神槍のルナル

未羊

文字の大きさ
上 下
5 / 104
第一章『ハンター・ルナル』

出会い

しおりを挟む
 ベティスを発った翌日の事。目の前に展開される光景にルナルは困惑していた。
 それもそのはず、なにせガンヌ街道のど真ん中で人が倒れているのだから。遠目から見た感じ、どうにも若い男性のようだが、どうしてこんな所に倒れているのだろうか。
 服装はそこそこいい感じのものだが薄汚れてくたびれている。武器を持っているかも知れないと、ルナルは警戒してゆっくり近づいていく。と、その時だった。

 ぎゅるるるるるる……!

 辺り一帯気に聞こえるほどの大きな空腹の音が鳴り響いたのだった。
 ルナルは倒れていた青年を起こすと、食事と水分を与える。食べ物を見た青年は、それをかき込むようにして無心に食べていた。その食べっぷりを見る限り、しばらくはろくに食事をしていないような感じに思えた。
 青年の食事がある程度落ち着くと、ルナルは青年に声を掛ける。
「えっと、君はどうしてあんな所で倒れていたのかしら?」
「実は……昨日から何にも食べてなかったんだ。ハンターになるって言って村を出たのはいいんだが、道に迷ったりしてうっかり食料を切らしちまったんだ」
「あははは、新米の冒険者がやりがちなミスですね。でも、君は運がよかったと思うわ。街道のど真ん中で、しかも私に出会えたんですから。運が悪ければそのまま野垂れ死にでしたよ」
 青年の思わぬ答えに、ルナルはつい思い切り笑ってしまった。ただ、その表情はちょっと眉が曲がっていた。
「……助けてもらってすまない。俺の名前は『セイン』っていうんだ。あんたの名前を聞かせてもらってもいいかな?」
 食事を終えて落ち着いたセインは、ルナルの方をしっかりと見て口を開く。
「初対面にしては口の利き方がなってはいませんが、先に自分が名乗ったのでよしとしましょう。私の名前はルナルと申します。『神槍のルナル』といえば、分かるかと」
「なっ! あんたがあの有名なルナルか! お願いだ、俺を弟子にしてくれ!」
 ルナルが名乗り返せば、セインはその名を聞いた途端にそのまま土下座をして頼み込んできた。その口の利き方と行動に、ついルナルは呆気に取られてしまった。
「いやまぁ、いきなり弟子にしてくれと言われましてもね。口の利き方がなっていませんし、それに、今の私は依頼を受けている最中です。すぐにお答えできませんが、とりあえずハンターになりたい理由を聞いてもいいですか?」
 興奮気味のセインに対して、ルナルは落ち着いて声を掛ける。口の利き方に対して大目に見るとしても、とにかくセインの事情を確認する事にしたのだ。
 それに対してセインは、理由を聞かれたので顔を上げてしっかりとルナルの顔を見ながら口を開いた。
「俺がハンターを目指す理由……、それは魔王を倒すためだ!」
 セインは目指す理由をはっきりと言い切った。それを聞いたルナルはものすごくびっくりしている。
「魔王を倒すとは、またずいぶんと大きく出ましたね」
 ルナルはすぐさま真剣に表情に戻ると、
「ですが、ハンターになるといっても、そう簡単になれるものではありません。魔族や魔物を相手に戦うのですから、その資質というものが問われます。それだというのに、君からはその資質というものを感じられません。それでも君は、ハンターになりたいというのですか?」
 セインにはっきりと無理だというような事を言い、改めて覚悟を尋ねた。
「当たり前だ! このまま魔族どもの好きなようにさせてたまるかよ! 魔族どころか魔王さえも、俺は倒してみせる!」
 セインはルナルの厳しい視線にもまったく臆する事なく、真剣でまっすぐな目でもってはっきりと答えたのだった。
 セインの覚悟に、ルナルはつい微笑みをこぼしてしまう。
「……分かりました。そこまで言うのでしたら、どんなに説得しても無駄でしょうね。いいでしょう、弟子にしてあげます。でも、先ほども言いました通り、私は今現在とある依頼を受けている最中です。ですので、君はその依頼に同行する事になりますが、それでもよろしいですか?」
 ルナルは改めて自分の事情を説明して確認を取る。
「構わない! ハンターになれるっていうんだったら、地獄だろうかどこだろうが向かってやるさ!」
 それでもセインの決意は固かった。あまりの意気込みに、
「ふふっ、本当に覚悟だけは十分なようですね。私の指導は厳しいですから、しっかりついて来て下さいね」
 ルナルはつい嬉しそうに笑ってしまうのだった。

 その日の夜。
 街道から少し外れた場所で、ルナルたちは野宿をしている。いくらペンタホーンの被害で往来が減っているとはいっても、街道のど真ん中で野宿するのは邪魔だからだ。
 焚火を囲みながら、ルナルとセインは雑談を交わしている。その最中、ルナルはセインが持っている剣が気になった。
「セイン、君の武器はその腰に下げている剣ですか?」
 ルナルが視線を剣に落として尋ねる。すると、セインはその剣を持ちあげて膝の上に置いた。
「ああ、この剣は俺の家に伝わる剣なんだ」
「……ちょっと見せてもらっても構いませんか?」
「いいぜ」
 どうしても気になるルナルは、セインから剣を受け取るとすぐさま剣の柄を握る。そして、少し引き抜いたところで何かに気が付いたのか、そのまますぐに鞘にしまってしまった。
「うん? どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと見ただけですが、どうも剣の手入れが不十分だなと思いまして。引っ掛かりがなかったとはいっても、このままでは振るうにはちょっと不安があるように思います」
 首を傾げて尋ねてきたセインに、ルナルは剣を見た感想を答えた。
「ああ、ずっと納屋にあったみたいだからな。そうなのかも知れないな」
 セインは自分の家にあった状態を思い返しながら、なんとなく納得したように話している。
「もしよろしければ、お預かりしてもよろしいでしょうかね。この程度なら私でも修復できると思いますから」
「そんな事ができるのか?!」
 ルナルの提案に、セインはものすごく驚いている。
「はい、ハンターにとって自分の武器は生命線です。武器の手入れは必須技能ですよ。修繕に必要な道具は持ち歩いていますから、今夜にでも直しておきましょう」
「そうか、頼む!」
「もう、こういう時は「お願いします」って言うんですよ。私はあまり気にしませんが、他人と付き合うんでしたら、その言葉遣いや態度は気を付けた方がいいですよ」
 セインの目に余る世間知らずを咎めながらも、ルナルの顔は笑っていた。
「それでは、明日も朝から移動となりますので、早めに休んで下さいね」
「分かった」
 ルナルはセインを休ませると、寝静まるのを待った。そして、完全に寝たと確認すると、セインの持っていた剣を鞘から一気に引き抜いた。
 その剣はところどころ錆びたり刃が欠けたりと、それは見るも無残な状態だ。そのあまりに保存状態のよくない剣を眺めながら、ルナルはぽつりと呟いた。
「まさか、こんな所でこの剣と出会うだなんて……。これも、何かの因縁なのかしらね」
 ルナルはセインを見ながら物思いにふけった。
 その周囲には、キャンプの安全を守るための結界が、青白く静かに光り輝いていた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...