7 / 14
第6章
デュエルの覚醒
しおりを挟む
「兄様っ‼︎」
ルーナははっと目を覚ました。
「...夢...?」
国を出てから一度も兄から連絡はない。最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。
ルーナは軽く朝食を済ませ、顔に仮面をつけた。手には手袋をはめ、腰から剣を下げる。
「では、出発しよう。」
ルカの合図で旅の一行は国を出た。ルーン王国まではさほど遠くない。触らずの森の横に整備された道があり、そこを通っていけばじき城が見える。
あらかじめ使者を送り、訪問の旨を伝えていたのか、王宮へはすんなりと入ることができた。王宮に入るとルーナはますます緊張した。そんなルーナをディアナが諭す。
〈落ち着け。あまり周りを見るな、怪しまれるぞ。〉
〈わかってる...。でも兄様はどこにいるのかしら。全然連絡もつかない。〉
ルーナは夢のことを思い出した。夢の中の兄は王宮に来るなと言っていたような気がする。しかし本物の兄はルーナの助けを待っているはずだ。
王座のある部屋へと案内されたが、その部屋に入れたのはルカ王子と第一騎士であるティルだけだった。他の者は部屋の外で待機している。
「大変な時期に訪問してしまい、すみません。しかし今しか他国を回れないと思い、こうしてこの国を訪れました。亡くなられた国王夫妻のことはお悔やみ申し上げます。」
ルカはアリエスに対して王族の礼をした。ルーナも同じように頭を下げる。
久しぶりに見る叔父の顔。ルカに向ける笑顔はルーナが昔から知っている優しい叔父のものだった。しかし、実際の叔父は、密かに王座を狙い、国王夫妻を殺した悪人だ。
「顔を上げて下さい、ルカ王子。訪問を心から歓迎いたしますよ。今は可愛い姪のことが気がかりですが、必ず見つかると信じております。ところで...そちらの騎士はどうして仮面を?」
アリエスはティルに視線を向けた。不審に思っているのは見てわかる。
「申し訳ありません、陛下。失礼なのは承知しておりますが、彼は目の病で明るい所ではこのように仮面をつけていないと命に関わるのです。」
答えたのはルカだった。ルーナが声を出すと叔父であるアリエスにはティルがルーナだとばれてしまうかもしれないため、ルーナは黙ったままでいようと決めた。たとえ今、目の前に兄が現れたとしても。
アリエスはルカの話を聞いてからもずっとティルのことを気にしている。仮面を通して目があったとき、アリエスは少し考え込み、わずかに口端を上げた。
「そうだ、せっかくいらしたのだから甥のユエルに会って行って下さい。年齢も王子と同じくらいですし、昨日元気になって起き上がれるようになりましてね。」
アリエスが指を鳴らすと、奥の部屋から人が現れた。
ルーナの心臓がどくんと跳ねた。
奥から現れたのは少しやせてしまっているが間違いなく兄のユエルだった。しかし、ルーナが見出した希望は、ユエルの瞳を見た瞬間に打ち砕かれた。
ユエルの瞳が赤い。本来ユエルはルーナと同じく海のような深い青色の瞳をしている。
(に、兄様...?)
ルーナの中のディアナからも緊張が伝わってくる。
ユエルが一瞬ルーナの方を見た。それはルーナが今まで見たことのない鋭い視線だった。
目があった瞬間、頭の中で警鐘が鳴った。これ以上ここにいてはいけない。
ルーナが目をそらすと、左手の甲が急に熱くなり、光を発した。
「熱っ!!」
ルーナは思わず左手を押さえた。手袋がみるみる熱で燃え、左手に埋まっているルミエールが顕わになる。
「ふっ、やはりそうか...やたら私に殺気じみた視線を向けてきたからそうではないかと思ったんだ。」
アリエスはルーナを見てにやっと笑った。
左手が熱くてルーナは顔を歪めた。どうにか右手でルミエールを隠したが、アリエスに見られてしまったことはわかっていた。ルカは何が起こったかわからないという顔でルーナとユエルを交互に見ている。
『久しいな、妹よ。だが、残念ながら再会を喜んでいる暇はない---」
ユエルは一気に間合いを詰め、ルーナの目の前に移動した。ルーナが久しぶりに兄を近くで見ると、その顔は笑っていた。でもその笑みはルーナの知る優しい兄のものではなかった。「兄様」と声を出そうとした瞬間、腹部に鈍い痛みがはしった。腹部を見下ろすと剣が突き刺さっている。
「に...さ..ま..?ど...して..?」
信じられないと思いながらも、ルーナは力が抜け床に倒れた。声は確かに兄のものだった。そして兄は今もルーナを見て笑っている。しかしその顔には全く優しさが感じられなかった。ユエルはルーナから剣を引き抜いてなおも笑った。
『さっさと死ね。おまえがいると邪魔だ。』
そしてルーナの左手に埋まっているルミエールに手を伸ばした。しかし、ルミエールにもう少しで触れそうになったとき、ユエルの中で異変が起きた。
『くっ...やめろ...出てくるな...。』
ユエルは頭を抱えたまま床に膝をついた。
「ちっ、まだ完全ではないか...。ユエルを部屋に戻せ‼︎そしてそこにいる仮面の者を拘束せよ‼︎」
アリエスが側近に命じると、ユエルは奥の部屋へと連れて行かれた。
ルーナは必死に兄に向って手を伸ばした。しかしそれがユエルに届くことはなく、ルーナは気を失った。
ルカとルーナは兵士たちによって取り囲まれた。
「ティ、ティルっ‼︎しっかりしろ‼︎いきなり何をするんだ‼︎」
