Legend of Moon〜月の王国の物語〜

葵咲

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第8章

王女帰還

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ルーンでは全く戦の準備が進んでいなかった。というのも、デュエルの調子が良くないからだ。時折デュエルの瞳が青くなり、ユエルになるときがある。そのためアリエスはユエルを部屋に閉じ込めたままにしている。ユエルに逃げられては戦争を起こすことはできない。だが部屋に閉じ込められるという状態にデュエルは納得していなかった。自分を完全な状態にする方法を探れとアリエスに命令し、その方法がわかるまでは仕方なくソーディアに関する本を読んだりして大人しくしている。

『ちっ…まだわからないのか、あの役立たずめ‼︎』

怒り任せに本を投げつけると、いつものように頭痛がしてきた。

『くそっ…またか…。』

そのままデュエルの意識は遠のいていく。目を開くと鏡に映る自分の瞳は青かった。

「最近、少しは自分を保っていられるようになったが…いつまでこの状態が続くかわからない。どうにかしなければ…。」

ユエルは床に落ちている本に目をとめた。
「ソーディアについて書かれている本か…。これでデュエルを抑えておけるならいいのだが、そう上手くはいかないか。」

本をめくってみるが、有益な情報はなさそうだった。ふと誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回してみるが、この部屋には自分以外誰もいない。

(誰かが私を呼んでいる…?いや、気のせいか…。)

じっとしていても時間が過ぎていくだけだ。ユエルは今の自分にできることを必死に考えた。

(そうだ…今ここは私の自室。であれば、秘密の通路につながっているはずだ。ソーディアについて書かれたこの本をせめて秘密の通路に置いておけば、ルーナがここへ来たときに見つけるかもしれない。)

ユエルは足元がふらつきながらも、本を持って秘密の通路へと向かった。通路を少し進むと頭に激痛が走った。これはデュエルの意識が強くなっている兆候である。ユエルは急いで通路に本を投げ、来た道を戻った。

(ごめん、ルーナ…。私にはこれしかできない。でもルーナなら何とかしてくれる…私もルーナを信じているよ。)


ルーナはソレイン王国を出て、ソレイン王国とルーン王国の間にある『触らずの森』で一夜を過ごすことになった。普通なら舗装された道を通るのだが、ルーナは身を潜めながらルーンへ向かっているため、あえて誰も通らない『触らずの森』を通ったのだ。
これからどのように国に入り、ユエルを助けるのか、カノンとノインが話をしている。ルーナはそんな2人の話を聞きながらぼんやりとルカのことを考えていた。

(黙って出てきて、ルカ様怒ってないかしら…。)

《…ナ……》

「何?」

ふと呼ばれた気がしてルーナはカノンとノインを見た。しかし2人とも不思議な顔をしてルーナを見ている。

「あれ…?私のこと呼んでない?」
「いえ。」

カノン同様ノインも首を横に振る。

「…なんだか誰かに呼ばれた気がしたんだけど…気のせいかしら。」

《ディアナは私を呼んだ?》
《呼んでいない。だが私にも誰かの声が響いた。》

気のせいかと思ったがディアナにも聞こえたのなら確かに誰かが自分を呼んだのだろう。集中して声を辿ろうとしたが、もう声は聞こえなかった。

「ルーナ様、よろしいでしょうか?」

ルーナが声を聞き取ろうとしていると、ノインが話しかけてきた。

「どうしたの?」
「今ルーンの街中ではあまり城の兵士はうろついていないと思います。そうであれば、まず街の様子を探ってみませんか?王が代わり、国民は混乱しているかもしれませんし、誘拐されたと思われていたルーナ様が戻り、事情をお話されれば城に近いところで匿ってもらえるかもしれません。そうすれば食糧の心配もなくなります。」

ルーナは考え込んだ。本当なら、ルーンの街並みは兄のユエルと歩くはずだった。しかし、今は我がままを言っていられない。あまり猶予はないのだ。このままでは近隣諸国との戦争が始まってしまう。それはどうしても避けなければならない。

「そうね…。ルーンに入りましょう。でもカノンは大丈夫かしら?国王夫妻を殺した指名手配犯になっているのでしょう?」
「ルーナ様が一緒におられれば大丈夫です。さぁ、しばらく休んだらルーンへ向かいましょう。」

