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第九章 思春期
15 100クローネ金貨
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ユーリはイリスにお説教をされながら、ユングフラウに帰った。騎竜にお説教される竜騎士なんているのかしらと、ユーリは愚痴りたくなったが、確かに不注意だったと反省する。
リューデンハイムの寮の夕食に間に合うかしらと、ユーリはイリスを急がす。ちょっとメーリングの雰囲気を知りたくて、夕方から遠乗り感覚で出かけたのに、バザールで道を迷って酔っ払いに絡まれたりしたせいで、かなり遅くなっていた。
『イリス、お願いだからメーリング行きのことは黙っていてね。今度からは気をつけるから』
イリスはユーリの不安をダイレクトに感じて心配したので、なかなか承知しなかったが、寝るまで目の周りを掻いてあげると買収される。ユーリは終わりかけの食堂で、仕舞い掛けていた小母さんら夕食を貰うと、どうやって100クローネ金貨を調達しようかと考えながら食べる。
「やっと、財務室の算盤代は支払ってもらえたところなのに……お小遣いの前借りはしたくないけど、仕方ないわね」
ユーリは見習い竜騎士になって、お小遣いは大幅にアップして貰っていたが、手持ちには100クローネはなかった。エリザベート王妃の付き添いをしていた間は、1ペニーも使ってなかったので12月になれば、すぐに100クローネ返せると考えた。
「金貨かぁ~」
通常はお小遣いを10クローネ銀貨で貰っているので、金貨で前借りしたいとお祖父様に説明するのが億劫だ。ふぅ~とユーリが溜め息を付いていると、グレゴリウスがお風呂のお湯を頼みに下に降りてきた。
「ユーリ、遅くまで国務省で実習だったの?」
遅い夕食を食べていたユーリの横にグレゴリウスは座って、久しぶりにリューデンハイムの寮にいるのを嬉しく思う。
「ええ、まぁ……」
嘘はつきたくないが、メーリングに一人で行ったとバレたら叱られるのが嫌で、ユーリは急いで食べている風をよそおって、曖昧な返事を返す。
グレゴリウスは、ユーリが何か隠しているとピンときた。国務省の実習で遅くなったなら、食べながらでも人使いの荒いシュミット卿の大悪口を言うユーリが、何も言わないのは変だ。
それにエリザベート王妃の付き添いをしている間に、算盤のモデル校が決まった件で大爆発しそうなのに、絶対に怪しいとグレゴリウスの恋する感覚は危険を感知する。
そそくさと夕食を食べると、イリスの機嫌をとってくるわと竜舎に向かうユーリの背中を、グレゴリウスはずっと眺めていた。隣の席に座った時に、微かにスパイシーな香りと、南国の高級な香料の残り香があったような気がしていたのを不思議に感じていたのだ。
「どうされたのですか? お風呂のお湯を頼みに来たのでしょ」
呆然と食堂に座って出口を見つめているグレゴリウスを見つけて、フランツは訝しく思って声をかける。
「ユーリが今まで夕食を食べていたんだ」
フランツは遅くまで国務省で実習していたのだと、腹をたてる。
「いくら財務室が忙しい時期だからといっても、こんなに遅くまで実習するのですか。ユーリはまさか残業ですか」
お祖母様にキチンと食事と睡眠をとらないとイリスに見張らせますよと脅されてからは、食事は取るし睡眠しているが、夕食後も財務室に行って残業しているのをフランツは前から腹立たしく思っていたのだ。
「いや、ユーリはイリスの機嫌をとりに竜舎に行ったよ。ただ、あの香りは……」
席を立った時にも微かに香った南国の香りに、グレゴリウスは悩まされる。
「イリスの機嫌をとりに竜舎へ行ったのですか? 竜舎で寝ないと良いですけどね~。見習い竜騎士は外泊も許されていますが、無断外泊はシャレになりませんよ。予科生なら、竜舎の罰掃除ですみますがね」
