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第十五章 躍進
百二十八話 れおなにおまかせ・IN・THE・南苑
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後宮南苑の中庭、夜。
「麗さん。これはいったい、なんの騒ぎです?」
不安げに集まった人たちの中から、前に進み出て事情を訊いて来た女性を、私は見知っていた。
塀(へい)紅猫(こうみょう)貴妃殿下の、侍女頭(じじょがしら)の方だ。
私は、臆せず堂々と言い放つ。
「狂人が南苑に紛れ込んでいます。危なく殺されるところでした」
手に持っている小さな刃物と。
喉と顎の間を一筋走る傷跡を、私は彼女に見せつけた。
そうです、人が集まる前に、私は自分の顎下に、わずかな傷を自分で付けたのです。
一歩間違えれば死ぬところだった、そう演出するため、あえて急所の近くにね。
「そ、そんなことが。他に、どこか怪我はありませんか?」
「ご心配ありがとうございます。どうにか、大丈夫のようです」
傷口は血がうっすら滲む程度で、ヒリヒリするくらいしか痛くもない。
少し安心した顔を浮かべて、侍女頭さんが言う。
「盗まれるようなものも、持ってはいませんよね」
「はい、なにも盗られてはいません」
じきに、他の女性たちも寄って来て。
「怖かったでしょう」
「いったい、なんの目的で……」
私を慰めてくれたり、不可解な出来事に恐怖を浮かべたりした。
そうしているうちに、私の先輩である孤氷(こひょう)さんもやって来て。
「襲われた、ということなのですか」
クールさに硬さの混じる顔で、私の首筋の血を拭いてくれた。
さあ、証人もじゅうぶん、集まった。
ここからが、嘘つき麗央那の見せ所だぜ。
「はい、けれど気になることがあるんです」
「なんですか。些細なことでも、手掛かりになるかもしれません。言ってみなさい」
孤氷さんに促され、私は渋面を装い、深刻ぶって答えた。
「私に凶器を投げた女は『しまった、こいつじゃない』と言って、逃げて行ったように聞こえました。凶行を起こした犯人の狙いは、私ではなく、他にいるということではないでしょうか」
「そ、そんなっ!?」
人波の端っこから、驚愕の叫びが返って来た。
明らかに動揺しているやつが表れてくれたな、いったい誰だ?
くそ、よく見えないし、見えたとしても声に聞き覚えがないから、私の知らん女だ。
「狙いが、他に……」
眉をひそめて言葉を詰まらせる孤氷さん。
私がこう言ったことで問題は私個人にとどまらず、南苑にいるすべての侍女に関わる可能性をでっちあげることができたぞ。
ごめんなさい、みなさんしばらくちょっと、騙されたままでいてくださいね。
この場にいる女たちの中で、おそらくもっとも偉く権限のありそうなのは、塀貴妃の侍女頭さんかな。
私は彼女に、布にくるんだ刃を示しつつ、こう提案した。
「凶器には、人の手の脂がわずかに残っています。詳しく調べれば、誰がこれを触ったか、指の紋がわかります」
「持ち主がわかる、と言うこと? ど、どうすればいいのかしら。麗さんは、やり方を知っているの?」
「はい。燃料庫には細かい炭の粉がいくらでも溜まっています。それを表面に優しく降りかければ、指の紋が浮かび上がってくるはずです」
ははあ、と侍女頭さんは感心して、こう言ってくれた。
「犯人捜しをどれだけ大がかりに行うか、私には決められないわ。けれど、その、指の紋? をとりあえず調べて、紅猫さまにあとの処断を仰ぐというのはどうかしら。宦官たちにも相談をしなければいけませんね」
