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第十三章  ユーリ王妃

3  浮気発覚

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 フィリップは15才になり、見習い竜騎士になった。

 フィリップの立太子式を控えてユーリはあれこれと支度に忙しくしていたが、ふとグレゴリウスの立太子式を思い出して、通り過ぎた年月を考える。

「グレゴリウス様とファーストダンスを踊ったのよね。この前産まれたように思うのに立太子式なのねぇ。フィリップのファーストダンスは、サザーランド公爵家のルシンダ嬢か、ロシュフォード侯爵家のジュリエット嬢のどちらが良いか悩んでいるの」

 フィリップには外国の姫君から縁談も無いこともなかったが、これという話は進んでいなかったので、社交界デビューの相手は身内の令嬢から選ぶことにした。

「う~ん、フィリップに選ばせたらどうだ? ルシンダもジュリエットも可愛いが、フィリップは親戚の女の子としか思ってないみたいだから、どちらでも良いだろ」

 ユーリはフィリップはマウリッツ公爵家のリリアナが好きなのではと感じていたが、未だ13才で社交界デビューは無理だし、ほのかな好意に過ぎないと選択肢に入れてない。 

「未だ、フィリップが結婚するのは早い気がするわ。でも、私達が婚約したのは17才だったのよね~。子どもが結婚したりするだなんて、凄く年を取った気分だわ」

 グレゴリウスは全く年を取ったとは思えないユーリを抱き寄せて、デビュタントの令嬢方より綺麗だよと甘い囁きをしながらキスをする。

「もう、お世辞言っても……グレゴリウス様……まだ……」

 グレゴリウスは国王として公務に忙しく、たまにはユーリといちゃついてストレスを解消したいと、立太子式の用意に熱中している妃を抱き上げて寝室へ向かう。



 立太子式が無事に終わり、フィリップは皇太子として社交界デビューをしたので、あちこちのパーティーに招待されたりしていたが、男の場合、見習い竜騎士の礼装を何着が着回すのみで準備は楽だった。

「来年のアリエナの時は、こうはいかないわね。私はドレスに興味がないから、マダムと、セリーナ夫人やミッシェル夫人に任せるわ」

 ユーリのドレスの仮縫いに、王宮に来たマダム・キャシーはクスクスと笑う。キャシーはマダム・ルシアンから独立を果たして、念願の洋裁店を開いていた。

 キャシーはこういったオーダーメイドのドレスのみでなく、ミシンで手頃な値段の既製服を販売していて、少し格を下に見られがちだったが、王妃様の御用達なのだ。

「王妃様は、昔からドレスが苦手でしたからね。アリエナ王女様は絶世の美少女ですから、ドレスも作りがいがありますわ」

 幼なじみのマダム・キャシーの言葉に、ユーリは深い溜め息をつく。

「きっとマダムには、苦労をかけると思うわ。あの娘は、男に産まれるべきだったのよ。容姿は私が羨ましくなるほどの美人なのに、心は男なんですもの。予科生の制服もスカートなのが気にいらないと、フィリップのお古を引っ張り出して着ようとするぐらいなの。デビュタントのドレスを、素直に着てくれるかしら……」

 仮縫いを終えてお茶を飲みながら愚痴っているユーリを、キャシーはクスクス笑った。

「王妃様も立太子式の舞踏会に、見習い竜騎士の制服で行こうと考えていらしたではありませんか」

 ユーリはハンナとそんなことを話したと笑う。

「そうね、アリエナは武術が得意で、顔も私に似ていないけど、若い時の非常識な考え方は似たのだわ。テレーズ王妃様や、マリー・ルイーズ様や、マリアンヌ公爵夫人にご迷惑を掛けたわ。因果応報かしら? ロザリモンドとキャサリンは、私に容姿は似ているけど……おしゃまさんで困るわりあの娘達には目を離さないようにしないと、恋愛ゲームに熱中しそうですもの」

 ユーリは自分の子育てには何か問題が合ったのではと、三人の娘達の個性豊かと言えば聞こえが良いが、我が儘に育ったのに溜め息をついた。

 しっかりしたフィリップ、無言実行タイプのウィリアム、温厚なレオポルドと、息子達は順調に手をかける事もなく育ったのにと、やはりグレゴリウスが娘達に甘いからだと不満を持つ。