ルカはルーナを抱き起こし、アリエスに向かって怒鳴った。
「ルカ王子、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。だが、そいつは前国王夫妻を殺めた大逆人なのですよ。こちらで引き取らせていただきます。」
ルカが剣を抜いて構えたとき、わずかにティルが動いた。
「ティル?大丈夫か⁉︎」
ティルは腹部を押さえ、よろよろと立ち上がった。腹部からはいまだに出血している。このままでは危ない。
『...逃げるぞ。このままだと私も危ない...走れ‼︎』
ティルが立ち上がったとき、仮面が外れて床に落ちた。
「ティル...おまえ瞳の色が...。」
ティルの瞳は青かったはずだ。今のティルの瞳は赤い。しかし、今はそのことを気にしている余裕はないと思い直し、ルカはティルに言われるまま走りだす。
「逃がすな‼︎」
後ろからアリエスの声が響く。それを気にせずルカとディアナは走った。
ティルの傷を見た他の騎士たちも異変を感じ、応戦する。騎士たちに庇われながらルカとディアナは城の外を目指した。しかし敵に前からも後ろからも挟まれ、逃げ場を失った。そのとき、頭上から丸い玉が落ちてきた。玉は床に落ちた瞬間に煙を発し、城内に広がっていく。
「こっちです‼︎」
煙の中から誰かの声が聞え、それに導かれながら城の外へと出る。城を抜け、そのままソレイン王国の国境近くまで来ると、待機していた兵士たちと合流できた。敵は追って来ない。このまま行くと自国よりはるかに大きい国の軍隊と戦うことになるのでいったん退いたのだろう。
ディアナは耐えられなくなり、地面に倒れ込んだ。待機していたカノンが血相を変えて駆け寄ってくる。
「ティル様⁉︎しっかりして下さい‼︎いったい何があったのですか⁉︎」
カノンが顔を上げるとルカの横に見知った顔が立っていた。
「ノイン...?」
ルカとルーナを逃がすのを手伝ったのは、ユエルの護衛騎士のノインだった。
「事情は後だ‼︎まず手当てを‼︎」
ルカは念のため用意していた救護班の者を呼んだ。救護班は医術の知識を持った騎士で構成されている。ルーナの怪我の様子を見るためにと、救護班の一人である騎士がルーナの服を切ろうとした。しかし、それをカノンが慌てて止めた。
「待って下さい‼︎あなたは男性ですよね?だったらティル様の手当てをさせるわけにはいきません‼︎誰か女性を呼んで下さい‼︎」
「何を言っている?ティルは男性だろ?男の身体を女性に見せる方がどうかと思うが。」
ルカはカノンを不審がって見ている。ルーナを手当てをしようとしていた騎士も戸惑っている。カノンは仕方ないと思い、思い切って打ち明けた。
「実は...この方は女性です。なのでどうか女性に手当を‼︎」
ルカは驚いてルーナを見つめた。しかしふとルーナの髪を見て、兵士の一人に女性を呼ばせた。手当の間、ルカは少し離れた位置に立っていた。女性の身体を見るわけにはいかないからだ。
「髪の一部が銀色だった...。まるで髪に塗料をつけていてそこだけ落ちてしまったかのように...。ティルは何者なんだ?」
ルカは一人で考え込むように呟いた。確かにあの顔立ち、そして声も女性のようだった。しかしあの強さに説明がつかない。女性の身で男性相手に戦っていたのか。瞳の色が違ったことも気になる。ティルが目を覚ましたとき、何もかも聞く必要がある。
ルーナは暗闇で一人佇んでいた。ここはどこなのだろう、なぜ自分はここにいるのだろうと思いながら辺りを見渡す。闇ばかりで何も見えない。足を踏み出そうとしたとき、急に辺りの風景が変わった。小さな湖とその近くには大きな木がそびえている。その湖の前に誰かが立っていた。薄暗い中でもはっきりと輝く金色の髪。ルーナは思わずその背中に声を掛けた。
「に、兄様...?」
湖を見ていた人物は声に気づき、振り返った。
その人物は兄のユエルではなかった。似ているが瞳の色が違う。ディアナと同じ赤い瞳だった。
「あなたは誰...?」
ルーナは問いかけた。
男は黙ったままルーナに近づき、ルーナの頭に手をのせた。
「目が覚めたらつらいことばかりだろう...。だけど君なら乗り越えられる。ユエルはまだ完全に支配されていない。だから救えるはずだ...。」
男は薄く笑い、消えてしまった。
「ま、待って‼︎あなたは誰なの⁉︎」
ルーナは目を開けた。身体を起こそうとしたが、痛みがはしり身体が動かせない。目だけで周りを眺めると、アリアが心配そうに自分の方を見下ろしている。
「姫様っ‼︎私がわかりますか?」
(夢...?いったいあの男性は誰だったの...?それに---)
「アリア...ここは...?」
ルーナは弱々しく声を発した。
「ここはソレイン王国の姫様のお部屋です。姫様は怪我のせいで3日も目を覚まさなかったのです。いったい何があったのですか?」
何があったか。それを思い出そうとすると、胸が苦しくなり涙が頬を伝った。
「ごめんなさい...。今は思い出したくないの...。」
ルーナは顔を横に背けた。
「い、いえ...いいのです。今は怪我を治すことに専念して下さい。」
アリアがルーナにかかっている布団を掛け直したとき、ドアにノックがされた。
ノックの後に部屋に入ってきたのはルカとカノン、そしてノインだった。
ルカはルーナの寝ているベッドの横の椅子に腰かけ、カノンとノインはその後ろに立った。
