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王子様と魔王様
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マクギリアスに出会った翌日、私の店にお城からの使いがやって来た。
マクギリアスの招待状とともに。
またの機会に、なんていうものだからただの社交辞令かと思っていたら、どうやら本気だったらしい。
既に何度もお礼の言葉をもらっている。
国王からもロザリアからもだ。
正直これ以上は必要ないのだけれど、書面で直々に呼び出されたとあっては断ることも難しい。
「エリーでございます。マクギリアス様にご招待いただいたのですが」
というわけで王城にやって来た。
門番たちにそう言うと、丁重に迎え入れられたのだけれど。
「あの、失礼ですがこちらの方は……?」
門番のひとりが私の後ろに目を向ける。
「ああ、彼は私の使用人ですわ。マクギリアス様に献上する品を持ってきたのですが、いつもの者は店が忙しくて。代わりに持ってもらっているのです」
「使用人? ……わかりました」
門番が頷く。
店が繁盛していることは本当のことなので、疑われることはないはずだ。
一瞬疑問形で返されたのは彼の容姿のせいだろう。
門番のひとりに案内されて、お城の中へ。
通されたのは応接室らしい豪華な部屋だが、中にいたのはマクギリアスとロザリアだった。
「本日はお招きいただいてありがとうございます」
「忙しいところ、来ていただいたことに礼を言う」
「もったいないお言葉です。ロザリア様もお変わりないようで何よりです」
マクギリアスに眺めの一礼をした後、ロザリアにも挨拶をする。
「エリー様もお元気そうで良かったですわ」
「ありがとうございます」
勧められた豪奢な椅子に座ると、思い出したように後ろを振り返る。
「そうそう、マクギリアス様に献上する品を持ってまいりましたの。招待いただいたお礼のひとつにお納めください」
私の後ろにいた使用人が、持っていた黒い箱を目の前の白いテーブルに置いた。
中身は白ポーションだ。
「これはありがたい」
本当は魔石の加工も順調だったので、武器に組み込んだ試作品の魔剣を持ってこようか悩んだけど、どうせ渡すなら善人が先だと思い白ポーションにした。
「そちらの男性の顔に見覚えがあるのだが……あの時に一緒にいた者ではないかな?」
「よく覚えておいでですね」
「記憶力はよいほうでね」
マクギリアスが金の瞳を細めて笑う。
ただし、目の奥までは笑っていない。
ジッと見ている。
見ている相手は私ではなく、私の後ろに立っている使用人だ。
正確にいえば使用人ではなく、レボルなのだけれど。
マクギリアスからの招待状が届いたという連絡をセバスから受けた私は、そのことをレボルにも伝えた。
すると、何故か彼もついて行くと言い出したのだ。
ただ、招待されたのはあくまで『エリー』だ。
そこに何の関係もないレボルがついて行くというのは無理がある。
それはレボルも分かっているはずなのにどうしてもついて行くと言い張るものだから、使用人としてついてくるならばと許可したというわけだ。
まったく、困ったものだわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何故これほど普通にエリーと話せているのか。
マクギリアスは分からなかった。
女性不信というほどではないが婚約の件もあり、マクギリアスは未婚女性に対して自然と距離を取る癖が身についていた。
それは貴族の女性だけでなく、身の回りの世話をしてくれているメイドや女性騎士に対してもだ。
どうしても話さなければならない時は必ず己の内面を押し殺し、完璧な王子を演じてきた。
それがどういうわけか、目の前の少女には素の自分で話ができてしまう。
おかしい。
おかしいと言えば、こうして城に招待したこと自体がおかしい。
ロザリアの顔の火傷を治してもらった恩は確かに感じている。
だが、感謝はあの場で直接伝えているではないか。
城に呼び出し、改めて感謝を伝える必要などないはずだ。
いったいどうして……。
エリーを見てマクギリアスは困惑する。
砦で勇者駿とアルベルトから自分を救ってくれた少女はエリーではない。
顔の作りも髪色もまったく違うのだから当然だ。
そう、まったく違うはずなのに、どういうわけか目の前の少女から彼女と同じものを感じているのは何故だ。
わからない。
そしてチラリと奥に視線を向けた。
その瞬間、マクギリアスは見た。
レボルがその整った薄い唇を吊り上げ、フッと笑うのを。
その時、マクギリアスの心の中で対抗心が湧き上がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やはりついてきて正解だった。
レボルは心の中でそう呟いた。
彼はエリーと話すマクギリアスを、彼女の後ろから眺めていた。
マクギリアスの隣には彼の妹だというロザリアも座っているが、ニコニコと微笑んで相づちを取っている。
女の方はどうでもいい、メインはマクギリアスだ。
レボルはエリーの対面に座るマクギリアスを見る。
マクギリアスはエリーの前で行儀よく座り、笑顔でエリーと会話を続けている。
整った顔立ちと立ち居振る舞い。
