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第八章 見習い実習

18  モガーナとマキシウス

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 フォン・アリスト家に着いたモガーナは、ハインリッヒにお茶を御一緒しましょうと誘った。しかし、マキシウスと一戦有るのではと、引退したとはいえ外交官の勘で感じ取ったハインリッヒは、フォン・キャシディ家の屋敷に帰る。

「お祖母様、私のスケジュール表は?」

 ユーリが不思議そうに見上げるのを、モガーナは笑いながら少し過密すぎるから、考慮して直して頂いてますわと答える。

「さぁさぁ、今夜は舞踏会なのでしょ。眠れなくても良いから、ベッドで身体を休めておきなさいな。ちゃんと間に合うように起こしますから、安心してお休みなさい」

 モガーナに指示されると、ユーリはお祖母様にエミリア先生の結婚の事とか色々と話したいなと駄々をこねたが、しばらく滞在するからと諭されて渋々ベッドに向かう。

「もう、到着されていたのですね」

 マキシウスも今夜の舞踏会に出席するので早めに帰宅して、サロンで寛いでいたモガーナに挨拶する。久しぶりに会うモガーナの若さと美しさに、マキシウスは出会った頃を思い出していたが、一瞬にして砕け去った。

「ええ、当分お邪魔いたします、宜しくお願いいたしますわね。ところで、貴方はユーリを殺すつもりですの? あんなカザリア王国の言いなりの過密スケジュールを、押し付けるなんて! まだ女性として身体も出来上がっていないユーリに無理をさせるなんて、貴方に任せておけませんわ! 曾孫を産んで貰いたく無いのですか?」

 強烈な先制攻撃に、マキシウスはぐうの音も出ない。ことに女性としての成長とか、曾孫を産むとか、デリケートな話題に赤面してしまい、反論することすら諦めてしまう。

「ユーリのことは、貴女にお任せしましょう」

 そそくさとサロンから撤退したマキシウスは、執事を書斎に呼び出す。

「モガーナは、いつまで滞在すると言っていたか?」

 御自分でお聞き下さいと、セバスチャンは思ったが、聞いておりませんと返事する。遠方からの御客人に、いつまで滞在されるかと聞くのは礼儀に反するので、執事が聞くわけにいかなかったのだ。

 マキシウスはこうなったらユーリに尋ねて貰うしかないと、舞踏会の帰りに頼もうと考え、自分の姑息さに溜め息をつく。


 朝早くから国務省での見習い実習をしたので、ベッドで遅めの昼寝をしたユーリは、モガーナにそろそろ起きなさいと優しく声を掛けられた。

「舞踏会の支度をする前に、軽く夕食を食べましょう。マキシウスも帰って来ていますから、三人で頂きましょうね」

 舞踏会に行くのが嫌になる程、ユーリにとっては嬉しい夕食になった。

「明日は早めのお昼を頂いて、エミリアさんの実家に行きましょうね。パターソン家で花嫁衣装に着替えて、教区の集会所で結婚式を挙げるそうですの。その後でパターソン家で親戚だけの披露宴をする予定みたいですわね。花婿のダニエルの家族は、両親と兄上だけの出席ですが、フォン・フォレストに帰ってから、他の親戚には挨拶廻りするみたいですわ」

 ユーリはエミリア先生とダニエルの馴れ初めとか聞きたがったが、そろそろ支度をしましょうねと、お風呂に入りなさいと命令される。

 マキシウスは、モガーナがユーリを上手く扱うのに感心する。やはり年頃の令嬢の教育は男の手に余ると、自分も舞踏会の身支度をしながら、ユーリを躾けなおして貰おうと勝手なことを考えて鼻歌を歌う。

 ユーリはお祖母様とお祖父様が一緒に住んでくれれば、いえ復縁してくれたら良いなと、恋も知らないお子様の想像を膨らましてご機嫌でお風呂に浸かっていた。

「お祖母様が作って下さった、マダム・フォンテーヌのドレスを着るの。あのドレスなら、露出度0ですもの」

 お風呂から上がったユーリを、モガーナは侍女達に髪を乾かさせながら、どんな髪型にしようかしらと思案しながら眺める。

 ユーリは髪を乾かすと、マダム・フォンテーヌの新作ドレスに着替えた。

「まぁ、とても素敵ですわ。そうね、そのドレスは首までチュール地で覆われているし、舞踏会ですから、髪はアップにした方が良いわね」

 モガーナはメアリーに髪を結わせると、ロザリモンドのダイヤモンドのティアラと、華奢なダイヤモンドのネックレスをつけさせる。

「腕も手首までチュール地で覆われているから、手袋はレースで編んだ短い物が良いわね」

 モガーナのセンスに任せておけば良いので、さくさくと支度は整う。

「若い令嬢が、濃い化粧はみっともないですわ。メアリー、貴女はユーリの付き添いをして貰いますから、着替えてらっしゃいな。化粧は私がしますわ」 

 モガーナは、薄い化粧をユーリに施したが、見ていた侍女達はほんの少しなのにグッと魅力的に見せる化粧方法に驚く。

「まぁ、私じゃないみたい! とても大人びて、美人に見えるわ」 

 お祖母様にちょこちょこと化粧されただけなのに、鏡に写った自分を見て別人みたいだと、ユーリは化粧方法を教えて欲しいと頼む。

「よろしくてよ、後で教えてあげますわ。さぁ、立って見せて頂戴な。まぁ、若いって素晴らしいわね。ユーリ、とても綺麗だわ」

 お祖母様に化粧が落ちたらいけないわとそっと頬にキスをされていると、余所行きの侍女服に着替えたメアリーが、外套を持って部屋に入ってきた。

「ユーリお嬢様、とても素敵ですわ」

 二月前にグレゴリウス皇太子の立太子式のドレス姿も美しいと感激したが、今宵のユーリは大人びて魅力的だと感嘆するメアリーだ。

「今夜の舞踏会の控え室は、ユーリだけの個室かしら? それともマウリッツ公爵夫人と一緒かしら? まさか、カザリア王国の大使夫人と一緒ってことは、王妃様がされないとは思いますけど、メアリーは目を離さないで下さいね。できればマウリッツ公爵夫人と同じ控え室の方が安心なのですけど、休憩のタイミングが合わないかも知れませんから、気をつけてやってね」

 ユーリを子どもの頃から面倒をみているメアリーは信頼できるとは思いながらも、細々と注意をモガーナは与える。

「エドアルド皇太子殿下が、お迎えに来られました」

 侍女に呼びに来られて、ユーリは外套をメアリーに持たせると、お祖母様に軽くキスをして、行ってきますと階段を優雅に降りていく。

 ロビーでユーリが優雅に降りて来るのを、エドアルドはボオッと夢のように艶やかだと感嘆しながら眺める。

 胸の辺りまではサテンの光沢のある生地のスッキリとしたドレスなのに、首や手首までチュール地で覆われていて、そのチュール地からユーリの白い肌が透けて見えるのが、とてつもなく魅力的だ。清楚なのにセクシーで、エドアルドはノックアウトされてしまう。

「ユーリ嬢、とてもお美しいですね」

 令嬢の手を取って礼儀正しくキスしながら、エドアルドは熱に浮かされた瞳で見つめる。

「まぁ、エドアルド皇太子殿下はお世辞が上手になられたのですね」

 ユーリは露出度の無いドレスに安心していたので、エドアルドが礼儀として褒めたのだと笑う。

「そろそろ、王宮に向かいませんと」

 ラブモードに突入したエドアルドを、ケストナー大使は遮って舞踏会へと出発する。
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