「ひどい怪我をして話をするのもつらいだろうが、私は聞いておかなくてはならない。ティル...いや、あなたはいったい誰なのですか?」
「えっ?」
ルカにいきなりそんなことを聞かれ、ルーナは動揺した。よく見れば自分は女ものの寝間着を着ている。遠くにある鏡を見るとわずかに自分の姿が見えた。寝ている間に女官たちが汚れたルーナの髪を洗ってくれたのだろう。鏡の中の自分はもう茶色の髪をしていない。見事な銀色をしている。とうとう女であることがばれてしまったのだ。ルーナはあきらめて全てを話した。
「このような姿で失礼いたします。…私の本当の名はルーナ・クライン・ルーン。ルーン王国の第一王女です。叔父であるアリエスに両親を殺され、兄は私だけ逃がしてくれたのです...。なのに...あの優しかった兄が私を---」
ルーナは両手で顔を覆った。
「...そうだったのですか。女性の身で今までずいぶん大変だったでしょうね。私を頼ってこの国に来たのですね?」
ルカはそっとルーナの手に自分の手を重ねた。そのとき、ルーナの左手に埋まっている球が目についた。ルーナはルカの視線に気づき、ルミエールのこと、ディアナのこと、もう一つの秘宝のことを話した。
「...とても信じられませんが、それならあの強さにも納得がいきます。大丈夫、あなたの兄上のことは私もどうにかお手伝いします。だから今は怪我を治すため、余計なことは考えないで。どうかゆっくり休んで下さい。ただ...怪我が治ったら一度ドレス姿で私と会って下さい、ルーナ姫...。」
ルカは優しく微笑み、ルーナの手を握った。ルーナは一瞬悲しくなった。平穏なときだったら迷わず「はい」と答えられるのに。だけど今はまだそのときではない気がする。ルーナは首を横に振った。
「申し訳ありません...まだティル・グランシェでいることをお許しください。兄を助け出し、ルーン王国に再び平穏が訪れるまで…。」
こんなことを言ってルカは怒るだろうか。
しかしルカは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにまた微笑み頷いた。
「わかりました。ではドレス姿のあなたに会うために、私は全力で手助けいたしましょう。」
そう言ってルカはノインだけを連れて部屋を出て行った。
ルーナはルーン王国で起こったことを思い返していた。
あれは確かに兄だった。だけど瞳の色が違った。まるでディアナであるときの自分みたいに。
〈ディアナ...あれは誰だったの...?私はこれからどうしたら良いの?〉
いくら問いかけてもディアナから返事はない。ルーナは目を閉じた。
ルーナが起き上がれるようになったのは、怪我をしてから2週間ほど経ってからだった。
いつもと同じように男ものの服を身にまとってルカの前に腰掛ける。
「ずっと騙していたこと...どうかお許しください。」
ルーナはルカに向かって頭を下げた。
「顔を上げて下さい、ルーナ姫。仕方のなかったことです...もう私も気にしておりません。私としてはあなたが女性で良かったと思っております。」
ルーナが顔を上げるとルカが照れたように笑っている。
「どうしてですか...?」
「ティルがあまりにも美しいので...男性だとわかっていながらも惹かれ始めていたところです...。だけど男ならとその感情を無視しようと思っていましたが、女性なら関係ありません。」
言われていることの意味がわかり、ルーナの顔は赤くなった。
「で、殿下が惹かれたのはディアナですわ。ディアナは強いですが、私は弱いですから...。」
「結婚を焦らなくていいと言ってくれたのはあなたです。そしてステラの笑顔を取り戻してくれたのもまたあなただ。あなたはきっと心がお強いのでしょう。そんなあなたに惹かれました。」
男性にこんなことを言われたのは初めてで、ルーナはどうしたらいいのかわからず戸惑っていた。
「あなたの兄上を助け、ルーン王国に再び平穏が訪れたとき、ドレス姿のあなたとダンスを踊ってみたい。そのときになったらまたソレイン王国に来て下さい。兄君とあなたを歓迎します。」
ルカの目は真剣だった。だからルーナは赤面しながらも頷いた。
「じゃあ、気を取り直して本題に入ろう。ノイン、ユエル王子の身に起こったことを詳しく教えてくれないか?」
ルカはノインに視線を向けた。
ノインは頷き、ルカとルーナがルーン王国に行く前の日に起こったことを話し始めた。
ユエルはずっと王座の奥にある小部屋に入れられていた。足には重りが付けられ、窓から逃げることも叶わない。アリエスに薬を盛られ、頭がぼんやりとするせいでルーナと連絡を取ることができない。食事は部屋に運ばれてくるが、なかなか喉を通らず身体は痩せていくばかりだった。
そんなある日、ユエルは久しぶりに部屋の外に出された。両手を後ろで縛られ、足には重りが付いているので上手く歩けない。アリエスの前に立たされ、アリエスに顔を上げさせられた。
「ほぉ...このような姿になっても強い殺気を私に向けてくるとは...。それに少し痩せてはいるがその美しさは変わらないな。」
アリエスは面白いものを見ているかのようにユエルをじっと見て笑っている。
「......。」
ユエルは一言もしゃべらずアリエスを睨んだ。
「今日はおまえに用があっておまえを部屋から出したのだ。神官に秘宝のことを調べさせて面白いことがわかった。」