うーん、悪くはない、と言うか妥当な話なんだ、けれど。
その段取りだと、迅速に犯人を炙り出すためには、時間がかかり過ぎる。
その間にいくらでも逃げられるし、誤魔化される可能性があるのだよなあ。
「秩序に則った、適切な判断だと思われます」
横にいる孤氷さんがそう納得してしまっているし、私も文句を言える余地はないかな。
せめてこの場に集まって、私たちのこの決定に戦々恐々としているやつがいるかどうかを、詳しく観察したい。
「固く守られている南苑で、こんなこと……」
「みなさん、しばらく夜の用事は、一人で行わないようにしましょう」
「他に、誰か見ている人はいなかったのかしら?」
みな一様に不安がり、恐怖して、声を掛け合って悪い空気を払拭しようとしているだけだった。
あと少しくらい、私にできることは、なにか手は。
「あ、そうそう、そう言えばですね」
私は先ほど、動揺の叫びを上げた女がいる方に顔を向け、漠然とデカい独り言を投げる。
ハッキリと誰が誰だかはわからないけれど、私の思う相手はまだ立ち去らず、その場にいる予感はした。
様子を見に来てしまった以上、変にそそくさと逃げたらかえって怪しまれるからね。
返事のないまま私は喋りながら、ゆっくりと、そいつがいる、かもしれない方向に歩く。
「私が凶器の飛んでくるのを感じたときに~」
この台詞自体に意味はなく、適当に口に出しているだけだ。
けれど、こうやってプレッシャーをかけて私が近付いて行けば。
この中から一人、心にやましいものを持ったやつが、怯えて余計な行動を示してくれる、という想定である。
すまし顔で私は、なおも前進して一人ごつ。
「あなたに似た後ろ姿を~」
「な、なによ! 来ないで! 私は知らないわ、そんな小刀!!」
はい、ビンゴォ!
顔の見える距離まで近づいたとき、叫び声とともに後ずさる女が一人。
誰も、お前がやったなんて、言ってねーだろ。
マヌケは見つかったようだな、と私はほくそ笑む。
「どういうことでしょうか? 私は事実確認で呟いていただけですけど。それに、どうして小刀だって知っているんですか?」
「あッ……!?」
うふ、私この場で、凶器は小刀の類であるなんて、一言も口にしておりませんの。
こんな暗がりで、離れた位置に立ってたあなたが、どうして知ってるのかな~?
犯人しか知りえない情報の告白、いわゆる秘密の暴露を、勝手にしてくれた形になる。
取り乱した女を挟む位置で、塀貴妃の侍女頭さんと、孤氷さんが立つ。
まさに凍てつく眼光を放ち、孤氷さんが低い声で言った。
「麗、今すぐ刃に残った指の紋を採りなさい。彼女の手と照合します」
「わっかりましたぁ」
逃げられないように両脇を抑えられた女。
「あ、あぅ、あああ……」
ニチャァ、と彼女に嫌らしい笑顔を浮かべ、私は燃料庫に散らかる微粉を集める。
凶器に残された指紋採取に勤しんだその結果は、当然、見え透いているわけで。
「これは、言い逃れの余地もないわね……」
侍女頭さんが、双方の指紋を見比べて苦々しく漏らす。
提灯の灯りが照らす物的証拠は、その女、欧(おう)美人の部屋で働く若い侍女が、私を襲った犯人であることを疑いようもなく告げていた。
「今日は遅いので、細かいことは夜が明けてからにしましょう。この子は私たちの部屋で見ておきます」
「ち、違うんです、私、私……」
「申し開きがあるなら、ちゃんと聞きますから。今は大人しくなさい」
塀貴妃の侍女頭さんがそう提案する。
ひとまずこの場は、ヨシ!
