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第五章 カザリア王国へ

9  セリーナ夫人の説教

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「もう、3時なのに……お茶の時間までに帰って来なさいと言ったのに……」

 大使館ではセリーナがヤキモキしながら、三人の帰りを待っていた。

 午前中に夫の大使に手紙で知らせておいたのが、昼食後は三人はもう帰って来たのか? と矢継ぎ早に手紙が届いて、冷や冷やしていたのだ。竜達の羽ばたく騒音が、これほど待ち遠しく感じられた事はなかった。

「ああ、やっと帰ってきたわ」

 取り敢えず、簡単に帰還の報告を大使のもとに走らせると、セリーナは優雅にエドアルドとユーリとフランツを出迎えに玄関へ向かった。

「遅くなってすみません」

 竜達を竜舎に入れて玄関に回ったユーリが謝るのを、セリーナは制して、にこやかにエドアルドに「海水浴はお楽しみになれましたか?」と尋ねる。

「大使夫人、とても楽しい時間が過ごせました。ユーリ嬢、フランツ卿、海水浴に同行させて頂きありがとうございます。今夜の舞踏会でまたお会いできるのを楽しみにしてます」

 エドアルドはセリーナがお茶でもと誘うのを、潮風に当たりましたからと丁寧に断ってマルスと王宮に帰っていった。

 エドアルドが飛去るまでは優雅に対応していたセリーナだったが、ぱっと振り返るとユーリとフランツを睨みつける。

「貴方達、魚臭いわ! 海岸で何したの? すぐにお風呂に入ってらっしゃい」

 二人は大使夫人の剣幕に驚いて、脱兎のごとく自室に駆け上がり、お風呂に入る。

 セリーナは三人が無事に楽しそうに帰って来たのに安堵したが、自分の心配も知らないで! とむかむかと腹を立てたのだ。エドアルドが流石にこれ以上の逗留は礼儀に反すると王宮に帰ったのでホッとした瞬間、全ての感情が湧き上がりヒステリーを起こした。

 二人が磯臭さを洗い流して、部屋で寛いでいると侍女がサロンで大使夫人がお呼びですと呼びに来る。

 ユーリとフランツは大使夫人にお説教されるのだろうと覚悟して、サロンに向かった。

 ヒステリーを起こしてスッキリしたセリーナは、二人にお茶を勧めて、穏やかに海水浴の様子を尋ねる。

「竜達は海水浴をとても楽しみましたよ。もちろん、エドアルド皇太子殿下も竜達が楽しそうに海水浴するのを見て喜ばれました」

 凄く端折った報告ではあったが、竜達とエドアルドが楽しんだのは、様子を見ても間違いないだろうとセリーナは思う。

「そうですか、それは良かったですわ。ところで、エドアルド皇太子殿下はユーリ嬢と何かお話になったのかしら? フランツ卿は常にお二人のお側にいてくださったでしょうね?」

 お二人の側で昼寝してましたと答えたら、首を絞められそうだとフランツは冷や汗をかく。しかし、嘘の報告をして事態を悪化させたくなかったので、正直に三人とも少し昼寝してましたと答えた。

「まぁ、お昼寝! ユーリ嬢、フランツ卿。子どもではあるまいに、お昼寝だなんて。なんで、そんな不作法の事をなさったのでしょう。年頃の令嬢が殿様とお昼寝だなんて、迂闊過ぎます。そんな噂が流れでもしたら、ユーリ嬢の名誉に傷が付くとは思われなかったのですか」

