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王子様スマイル

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 前も後ろも塞がれた私たちに逃げ場はない。

 路地裏なので他に人が通る気配もなかった。

 それが分かっているから男たちは姿を現したんでしょうけれど。

 数的有利に立っている男たちの表情は、皆ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。

 相手は8人、それに対して私たちは3人。
 しかも1人は誰が見ても可憐な美少女に、1人は幼い子どもだ。

 尚且つ男たちは全員が武器を持っているが、こちらは素手。
 警戒心など抱くはずもないでしょう。

 囲んだ程度で勝った気になられてしまうのは、不本意というしかない。

「後ろからの接近には気づかれていたというのに。レボル様とあろうお方が反対からの接近には気づかれませんでしたか」

「仕方なかろう。エリーは傍に寄ってきた虫に対して、わざわざ気に留めるのか?」

 レボルはそう言って肩をすくめる。

 男たちを虫に例えるなんてなかなか辛辣なこと。

「失礼いたしました。では、この状況をいかがなさいます?」

「決まっている」

 レボルは私に絡んできた男に視線を向けた。

「何のつもりか知らんが、この場から消えるならもう一度だけ見逃してやるがどうする?」

 何を言われたのか理解できなかったのか、男は一瞬固まってしまったが、すぐに分かりやすい意志表示を行った。

「――なあ、兄ちゃん。今の状況を理解できてねえのか?」

 レボルの眼前に突きつけられる、鋭く尖った剣先。
 状態からいって使い古されたものではあるが、それでも殺傷力は一目瞭然だ。

「女の前でカッコつけたくなる気持ちは分からなくもねえが、時と場合を考えてからやるんだな。そっくりそのまま返してやるよ、今すぐ消えるなら兄ちゃんは見逃してやってもいいぜ」