見習い竜騎士は大人として扱われるので、外泊届を出せばかなり自由が認められてはいたが、その分厳しく自覚を持った行動を義務づけられている。ユングフラウには夜の誘惑も多かったので、若い青年達が無軌道な行動をしないようにと考えられたもので、ユーリのように竜舎でうっかり寝てしまうのを想定してはいなかったが、厳しくは退学も有り得るのだ。
「まずい、ユーリが寝る前に寮に帰さなきゃ」
女子寮の扉に手を触れる事のできないグレゴリウスとフランツは、ユーリが自力で帰れるうちにと竜舎に向かう。案の定、ユーリはイリスの目の周りを掻いてやりながら、ウトウトしかけていた。見知らぬ街で道に迷ったり、酔っ払い達に絡まれたりで、精神的に疲れていたのだ。
「ユーリ、寝たら駄目だよ。無断外泊は退学になるかもしれないよ」
フランツに揺すぶられて、ユーリは目を覚ます。ぼんやりしているユーリを抱き起こした時に、フランツは竜湶香の微かな香りに気づく。
「ユーリ、この香りは……」
女性がつける香料ではない高級な香りに、フランツは何があったのかと疑問を感じたが、兎も角ユーリを女子寮に帰さなければと、ぼんやりしているのを抱き支えながら連れて帰る。
グレゴリウスはユーリの香りにフランツも気づいたと察した。一瞬、エドアルドや、アンリを疑って嫉妬しかけたが、彼らが竜湶香みたいなエキゾチックな香料を付けているとは思えない。
いったいどうやって、竜湶香がユーリに移ったのかを考えるだけで、あらぬ妄想を掻き立てられるグレゴリウスはぼんやりしているユーリを揺すぶって問い詰めたい気持ちでいっぱいいっぱいだ。半分寝かけているユーリに手こずっているフランツを助けるのも忘れて、後ろから付いて食堂に入ると、そこにいたエドアルドが助けにきた。
「ユーリ、寝ては駄目ですよ」
どうにかユーリを女子寮に帰して、フランツはホッとして手伝ってくれたエドアルドにお礼を言う。
「エドアルド皇太子殿下、ありがとうございます。イリスの所で寝かけていたのです」
エドアルドも、ユーリを支えた時に竜湶香の微かな香りに気づいた。それで、ユーリに恋するグレゴリウスが女子寮にユーリを帰そうと苦労しているフランツを手伝いもしないで、呆然と後ろから付いて来ていたのだとわかった。
グレゴリウスはエドアルドがユーリを女子寮に帰すのを手伝いはじめてハッと我にかえると、ユーリと呼び捨てにしているのにショックを受けた。
お互いに牽制しあって、竜湶香については素知らぬ顔で両皇太子達は、お湯を頼むと各自の部屋で風呂に浸かりながら、ユーリが何か隠し事をしているのを暴かなくては気が安まらないと考える。
「おはよう、フランツ、昨夜はありがとう。ウッカリ竜舎で、寝てしまうところだったわ」
ユーリは食堂に降りてきたフランツにお礼を言うと、あれこれ聞かれないうちにとお祖母様に挨拶してくるわと慌ただしく出て行く。
今朝は珍しく両皇太子とも寝坊だなと、フランツはユーリの竜湶香の香りに悩んで眠れなかったのだろうと溜め息をつく。
二人ともきっとユーリの事だから、一人で出歩いたに違いないと考える。
ユーリはお祖母様に100クローネ金貨を貸して貰おうかと思ったが、理由を聞き出されそうで結局言い出せなかった。
「アスランに、100クローネ返さなきゃ」
ユーリは午前中にシュミット卿にこき使われながらも、頭の中は100クローネ金貨のことでいっぱいだ。ランチを取りに食堂に行きかけていたユーリは、アンリに金貨を借りようかとまで思い詰めていた。
「ユーリ、今からランチですか? ちょうど良かった、母から貴女への手紙とプレゼントが届いたのです。今から大使館まで取りに行きましょう」
エドアルドは朝一番に大使夫人にランチの支度を頼んでいた。武術訓練を途中ぬけするという大胆な行動に出る。
「でも、昼からも実習があるのですよ」
「私も武術訓練がありますから、昼までには送り届けますよ」
ユーリは2週間もカザリア王国大使館に滞在していたので、さほど抵抗を感じずに門をくぐる。
