この才能ははっきり申しまして、大損失なのでは?」

「魔王学園に入れなかったという事実を差し引いても、十分補えますわね」

 二人が話す内容に、私はさすがにやめてほしいと思いました。意図しない形ではありましたが、貴族のしがらみから抜けられたんですもの。もう少し自由にさせていただきたいですね。

「こうやって家を出たからこそできると思うんですよ。魔法学園の中で真面目に勉強していては、自由な発想ができたかといえば、疑問が残りますからね」

「それは、確かにそうかも知れませんわね」

 私がいいわけを申しますと、アマリス様は納得して下さいました。

「それにしても、お姉様」

「何かしら、ルーチェ」

「何をなさるおつもりですか?」

 目をぱちぱちとさせながら、ルーチェが私に問いかけてきます。

「そうですね。せっかくですから、海で泳ごうかと思いましてね」

 私はそう言いながら、魔法かばんから水着を取り出します。

「お二人の分も、ちゃんと用意していますよ。デザインは私のとほぼ同じですね」

「えっ……?」

 二人は表情を固まらせます。そんなに海に入るのが嫌でしょうか。
 水場に来たのであれば、水に入って遊ぶようなものではありませんかね。農園の近くの湖に行かれた時は、ラッシュバードに乗って楽しまれていたではないですか。
 口には出しませんが、私はそう思って首を捻ります。
 とはいえ、ここまでして泳がない手はありません。私は二人を無理やり小屋に押し込んで服を着替えます。
 初めて着る服ですから、二人には着方が分かりませんでしょう。なので、私が目の前で着替えてみせます。二人は顔を見合わせていたものの、覚悟を決めて着替えてくれました。
 ですが、普段から全身を覆うようなドレス姿ですから、手足がさらされていると落ち着かないみたいですね。私は水着に合わせたボレロとパレオを手渡して、二人に着用してもらいます。
 その二つを着用すると、ようやく二人とも落ち着いた表情を浮かべました。

「やはり、あまり肌をさらすのはよくないと思います」

「ですね」

「いや、それだったら社交の場でのドレスの上半身にもいってもらいたいですね。背中なんて特に大きく開いていますけど?」

 文句を言う二人に、私は苦言を一応呈しておく。
 素足をさらすことは確かに私もあまりよくないなとは思うけど、上半身も上半身で素肌をさらしていますからね。あの格好、冬にさせられたら寒くてたまらないんですよね。

「……確かにそうですわね」

 アマリス様は納得したようですね。

「さあ、海の水に慣れるところから始めましょうか」

 私がにっこりと微笑みますと、二人はものすごい表情で気合いを入れています。いや、これから何か命運をかけるわけじゃないんですから、そこまで気合いを入れなくてもいいんですけれどね。

「ラ・ラト・キュア」

 何があるか分かりませんから、ひとまずは浄化の魔法をかけておきましょう。
 それが終わりますと、二人を誘って私が作った囲いの中の海水の中へと入っていきます。二人はかなり怯えているようですが、私の使った囲いがあるので、それより外へと流されることはありません。お風呂や噴水といったものと変わりがありませんから、私はぐいぐいと二人を海の中へと押し込んでいきます。

「それでは、私がちょっと手本を見せますね」

 怯える二人を浅いところに残して、私は少し深くなっているところへと向かい、バシャバシャと泳ぎ始めます。
 こうやって泳ぐなんて、多分高校の授業以来ですね。もう何年前のことでしょうかね。
 そんな大昔ことではありますが、私は無事に泳いでいます。意外と忘れないもののようです。
 クロールに平泳ぎ。うん、ちゃんと泳げていますね。私はなんだか楽しくなってきました。

「すごい、お姉様」

「このような才能がおありだとは思いませんでしたね。実の妹だといいますのに、お姉様のすごさをまだまだ知らなかっただなんて恥ずかしいかぎりです」

 私の耳には、二人の驚く声が聞こえてきました。

「さあ、こんなものですね。少しお教えしますので、二人も頑張りましょう」

「はい、お姉様」

 きちんと頭の髪をまとめてから、私たちはしばしの海での遊泳を楽しみます。
 髪の毛をまとめておかないと、海水の浮力でとんでもないことになりますからね。
 初めは怖がっておりましたが、私が先に泳いでいたこともあってか、時間が経つにつれてすっかり楽しんでおられましたね。

 日も高くなり、お昼になろうという頃です。
 さすがに一日中泳いでいるわけにも参りませんから、ここで一度切り上げることにします。
 二人は名残惜しそうにしていましたが、日焼けや筋肉痛のことを思えば、ここで切り上げておくのが妥当でしょう。渋々私の言うことを聞いてくれました。
 そんなわけでして、私の使う水魔法できれいに体を洗いますと、服を着替えてマソルの街の中に戻っていったのでした。
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