後宮裁判が始まる前に、私には言っておかなければならないことがあった。
「あ、みなさん、私以外に狙われている人が、というのは嘘です。犯人を炙り出すために、ハッタリかましました。お騒がせしてごめんなさい。ご協力ありがとうございます」
ケロッとそんなことを言い切って、その場に土下座する私。
孤氷さんがあんぐりと口を開けて、見た。
信じられないアホを前にした、という顔だった。
「あなた、なにを考えているのですか。余計な騒ぎが別に起ったらどうするのです」
犯人がこの場で見つからなかったら、ちゃんと白状して訂正するつもりだったよ。
でも、他人を巻き込む嘘はやはり、良くはない。
「おかしなことをした自覚はありますので、お叱りはごもっとも。折檻の必要があるのでしたら、甘んじて受けます」
頭を下げ、逃げも隠れもせぬ、という意志を露わにしている私。
痛いのは程々にしてくださいね、これでも年端もいかぬ乙女ですので。
蛙のように地べたに這い、そう覚悟していると。
「ぷ、くくっ、ふふふっ……」
実に面白そうに。
堪え切れぬ、という実に良い声で、孤氷さんが笑った。
彼女が声を出して笑うのを、私はこのとき、はじめて聞いたのだ。
「お、おかしな子が来るから、面倒みたってな、と姜帥(きょうすい)も言っておられましたが、ふ、ぷぷッ、こんなにも、変な子だなんて……」
なんか、ツボに入ってしまったようだ。
笑っていただけるなら、なによりです。
「あなたも色々と、大変ねえ」
「いえ、楽しいです、麗が来てから……くくっ、ぷくくく」
他の侍女から同情の言葉を投げかけられながらも。
孤氷さんはしばらく、なおも止まらぬ笑いを続けていたのだった。
「しかし、欧美人の関係者ですか」
解せぬ、と言った顔で孤氷さんが自問に似たことを言う。
野次馬たちは各自、ぱらぱらと解散し、私たちも現場を撤収した。
二人で石炭バケツを引っ提げて、漣さまの部屋に戻る、そのわずかな間。
「私、なにも向こうさんから恨みを買う心当たりがないんですけど」
そもそも、欧美人のパーソナリティを、ほとんど知らぬ。
無関係の人にいつの間にか嫌われるのって、気持ち悪いよね。
身近な人同士なら、感情のやり取りがある分、好きも嫌いも仕方のないところはあるけれどさ。
「あなたが司午(しご)貴妃の近くにいたから、ということでしょうか」
「翠さまが欧美人に嫌われる理由って、なんですか?」
思い当たる可能性の一つを、孤氷さんは教えてくれる。
「欧美人のお父上は、刑書館(けいしょかん)の長なのですが、その関係もあるかもしれません」
刑書館と言うのは、いわゆる最高裁判所である。
特に、首都である河旭(かきょく)の重大事件を裁くところだ。
さすがは後宮の美人位階、家族も超エリートばっかりやな。
ちなみに私も皇太后さまのツルの一声がなかったら、そこに送られていた可能性が高い。
「なんでそんなお堅い家のお嬢さんに、翠さまが?」
「司午貴妃はご自身が統括なさっている西苑(さいえん)でなにか問題が起こっても、内々で解決なさってしまわれるお方ですから。刑書館の面目を潰すこともあったのでしょう」
「あ、あー」
身に覚えがありすぎるわ。
なにせ私、後宮に放火しましたのでね。
それを揉み消して辻褄合わせに奔走してくれたのも、翠さまであり、あのとき私と一緒に駆けずり回った宦官のみなさんだ。
犯人が有耶無耶になったことで、裁きを執り行うはずの刑書館のプライドが傷付くのは、あるかも。
私の冷や汗を知ってか知らずか、孤氷さんが続ける。
「しかし、今日のことはあの侍女の個人的な行いか、欧美人の意を受けてのものか、調べるまではわかりません」
「ですよね」
孤氷さんの視線は、暗に私に「思い込みで早まったことはするなよ」と告げていた。
「もっとも、欧美人が関与していたとしても、知らぬふりを決め込むでしょうけれど」
「どうしようもない話ですね」
いつだって、泥をかぶるのは現場の下っ端だよなあ、と私は嘆息する。
さて、今日もこのまま徹夜コースで、朝のお祈りかな。
取り調べを前にして、小刀を投げてきたあの侍女が自殺なんてしませんように。
私も必死に太陽に願おう、と思った。
「麗さん。これはいったい、なんの騒ぎです?」
不安げに集まった人たちの中から、前に進み出て事情を訊いて来た女性を、私は見知っていた。
塀(へい)紅猫(こうみょう)貴妃殿下の、侍女頭(じじょがしら)の方だ。
私は、臆せず堂々と言い放つ。
「狂人が南苑に紛れ込んでいます。危なく殺されるところでした」
手に持っている小さな刃物と。
喉と顎の間を一筋走る傷跡を、私は彼女に見せつけた。
そうです、人が集まる前に、私は自分の顎下に、わずかな傷を自分で付けたのです。
一歩間違えれば死ぬところだった、そう演出するため、あえて急所の近くにね。
「そ、そんなことが。他に、どこか怪我はありませんか?」
「ご心配ありがとうございます。どうにか、大丈夫のようです」
傷口は血がうっすら滲む程度で、ヒリヒリするくらいしか痛くもない。
少し安心した顔を浮かべて、侍女頭さんが言う。
「盗まれるようなものも、持ってはいませんよね」
「はい、なにも盗られてはいません」
じきに、他の女性たちも寄って来て。
「怖かったでしょう」
「いったい、なんの目的で……」
私を慰めてくれたり、不可解な出来事に恐怖を浮かべたりした。
そうしているうちに、私の先輩である孤氷(こひょう)さんもやって来て。
「襲われた、ということなのですか」
クールさに硬さの混じる顔で、私の首筋の血を拭いてくれた。
さあ、証人もじゅうぶん、集まった。
ここからが、嘘つき麗央那の見せ所だぜ。
「はい、けれど気になることがあるんです」
「なんですか。些細なことでも、手掛かりになるかもしれません。言ってみなさい」
孤氷さんに促され、私は渋面を装い、深刻ぶって答えた。
「私に凶器を投げた女は『しまった、こいつじゃない』と言って、逃げて行ったように聞こえました。凶行を起こした犯人の狙いは、私ではなく、他にいるということではないでしょうか」
「そ、そんなっ!?」
人波の端っこから、驚愕の叫びが返って来た。
明らかに動揺しているやつが表れてくれたな、いったい誰だ?
くそ、よく見えないし、見えたとしても声に聞き覚えがないから、私の知らん女だ。
「狙いが、他に……」
眉をひそめて言葉を詰まらせる孤氷さん。
私がこう言ったことで問題は私個人にとどまらず、南苑にいるすべての侍女に関わる可能性をでっちあげることができたぞ。
ごめんなさい、みなさんしばらくちょっと、騙されたままでいてくださいね。
この場にいる女たちの中で、おそらくもっとも偉く権限のありそうなのは、塀貴妃の侍女頭さんかな。
私は彼女に、布にくるんだ刃を示しつつ、こう提案した。
「凶器には、人の手の脂がわずかに残っています。詳しく調べれば、誰がこれを触ったか、指の紋がわかります」
「持ち主がわかる、と言うこと? ど、どうすればいいのかしら。麗さんは、やり方を知っているの?」
「はい。燃料庫には細かい炭の粉がいくらでも溜まっています。それを表面に優しく降りかければ、指の紋が浮かび上がってくるはずです」
ははあ、と侍女頭さんは感心して、こう言ってくれた。
「犯人捜しをどれだけ大がかりに行うか、私には決められないわ。けれど、その、指の紋? をとりあえず調べて、紅猫さまにあとの処断を仰ぐというのはどうかしら。宦官たちにも相談をしなければいけませんね」
うーん、悪くはない、と言うか妥当な話なんだ、けれど。
その段取りだと、迅速に犯人を炙り出すためには、時間がかかり過ぎる。
その間にいくらでも逃げられるし、誤魔化される可能性があるのだよなあ。
「秩序に則った、適切な判断だと思われます」
横にいる孤氷さんがそう納得してしまっているし、私も文句を言える余地はないかな。
せめてこの場に集まって、私たちのこの決定に戦々恐々としているやつがいるかどうかを、詳しく観察したい。
「固く守られている南苑で、こんなこと……」
「みなさん、しばらく夜の用事は、一人で行わないようにしましょう」
「他に、誰か見ている人はいなかったのかしら?」
みな一様に不安がり、恐怖して、声を掛け合って悪い空気を払拭しようとしているだけだった。
あと少しくらい、私にできることは、なにか手は。
「あ、そうそう、そう言えばですね」
私は先ほど、動揺の叫びを上げた女がいる方に顔を向け、漠然とデカい独り言を投げる。
ハッキリと誰が誰だかはわからないけれど、私の思う相手はまだ立ち去らず、その場にいる予感はした。
様子を見に来てしまった以上、変にそそくさと逃げたらかえって怪しまれるからね。
返事のないまま私は喋りながら、ゆっくりと、そいつがいる、かもしれない方向に歩く。
「私が凶器の飛んでくるのを感じたときに~」
この台詞自体に意味はなく、適当に口に出しているだけだ。
けれど、こうやってプレッシャーをかけて私が近付いて行けば。
この中から一人、心にやましいものを持ったやつが、怯えて余計な行動を示してくれる、という想定である。
すまし顔で私は、なおも前進して一人ごつ。
「あなたに似た後ろ姿を~」
「な、なによ! 来ないで! 私は知らないわ、そんな小刀!!」
はい、ビンゴォ!
顔の見える距離まで近づいたとき、叫び声とともに後ずさる女が一人。
誰も、お前がやったなんて、言ってねーだろ。
マヌケは見つかったようだな、と私はほくそ笑む。
「どういうことでしょうか? 私は事実確認で呟いていただけですけど。それに、どうして小刀だって知っているんですか?」
「あッ……!?」
うふ、私この場で、凶器は小刀の類であるなんて、一言も口にしておりませんの。
こんな暗がりで、離れた位置に立ってたあなたが、どうして知ってるのかな~?
犯人しか知りえない情報の告白、いわゆる秘密の暴露を、勝手にしてくれた形になる。
取り乱した女を挟む位置で、塀貴妃の侍女頭さんと、孤氷さんが立つ。
まさに凍てつく眼光を放ち、孤氷さんが低い声で言った。
「麗、今すぐ刃に残った指の紋を採りなさい。彼女の手と照合します」
「わっかりましたぁ」
逃げられないように両脇を抑えられた女。
「あ、あぅ、あああ……」
ニチャァ、と彼女に嫌らしい笑顔を浮かべ、私は燃料庫に散らかる微粉を集める。
凶器に残された指紋採取に勤しんだその結果は、当然、見え透いているわけで。
「これは、言い逃れの余地もないわね……」
侍女頭さんが、双方の指紋を見比べて苦々しく漏らす。
提灯の灯りが照らす物的証拠は、その女、欧(おう)美人の部屋で働く若い侍女が、私を襲った犯人であることを疑いようもなく告げていた。
「今日は遅いので、細かいことは夜が明けてからにしましょう。この子は私たちの部屋で見ておきます」
「ち、違うんです、私、私……」
「申し開きがあるなら、ちゃんと聞きますから。今は大人しくなさい」
塀貴妃の侍女頭さんがそう提案する。
ひとまずこの場は、ヨシ!
後宮裁判が始まる前に、私には言っておかなければならないことがあった。
「あ、みなさん、私以外に狙われている人が、というのは嘘です。犯人を炙り出すために、ハッタリかましました。お騒がせしてごめんなさい。ご協力ありがとうございます」
ケロッとそんなことを言い切って、その場に土下座する私。
孤氷さんがあんぐりと口を開けて、見た。
信じられないアホを前にした、という顔だった。
「あなた、なにを考えているのですか。余計な騒ぎが別に起ったらどうするのです」
犯人がこの場で見つからなかったら、ちゃんと白状して訂正するつもりだったよ。
でも、他人を巻き込む嘘はやはり、良くはない。
「おかしなことをした自覚はありますので、お叱りはごもっとも。折檻の必要があるのでしたら、甘んじて受けます」
頭を下げ、逃げも隠れもせぬ、という意志を露わにしている私。
痛いのは程々にしてくださいね、これでも年端もいかぬ乙女ですので。
蛙のように地べたに這い、そう覚悟していると。
「ぷ、くくっ、ふふふっ……」
実に面白そうに。
堪え切れぬ、という実に良い声で、孤氷さんが笑った。
彼女が声を出して笑うのを、私はこのとき、はじめて聞いたのだ。
「お、おかしな子が来るから、面倒みたってな、と姜帥(きょうすい)も言っておられましたが、ふ、ぷぷッ、こんなにも、変な子だなんて……」
なんか、ツボに入ってしまったようだ。
笑っていただけるなら、なによりです。
「あなたも色々と、大変ねえ」
「いえ、楽しいです、麗が来てから……くくっ、ぷくくく」
他の侍女から同情の言葉を投げかけられながらも。
孤氷さんはしばらく、なおも止まらぬ笑いを続けていたのだった。
「しかし、欧美人の関係者ですか」
解せぬ、と言った顔で孤氷さんが自問に似たことを言う。
野次馬たちは各自、ぱらぱらと解散し、私たちも現場を撤収した。
二人で石炭バケツを引っ提げて、漣さまの部屋に戻る、そのわずかな間。
「私、なにも向こうさんから恨みを買う心当たりがないんですけど」
そもそも、欧美人のパーソナリティを、ほとんど知らぬ。
無関係の人にいつの間にか嫌われるのって、気持ち悪いよね。
身近な人同士なら、感情のやり取りがある分、好きも嫌いも仕方のないところはあるけれどさ。
「あなたが司午(しご)貴妃の近くにいたから、ということでしょうか」
「翠さまが欧美人に嫌われる理由って、なんですか?」
思い当たる可能性の一つを、孤氷さんは教えてくれる。
「欧美人のお父上は、刑書館(けいしょかん)の長なのですが、その関係もあるかもしれません」
刑書館と言うのは、いわゆる最高裁判所である。
特に、首都である河旭(かきょく)の重大事件を裁くところだ。
さすがは後宮の美人位階、家族も超エリートばっかりやな。
ちなみに私も皇太后さまのツルの一声がなかったら、そこに送られていた可能性が高い。
「なんでそんなお堅い家のお嬢さんに、翠さまが?」
「司午貴妃はご自身が統括なさっている西苑(さいえん)でなにか問題が起こっても、内々で解決なさってしまわれるお方ですから。刑書館の面目を潰すこともあったのでしょう」
「あ、あー」
身に覚えがありすぎるわ。
なにせ私、後宮に放火しましたのでね。
それを揉み消して辻褄合わせに奔走してくれたのも、翠さまであり、あのとき私と一緒に駆けずり回った宦官のみなさんだ。
犯人が有耶無耶になったことで、裁きを執り行うはずの刑書館のプライドが傷付くのは、あるかも。
私の冷や汗を知ってか知らずか、孤氷さんが続ける。
「しかし、今日のことはあの侍女の個人的な行いか、欧美人の意を受けてのものか、調べるまではわかりません」
「ですよね」
孤氷さんの視線は、暗に私に「思い込みで早まったことはするなよ」と告げていた。
「もっとも、欧美人が関与していたとしても、知らぬふりを決め込むでしょうけれど」
「どうしようもない話ですね」
いつだって、泥をかぶるのは現場の下っ端だよなあ、と私は嘆息する。
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