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第三章 リューデンハイム生

3  リューデンハイムに入学

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 ユーリはリューデンハイムに皇太孫殿下と共に春学期の途中から入学した。

 普通なら10才になってから入学して、予科生となる。そして、試験に合格して見習い竜騎士になり、実習を終えて竜騎士となって卒業する。だがその間、何人もの生徒が見習い竜騎士や竜騎士になれず退学してゆく。卒業して竜騎士になっても、絆を結ぶ竜騎士になれるのは稀だ。

 それなのに一度に二人の既に竜と絆を結んだ9才の子どもを、それも継承権1位の皇太孫殿下と、継承権2位のユーリを引き受ける羽目になった教師達は二人の扱いに困惑した。しかし、国王から普通の新入生と同様の扱いをするようにとの厳命を受け、既に絆持ちの竜騎士でありながら、見習い竜騎士を目指す予科で勉強することになった。

 付き添いとして家庭教師と侍女をリューデンハイムに連れて行かしたいという願いは、国王と王妃に、皇太孫も侍従を連れていかないと拒否された。マキシウスは自身も自立性を重んじるリューデンハイムで学んだので、やはりと思った。リューデンハイムでは例え国王陛下でも平等に扱うという規則があった。

 とは言っても、多少の融通性があるのは事実で、グレゴリウスとユーリが竜と既に絆を結んだとはいえ9才で入学を許可されたりと、例外措置もある。

 国王はグレゴリウスにリューデンハイムにいる期間だけは、普通の学生達と同じ自由を味わせたかったのだ。グレゴリウスとユーリは1年生の予科クラスに入学した。

 リューデンハイムは1年生から5年生が予科で、6年の見習い竜騎士になるには試験に合格しなければならない。見習い竜騎士の制服は紺色に金モールの付いた格好良い物で、その制服で歩いてるだけで若い女の子にモテモテという噂がある。だが、憧れの見習い竜騎士の制服を着れるのは年に数人で、現在の見習い竜騎士は5学年で20人に満たない。

『何だかダサい……』 

 グレゴリウスは灰色の予科生の制服姿を鏡に映して、何となく野暮ったいと、溜め息をついた。

『見習い竜騎士の制服は格好良いのに、予科生の制服は何でこんなんだろう。これじゃあ、馬鹿な女の子は見習い竜騎士に憧れるよ……』

 グレゴリウスが溜め息を付くのも無理はない。お洒落の都ユングフラウにあるリューデンハイムの制服としては、機能優先でデザインは無視されていたのだ。なぜなら、予科生には竜舍の掃除当番があるからだ。

 グレゴリウスに馬鹿な女の子と呼ばれたユーリは、灰色だろうと、紺色だろうと気にしていなかった。リューデンハイムは飛び級があると聞いて、さっさと予科を済まし、試験に合格して見習い竜騎士になり、なるべく早く卒業する事を望んでいた。

 流石にリューデンハイムは田舎の学校とレベルが違い、学習内容の多さと難しさに、ユーリは俄然ファイトを燃やす。グレゴリウスもユーリに負けるなんて耐えられないと勉強に励んだ。

 毎朝、後見人の王妃様に挨拶しに行くのがユーリには苦痛だ。もちろん、王妃様が苦痛の原因ではなく、そこでグレゴリウスに会うのが嫌なのだ。

「王妃様、おはようございます」

「お祖母様、おはようございます」

 二人は流石に王妃様の前では行儀良くしていたか、寮から王妃様の部屋に行く途中や、帰り道ではツンケンしあう。いや、ツンケンするのはユーリで、それに反応してグレゴリウスが悪態をついたり、意地悪をしてしまうのだ。

 グレゴリウスは何度となく反省して、今日こそはユーリと仲良くなりたいと試みる。

「ユーリ、宿題できた?」

 ユーリはまた何か悪口を言うつもりだと、返事もしないで真っ直ぐ前を向いて王宮の廊下をリューデンハイムの方へと急ぐ。

「そうやってお淑やかな振りをする為に、何匹の猫を殺したんだ?」

「皇太孫殿下ほど猫を被ってませんわ!」 

「へぇ? 田舎者なのに、皇太孫殿下だなんて、どこで呼び方を習ったのさ」

 ユーリはファーストキスをこんなお子様に奪われたのが許せなかった。

「皇太孫殿下、失礼しますわ」

 ツンとお辞儀をすると、怒って早足で立ち去るユーリの後ろ姿を、しまった! と後悔しながら見送る。

『何であんな嫌味を言ったんだろう。グレゴリウスと名前を呼んで欲しいのに……』

 グレゴリウスは小さな男の子が好きな女の子をいじめて嫌われるという、デススパイラルにはまった。

 アラミスは何度となくグレゴリウスに、ユーリに意地悪するのを止めるように忠告した。

『意地悪なんかしたくないのに、なんでだろう? もう、絶対ユーリに意地悪しない!』

 アラミスはグレゴリウスの心と繋がっているので、本気でユーリに意地悪をしないと考えているのがわかる。

『もう、皇太孫殿下なんて大嫌い! 一緒の教室で勉強するのも嫌だわ……今日は私のお下げを椅子の背に止めたよ! 先生に指名されて、立ち上がったら、凄く髪の毛が痛かったわ……イリス、早くリューデンハイムを卒業したいわ』