人間の美的感覚に詳しいわけではないが、魔族である自分が整っていると思えるのだから、恐らくエリーもそう思っているはずだ。
マクギリアスの振る舞いに不自然なところは見受けられない。
エリーとの会話も、彼女に向けられている視線や笑みも、ごく自然なものだ。
にもかかわらず、レボルはマクギリアスを警戒していた。
マクギリアスの言動の一つひとつに覚えがあったからだ。
それは何故か。レボルがエリー――エリカの前で見せるものとよく似ていた。
マクギリアス自身はまだ気づいていないようだが、間違いない。
魔族であり魔王でもある自分を上回る力を持っているが、エリカは人間だ。
エリカがまさかこんな表面だけ取り繕ったような見かけ倒しの男に引っ掛かるとはまったく思っていないが、万が一ということもある。
そうでなくてもこの男以外にも、エリカが元の世界からわざわざ追いかけてきた善人と言う者がいるのだ。
エリカの姿でこの男の命を救ったという話を魔王城で聞いたとき、レボルは気が気ではなかった。
エリカは己の魅力というものをまるで理解していない。
彼女を前にして惹かれない者がいるだろうか。
いや、いないはずがない。
今はまだエリーとエリカが同一人物だと気づいていないようだが、だからといって安心はできない。
そして気づいたときにどのような行動を取るか、それを考えただけで頭が痛くなる。
無論、ぽっと出の人間ごときに負けるつもりはない。
もちろん、善人と言う幼馴染の勇者にもだ。
我は魔王。
誇り高き魔族の頂点に立つ者だ。
能力も、地位も、外見も全てにおいて自分が負けるはずがない。
そうだ。
それにこの男がエリーとエリカに気づいたところで我の方が断然有利ではないか。
エリカが普段暮らしているのは魔王城だ。
同じ場所で暮らしているというアドバンテージは大きい。
我が圧倒的に有利だ、とレボルはマクギリアスを見下ろして「フッ」と嗤った。
その瞬間、マクギリアスと目が合った、ような気がした。
「そうだ、貴女にこれを渡しておこう」
「これは……?」
エリーの前に、手のひらサイズの金属板が置かれた。
「王城に出入りするための通行証のようなものだ。これを門番に見せればいつでも入城できる」
「そのようなものを私に?」
「妹の傷を治してもらった感謝と信頼の証だ。国王も承知している。受け取って欲しい」
「そこまで仰られては受け取らないわけにはいきませんね。ありがたく頂戴します」
「ああ」
笑顔を見せるマクギリアスはチラリとレボルを見た。
そして、あろうことか「フッ」と嗤ったのだ。
こ、コイツっ!!
ブチギレそうになるのを必死でこらえたレボルは、お返しと言わんばかりに嗤い返す。
レボルとマクギリアス。
2人の応酬は、エリーが席を立つまで続いていた。
マクギリアスの招待状とともに。
またの機会に、なんていうものだからただの社交辞令かと思っていたら、どうやら本気だったらしい。
既に何度もお礼の言葉をもらっている。
国王からもロザリアからもだ。
正直これ以上は必要ないのだけれど、書面で直々に呼び出されたとあっては断ることも難しい。
「エリーでございます。マクギリアス様にご招待いただいたのですが」
というわけで王城にやって来た。
門番たちにそう言うと、丁重に迎え入れられたのだけれど。
「あの、失礼ですがこちらの方は……?」
門番のひとりが私の後ろに目を向ける。
「ああ、彼は私の使用人ですわ。マクギリアス様に献上する品を持ってきたのですが、いつもの者は店が忙しくて。代わりに持ってもらっているのです」
「使用人? ……わかりました」
門番が頷く。
店が繁盛していることは本当のことなので、疑われることはないはずだ。
一瞬疑問形で返されたのは彼の容姿のせいだろう。
門番のひとりに案内されて、お城の中へ。
通されたのは応接室らしい豪華な部屋だが、中にいたのはマクギリアスとロザリアだった。
「本日はお招きいただいてありがとうございます」
「忙しいところ、来ていただいたことに礼を言う」
「もったいないお言葉です。ロザリア様もお変わりないようで何よりです」
マクギリアスに眺めの一礼をした後、ロザリアにも挨拶をする。
「エリー様もお元気そうで良かったですわ」
「ありがとうございます」
勧められた豪奢な椅子に座ると、思い出したように後ろを振り返る。
「そうそう、マクギリアス様に献上する品を持ってまいりましたの。招待いただいたお礼のひとつにお納めください」
私の後ろにいた使用人が、持っていた黒い箱を目の前の白いテーブルに置いた。
中身は白ポーションだ。
「これはありがたい」
本当は魔石の加工も順調だったので、武器に組み込んだ試作品の魔剣を持ってこようか悩んだけど、どうせ渡すなら善人が先だと思い白ポーションにした。
「そちらの男性の顔に見覚えがあるのだが……あの時に一緒にいた者ではないかな?」
「よく覚えておいでですね」
「記憶力はよいほうでね」
マクギリアスが金の瞳を細めて笑う。
ただし、目の奥までは笑っていない。
ジッと見ている。
見ている相手は私ではなく、私の後ろに立っている使用人だ。
正確にいえば使用人ではなく、レボルなのだけれど。
マクギリアスからの招待状が届いたという連絡をセバスから受けた私は、そのことをレボルにも伝えた。
すると、何故か彼もついて行くと言い出したのだ。