「エドアルド皇太子殿下、ユーリ嬢、お食事の用意ができてますよ」
にこやかなレーデルル大使夫人に出迎えられて、ユーリは小さなサロンに通された。テーブルの上には、二人分のランチが用意されている。
「さぁ、早く食べましょう。手紙とプレゼントは食後のお茶を飲みながらにしましょう」
ユーリは昼からの実習に遅れないように急いで食べながら、アレッ、手紙とプレゼントを持ってきて貰えば良かったのではとやっと気づく。慌ただしくランチを食べ終わると、お茶を飲みながら、エリザベート王妃の手紙とプレゼントを渡された。
ユーリは手紙を読んで、やはり生活の細々とした注意が書いてあるなぁと少しうんざりはしたが、エリザベート王妃の好意は伝わってきて懐かしく思う。
「あっ、そう言えば……夏休みにニューパロマに行くと約束したかも……」
手紙の最後に夏にニューパロマで会えるのを楽しみにしてますと書いてあって、ユーリは別れの寂しさに泣きながら約束したのを思い出す。エドアルドはユーリが情に脆いを知っていたので、母上がポロリと涙を浮かべたのにほだされたのだと苦笑する。
「プレゼントも下さったのね。若い頃の髪飾りだと書いてあるわ」
手紙と一緒に渡されたプレゼントの小箱を、ユーリはあけてみる。中にはダイヤモンドで作られた氷の結晶の髪飾りが入っていた。
「まぁ、とても綺麗だわ。初雪祭の思い出の品では無いのかしら? こんなに貴重な品を頂いても良いのかしら」
その髪飾りは、初雪祭によく母上が付けていたので見覚えがあった。お気に入りの品をプレゼントするほど、母上がユーリのことを歌だけでなく、お淑やかでないのも含めて愛しているのに気づく。
「貴女に喜んで頂いて、母も喜んでいるでしょう」
ユーリはエリザベート王妃に侍女も付き添わず歩き回ってはいけませんよと注意されていたのにと、全く言うことを聞かなかった自分に、貴重な品を貰う資格がないと思うと涙があふれてきた。
「これは頂けませんわ。エリザベート王妃様に、申し訳なさ過ぎますもの」
シクシク泣き出したユーリから、エドアルドは昨夜のメーリングでの出来事を聞き出す。もともと、昨夜のユーリの様子で一人で出歩いたのだろうとは思っていたが、酔っ払いに絡まれて見知らぬ男に助けられたと聞いて、さすがに腹を立てる。
しかし、こんな自分にはエリザベート王妃のプレゼントなど貰う資格はないと泣いている姿に、エドアルドは胸が締め付けられ、ユーリを抱きしめて二度と危険な真似はしないようにと諭す。
「今日は、アスラン様に100クローネ金貨を返しに行かなきゃいけないの。お祖父様に、お小遣いの前借りを頼むわ」
「そんなの、返す必要はありませんよ。あちらが勝手に、酔っ払い達にくれてやったのでしょ」
エドアルドはユーリに竜湶香の移り香を残したアスランなどには、二度と関わって貰いたくなかった。
「でも返すと言ったし、返さないと気持ちが落ち着かないわ。お祖父様には、叱られるでしょうね」
ふ~ッと溜め息をつくと、エドアルドは変に生真面目なユーリは止めても返しに行くだろう思った。
「100クローネ金貨は、私が出しますよ。貴女の求婚者として当然です」
「いいえ、私の考えなしの行動でこんな事になったのだし、12月になればお小遣いが貰えますから。でも、立て替えて頂ければ嬉しいわ。お祖父様に叱られるのはまだしも、お祖母様に知られたら何を言われるやら。イリスに行動を見張られるのは御免ですもの」
エドアルドは辞退するユーリに雪の結晶の髪飾りを受け取らせて、二度と一人歩きしない自戒にして下さいと諭す。
「では、実習が終わり次第、メーリングに向かいましょう。夜は遅くなるかも知れませんから、寮には外泊届を出しておかないとね」
ユーリを国務省まで送って行って、エドアルドは夕方からのメーリング行きに少し浮かれていた。
『邪魔なアスランとかには100クローネ金貨を渡して、助けてくれたお礼を述べてさっさと用事を済ませよう! 異国情緒のある港町をユーリと散策したり、夕食を食べたら楽しいだろうなぁ』
