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第一章 醜いあひるの子

1  醜いアヒルの子

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 ルキアス王国の北東に位置するゲチスバーグは、長閑な農村だ。13年前、村の墓地へ死産だった赤ん坊を葬りに来た夫婦は、捨て子を見つけて、自分達の子供として育てた。

「きっと、この赤ちゃんは神様が授けて下さったのよ」

 泣いている赤ん坊を、母親は抱き上げた。綺麗な絹のおくるみに包まれた赤ん坊は、金髪の産毛がふわふわとしていた。絹など、農民には手に入るものでは無い。父親はきっと街に働きに出た娘が、道ならぬ恋でもして産んだのだろうと考えた。

「赤ん坊に名付けようと思っていたジュリアにしよう」

 死産で悲しんでいる母親の為に、亡くなった赤ん坊の代わりとして育てることにした。赤ん坊の頃のジュリアはお母さんのおっぱいをたっぷり貰って幸せに育った。



 それから13年が経ち、赤ん坊だったジュリアも可愛い少女に育った筈だが…… 

「や~い! 醜いアヒルの子!」

「ジュリア! お前は拾い子なんだぞ!」

 拾われた家の兄弟とは似ても似つかないガリカリで不細工なジュリアは、村の学校で虐められて育った。

 農家の子どもは読み書きができれば充分だが、ジュリアは田舎には珍しく勉強ができたのも虐めの対象になった理由の一つかもしれない。
 
 ジュリアは、もう少し学校に通いたいと思ったが、11歳以上の子どもは村の学校には通っていない。それに、家は豊かな暮らしとは縁遠かった。家で家事や畑仕事を手伝っているのだが……


「本当にジュリアは何をやらせても、まともにできないね」

 貫禄のある農家の女将さんの母親は、井戸から水を汲んでくるという簡単な言いつけも、ちゃんとできないジュリアを睨みつける。

「ごめんなさい、また汲んでくるから」

 情けなさそうに緑色の目を床にこぼれた水に向けて、華奢というよりはガリガリの足をもじもじさせた。

 くすんだ灰色のダブダブの服を着たジュリアがバケツを持って家から出て行くと、母親はこぼれた水を拭こうと中年太りの身体を屈みかける。

「お母ちゃん、私が拭いておくよ」

 黄色い髪の妹のマリアが、母親から雑巾を受け取り、素早く床にこぼれた水を拭いていく。母親は11歳のマリアの方が、13歳のジュリアよりしっかりしていると溜め息をついた。

 赤ちゃんの時はジュリアも金色の産毛だったのに、今では茶色っぽくなったし、他のこども達は農作業や家事をてきぱきこなせる体型に育ったのに、ガリガリだ。

『まるで、拾い子のジュリアにだけ食事をさせてないみたいじゃないか……』

 上の嫁にいった三人の姉達や、三人の兄達も、金髪に青い目をしていたし、体格もがっしりしていた。拾い子だとは秘密にしていたが、村の墓地には小さなお墓があるし、外見からもジュリアが実の子どもでは無いのは明らかだ。

 母親はふくよかな顔にエクボが浮かぶマリアみたいに器量良しでも無いし、いつもぼんやりして家事もろくにできないジュリアを、嫁に貰ってくれる人がいるのだろうかと心配していた。

「あの娘《こ》も13歳になるのに、このままじゃあいけないね……」

 何処まで水を汲みに行ってるのか! と腹を立てながら、母親は庭に出た。




 ジュリアは井戸で水を汲みながら、大きな溜め息をついた。

『なんで、私はちゃんとできないんだろう?』

 嫁に行った姉達は、13歳の頃には領主様のお屋敷で下働きをしたり、洋裁をしたりして結婚資金を貯めていた。

『まるで本で読んだ醜いアヒルの子みたいだわ……いえ、本の醜いアヒルの子は、大人になったら白鳥になるけど……私は捨て子だもの……』

 家族はジュリアを捨て子だとは言わなかったが、小さな村なので自然と耳に入っていた。ガリガリだし、その上、何をやっても失敗が多いジュリアは、劣等感の塊だ。

 それでも、自分を赤ちゃんの時から育ててくれた両親の為に、精一杯働こうと、気持ちを入れ換える。 

「サッサと水を汲まなきゃ」

 そう決意して、井戸の水をバケツに移したのだが、小さな水滴がキラキラと光に反射しているのを、ジュリアはうっとりと眺める。

『なんて綺麗なんでしょう!』

 自分のドジさに落ち込んでいたジュリアは、禁じられているのも忘れて、水滴の中で煌めく妖精をもっと見たいと、バケツがいっぱいになっても何回も水を上から注いだ。田舎の貧しい農家で育ったジュリアにとって、煌めく妖精を見るのは唯一の楽しみなのだ。

「ジュリア! 早く水を汲みなよ!」

 ハッと我に返ったジュリアは、慌ててせっかく満杯にしたバケツをひっくり返してしまった。

「お母さん、ごめんなさい! すぐに汲みなおすわ」

「また、妖精とかやらを見ていたんじゃないだろうね! お前ももう13歳なんだから、ちゃんとしないといけないよ」

 幼い頃は、ジュリアは見えた妖精を母親に教えていたし、それを笑って許してもらえていた。でも、村の学校で「嘘つき!」と、散々に罵られ、母親にも嘘はいけないと諭されてからは、極力見ないように努力してきたのだ。


 母親はこの娘をどうにかしなければ、息子の嫁とケンカになるだろうと眉をしかめた。

 ジュリアの上の3人の姉達は真っ当に育ち、結婚資金も自分で半分は貯めて嫁にいった。今年、19歳になる息子のジャスパーは、そろそろつきあっているロザリーと結婚したいと、農作業の無い冬場は町で働いているのだ。

 同じ村のロザリーは、16歳のしっかりとした娘で、3歳年下の何も出来ない小姑を邪魔に思うだろう。

「何処か住み込みで働いた方が、ジュリアには良いかもしれないね。お父さんに相談してみよう」

 11歳のマリアもロザリーが嫁に来たら、13歳で働きに出すつもりなので、別にジュリアが自分の子では無いからと差別している訳ではない。

 夫婦は自分達がもう若くはないので、下の子ども達の行く末をジャスパーに見てもらう可能性を考えていたのだ。

「ジャスパー達にも子どもができたら、ジュリアやマリアは邪魔に思うだろう。まして、ジュリアが家の子どもでは無いのは、ロザリーも知っているだろうからな」

 ルキアス王国の農民の平均寿命は45歳から50歳なので、40代になった両親は下の子どもは早く自立させようと考えた。

 ぷっくりとしたエクボの可愛いマリアは台所仕事もできるし、きっと近所の男の子が好きになって嫁に貰ってくれるだろうが、ガリガリのジュリアは望みが無さそうだと両親は溜め息をつく。

「明日、領主様の屋敷の女中頭さんに頼みに行ってきますよ。お姉ちゃん達も世話になったから、下働きなら雇ってくれるでしょう。あの娘はぼんやりしているけど、頭が悪いわけではないから、やっていけるさ」

 両親が自分を働きにだそうとしている事など知らず、ジュリアは自分より大きな妹と一緒のベッドで眠っていた。
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