ルーナは少し眠ろうと目を閉じた。


見慣れた中庭。ここはいつもルーナが両親に内緒でユエルに剣術を教えてもらっている場所だ。ルーナは森にいたはずなのに、今は中庭にいる。どうしてだろうと考えていると、誰かの足音が聞こえてきた。ルーナは咄嗟に木の陰に隠れ、誰が来たのかを確認した。視界に入ったのは銀色の光。いや、正しくは銀色の髪を持った少年だった。少年は辺りに誰もいないことを確認し、剣の練習を始めた。
数分間、剣を振っていたと思ったら、今度はものを浮かせてみたり、水の球を作ったりし始めた。あれは魔法だろうか。今、王宮で魔法のような力があるのはルーナとユエルだけなはずだ。あの少年は一体誰なのだろう。

「ふぅ。こんなところか。もっと努力すれば父上も母上もきっと俺のことを認めてくださる。金色の髪を持っていない俺だって…努力すればきっと…。」

なぜだろう。少年を見ているととても悲しい気持ちになった。
ルーナがハッと目を開けると、頬が涙で濡れている。自分は夢を見ていたのだ。そしてその夢の中の少年を見ていると、なぜかとても泣きたい気持ちになった。
ルーナは涙を拭い、気持ちを切り替えた。これから自分はルーンへと戻る。ルミエールの力を解放して、兄を助けるために。

ルーナたちは持ってきた食材で朝食を済ませ、ルーンまで歩いた。ルーンまでの道はディアナが知っているため迷うことはない。


ルーン王国の国境には門兵が立っている。まず最初にユエルの護衛騎士であるノインが門兵に近づいた。

「ルーン王国の第一王子であらせられるユエル様の第一騎士、ノイン・アシュラーだ。今すぐここを通りたい。」

ノインが身分証を見せると、門兵はすぐに道を開けてくれた。
ルーナは銀色の髪が見えないようにショールで髪を覆い、なるべく目立たないようにノインとカノンの間に入って離れないように歩いた。
カノンは指名手配犯となっているため、以前ルーナがつけていた仮面で顔を隠している。2人ともかなり怪しい格好ではあるが、ユエルの第一騎士であるノインが一緒のため、特に尋問されることなくルーンへ入ることができた。

街中に入ると、ルーナは驚きを隠せずにいた。ソレイン王国に比べると活気がなさすぎる。美しいのは夜景だけで、昼間はこんなにも暗い国なのだろうか。人がほとんど出歩いていない。
街中をしばらく歩いていると、向こうから小さな男の子が駆けてきた。その男の子は小さな石に躓き、ルーナの目の前で転んでしまった。ルーナは放って置けず、男の子に声をかけた。

「僕、大丈夫?」
「うん…痛いけど平気。」

男の子はすぐに立ち上がったが、泣くのを我慢しているようだった。

「えらいね。お姉さんが早く治るおまじないをかけてあげる。」

ルーナは男の子の膝に手を当て「痛みよ、飛んでけ。」と唱えた。

「痛みがなくなったよ‼︎お姉ちゃんのおまじないすごいね‼︎どうもありがとう‼︎」
「ふふっ。どういたしまして。」
「きれいなお姉ちゃん。おまじないのお礼に僕の宝物をあげるよ。ついてきて‼︎」

男の子はルーナの手を引いて歩きだした。
これはどこかに匿ってもらうチャンスだと思い、ルーナはカノンたちと頷き合って男の子について行くことにした。

「ただいま‼︎お母さん、きれいなお姉ちゃんが僕の足の痛みを取ってくれたんだよ‼︎」

家の中に入ると、男の子は母親にルーナのことを話した。母親は驚き、急いで戸口へとやってきた。そしてルーナたちを見て頭を下げた。

「息子を助けていただきありがとうございます。」


母親が顔を上げると、見知った人物が目に入った。直接会うことはめったにないが、ユエルの第一騎士であるノインは国民の間でも有名だった。ユエルは王になるための勉強としてよくノインを連れて街中を歩いていた。そして父と同じように国民の声に耳を傾け、優しく接していたのをよく覚えている。

「あ…ノイン様。」

母親が言葉を失っているところに、「ただいま」と夫が帰宅した。妻がいつもと違う様子に見え、戸口にいる者たちから庇うように妻の前にたったが、ノインの姿が見え、妻に問うような視線を送った。