しかし、昼前に武術訓練を早めに切り上げたエドアルドは、シルベスター師範にビシバシ昼から鍛えられるのであった。
ハロルド達は、昨夜からエドアルドの様子がおかしいのに気づいていた。今日もあの恐ろしいシルベスター師範の武術訓練を途中ぬけするなど、ユーリ嬢関連だとは察してはいたが、ビシバシやられながらも上機嫌な様子に何があったのだろうと不思議に思う。
「あれは、ユーリと何か企んでいますね。でなきゃ、シルベスター師範にあれほど打ち込まれて、ヘラヘラ笑っていられませんよ」
昼前に武術訓練を抜け出したりと、怪しい動きにはグレゴリウスもフランツも気づいていたが、ユーリ絡みならイリスをおさえておけば大丈夫だとわかっている。いくら秘密裏に動こうと、イリスがユーリを他の竜に乗せるわけがない。
馬車での移動は、昨夜のユーリの香辛料の香りからして考えられない。その上、自国の有利さで算盤のモデル校にメーリングの小学校が含まれているのを知った二人は、はは~んと思い当たった。寮に帰ると二人も外泊届を提出し、ユーリとエドアルドも外泊届を出しているのを確認すると竜舎に急ぐ。
「ユーリ、メーリングに一緒に行くよ。年頃の令嬢が、男の人と二人で出かけるのは感心しないからな」
ユーリとエドアルドは、竜舎にあらわれたグレゴリウスとフランツに驚いた。
「なんでメーリング行きがわかったの?」
不思議がるユーリと、不機嫌なエドアルドに、フランツとグレゴリウスは爽快な気分になる。
「なんでも良いわ! 早くメーリングに行って、アスラン様に100クローネ金貨を返さなきゃ!」
「え~! アスラン様? 100クローネ金貨? 何をやらかしたんだ~」
一瞬前のしてやったという爽快感はアッサリ崩れ去り、イリスの後を追いかけながら、ユーリの側にいると苦労が絶えないし、自分の恋愛どころではないとトホホのフランツだ。
リューデンハイムの寮の夕食に間に合うかしらと、ユーリはイリスを急がす。ちょっとメーリングの雰囲気を知りたくて、夕方から遠乗り感覚で出かけたのに、バザールで道を迷って酔っ払いに絡まれたりしたせいで、かなり遅くなっていた。
『イリス、お願いだからメーリング行きのことは黙っていてね。今度からは気をつけるから』
イリスはユーリの不安をダイレクトに感じて心配したので、なかなか承知しなかったが、寝るまで目の周りを掻いてあげると買収される。ユーリは終わりかけの食堂で、仕舞い掛けていた小母さんら夕食を貰うと、どうやって100クローネ金貨を調達しようかと考えながら食べる。
「やっと、財務室の算盤代は支払ってもらえたところなのに……お小遣いの前借りはしたくないけど、仕方ないわね」
ユーリは見習い竜騎士になって、お小遣いは大幅にアップして貰っていたが、手持ちには100クローネはなかった。エリザベート王妃の付き添いをしていた間は、1ペニーも使ってなかったので12月になれば、すぐに100クローネ返せると考えた。
「金貨かぁ~」
通常はお小遣いを10クローネ銀貨で貰っているので、金貨で前借りしたいとお祖父様に説明するのが億劫だ。ふぅ~とユーリが溜め息を付いていると、グレゴリウスがお風呂のお湯を頼みに下に降りてきた。
「ユーリ、遅くまで国務省で実習だったの?」
遅い夕食を食べていたユーリの横にグレゴリウスは座って、久しぶりにリューデンハイムの寮にいるのを嬉しく思う。
「ええ、まぁ……」
嘘はつきたくないが、メーリングに一人で行ったとバレたら叱られるのが嫌で、ユーリは急いで食べている風をよそおって、曖昧な返事を返す。
グレゴリウスは、ユーリが何か隠しているとピンときた。国務省の実習で遅くなったなら、食べながらでも人使いの荒いシュミット卿の大悪口を言うユーリが、何も言わないのは変だ。
それにエリザベート王妃の付き添いをしている間に、算盤のモデル校が決まった件で大爆発しそうなのに、絶対に怪しいとグレゴリウスの恋する感覚は危険を感知する。