 苦虫を何十、何百匹も嚙み潰したような口調で、暴力による威圧を行使した男。

 8人仲良く揃ってこちらへ剣を向けていた。

「レボル様、大ピンチですわ」

 男たちはせせら笑っている。

「さあ、どうする? さっさと消えてくれるなら、俺たちも無駄な手間が省けるんだがな」

「その前に、我の質問に答えろ」

「あん?」

「我は、『この場から消えるならもう一度だけ見逃してやるがどうする』と訊ねたのだ」

 剣を突きつけられてもなお余裕を崩さないレボルとは裏腹に。
 数的有利に勝ち誇っていた男の顔がドス黒く変色する。
 男の肩がプルプルと震えている。

「返事がないな。エリーよ、どういうことだと思う? 会話が通じていないのか、それとも実力差が理解できない愚か者か」

「そうですわね。レボル様の言葉に怒っていらっしゃるのではないかと」

「ふむ。ということは後者か。まあ一度逃げておきながら、数を揃えて取り囲むような卑しい者だ。当然と言えば当然だな」

 レボルのその言葉がとどめの一言になってしまったみたい。
 男が今まで以上に表情を強張らせてレボルを睨んだ。

「ああ……そうかい。せっかく見逃してやろうと思ったのによ。いいぜ……今すぐ後悔させてやる!!」

 男は、レボルに突きつけていた剣を振りかざし、そのまま振り下ろそうとした。

「――のろいぞ、愚物が」

 男が剣を振り下ろすよりも早く、レボルは左手を男の顔面目掛けて振り抜いた。

 男は反応することもできないまま、その場で無様に昏倒した。

「……え?」
 
 一瞬の出来事に、男の近くにいた3人は剣を構えたまま動くことが出来ないでいる。

 その僅かな時間が彼らの命取りとなった。

 トンッ、と軽く地面を蹴ったレボルは続けざまに右の突き、左の突き、そしてまた右の突きを繰り出す。
 
 ほぼ同じタイミングで3人が垂直に落ちるように昏倒する。

 ステータスを視た時から分かっていたことだけど、彼らは真面目に冒険者をやっていない。

 レベルは全員10以下で剣の構え方もなっていない、素人に毛が生えた程度でしかないのだ。

 最初から抵抗されるとは思っていなかったのか、互いに近寄り過ぎていた。
 
 お互いの剣が届く範囲にいたのでは思うように動けないでしょうに。

「ほんの少し撫でただけだというのに。まったく、人間という生き物は脆いものだな」

 確かにかなり手加減していたみたいだけど、それでも魔王の攻撃だもの。
 レベルの低い冒険者に耐えられるはずがないわ。

 レボルは反対側にいる男たちへ目を向ける。

「ひっ!?」

 さっきまでの余裕じみた笑みはどこへ行ってしまったのか。
 残った4人の表情は引きつっており、一歩、二歩と少しずつ後ずさっている。

 あ、これは逃げる気ね。
 そう思っていたら案の定、彼らは倒れている4人を見捨てて逃げ出した。

 まあ、多人数で襲い掛かってくるような輩だ。
 危ないと思ったときの逃げ足も速い。

 ただ、逃げるには少し遅かったけれど。

 男たちの進行を遮るように現れる者がいた。

「邪魔だ、どけええ!!」

 先頭を走っていた男が叫びながら剣で威嚇する。

 相手が怯んだ隙に通り抜けようとしたんでしょうけど、その目論見は脆くも崩れ去った。

 ざん! と鈍い音とともに、男の剣がふっ飛んだ。

「なっ……!?」

 こちらからは後ろ姿しか見えないけど、きっと驚いた表情をしているに違いない。

「理由もなく、王都の中で剣を抜くことは禁じられている。知らないとは言わせない」

「そ、それは……」

「話は後でじっくり聞かせてもらおう。さあ、連れていくんだ!」

「はっ!」

 逃げようとした4人は鎧を着た騎士によって拘束され、連れていかれてしまった。

 誰か近づいて来ているとは思っていたけれど、貴方だったのね。
 と思っていたら、騎士を数人引き連れてこちらに近づいてくる。

 近づいてきたのは金色の髪をした、王子様然とした美形だった。

 金の美形は、まず最初に私を見た。

 大丈夫。
 この顔では初対面だし気づかれるはずがない。

 次にカイル、それからレボルを見た後、地面で寝ている男たちに視線を移す。

 そしてまた私の方を見ると、困ったように眉を下げた。

「失礼。これは誰がやったのかな」

「我だ」

 間髪入れずにレボルが答える。

「ほう、見たところ素手のようだが。武器を持った4人を貴方1人で倒したと?」

「そうだ」

「貴様、マクギリアス様に対してその口の聞き方はなんだっ!」

 金の美形の傍にいた騎士がレボルを睨む。

「構わないさ」

 金の美形――マクギリアスが片手を上げて騎士を制した。

 マクギリアスは軽く微笑んだ。
 薄暗いというのに、彼の周りだけキラキラとエフェクトが掛かっているようだった。
 
「私はマクギリアス・ミドガルド・フロイゼン、この国の第一王子だ」

「連れが失礼いたしました。私はエリーと申します。こちらはレボル、そしてカイルです」

「エリー? もしかして、白ポーションの?」

「ええ、そうですわ」

「おお、やはりそうでしたか! 貴女のポーションのおかげで助かっております」

 マクギリアスの傍にいた騎士の表情が緩む。
 白ポーションの効果がこんなところで出てくるとは。

 白ポーションという言葉に、マクギリアスが反応した。

「貴女があの白ポーションの……お会いできて光栄だ」

 マクギリアスはそう言ってニッコリと微笑み、右手を差し出してきた。

「貴女には会ってお礼を言いたいと思っていた。貴女の白ポーションで妹の顔の傷が癒えたのだから。本当に感謝してもしきれない」

 マクギリアスは私の右手をゆっくりと両手で包み込むと、頭を下げた。

 ――うん、やっぱり私のことには気づいてないみたいね。
 それはそうよね。
 顔の作り自体を変えているし、髪の色や声色も違うのだ。
 
「広い王都でこうして出会えたのは、幸運以外の何物でもない。妹の礼もかねてもう少し話をしたいところではあるのだが……」

「申し訳ございません。今日はもう遅いですから」

 頭を下げてやんわりとお断りをする。

 私だけなら別に話に付き合うくらいは問題なかったけど、今はダメだ。

 何より。

 後ろからゴゴゴ、という音が聞こえてきそうなほどレボルがマクギリアスを威圧しているのが分かる。

 これ以上、レボルを刺激しないようにマクギリアスから離れた。
 少しだけレボルの威圧が収まったような気がした。

 マクギリアスは困ったように小さく首をかしげる。

「仕方ない。ではまたの機会に。ああ、そこで寝ている男たちについて、簡単でいいから経緯を教えてもらえると助かる」

「そのくらいでしたら構いませんわ。ね、レボル様?」

「……ああ」

 振り返ると、レボルの顔が少しだけ拗ねていたように見えた。
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