 二人は大使夫人の剣幕にうなだれて反省する。

「すみません、竜達の眠気が移ったみたいで、不注意でした」

 ユーリのしょげ返った様子に、心配するような事は起こらなかったと確信したが、余りに非常識さに後見人を無事に勤められるだろうかとセリーナは溜め息をつく。

「もう、起こった事は仕方ありませんが、世間の人が知ったら一大スキャンダルになりますわ。ユーリ嬢は、もう少し年頃の令嬢だという自覚を持って行動して下さいね」

 エドアルドが先触れもなく大使館まで押し掛けたり、強引に海水浴に同行したりと、自分と見習い竜騎士のフランツでは力不足だとセリーナは感じていた。

 兎も角、これ以上の失態をおこさないように、ユーリに今夜の舞踏会での注意事項を叩き込む必要があると、セリーナは気を取りなおす

「今夜はユーリ嬢はグレゴリウス皇太子殿下、エドアルド皇太子殿下とまずは踊ります。後は、私が踊る方を決めますから、指示に従って下さいね。それと、ダンスの途中で割り込む方もいらっしゃいます。割り込みは仕方ありませんが、ダンスが終わり次第、私がいる場所に帰って来て下さい。テラスや、庭に誘われても、絶対について行ってはいけませんよ」

 大使夫人の注意をユーリは海水浴で昼寝した失態の後だけに、神妙な様子で聞く。

「カザリア王国には、ローラン王国の外交官も沢山滞在しています。私は貴女のダンスのお相手にローラン王国の方を選ぶつもりはありませんが、割り込む可能性がありますので、冷静に礼儀正しく応対して下さいね。あと、帝国復興派にも気を付けて下さい。彼らは、イルバニア王国とカザリア王国がローラン王国を無視して同盟を結ぶのに反対ですから、何か仕掛けてくるかもしれません。フランツ卿はユーリ嬢に彼らが割り込んできたら、私が指示しますから、割り込み返して、ユーリ嬢を守って下さいね」

 セリーナは割り込み返す要員がフランツだけでは不自然なので、イルバニア王国の外交官を総動員する必要があるかも知れないと頭を巡らせる。

「グレゴリウス皇太子殿下はユーリ嬢と最初のダンスの後も、次々とカザリア王国の令嬢方とのダンスが予定されてますから、割り込み要員には含められないわね。夫や外務次官は軽はずみな割り込みをするには年が取りすぎてますわ。旧帝国復興派のみでなく、不品行な貴族も排除したいから、ジークフリート卿、ユージーン卿、大使館員も総動員しなくてはいけませんわね」

 ユーリはセリーナの言葉に舞踏会を欠席したくなる。

「あのぅ、欠席とかは駄目でしょうか。そうしたら、大使夫人にお気を使って頂かなくてもいいし。私もダンスは苦手ですから、大使館で留守番してますわ」

 ユーリの言葉は、セリーナとフランツに全く取り合って貰えなかった。

「カザリア王国の国王陛下が、イルバニア王国の皇太子殿下の特使歓迎の舞踏会を開いて下さるのですよ。たとえ、熱でうなされていても、這ってでも出席しなくてはいけません」

 ひぇ~っと叫びたくなる程の剣幕で叱られて、ユーリは欠席を諦める。

「大使夫人、ユーリに絶対シャンパンを飲まさないで下さいね。ユーリはシャンパンを飲むと寝てしまいますから。立太子式の舞踏会でも、シャンパンを飲んで寝てしまったのですから」

「まあ、なんていうことでしょう。立太子式の舞踏会では、皇太子殿下と口切りのダンスを踊ったのではなかったかしら。そんな大切なデビューのパーティーで酔って寝るなんて、弛んでますわ。私が後見人を勤める以上、そんな不作法は許しませんよ!」

 ユーリはフランツの裏切り行為に驚いて睨みつけたが、大使夫人にしっかり見張って貰わないと、ユーリが外国で恥をかいてしまうと心配したのだ。

 ユングフラウなら、多少の失敗をしでかしても、後見人の王妃様の威光と、竜騎士隊長のアリスト卿の威勢で、どのようにも誤魔化せる。しかし、外国のカザリア王国で失敗すると、ユーリの評判に傷がついてしまうと危惧した告げ口なので、ユーリに睨まれても平然としていた。

 セリーナとフランツが、自分が憎くて注意しているのでは無いとユーリにもわかっているので、黙って聞いていたが、つくづく社交界は嫌いだわと内心で毒づく。
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