アリエスはユエルに秘宝の一つである剣を見せて続けた。
「この剣はソーディアと呼ばれるもので、強い力を秘めている。そして今はこの剣の中にディアナと対になる男神デュオが眠っている。そこまではおまえも知っているな?」
「......。」
黙ったままのユエルを気にすることなくアリエスは話を進めた。
「だがこの剣には他にも眠っているようだ。」
「...何⁉︎」
ユエルは思わず声を発した。その反応に満足したかのようにアリエスはほくそ笑み、ソーディアを鞘から抜いた。
「デュオと対なのはディアナではなかったのだよ。デュオと対になる存在もまた、この剣に眠っていたのだ。そしておまえにはそいつを呼び起こすための手伝いをしてもらう。世界を手にすることもできるという力を持つ神、デュエルをな。」
「...デュエル...だと...?誰だ、それは...?」
「おまえが知る必要はない。おまえはただ、デュエルの器となってくれればいい。...聞こえるか、デュエルよ...。」
アリエスは剣に向かって話しかけた。
「おまえを解放してやる...私とともに世界を手に入れようではないか。目覚めるがいい‼︎ユエ・マスキオ・フォルツァ‼︎デュエルよ、目覚めろ‼︎」
アリエスの持つソーディアが赤く光を発した。アリエスは声を上げて笑い、その剣でユエルの身体を貫いた。
ユエルの瞳が大きく見開かれる。
(な、なんだ...これは...。意識が遠くなる...。俺は死ぬのか...。いや、そんな感じではない...これは身体を支配されていく感覚だ...。これはや..ばい...。ル.....ナ..王..宮へ..は..来る..な...。)
ユエルはその場に倒れ込んだ。剣で刺されたというのに血は全く流れていない。
光が治まり、アリエスがユエルの方に視線を向けるとユエルはソーディアを持って立っていた。その瞳は赤く、アリエスは自分の思惑通りに事が進んだのだと確信した。
『ずいぶん永かった...この日をどれだけ待ちわびたことか...。』
ユエルは自分の身体を確かめるように見ていたが、アリエスの視線を感じ、アリエスの方を向いた。アリエスは目があった瞬間、ビクッと身体が跳ねた。
(なんだこれは...。目があっただけで怖いと思うなんて。)
アリエスは自然と汗をかいている自分に驚きながらも平然を装ってユエルに向かって言葉を発した。
「おまえは...デュエルだな...?」
『礼儀知らずなやつめ。おまえが俺を解放したやつでなければ一瞬で殺していたところだぞ。』
「...っ...失礼しました。」
『まぁ、いいさ。俺がデュエルだ。デュオはまだ目覚めていない。先に俺が覚醒したおかげでデュオを抑えておける。...やっとこのときが来た...。今度こそ世界を手に入れて俺の力を見せつけてやる。』
ユエルの身体からは膨大な力が漂っていた。それを間近で感じ、アリエスは口端をわずかに上げた。
(...こいつを使って私が世界を手に入れてやる‼︎)
この一部始終をノインは陰から隠れて見ていた。あれはもはやユエルではない。そう思ったノインは密かに城を出てルーナを探そうと思っていた。そこへ、ルカとルーナがやって来た。ティルという少年がルーナだったということには驚いたが、傷を負ったルーナを逃すためルカと合流することにしたのだ。
「これが、私の知っている全てです。ユエル様はもうユエル様ではありません。妹であられるルーナ様を平然と刺したのがその証拠です。」
ルカとルーナは黙ってノインの話を聞いていた。先に口を開いたのはルカだった。
「その...デュエルというのは何者なんだ?」
「私にもわかりません...。」
ユエルでさえデュエルの存在を知らなかった。ノインが知っているわけがない。おそらく詳しく知っているのはディアナだけだろう。しかし、ディアナとは全く連絡が取れない。
〈ディアナっ、ディアナ...あなたが必要なの...どうか応えて。〉
ルーナは両手を胸の前で祈るように握り、頭の中で何度もディアナの名を呼んだ。
しばらくそれを続けていると、頭の中で微かに声が聞えた。
〈うるさい...そんなに呼ばずとも聞こえている...。〉
〈ディアナっ‼︎いなくなっちゃったのかと思ったわ‼︎〉
〈危なかったがな...よりによってデュエルのやつ...ソーディアで刺すとは...。回復するのに時間がかかった。〉
〈ねぇ...デュエルって誰なの?〉
〈今説明してやる...だからその身体をいったん私に貸せ。〉
ルーナは意を決してルカの方を見た。ルカは黙ったままのルーナを心配そうに見ていた。
「あ、あの...実はディアナが...自分が話をすると言っています。」
「言っている、とはいったい...?」
「私たちは頭の中で話ができるんです...。今からディアナに変わりますが、驚かないで下さい。」
ルーナはそう言うとそっと目を閉じた。ルカは不思議そうにルーナを見ている。
ルーナが再び目を開けたとき、瞳の色が赤に変わっていてルカは驚きの色を隠せなかった。
「...本当に神が憑いているのだな...。」
『ずっと疑っていたのか?まぁ、それも仕方がないか。』
ルーナが笑っている。しかし、先ほどまでとは全く表情も口調も違う。ルーナの周りには何か底の知れない力が漂っていた。
『昔話をする。付き合え。』
ディアナが昔の話を始める。もう何千年も前の話だ。
ルーナははっと目を覚ました。