 同じリューデンハイムの竜舍で、イリスに愚痴を言っているユーリを眺めて、アラミスは寝藁を吹き飛ばしそうな溜め息をついた。

『このままではグレゴリウスの恋は成就しないよ……ユーリに嫌われてしまう』



 リューデンハイムの生活を、皇太孫殿下の意地悪以外は、ユーリは楽しんだ。女子寮で一人っきりなのは寂しく思ったが、嫌なグレゴリウスも女子寮には足を踏み入れられないので、背中に虫を入れられたりもしない。

 元々、農家育ちなので、予科生徒に課せられている竜舎の掃除や、自室の掃除も苦にならなかったし、食事の給仕の当番も楽々こなした。

『ほら、そこの寝藁が換えてない』

 リューデンハイムの校長のパートナー竜のカーズに指摘されて、グレゴリウスは腐りきる。グレゴリウスは王宮育ちで、寝藁の交換などしたことがなかった。サッサとユーリが自分の受け持ちの竜坊の寝藁を新しいのに交換して、他の予科生のを仲良く手伝っているのが腹が立つ。

『ユーリは私のハトコなんだから、少しは手伝ってくれたら良いのに……』

 グレゴリウスは別に掃除が嫌なのではなく、ユーリが他の生徒に親切にしているのを見るのが嫌なのだ。

 グレゴリウスは予科生と竜舍の掃除を終えて出て行こうとするユーリに、竜の排泄物がついた寝藁をフォークで頭から掛けた。

「皇太孫殿下! 何をするの!」

 ぷんぷん怒っても、名前で呼んでくれないユーリに腹を立てる。

「悪い、手が滑った……多分、農家育ちの君には藁がお似合いだと思っていたせいかな?」

 嫌味を言われて、ユーリはムカついたが、予科生の同級生に止められて微笑む。

「まぁ、皇太孫殿下は力仕事は無理でしょうよ~。フォークより重い物は持ったことが無いのでしょう」

 自分が手にしている農機具のフォークと、食事のフォークを掛けた皮肉に、グレゴリウスは真っ赤になった。

「まだ、竜舍の掃除が終わってないのか?」

 見習い竜騎士達が飛行訓練を終えて帰って来たので、今回はこれ以上の喧嘩にはならなかった。

 アラミスとイリスは同じ竜舍で、ひやひやしながらお互いの絆の竜騎士が仲良くしてくれないかと溜め息をつく。



 勉強面は二人ともライバル視して、頑張って負けないように猛勉強していたが、前世の記憶があるユーリが微妙にリードすることが多い。

 ユーリが苦戦しているのは武術。竜騎士になろうと思うような男の子は、小さい内から武術指導を受けていたから、ユーリには太刀打ち出来ない。

『グレゴリウスなんか、私よりチビなのに!』

 ユーリは自分の華奢な身体を恨めしく思ったが、腕力を鍛える為に、自室で本を読みながら腕立て伏せをしたり、梁で懸垂したりと努力する。

 王妃は、毎朝、挨拶にやってくる被後見人のユーリとグレゴリウスが、素っ気ない態度なのを残念に思っている。特に、グレゴリウスがユーリに惹かれているのが傍目からはバレバレなのに、ユーリが素っ気ない態度をとるのに反応して、意地悪するのをハラハラして眺める。

『昨日も女官が廊下で口論していたと報告したわ。グレゴリウスの妃にユーリがなれば、竜騎士の素質を持つ子どもが生まれる可能性が高いのに……』

 王妃は竜騎士の素質のない皇太子や王女達を生み、その本人達と共に苦しみ悩んだ。だから、孫のグレゴリウスとその妃には、同じ苦しみを与えたくない。

 幸いにもグレゴリウスはユーリに幼い恋心を抱いていると、考えるだけで甘酸っぱい気持ちになり王妃は微笑む。王の結婚は恋愛ではなく政治だとも言われるが、孤独を感じる立場の王を支える王妃と愛情で結ばれていた方が良いに決まっている。

 ただ、このままだとグレゴリウスの恋が成就するどころか、ユーリに嫌われるのではないかと王妃は心配した。そして、ユーリがグレゴリウスを嫌ったら、いくら結婚させようとしても、ロザリモンド姫のように逃げてしまうだろうと溜め息をつく。

 周りの思惑や心配も知らず、ユーリとグレゴリウスは相変わらず喧嘩を繰り返している。



 入学当初、予科の生徒も皇太孫殿下や女の子のユーリに少し遠慮がちに接していたが、一緒に竜舎を掃除したりしてるうちに、同じ年頃の子ども同士仲良くなっていった。

 グレゴリウスはユーリ以外には皇太孫として幼い時から躾られた帝王学に基づいた、公平で親切な態度を崩さなかった。ユーリもグレゴリウス以外には、普通に接していただけなのだが、幼い恋心でくもった目には親密に映る。

 特にマウリッツ公爵家のフランツとは、従兄になるのでユーリが特に親密にしているように思える。

『フランツとユーリ……従姉妹って結婚できるのかな? ハトコは結婚できるよね! 明日こそは今までのことを謝って、ユーリと和解しよう。そして、フランツみたいに仲良くするんだ。仲良くなったら、絶対に名前で呼んで貰うぞ!』

 グレゴリウスは教室の片隅で、仲良く話しているユーリとフランツを羨ましく思いながら、勉強でユーリに負けたくないので本を借りに図書館へと向かった。
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