「あぁ、あなたの家だったのか…カルセン隊長。」

ノインは夫の顔を見て思い出したようにつぶやいた。

「は、はい…セイン・カルセンです…ノイン殿。」

セインは王の近衛騎士隊長だった男であり、ノインもよく知っていた。若いが自分よりも強いノインやカノンを尊敬していつも敬語で接してくれていたためよく覚えている。

「あの…今日はどういった御用向きで?」

セインが尋ねると、答えたのは彼の息子だった。

「あのね‼︎そこのきれいなお姉ちゃんが僕の足の傷を治してくれたんだよ‼︎」
「…ローレン、それはいったい…?」

息子のローレンが指差した方を見ると、その女性はショールを取り、セインに挨拶をした。

「こんにちは、カルセン隊長。私がわかりますか?」

セインは目を大きく見開いた。ショールの下からは艶やかな銀色の髪が現れた。ルーナが小さい頃から王の近衛騎士をしていた自分が見間違えるはずがない。たとえ少年の恰好をしていても。

「あぁ…ルーナ様。ご無事だったのですね。」
「えぇ。カノンやノインのおかげでこうして生きているわ。ねぇ、カルセン隊長。街中に人がほとんどいないわ。これはどういうことなの?」
「それは…実は、アリエス国王から外出は控えるよう王命が降りたのです。近いうちに戦が起こるという噂が広まり、民たちは戦を恐れて尚更外へ出なくなりました。」

戦が起こる。いや、起こさせはしない。

「カルセン隊長…私は真実を伝えるためこうして戻りました。どうか、私に力を貸していただけませんか?」
「私にできることでしたら、なんなりと。ですがその前に、今までどうされていたのか、王宮で何が起こったのか教えていただけませんか?」

ルーナは今まであったことをかいつまんで話した。事情を知ったカルセンは驚きはしたものの、前国王への忠誠が厚かったため、全面的にルーナに協力すると約束してくれた。

ルーナたちはカルセン隊長の力を借りて王宮に入る作戦を立て始めた。ノインやカルセンなら王宮に難なく入ることができるが、ルーナやカノンは別だ。捕らえられたらおしまいなのだ。

「今日はこのくらいにして休まれてはいかがですか?さぞお疲れでしょう。」

カルセンの妻、エリーゼは遅くまで話し合う夫たちに声をかけ、ルーナが休めるように部屋へと案内した。

ベッドに入ると、急に疲れが押し寄せてきた。ずっと気を張っていたからだろう。ルーナはすぐに眠りについた。

夢の中でルーナはまた同じ景色を見ていた。いつしか夢で見た湖。そしてそこに佇む男性。


「…あなたは誰なの?」

今回も答えはないかもしれない。しかし、その男性はルーナの予想に反して答えてくれた。

『私はデュオ。ディアナの兄であり、デュエルの半身だよ。君がソーディアで刺されたとき、私の意識が君へと流れたようだ。ディアナはまだそのことに気付いていないようだけどね。』
「デュオ…様?」
『デュオでいいよ。ルーナ、君はこれからデュエルと対峙するためにルミエールを解放するのだろう。そのためにはまず、図書館へ向かうんだね?』
「は、はい…。」
『王宮の東に位置する大樹を知っているかな?」
「大樹…兄様と合流することになっていたあの…?」
『そう、その大樹の下には実は秘密の通路があって王宮へと続いているんだ。君がユエルとの剣の稽古に向かうときに使っている秘密の通路と繋がっているはずだ。』
「なぜそんなに私のことを知っているの?」
『君の中に私の意識が流れたとき、君の記憶が私の中に流れてきたんだ。だから今起こっていることも全て把握することができた。ルカ王子…うん、君にぴったりだね。』

デュオはにっこりと笑った。ルーナは一瞬何を言われたのかわからなかったが、ルーナがルカのことを好いていることも、どうやらデュオに知られてしまっているらしい。

「な、なななっ‼︎何を言ってるんですか‼︎」
『ごめんごめん。からかい過ぎたね。それより話を元に戻そう。君は秘密の通路を通って王宮に入ると良い。デュエルはまだ完全に覚醒していない。目覚めさせたものの力の差だな。だから今ならユエルを助けられるだろう。…朝がくる。今俺が話せるのはここまでのようだ。』

デュオの身体が消えていく。次第にルーナの意識も覚醒していった。

ルーナが目を開けると朝日が窓から差し込んでいた。

《ディアナ…デュオに会ったわ。王宮への入り方を教えてくれたの。》

ルーナは夢での出来事をディアナに話した。

《そうか…私には一切デュオの気配は感じられなかった。》
《ディアナ、王宮へ行きましょう。ルミエールを解放してみせるわ。》
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