「...夢...?」
国を出てから一度も兄から連絡はない。最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。
ルーナは軽く朝食を済ませ、顔に仮面をつけた。手には手袋をはめ、腰から剣を下げる。
「では、出発しよう。」
ルカの合図で旅の一行は国を出た。ルーン王国まではさほど遠くない。触らずの森の横に整備された道があり、そこを通っていけばじき城が見える。
あらかじめ使者を送り、訪問の旨を伝えていたのか、王宮へはすんなりと入ることができた。王宮に入るとルーナはますます緊張した。そんなルーナをディアナが諭す。
〈落ち着け。あまり周りを見るな、怪しまれるぞ。〉
〈わかってる...。でも兄様はどこにいるのかしら。全然連絡もつかない。〉
ルーナは夢のことを思い出した。夢の中の兄は王宮に来るなと言っていたような気がする。しかし本物の兄はルーナの助けを待っているはずだ。
王座のある部屋へと案内されたが、その部屋に入れたのはルカ王子と第一騎士であるティルだけだった。他の者は部屋の外で待機している。
「大変な時期に訪問してしまい、すみません。しかし今しか他国を回れないと思い、こうしてこの国を訪れました。亡くなられた国王夫妻のことはお悔やみ申し上げます。」
ルカはアリエスに対して王族の礼をした。ルーナも同じように頭を下げる。
久しぶりに見る叔父の顔。ルカに向ける笑顔はルーナが昔から知っている優しい叔父のものだった。しかし、実際の叔父は、密かに王座を狙い、国王夫妻を殺した悪人だ。
「顔を上げて下さい、ルカ王子。訪問を心から歓迎いたしますよ。今は可愛い姪のことが気がかりですが、必ず見つかると信じております。ところで...そちらの騎士はどうして仮面を?」
アリエスはティルに視線を向けた。不審に思っているのは見てわかる。
「申し訳ありません、陛下。失礼なのは承知しておりますが、彼は目の病で明るい所ではこのように仮面をつけていないと命に関わるのです。」
答えたのはルカだった。ルーナが声を出すと叔父であるアリエスにはティルがルーナだとばれてしまうかもしれないため、ルーナは黙ったままでいようと決めた。たとえ今、目の前に兄が現れたとしても。
アリエスはルカの話を聞いてからもずっとティルのことを気にしている。仮面を通して目があったとき、アリエスは少し考え込み、わずかに口端を上げた。
「そうだ、せっかくいらしたのだから甥のユエルに会って行って下さい。年齢も王子と同じくらいですし、昨日元気になって起き上がれるようになりましてね。」
アリエスが指を鳴らすと、奥の部屋から人が現れた。
ルーナの心臓がどくんと跳ねた。
奥から現れたのは少しやせてしまっているが間違いなく兄のユエルだった。しかし、ルーナが見出した希望は、ユエルの瞳を見た瞬間に打ち砕かれた。
ユエルの瞳が赤い。本来ユエルはルーナと同じく海のような深い青色の瞳をしている。
(に、兄様...?)
ルーナの中のディアナからも緊張が伝わってくる。
ユエルが一瞬ルーナの方を見た。それはルーナが今まで見たことのない鋭い視線だった。
目があった瞬間、頭の中で警鐘が鳴った。これ以上ここにいてはいけない。
ルーナが目をそらすと、左手の甲が急に熱くなり、光を発した。
「熱っ!!」
ルーナは思わず左手を押さえた。手袋がみるみる熱で燃え、左手に埋まっているルミエールが顕わになる。
「ふっ、やはりそうか...やたら私に殺気じみた視線を向けてきたからそうではないかと思ったんだ。」
アリエスはルーナを見てにやっと笑った。
左手が熱くてルーナは顔を歪めた。どうにか右手でルミエールを隠したが、アリエスに見られてしまったことはわかっていた。ルカは何が起こったかわからないという顔でルーナとユエルを交互に見ている。
『久しいな、妹よ。だが、残念ながら再会を喜んでいる暇はない---」
ユエルは一気に間合いを詰め、ルーナの目の前に移動した。ルーナが久しぶりに兄を近くで見ると、その顔は笑っていた。でもその笑みはルーナの知る優しい兄のものではなかった。「兄様」と声を出そうとした瞬間、腹部に鈍い痛みがはしった。腹部を見下ろすと剣が突き刺さっている。
「に...さ..ま..?ど...して..?」
信じられないと思いながらも、ルーナは力が抜け床に倒れた。声は確かに兄のものだった。そして兄は今もルーナを見て笑っている。しかしその顔には全く優しさが感じられなかった。ユエルはルーナから剣を引き抜いてなおも笑った。
『さっさと死ね。おまえがいると邪魔だ。』
そしてルーナの左手に埋まっているルミエールに手を伸ばした。しかし、ルミエールにもう少しで触れそうになったとき、ユエルの中で異変が起きた。
『くっ...やめろ...出てくるな...。』
ユエルは頭を抱えたまま床に膝をついた。
「ちっ、まだ完全ではないか...。ユエルを部屋に戻せ‼︎そしてそこにいる仮面の者を拘束せよ‼︎」
アリエスが側近に命じると、ユエルは奥の部屋へと連れて行かれた。
ルーナは必死に兄に向って手を伸ばした。しかしそれがユエルに届くことはなく、ルーナは気を失った。
ルカとルーナは兵士たちによって取り囲まれた。
「ティ、ティルっ‼︎しっかりしろ‼︎いきなり何をするんだ‼︎」
ルカはルーナを抱き起こし、アリエスに向かって怒鳴った。
