夏風はショートカットを撫でるように

あ゙あ゙あ゙あ゙(仮)

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第7話 日焼け跡とスポブラ、あるいは放課後の不文律 ⑦

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「薫っ!!」

 衝動のまま、強く強く、薫を抱きしめようと上半身を起こす。



 勢いよく起き上がると、俺の腕は空気を抱きしめ、タオルケットが弾け飛び、体がベッドの隅まで転がり、ドスンと床に落ちる。

 乱れた髪、だるだるのオーバーサイズTシャツ、湯気が出るほど熱い顔。

 遮光カーテンの隙間から刺す太陽の光。

「ゆっ夢……?」

 俺は起き上がり、乱れた呼吸を整える。

 少しずつ、冷静さを取り戻し、半分以上空かない目でベットを見つめる。

「なんで俺が薫とH……」

 してんだよ……。

 寝ぼけてる主人と裏腹に、トランクスを破らんばかりに覚醒してる股間のバットに――

「バカ」

 ――とぼやく。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 家の前は土の道。少し歩くと古くなったアスファルトに変わる。さらに少し歩くとトタンの小屋が付いたバス亭に着く。

 ボロのくせに台風を幾度となく乗り越えた、信頼できる小屋だ。

 中に入りで熱い陽射しをかわす。

 バスを待っている間、心臓がバクバクと音を立てる。

 一分一秒、時間が経てば経つほど、音は大きくなる。 

「……オス」

 エナメルバックを肩に背負い、だらしなく制服のYシャツを着た『王子様』が白馬では無く徒歩で現われる。

「……オス」 

 気まずい。

 死ぬほど気まずい。

 頭の中に夢の映像が浮かぶ。
 密着していた二人の熱気と、甘酸っぱい汗の匂いが濃厚に記憶に残っていた。

 薫の顔を見れない。

「どうした? 涼……」

 俺の様子のおかしさに気が付き薫が心配そうに声をかける。

「いや、なんでもない、暑いだけ……」

 無理矢理首を旋回し、視線を向ける。と――

「なんだ。薫、顔まっ赤だぞ」

 薫も、顔を火照らせ、耳まで真っ赤っかに染まっている。

 俺と目が合うと、照れくさそうに視線を逸らす。

「風邪か?」

 もうすぐ、全国だぞ。

 球児の夢の舞台だ。

 俺が薫のおでこに手の平を当てると、薫の顔から蒸気が噴き出す。

「だっ大丈夫だよ。熱帯夜だったから」

 ぎこちない動きで俺の手から逃げる薫。
 着崩したワイシャツがはだけて、日焼けのラインを越えた白い肌が視界に入る。

「ふぁっぁあ!!」

 今度は俺が顔から湯気を出す番だ。

「はわわゎっ!!」

 薫が慌てて、震える指先でワイシャツのボタンを留め直す。

 プチ、プチ、という小さな音が、静まり返ったバス亭にやけに大きく響く。

 さっきまで露わになっていた白い谷間が、健康的な鎖骨が、一枚の布によって隠されていく。

 それは本来あるべき姿に戻っているだけなのに、俺の目には、まるで宝箱に鍵がかけられていくような、ひどく惜しい光景に映った。

「……みっみみみっ見んなよ」

 ボタンを留め終えた薫が、顔を背けたままボソリと言う。

「みっみみみみっ見てねーし」

「うううっ嘘つけ。ガン見してた」

「……みっみみみみっ見てねーし」

 思春期の男子は絶対に認めない。

 薫は「ふん」と鼻を鳴らしたが、その耳は熟れたトマトみたいに赤い。

 薫の仕草一つ一つが、夢で触れた、柔らかい感触をフラッシュバックさせる。

 俺は慌てて視線を夏空に逃がす。

「……涼」

「な、なんだよ」

 横目で薫を見る。

 彼女の表情は、いつものショートカットの『王子様』ではなく『姫』のように可憐で……。

 でも瞳の奥だけは凜とした意思を宿してる。

 その心の強さが、俺には眩しくて……。

 野球を辞めた俺には……堪えられないんだ……。

「薫……」

 制汗スプレーのシトラス、そして女の子特有の甘い匂いが、むせ返るほど鼻腔を濃厚に刺激する。

 ゴクッと喉仏が上下する。

「……バァァカ!!」

 俺の心を突っぱねるように「バカバカ」を連呼する。

「バカなのはお互い様だろ」
 
 二人はいつもどおりに口げんかを始める。

「もう甲子園連れてってやらねー」

「ふん頼んでねーし」

 ケンカしながら、普段通りの俺たちに戻っていく。
 
 ――けど、俺の身体の熱は、当分冷めそうになかった。

 なぜ薫の顔も赤くなっていたんだろう? その答えは夏の終わりに知ることになる。 
 
 同じ日、同じ時間、同じ夢を――

 Hする夢を二人は見た。

 同時に見た夢がきっかけで俺と薫は、じれったくて、恥ずかしくて、どうしようもなく愛おしい。そんなひと夏を過ごす事になる。

 これは、幼なじみの二人が本当の恋人になるまでの物語。 

 まだ夏は始まったばかりだ。

 つづく
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