少女の水平線

未羊

文字の大きさ
19 / 61

第19話 一謎去ってまた一謎

しおりを挟む
 風邪を引かずに済んだベニーではあったものの、翌日も雨が降り続いていた。
 空を見上げてみれば、どこまでも厚くて暗い雲が立ち込めている。

「これは、明日まではやみそうにないわね」

 回復の見込めない空の様子に、さすがにベニーは参っているようだった。

 小さい頃から散々言われていた「雨の日に森に近付くな」を体験した昨日。
 まさかあそこまで急激に森の様子が変わるだなんて思ってもみなかった。

(なるほど。おじいちゃんがあそこまで強く言う理由がよく分かったわ)

 実際に目の当たりにした光景に身震いをしながら、今日もベニーの一日が始まった。

 雨が降ると基本的に灯台から外には出られない。
 簡単な雨具は、代々の灯台守の間で受け継がれているものの、誰がこんな雨の日に往復で日中の時間が消える港町まで歩くというのだろうか。
 灯台から港町までの間には、馬でゆっくり歩けるほどの幅広で平坦な道はあるけれど、これだけ雨が降ればかなりぬかるみができて状態が悪くなっている可能性が高い。
 下手に歩いて全身泥だらけにするような真似は、今のベニーには難しい話だった。これでも年頃の少女なのである。
 なので、雨の降り続く日は、おとなしく灯台の中だけで過ごすベニーなのである。
 幸い、先人たちの残した知恵が集まる書庫があるのだ。時間自体はいくらでも潰しようがある。

 ひとまずは、朝の時間はいつもは昼からしている薬作りからだ。
 雨が降り続く中では湿気の影響で、調合には少し慎重さが伴う。
 とはいえ、ここまで何度となく雨の日の調合に挑戦しては成功させてきているベニーだ。今回の雨でもそこまで心配するほどの話ではなかった。

「う~ん、やっぱり少し湿気が多かったかしら。品質がいつもより悪いわね」

 しかし、今回の湿度は想定よりも高かった。
 いつも作っている薬より、完成度が一段低かったのだ。
 灯台守を継いだばかり十三歳の少女ゆえに、まだまだ腕は未熟なようだった。残念に思うベニーなのである。
 薬作りがうまくいかったので、ベニーは早い段階で作業を切り上げる。
 この薬は貴重な収入源だし、自分の状態を回復できる手段なのだ。下手に品質の低いものを作っては、自分の身に危険が及びかねない。
 自分の健康には代えられれぬと、やむを得ない作業の中断だった。
 昼食の支度の前に、先日回収した草の世話をする。周囲に生えていないどこから来たとも分からない草だ。
 ただ、この草で作る薬は、この辺りで普通に手に入る草に比べて一ランクどころか数ランクも上の効果を持つ。
 以前ベニーが調べたのは、この草による薬の作り方だけだ。その詳細はまだ把握していない。
 なので、今日の昼からはこの草について詳しく調べてみることに決めたのだ。

 ちゃちゃっとお昼を済ませたベニーは、祖父の使っていた部屋の奥にある書庫へと向かう。
 今までの灯台守たちの知識が納められた部屋には、数多くの書物と手記が保管されている。
 後世へと残す大事な記録の数々なので、何があっても劣化しないようにとしっかりと保護の魔法が掛けてある。
 部屋の中に入ったベニーは、すぐさま魔法を使う。

「先日薬の作り方を教えてもらいました。その時使った草の詳細が知りたいです。お願いします!」

 強く願って魔力を放つベニー。
 灯台守を受け継いだ少女の思いに、書庫に掛けられた魔法が反応する。
 ふわっと浮かんだのは、先日と同じ本だった。
 ゆっくりと舞い降りてきた本を手に取ると、早速ベニーは本の中身をチェックする。
 ただ、今回はページが開かなかったので、該当のページを自力で探さなくてはいけなかった。少々面倒である。
 ところが、この程度で慌てるベニーではない。
 なんと、先日開いた薬の作り方のページの位置を覚えていたのである。
 この驚異的な記憶力も、灯台守たる者の持つ能力のひとつだ。
 薬の作り方の載っていたページから、順番に調べていく。
 このベニーの予測は、なんと外れてしまった。
 作り方のページの近くにあると思ったのに、その前後のページにまったく記述が見つからなかったのだ。
 草に関する情報はなかったものの、天候による微調整の仕方は載っていたので、ついでだからとそのページもしっかりと覚え込んでいく。
 がっちり頭に入れたところで、ベニーは改めて草の情報を探す。やみくもにめくりたくないので、食堂の隅っこで栽培している草の詳細な姿を頭に思い浮かべる。
 この必死なベニーの思いに書庫に仕掛けられた魔法が応えたのか、目の前の本のページがひとりでにめくれていく。
 ぴたりと止まったページには、確かにあの草の詳細な情報が記載されていた。

「もう、全然違うページに載ってるじゃないのよ!」

 さすがのベニーもお冠である。
 確認をしてみた結果、あの迷いの森を抜けた先にある高原部分に生えている草であることが分かった。
 このことから、間違いなくあそこを通った誰かによってもたらされたことが判明したのだ。

「う~ん、生えていた量と成長具合からすると、少なくともおじいちゃんが亡くなってからってことよね。一体誰が運んだっていうのかしら……」

 ひとつ謎を解き明かしたと思ったら、また別の疑問が浮かんできた。
 とはいえ、あの迷いの森の中でのできごとなのでひとまず深く考えることを放棄するベニーなのであった。

 外はまだ強い雨が降り続いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...