「ルカ王子、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。だが、そいつは前国王夫妻を殺めた大逆人なのですよ。こちらで引き取らせていただきます。」
ルカが剣を抜いて構えたとき、わずかにティルが動いた。
「ティル?大丈夫か⁉︎」
ティルは腹部を押さえ、よろよろと立ち上がった。腹部からはいまだに出血している。このままでは危ない。
『...逃げるぞ。このままだと私も危ない...走れ‼︎』
ティルが立ち上がったとき、仮面が外れて床に落ちた。
「ティル...おまえ瞳の色が...。」
ティルの瞳は青かったはずだ。今のティルの瞳は赤い。しかし、今はそのことを気にしている余裕はないと思い直し、ルカはティルに言われるまま走りだす。
「逃がすな‼︎」
後ろからアリエスの声が響く。それを気にせずルカとディアナは走った。
ティルの傷を見た他の騎士たちも異変を感じ、応戦する。騎士たちに庇われながらルカとディアナは城の外を目指した。しかし敵に前からも後ろからも挟まれ、逃げ場を失った。そのとき、頭上から丸い玉が落ちてきた。玉は床に落ちた瞬間に煙を発し、城内に広がっていく。
「こっちです‼︎」
煙の中から誰かの声が聞え、それに導かれながら城の外へと出る。城を抜け、そのままソレイン王国の国境近くまで来ると、待機していた兵士たちと合流できた。敵は追って来ない。このまま行くと自国よりはるかに大きい国の軍隊と戦うことになるのでいったん退いたのだろう。
ディアナは耐えられなくなり、地面に倒れ込んだ。待機していたカノンが血相を変えて駆け寄ってくる。
「ティル様⁉︎しっかりして下さい‼︎いったい何があったのですか⁉︎」
カノンが顔を上げるとルカの横に見知った顔が立っていた。
「ノイン...?」
ルカとルーナを逃がすのを手伝ったのは、ユエルの護衛騎士のノインだった。
「事情は後だ‼︎まず手当てを‼︎」
ルカは念のため用意していた救護班の者を呼んだ。救護班は医術の知識を持った騎士で構成されている。ルーナの怪我の様子を見るためにと、救護班の一人である騎士がルーナの服を切ろうとした。しかし、それをカノンが慌てて止めた。
「待って下さい‼︎あなたは男性ですよね?だったらティル様の手当てをさせるわけにはいきません‼︎誰か女性を呼んで下さい‼︎」
「何を言っている?ティルは男性だろ?男の身体を女性に見せる方がどうかと思うが。」
ルカはカノンを不審がって見ている。ルーナを手当てをしようとしていた騎士も戸惑っている。カノンは仕方ないと思い、思い切って打ち明けた。
「実は...この方は女性です。なのでどうか女性に手当を‼︎」
ルカは驚いてルーナを見つめた。しかしふとルーナの髪を見て、兵士の一人に女性を呼ばせた。手当の間、ルカは少し離れた位置に立っていた。女性の身体を見るわけにはいかないからだ。
「髪の一部が銀色だった...。まるで髪に塗料をつけていてそこだけ落ちてしまったかのように...。ティルは何者なんだ?」
ルカは一人で考え込むように呟いた。確かにあの顔立ち、そして声も女性のようだった。しかしあの強さに説明がつかない。女性の身で男性相手に戦っていたのか。瞳の色が違ったことも気になる。ティルが目を覚ましたとき、何もかも聞く必要がある。
ルーナは暗闇で一人佇んでいた。ここはどこなのだろう、なぜ自分はここにいるのだろうと思いながら辺りを見渡す。闇ばかりで何も見えない。足を踏み出そうとしたとき、急に辺りの風景が変わった。小さな湖とその近くには大きな木がそびえている。その湖の前に誰かが立っていた。薄暗い中でもはっきりと輝く金色の髪。ルーナは思わずその背中に声を掛けた。
「に、兄様...?」
湖を見ていた人物は声に気づき、振り返った。
その人物は兄のユエルではなかった。似ているが瞳の色が違う。ディアナと同じ赤い瞳だった。
「あなたは誰...?」
ルーナは問いかけた。
男は黙ったままルーナに近づき、ルーナの頭に手をのせた。
「目が覚めたらつらいことばかりだろう...。だけど君なら乗り越えられる。ユエルはまだ完全に支配されていない。だから救えるはずだ...。」
男は薄く笑い、消えてしまった。
「ま、待って‼︎あなたは誰なの⁉︎」
ルーナは目を開けた。身体を起こそうとしたが、痛みがはしり身体が動かせない。目だけで周りを眺めると、アリアが心配そうに自分の方を見下ろしている。
「姫様っ‼︎私がわかりますか?」
(夢...?いったいあの男性は誰だったの...?それに---)
「アリア...ここは...?」
ルーナは弱々しく声を発した。
「ここはソレイン王国の姫様のお部屋です。姫様は怪我のせいで3日も目を覚まさなかったのです。いったい何があったのですか?」
何があったか。それを思い出そうとすると、胸が苦しくなり涙が頬を伝った。
「ごめんなさい...。今は思い出したくないの...。」
ルーナは顔を横に背けた。
「い、いえ...いいのです。今は怪我を治すことに専念して下さい。」
アリアがルーナにかかっている布団を掛け直したとき、ドアにノックがされた。
ノックの後に部屋に入ってきたのはルカとカノン、そしてノインだった。
ルカはルーナの寝ているベッドの横の椅子に腰かけ、カノンとノインはその後ろに立った。