ただ、招待されたのはあくまで『エリー』だ。
そこに何の関係もないレボルがついて行くというのは無理がある。
それはレボルも分かっているはずなのにどうしてもついて行くと言い張るものだから、使用人としてついてくるならばと許可したというわけだ。
まったく、困ったものだわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何故これほど普通にエリーと話せているのか。
マクギリアスは分からなかった。
女性不信というほどではないが婚約の件もあり、マクギリアスは未婚女性に対して自然と距離を取る癖が身についていた。
それは貴族の女性だけでなく、身の回りの世話をしてくれているメイドや女性騎士に対してもだ。
どうしても話さなければならない時は必ず己の内面を押し殺し、完璧な王子を演じてきた。
それがどういうわけか、目の前の少女には素の自分で話ができてしまう。
おかしい。
おかしいと言えば、こうして城に招待したこと自体がおかしい。
ロザリアの顔の火傷を治してもらった恩は確かに感じている。
だが、感謝はあの場で直接伝えているではないか。
城に呼び出し、改めて感謝を伝える必要などないはずだ。
いったいどうして……。
エリーを見てマクギリアスは困惑する。
砦で勇者駿とアルベルトから自分を救ってくれた少女はエリーではない。
顔の作りも髪色もまったく違うのだから当然だ。
そう、まったく違うはずなのに、どういうわけか目の前の少女から彼女と同じものを感じているのは何故だ。
わからない。
そしてチラリと奥に視線を向けた。
その瞬間、マクギリアスは見た。
レボルがその整った薄い唇を吊り上げ、フッと笑うのを。
その時、マクギリアスの心の中で対抗心が湧き上がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やはりついてきて正解だった。
レボルは心の中でそう呟いた。
彼はエリーと話すマクギリアスを、彼女の後ろから眺めていた。
マクギリアスの隣には彼の妹だというロザリアも座っているが、ニコニコと微笑んで相づちを取っている。
女の方はどうでもいい、メインはマクギリアスだ。
レボルはエリーの対面に座るマクギリアスを見る。
マクギリアスはエリーの前で行儀よく座り、笑顔でエリーと会話を続けている。
整った顔立ちと立ち居振る舞い。
人間の美的感覚に詳しいわけではないが、魔族である自分が整っていると思えるのだから、恐らくエリーもそう思っているはずだ。
マクギリアスの振る舞いに不自然なところは見受けられない。
エリーとの会話も、彼女に向けられている視線や笑みも、ごく自然なものだ。
にもかかわらず、レボルはマクギリアスを警戒していた。
マクギリアスの言動の一つひとつに覚えがあったからだ。
それは何故か。レボルがエリー――エリカの前で見せるものとよく似ていた。
マクギリアス自身はまだ気づいていないようだが、間違いない。
魔族であり魔王でもある自分を上回る力を持っているが、エリカは人間だ。
エリカがまさかこんな表面だけ取り繕ったような見かけ倒しの男に引っ掛かるとはまったく思っていないが、万が一ということもある。
そうでなくてもこの男以外にも、エリカが元の世界からわざわざ追いかけてきた善人と言う者がいるのだ。
エリカの姿でこの男の命を救ったという話を魔王城で聞いたとき、レボルは気が気ではなかった。
エリカは己の魅力というものをまるで理解していない。
彼女を前にして惹かれない者がいるだろうか。
いや、いないはずがない。
今はまだエリーとエリカが同一人物だと気づいていないようだが、だからといって安心はできない。
そして気づいたときにどのような行動を取るか、それを考えただけで頭が痛くなる。
無論、ぽっと出の人間ごときに負けるつもりはない。
もちろん、善人と言う幼馴染の勇者にもだ。
我は魔王。
誇り高き魔族の頂点に立つ者だ。
能力も、地位も、外見も全てにおいて自分が負けるはずがない。
そうだ。
それにこの男がエリーとエリカに気づいたところで我の方が断然有利ではないか。
エリカが普段暮らしているのは魔王城だ。
同じ場所で暮らしているというアドバンテージは大きい。
我が圧倒的に有利だ、とレボルはマクギリアスを見下ろして「フッ」と嗤った。
その瞬間、マクギリアスと目が合った、ような気がした。
「そうだ、貴女にこれを渡しておこう」
「これは……?」
エリーの前に、手のひらサイズの金属板が置かれた。
「王城に出入りするための通行証のようなものだ。これを門番に見せればいつでも入城できる」
「そのようなものを私に?」
「妹の傷を治してもらった感謝と信頼の証だ。国王も承知している。受け取って欲しい」
「そこまで仰られては受け取らないわけにはいきませんね。ありがたく頂戴します」
「ああ」
笑顔を見せるマクギリアスはチラリとレボルを見た。
そして、あろうことか「フッ」と嗤ったのだ。
こ、コイツっ!!
ブチギレそうになるのを必死でこらえたレボルは、お返しと言わんばかりに嗤い返す。
レボルとマクギリアス。
2人の応酬は、エリーが席を立つまで続いていた。
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