少女の水平線

未羊

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第18話 近くの森は危険な森

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 ベニーのいる灯台のあたりは、人が滅多にこない。
 まともな街道が伸びているのは、ベニーのいる場所から一方向だけ。時々薬を納品したり、パンを買ったりする港町の方向だけだった。
 港町に向かう方向とは反対側に広がっているのは、かなり深い森。迷いの森と呼ばれる、ベニーにとっての庭のような場所だ。
 ついでにいえば、灯台の周囲は他の場所に比べても少し高い場所。森のない方向は急な坂になっていて、通る人はあまりいないのだ。
 こんな場所に灯台を建てた魔法使いは、おそらく人づきあいが煩わしかったのだろう。なるべく一人になれる場所ということでこの場所を選んだのかもしれない。
 実際、灯台の書庫にしまわれた書物や手記の類を見てみると、そういう背景が読み取れるところがある。
 一人で住み続けてきたからこそ、これだけの手記を残せたのかもしれない。

 そんな謎の多い灯台で、今日もベニーは元気そうに目を覚ましていた。

「う~ん、今日も外は雨が降りそうね」

 目を覚まして外を見たベニーは、そのような感想をこぼしている。
 今日は灯台周辺の天気が悪そうだ。
 実に重そうな灰色の雲が周辺を覆っているのだ。
 まだすぐに降り出しそうというわけではないけれど、昼から確実に雨が降ると思われる状態だった。
 まだ十三歳程度の少女であるベニーだが、祖父譲りの能力のおかげか、なんとなく分かってしまう。
 なので、早い内に森での作業を済ませることにした。
 それというのも、草も食料も今日の分があるかどうか分からなかったからだ。
 気ままにあれこれやってきたせいで、うっかり在庫調整をミスったのだ。そういう時に限って、こういう空模様になる。
 まったく、悪いことには悪いことが重なるものだ。

「急ぎましょう」

 バタバタと準備をして、ベニーは外へと飛び出していった。

 ベニーが慌てるのには理由がある。
 実はベニーがよく行く森は、雨の日には少し様相が変化するからだ。
 それこそが、あの森が迷いの森と呼ばれる理由になる。

 森にたどり着いたベニーは、ひとまず三日分くらいの草を摘み取っていく。三日分くらいなら、この手の草はすぐに生えてくるので問題はない。
 続いて、食料の確保だ。魔法罠を仕掛けて一角ウサギを仕留めていくことにする。
 一角ウサギは大きくないものの、一体狩れば、ベニーなら余裕で一日分くらいの食料になる。いや、一日分でも余るだろう。
 ちなみに罠は草を摘む前に仕掛けておいたので、戻ってくるとしっかりと罠に一角ウサギが捕まっていた。
 全部で三体なので、しばらく食事で困ることはないだろう。
 それよりも、雨が降り始める前に解体をして帰らなければならない。とにかくベニーは急ぎながらも丁寧に解体作業をしていく。
 しかし、三体ともなると思ったよりも時間がかかる。ナイフと魔法を駆使しながら進めていっても、一体でかなりの時間を使ってしまうのだ。

「よし、こんな感じね。収納魔法に放り込んで、急ぎましょう」

 捌いた一角ウサギの皮と肉と角に使った道具を収納魔法に放り込み、残った不要な部分は魔法で焼き払っておく。
 やることを終えたベニーは、急いで森を脱出しようとする。
 ところが、帰り道を急ぎ始めたところで、ぽつりぽつりと雨が降り始める。
 まだ弱いので、今のうちなら問題はなさそうだ。ベニーはとにかく急いで灯台へ向けて走っていく。
 もう少しで森を抜けきる。その時だった。
 雨足が一気に強まってくる。
 雨が強くなると、森の様相が一気に変化を見せ始める。

「これが、迷いの森の本質なのね……」

 森に降り注いだ雨が、次々と霧へと変わっていっている。
 森の中心部分の霧は、特に濃い状態になっている。
 これこそが、『迷いの森』の真の正体だ。
 雨や水魔法が森に漂う魔力と反応して、急激に濃い霧を発生させるのだ。
 普段でも強い魔力で人の感覚を狂わせてくる森だが、その魔力に影響されにくい灯台守であっても、さすがに視界を奪われてしまえば迷ってしまうというもの。
 だからこそ、ベニーはとても慌てていたのである。
 これならば、雨の日は最初から灯台から出なかったことも頷けるというものだ。

「はあはあ……、ぎりぎり脱出できたわね」

 どうにか森を抜けきったベニーは、森の魔力及ばない場所で息を切らしていた。
 これだけ全力で走ったことは、これまで数えるほどしかなかっただろう。あの長距離を歩いても平気だったベニーの、珍しい疲労姿である。
 その珍しい姿をさらしただけあってか、ベニーは迷い森の霧に巻き込まれずにどうにか灯台まで戻ってこれたのだった。

「うわぁ……びしょびしょだよ。早くお風呂で体を温めて着替えなくっちゃ」

 さすがに大雨に打たれた上に全力疾走で疲れているのだ。このままでいては風邪を引いてしまう。
 ベニーは早速お風呂にお湯を張って、ゆっくりと湯船につかる。
 一時はどうなることかと思ったものの、無事に戻ってこれたことをひとまず喜ぶベニー。
 お風呂でさっぱりした後は、いつものお昼の作業をこなして過ごす。

 全身ずぶ濡れかつ、全力疾走による疲労と何かと消耗した一日ではあったものの、ベニーはどうにか風邪は引かずに済んだようだった。
 健康なまま翌日を迎えられて、ほっとひと安心のベニーなのであった。
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