「ひどい怪我をして話をするのもつらいだろうが、私は聞いておかなくてはならない。ティル...いや、あなたはいったい誰なのですか?」
「えっ?」
ルカにいきなりそんなことを聞かれ、ルーナは動揺した。よく見れば自分は女ものの寝間着を着ている。遠くにある鏡を見るとわずかに自分の姿が見えた。寝ている間に女官たちが汚れたルーナの髪を洗ってくれたのだろう。鏡の中の自分はもう茶色の髪をしていない。見事な銀色をしている。とうとう女であることがばれてしまったのだ。ルーナはあきらめて全てを話した。
「このような姿で失礼いたします。…私の本当の名はルーナ・クライン・ルーン。ルーン王国の第一王女です。叔父であるアリエスに両親を殺され、兄は私だけ逃がしてくれたのです...。なのに...あの優しかった兄が私を---」
ルーナは両手で顔を覆った。
「...そうだったのですか。女性の身で今までずいぶん大変だったでしょうね。私を頼ってこの国に来たのですね?」
ルカはそっとルーナの手に自分の手を重ねた。そのとき、ルーナの左手に埋まっている球が目についた。ルーナはルカの視線に気づき、ルミエールのこと、ディアナのこと、もう一つの秘宝のことを話した。
「...とても信じられませんが、それならあの強さにも納得がいきます。大丈夫、あなたの兄上のことは私もどうにかお手伝いします。だから今は怪我を治すため、余計なことは考えないで。どうかゆっくり休んで下さい。ただ...怪我が治ったら一度ドレス姿で私と会って下さい、ルーナ姫...。」
ルカは優しく微笑み、ルーナの手を握った。ルーナは一瞬悲しくなった。平穏なときだったら迷わず「はい」と答えられるのに。だけど今はまだそのときではない気がする。ルーナは首を横に振った。
「申し訳ありません...まだティル・グランシェでいることをお許しください。兄を助け出し、ルーン王国に再び平穏が訪れるまで…。」
こんなことを言ってルカは怒るだろうか。
しかしルカは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにまた微笑み頷いた。
「わかりました。ではドレス姿のあなたに会うために、私は全力で手助けいたしましょう。」
そう言ってルカはノインだけを連れて部屋を出て行った。
ルーナはルーン王国で起こったことを思い返していた。
あれは確かに兄だった。だけど瞳の色が違った。まるでディアナであるときの自分みたいに。
〈ディアナ...あれは誰だったの...?私はこれからどうしたら良いの?〉
いくら問いかけてもディアナから返事はない。ルーナは目を閉じた。
ルーナが起き上がれるようになったのは、怪我をしてから2週間ほど経ってからだった。
いつもと同じように男ものの服を身にまとってルカの前に腰掛ける。
「ずっと騙していたこと...どうかお許しください。」
ルーナはルカに向かって頭を下げた。
「顔を上げて下さい、ルーナ姫。仕方のなかったことです...もう私も気にしておりません。私としてはあなたが女性で良かったと思っております。」
ルーナが顔を上げるとルカが照れたように笑っている。
「どうしてですか...?」
「ティルがあまりにも美しいので...男性だとわかっていながらも惹かれ始めていたところです...。だけど男ならとその感情を無視しようと思っていましたが、女性なら関係ありません。」
言われていることの意味がわかり、ルーナの顔は赤くなった。
「で、殿下が惹かれたのはディアナですわ。ディアナは強いですが、私は弱いですから...。」
「結婚を焦らなくていいと言ってくれたのはあなたです。そしてステラの笑顔を取り戻してくれたのもまたあなただ。あなたはきっと心がお強いのでしょう。そんなあなたに惹かれました。」
男性にこんなことを言われたのは初めてで、ルーナはどうしたらいいのかわからず戸惑っていた。
「あなたの兄上を助け、ルーン王国に再び平穏が訪れたとき、ドレス姿のあなたとダンスを踊ってみたい。そのときになったらまたソレイン王国に来て下さい。兄君とあなたを歓迎します。」
ルカの目は真剣だった。だからルーナは赤面しながらも頷いた。
「じゃあ、気を取り直して本題に入ろう。ノイン、ユエル王子の身に起こったことを詳しく教えてくれないか?」
ルカはノインに視線を向けた。
ノインは頷き、ルカとルーナがルーン王国に行く前の日に起こったことを話し始めた。
ユエルはずっと王座の奥にある小部屋に入れられていた。足には重りが付けられ、窓から逃げることも叶わない。アリエスに薬を盛られ、頭がぼんやりとするせいでルーナと連絡を取ることができない。食事は部屋に運ばれてくるが、なかなか喉を通らず身体は痩せていくばかりだった。
そんなある日、ユエルは久しぶりに部屋の外に出された。両手を後ろで縛られ、足には重りが付いているので上手く歩けない。アリエスの前に立たされ、アリエスに顔を上げさせられた。
「ほぉ...このような姿になっても強い殺気を私に向けてくるとは...。それに少し痩せてはいるがその美しさは変わらないな。」
アリエスは面白いものを見ているかのようにユエルをじっと見て笑っている。
「......。」
ユエルは一言もしゃべらずアリエスを睨んだ。
「今日はおまえに用があっておまえを部屋から出したのだ。神官に秘宝のことを調べさせて面白いことがわかった。」
アリエスはユエルに秘宝の一つである剣を見せて続けた。