 男勝りなアリエナに、今でも予科生のボーイフレンド達を従えて我が儘放題のロザリモンドとキャサリン、二タイプの問題児に頭を痛めるのだった。

 ユーリは子ども達が大きくなり、公務と仕事に忙しくしていて、側近達にもチャリティーや、助産院などの手助けをお願いしていた。

「そうだわ、娘達にもチャリティーを手伝わせましょう。王宮育ちで、お金の価値も知らずに育つのは良くないわ。アリエナには武術だけではなく、福祉にも目を向けて欲しいし。ロザリーとキャシーには、この世の中がレースと砂糖菓子だけではないと教えなければいけないわ」

 リューデンハイムで勉強していても、庶民の生活を知らない王女達に、パーラーの経営をさせてみる事を思いついた。

「アリエナ、貴女ににワイルド・ベリー2号店の開店を任せます。1号店の帳簿をチェックして、予算を決めなさい。改装費が足りないなら、出資者を集めなさい。ロザリーとキャシーに、手伝わしてもいいわ」

 アリエナは何度もワイルド・ベリーにはアイスクリームを食べに行った事もあり、母上が戦争の遺児の為に始めた事も知っていたので、2号店を出すのを任されて張り切った。

「ロザリー、キャシー、何処に2号店を出せば良いか、ユングフラウに調査しに行くわよ」

 ロザリーとキャシーも、パーラーの経営は面白そうだと思ったが、姉上に指図をされるのは御免だ。

「全員で同じ事をするより、分担にしましょうよ。私は、内装工事と使う食器を決めるわ」

 一番楽しそうな事をちゃっかり選んだロザリモンドに、妹のキャサリンは狡いと怒る。

「じゃあ、私は制服とメニューを決めるわ」

 口々に勝手な事を言う妹達を、アリエナが許すわけもなく、口喧嘩になる。グレゴリウスは揉めている娘達を心配したが、ユーリは姉妹喧嘩ができて幸せだわと取り合わない。

「私も貴方も、一人っ子でしたでしょ。ああいう喧嘩も、したかったわ」



 ユーリの思惑通り、三人で喧嘩していても2号店は出来上がらないと、渋々リーダーのアリエナに従って妹達も協力しだす。

「何? 帳簿ってわからないわ?」

「これだけしか、儲けがないの?」

「お給料って、これだけなの? 髪飾りも買えないわ……」

 三人で帳簿をチェックしただけで、カルチャーショックを受けている王女達を、少しは社会を知っているフィリップは呆れて見ている。

「お前達は、リューデンハイムで何を勉強していたんだ。父上が最低賃金を決めた事も、習っただろう。パーラーは女の子にしては、高給取りだよ」

 アリエナ達は見習い竜騎士だからといって偉そうにと、内心では兄上に文句を言ったが、確かに習ったけど忘れていたと反省する。

「まぁ、3号店も出すのですか?」

 ユーリは、三人が出してきた計画書を見て驚いた。

「戦争の遺児だけでなく、孤児院の女の子達にも安心して働ける場所が必要なの。女性の職業訓練所へ行ける経済的余裕が無い女の子達も多いのよ。今直ぐにお金が必要な女の子達を、少しでも助けたいの」

 少しは社会勉強になったと思ったが、3店を各自オーナーになろうと画策したのだとピンときた。

「それで、どの店を誰がオーナーになるのですか?」

 三人は顔を見合わして、バレていると慌てて抗弁しだした。ユーリはある程度聞いて、解りましたと了承した。

「でも、2店も開店するのは資金が大変ですよ。それに、1号店も改装するみたいね」

 1号店を任された年下のキャサリンは、皆が自分好みのパーラーにするのにと苦情を言ったのだ。確かに、前の改装から数年経ち、少し古びてきていたので、好みに改装する事にした。

「母上に見習ってストレーゼンで屋台をして、出資者を集めるつもりよ。良いでしょ~」

 ユーリとグレゴリウスは、王女達が屋台を出したら、貴族の子息達が集まって大騒ぎになると苦笑したが、若い時を思い出して許可を出した。三人の王女達は飛び上がって喜んだが、フィリップとウィリアムは、とばっちりが来そうだと眉をひそめた。



 案の定、フィリップとウィリアムは当然のごとく手伝わされて、学友達も総動員させられた。

「アンドリューは、ジークフリート卿にそっくりだなぁ。周りに令嬢方が集まっている」

 グレゴリウスとユーリは、公園の屋台に見学に来て、大盛況ぶりを眺めながらアイスクリームを食べる。いつまでも若い国王夫妻が、仲良くアイスクリームを食べているのを、ストレーゼンに集まった貴族達は微笑ましく眺めるのだった。


 グレゴリウスは、優れた国王で、ローラン王国以外とは友好関係を進めて、プリウス運河を建設したり、メーリング港を整備して貿易の中心地に押し上げていた。未だ、運輸や貿易の扱い高は東南諸島に負けていたが、その主な理由は海運立国のアスラン王の手腕と、ローラン王国と直接の貿易が制限されている事だ。

 グレゴリウスはストレーゼンで避暑をしている間は、厄介な問題を考えないようにして、ユングフラウの治安維持はキャシディ卿に任せている。

「ウィリーから聞いたのだけど、ユージーンがストレーゼンに来ているみたいなの。離宮に訪ねて来ないだなんて、何か話したいけど、休暇中なので遠慮しているみたいね」

 基本はストレーゼンの離宮では、王族だけで寛ぐことが暗黙のルールで、代替わりしてからはメルローズも招待されない限り来ないようにしている。ただし王子達や王女達の学友達は例外で、大人達とだけでは退屈だろうと許されて、離宮に来たり、相手の別荘に行ったりしていた。

「カザリア王国の大使だけど、夏休みで帰国したのだろう。子ども達は同行しないで、マウリッツ公爵夫妻に預けているから会いに来たのではないかな?」

 グレゴリウスは何か問題があったなとピンときたが、ユーリを心配させないように、笑いながら明日にでも別荘に遊びに行こうと言った。

「マウリッツ公爵家の別荘へ行かれるのですか? 久しぶりに公爵夫妻と、お茶をするのも良いなぁ」

 耳敏く聞きつけたフィリップが付いて行くと言い出して、リリアナ目当てだとユーリは苦笑する。リリアナはお淑やかな美少女で、うるさい妹達にウンザリしているフィリップのお気に入りだった。ウィリアムも前からチャールズとフランシスと遊ぶ約束をしていたので付いて来た。


「叔母様、リリアナはロマンチックなドレスが似合う美少女で嬉しいでしょう」

 子ども達と混じって庭に出ているが、お淑やかなリリアナは見事なレースが付いた緑のドレスに白いパラソルをさしてフィリップと散歩をしていた。

「王妃様と違って、レースが付いたドレスも嫌がりませんわ」

 マリアンヌとユーリが、クスクス笑うのを公爵も微笑んで見ていたが、書斎で話しあっている国王とユージーンを気にしていた。

「さぁ、お茶のお代わりをどうぞ」

 座持ちの良いダイアナがお茶を注いだり、アイスクリーム屋台での出来事などの話題をふって皆を笑わしていたが、公爵の心配通りカザリア王国では大問題が起こっていたのだ。

「何だって、エドアルド国王陛下がジェーン王妃を離婚するだって! 馬鹿な、自分が浮気して王妃を離婚? あり得ないだろう」

 驚き呆れるグレゴリウスに、ユージーンは同盟国の危機を訴える。

「ジェーン王妃様は、もう2年も離宮にお籠もりになったままなのです。国王陛下が浮気されたからですが、王妃様が不在の王宮はペネローペ男爵夫人の天下になっています。このままではジェーン王妃を離婚して、ペネローペ男爵夫人と再婚するのではと、ハロルド卿は心配しています」

 グレゴリウスは同盟国の国王夫妻の危機に頭を痛める。

「ユーリが知ったら、激怒するぞ。ジェーン王妃とは仲が良ったからなぁ」

 ユージーンは同盟国の国王夫妻の危機の解消と、アリエナ王女の縁談と両方を得る為に、国王夫妻にカザリア王国訪問を願いに来たのだ。
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