そそくさと夕食を食べると、イリスの機嫌をとってくるわと竜舎に向かうユーリの背中を、グレゴリウスはずっと眺めていた。隣の席に座った時に、微かにスパイシーな香りと、南国の高級な香料の残り香があったような気がしていたのを不思議に感じていたのだ。
「どうされたのですか? お風呂のお湯を頼みに来たのでしょ」
呆然と食堂に座って出口を見つめているグレゴリウスを見つけて、フランツは訝しく思って声をかける。
「ユーリが今まで夕食を食べていたんだ」
フランツは遅くまで国務省で実習していたのだと、腹をたてる。
「いくら財務室が忙しい時期だからといっても、こんなに遅くまで実習するのですか。ユーリはまさか残業ですか」
お祖母様にキチンと食事と睡眠をとらないとイリスに見張らせますよと脅されてからは、食事は取るし睡眠しているが、夕食後も財務室に行って残業しているのをフランツは前から腹立たしく思っていたのだ。
「いや、ユーリはイリスの機嫌をとりに竜舎に行ったよ。ただ、あの香りは……」
席を立った時にも微かに香った南国の香りに、グレゴリウスは悩まされる。
「イリスの機嫌をとりに竜舎へ行ったのですか? 竜舎で寝ないと良いですけどね~。見習い竜騎士は外泊も許されていますが、無断外泊はシャレになりませんよ。予科生なら、竜舎の罰掃除ですみますがね」
見習い竜騎士は大人として扱われるので、外泊届を出せばかなり自由が認められてはいたが、その分厳しく自覚を持った行動を義務づけられている。ユングフラウには夜の誘惑も多かったので、若い青年達が無軌道な行動をしないようにと考えられたもので、ユーリのように竜舎でうっかり寝てしまうのを想定してはいなかったが、厳しくは退学も有り得るのだ。
「まずい、ユーリが寝る前に寮に帰さなきゃ」
女子寮の扉に手を触れる事のできないグレゴリウスとフランツは、ユーリが自力で帰れるうちにと竜舎に向かう。案の定、ユーリはイリスの目の周りを掻いてやりながら、ウトウトしかけていた。見知らぬ街で道に迷ったり、酔っ払い達に絡まれたりで、精神的に疲れていたのだ。
「ユーリ、寝たら駄目だよ。無断外泊は退学になるかもしれないよ」
フランツに揺すぶられて、ユーリは目を覚ます。ぼんやりしているユーリを抱き起こした時に、フランツは竜湶香の微かな香りに気づく。
「ユーリ、この香りは……」
女性がつける香料ではない高級な香りに、フランツは何があったのかと疑問を感じたが、兎も角ユーリを女子寮に帰さなければと、ぼんやりしているのを抱き支えながら連れて帰る。
グレゴリウスはユーリの香りにフランツも気づいたと察した。一瞬、エドアルドや、アンリを疑って嫉妬しかけたが、彼らが竜湶香みたいなエキゾチックな香料を付けているとは思えない。
いったいどうやって、竜湶香がユーリに移ったのかを考えるだけで、あらぬ妄想を掻き立てられるグレゴリウスはぼんやりしているユーリを揺すぶって問い詰めたい気持ちでいっぱいいっぱいだ。半分寝かけているユーリに手こずっているフランツを助けるのも忘れて、後ろから付いて食堂に入ると、そこにいたエドアルドが助けにきた。
「ユーリ、寝ては駄目ですよ」
どうにかユーリを女子寮に帰して、フランツはホッとして手伝ってくれたエドアルドにお礼を言う。
「エドアルド皇太子殿下、ありがとうございます。イリスの所で寝かけていたのです」
エドアルドも、ユーリを支えた時に竜湶香の微かな香りに気づいた。それで、ユーリに恋するグレゴリウスが女子寮にユーリを帰そうと苦労しているフランツを手伝いもしないで、呆然と後ろから付いて来ていたのだとわかった。
グレゴリウスはエドアルドがユーリを女子寮に帰すのを手伝いはじめてハッと我にかえると、ユーリと呼び捨てにしているのにショックを受けた。
お互いに牽制しあって、竜湶香については素知らぬ顔で両皇太子達は、お湯を頼むと各自の部屋で風呂に浸かりながら、ユーリが何か隠し事をしているのを暴かなくては気が安まらないと考える。
「おはよう、フランツ、昨夜はありがとう。ウッカリ竜舎で、寝てしまうところだったわ」
ユーリは食堂に降りてきたフランツにお礼を言うと、あれこれ聞かれないうちにとお祖母様に挨拶してくるわと慌ただしく出て行く。
今朝は珍しく両皇太子とも寝坊だなと、フランツはユーリの竜湶香の香りに悩んで眠れなかったのだろうと溜め息をつく。
二人ともきっとユーリの事だから、一人で出歩いたに違いないと考える。
ユーリはお祖母様に100クローネ金貨を貸して貰おうかと思ったが、理由を聞き出されそうで結局言い出せなかった。
「アスランに、100クローネ返さなきゃ」
ユーリは午前中にシュミット卿にこき使われながらも、頭の中は100クローネ金貨のことでいっぱいだ。ランチを取りに食堂に行きかけていたユーリは、アンリに金貨を借りようかとまで思い詰めていた。
「ユーリ、今からランチですか? ちょうど良かった、母から貴女への手紙とプレゼントが届いたのです。今から大使館まで取りに行きましょう」
エドアルドは朝一番に大使夫人にランチの支度を頼んでいた。武術訓練を途中ぬけするという大胆な行動に出る。
「でも、昼からも実習があるのですよ」
「私も武術訓練がありますから、昼までには送り届けますよ」
ユーリは2週間もカザリア王国大使館に滞在していたので、さほど抵抗を感じずに門をくぐる。
「エドアルド皇太子殿下、ユーリ嬢、お食事の用意ができてますよ」
にこやかなレーデルル大使夫人に出迎えられて、ユーリは小さなサロンに通された。テーブルの上には、二人分のランチが用意されている。
「さぁ、早く食べましょう。手紙とプレゼントは食後のお茶を飲みながらにしましょう」
ユーリは昼からの実習に遅れないように急いで食べながら、アレッ、手紙とプレゼントを持ってきて貰えば良かったのではとやっと気づく。慌ただしくランチを食べ終わると、お茶を飲みながら、エリザベート王妃の手紙とプレゼントを渡された。
ユーリは手紙を読んで、やはり生活の細々とした注意が書いてあるなぁと少しうんざりはしたが、エリザベート王妃の好意は伝わってきて懐かしく思う。
「あっ、そう言えば……夏休みにニューパロマに行くと約束したかも……」
手紙の最後に夏にニューパロマで会えるのを楽しみにしてますと書いてあって、ユーリは別れの寂しさに泣きながら約束したのを思い出す。エドアルドはユーリが情に脆いを知っていたので、母上がポロリと涙を浮かべたのにほだされたのだと苦笑する。
「プレゼントも下さったのね。若い頃の髪飾りだと書いてあるわ」
手紙と一緒に渡されたプレゼントの小箱を、ユーリはあけてみる。中にはダイヤモンドで作られた氷の結晶の髪飾りが入っていた。
「まぁ、とても綺麗だわ。初雪祭の思い出の品では無いのかしら? こんなに貴重な品を頂いても良いのかしら」
その髪飾りは、初雪祭によく母上が付けていたので見覚えがあった。お気に入りの品をプレゼントするほど、母上がユーリのことを歌だけでなく、お淑やかでないのも含めて愛しているのに気づく。
「貴女に喜んで頂いて、母も喜んでいるでしょう」
ユーリはエリザベート王妃に侍女も付き添わず歩き回ってはいけませんよと注意されていたのにと、全く言うことを聞かなかった自分に、貴重な品を貰う資格がないと思うと涙があふれてきた。
「これは頂けませんわ。エリザベート王妃様に、申し訳なさ過ぎますもの」
シクシク泣き出したユーリから、エドアルドは昨夜のメーリングでの出来事を聞き出す。もともと、昨夜のユーリの様子で一人で出歩いたのだろうとは思っていたが、酔っ払いに絡まれて見知らぬ男に助けられたと聞いて、さすがに腹を立てる。
しかし、こんな自分にはエリザベート王妃のプレゼントなど貰う資格はないと泣いている姿に、エドアルドは胸が締め付けられ、ユーリを抱きしめて二度と危険な真似はしないようにと諭す。
「今日は、アスラン様に100クローネ金貨を返しに行かなきゃいけないの。お祖父様に、お小遣いの前借りを頼むわ」
「そんなの、返す必要はありませんよ。あちらが勝手に、酔っ払い達にくれてやったのでしょ」
エドアルドはユーリに竜湶香の移り香を残したアスランなどには、二度と関わって貰いたくなかった。
「でも返すと言ったし、返さないと気持ちが落ち着かないわ。お祖父様には、叱られるでしょうね」
ふ~ッと溜め息をつくと、エドアルドは変に生真面目なユーリは止めても返しに行くだろう思った。
「100クローネ金貨は、私が出しますよ。貴女の求婚者として当然です」
「いいえ、私の考えなしの行動でこんな事になったのだし、12月になればお小遣いが貰えますから。でも、立て替えて頂ければ嬉しいわ。お祖父様に叱られるのはまだしも、お祖母様に知られたら何を言われるやら。イリスに行動を見張られるのは御免ですもの」
エドアルドは辞退するユーリに雪の結晶の髪飾りを受け取らせて、二度と一人歩きしない自戒にして下さいと諭す。
「では、実習が終わり次第、メーリングに向かいましょう。夜は遅くなるかも知れませんから、寮には外泊届を出しておかないとね」
ユーリを国務省まで送って行って、エドアルドは夕方からのメーリング行きに少し浮かれていた。
『邪魔なアスランとかには100クローネ金貨を渡して、助けてくれたお礼を述べてさっさと用事を済ませよう! 異国情緒のある港町をユーリと散策したり、夕食を食べたら楽しいだろうなぁ』
しかし、昼前に武術訓練を早めに切り上げたエドアルドは、シルベスター師範にビシバシ昼から鍛えられるのであった。
ハロルド達は、昨夜からエドアルドの様子がおかしいのに気づいていた。今日もあの恐ろしいシルベスター師範の武術訓練を途中ぬけするなど、ユーリ嬢関連だとは察してはいたが、ビシバシやられながらも上機嫌な様子に何があったのだろうと不思議に思う。
「あれは、ユーリと何か企んでいますね。でなきゃ、シルベスター師範にあれほど打ち込まれて、ヘラヘラ笑っていられませんよ」
昼前に武術訓練を抜け出したりと、怪しい動きにはグレゴリウスもフランツも気づいていたが、ユーリ絡みならイリスをおさえておけば大丈夫だとわかっている。いくら秘密裏に動こうと、イリスがユーリを他の竜に乗せるわけがない。
馬車での移動は、昨夜のユーリの香辛料の香りからして考えられない。その上、自国の有利さで算盤のモデル校にメーリングの小学校が含まれているのを知った二人は、はは~んと思い当たった。寮に帰ると二人も外泊届を提出し、ユーリとエドアルドも外泊届を出しているのを確認すると竜舎に急ぐ。
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ユーリとエドアルドは、竜舎にあらわれたグレゴリウスとフランツに驚いた。
「なんでメーリング行きがわかったの?」
不思議がるユーリと、不機嫌なエドアルドに、フランツとグレゴリウスは爽快な気分になる。
「なんでも良いわ! 早くメーリングに行って、アスラン様に100クローネ金貨を返さなきゃ!」
「え~! アスラン様? 100クローネ金貨? 何をやらかしたんだ~」
一瞬前のしてやったという爽快感はアッサリ崩れ去り、イリスの後を追いかけながら、ユーリの側にいると苦労が絶えないし、自分の恋愛どころではないとトホホのフランツだ。
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生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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加筆修正しました。
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