「この剣はソーディアと呼ばれるもので、強い力を秘めている。そして今はこの剣の中にディアナと対になる男神デュオが眠っている。そこまではおまえも知っているな?」
「......。」
黙ったままのユエルを気にすることなくアリエスは話を進めた。
「だがこの剣には他にも眠っているようだ。」
「...何⁉︎」
ユエルは思わず声を発した。その反応に満足したかのようにアリエスはほくそ笑み、ソーディアを鞘から抜いた。
「デュオと対なのはディアナではなかったのだよ。デュオと対になる存在もまた、この剣に眠っていたのだ。そしておまえにはそいつを呼び起こすための手伝いをしてもらう。世界を手にすることもできるという力を持つ神、デュエルをな。」
「...デュエル...だと...?誰だ、それは...?」
「おまえが知る必要はない。おまえはただ、デュエルの器となってくれればいい。...聞こえるか、デュエルよ...。」
アリエスは剣に向かって話しかけた。
「おまえを解放してやる...私とともに世界を手に入れようではないか。目覚めるがいい‼︎ユエ・マスキオ・フォルツァ‼︎デュエルよ、目覚めろ‼︎」
アリエスの持つソーディアが赤く光を発した。アリエスは声を上げて笑い、その剣でユエルの身体を貫いた。
ユエルの瞳が大きく見開かれる。
(な、なんだ...これは...。意識が遠くなる...。俺は死ぬのか...。いや、そんな感じではない...これは身体を支配されていく感覚だ...。これはや..ばい...。ル.....ナ..王..宮へ..は..来る..な...。)
ユエルはその場に倒れ込んだ。剣で刺されたというのに血は全く流れていない。
光が治まり、アリエスがユエルの方に視線を向けるとユエルはソーディアを持って立っていた。その瞳は赤く、アリエスは自分の思惑通りに事が進んだのだと確信した。
『ずいぶん永かった...この日をどれだけ待ちわびたことか...。』
ユエルは自分の身体を確かめるように見ていたが、アリエスの視線を感じ、アリエスの方を向いた。アリエスは目があった瞬間、ビクッと身体が跳ねた。
(なんだこれは...。目があっただけで怖いと思うなんて。)
アリエスは自然と汗をかいている自分に驚きながらも平然を装ってユエルに向かって言葉を発した。
「おまえは...デュエルだな...?」
『礼儀知らずなやつめ。おまえが俺を解放したやつでなければ一瞬で殺していたところだぞ。』
「...っ...失礼しました。」
『まぁ、いいさ。俺がデュエルだ。デュオはまだ目覚めていない。先に俺が覚醒したおかげでデュオを抑えておける。...やっとこのときが来た...。今度こそ世界を手に入れて俺の力を見せつけてやる。』
ユエルの身体からは膨大な力が漂っていた。それを間近で感じ、アリエスは口端をわずかに上げた。
(...こいつを使って私が世界を手に入れてやる‼︎)
この一部始終をノインは陰から隠れて見ていた。あれはもはやユエルではない。そう思ったノインは密かに城を出てルーナを探そうと思っていた。そこへ、ルカとルーナがやって来た。ティルという少年がルーナだったということには驚いたが、傷を負ったルーナを逃すためルカと合流することにしたのだ。
「これが、私の知っている全てです。ユエル様はもうユエル様ではありません。妹であられるルーナ様を平然と刺したのがその証拠です。」
ルカとルーナは黙ってノインの話を聞いていた。先に口を開いたのはルカだった。
「その...デュエルというのは何者なんだ?」
「私にもわかりません...。」
ユエルでさえデュエルの存在を知らなかった。ノインが知っているわけがない。おそらく詳しく知っているのはディアナだけだろう。しかし、ディアナとは全く連絡が取れない。
〈ディアナっ、ディアナ...あなたが必要なの...どうか応えて。〉
ルーナは両手を胸の前で祈るように握り、頭の中で何度もディアナの名を呼んだ。
しばらくそれを続けていると、頭の中で微かに声が聞えた。
〈うるさい...そんなに呼ばずとも聞こえている...。〉
〈ディアナっ‼︎いなくなっちゃったのかと思ったわ‼︎〉
〈危なかったがな...よりによってデュエルのやつ...ソーディアで刺すとは...。回復するのに時間がかかった。〉
〈ねぇ...デュエルって誰なの?〉
〈今説明してやる...だからその身体をいったん私に貸せ。〉
ルーナは意を決してルカの方を見た。ルカは黙ったままのルーナを心配そうに見ていた。
「あ、あの...実はディアナが...自分が話をすると言っています。」
「言っている、とはいったい...?」
「私たちは頭の中で話ができるんです...。今からディアナに変わりますが、驚かないで下さい。」
ルーナはそう言うとそっと目を閉じた。ルカは不思議そうにルーナを見ている。
ルーナが再び目を開けたとき、瞳の色が赤に変わっていてルカは驚きの色を隠せなかった。
「...本当に神が憑いているのだな...。」
『ずっと疑っていたのか?まぁ、それも仕方がないか。』
ルーナが笑っている。しかし、先ほどまでとは全く表情も口調も違う。ルーナの周りには何か底の知れない力が漂っていた。
『昔話をする。付き合え。』
ディアナが昔の話を始める。もう何千年も前の話だ。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる